創価ブログ村の『魅惑的』な人々(藁)

1週間前くらいに牡丹さんが教えてくれた
MonLinGenこと、のんかつ氏のブログでの
「あべひVSちよ」の仁義なき 信心なき戦いをのぞいてきた。
長いので流し読みしたが、
「あべひVSちよ」の試合はほとんど見ることのないまま
場外乱闘で幕切れのようだ。まぁ予想通りだ。
というかちよさんはあべひ君の最初に質問に全く答えてない。
彼女の部下のランさんもここで同じように質問に答えず
違う話を延々と繰り返す。という戦法だった。
この戦法は、ほぼ100%創価脳サイドは使うが本部からの指示なのか?
これじゃ対話もケンカも始まらない。
それでいて、ちよサイドのセコンド陣から叩かれるあべひ君が少し気の毒だな。
(まぁ、それもまたあべひ君の日頃の行いの結果だろうが)

そもそも最初から、二人の議論は全く意味のない時間つぶしだ。
なぜなら、本人達やのんかつ氏そして外野の誰一人として
どちらが正しいか。をジャッジできない。
正邪や勝敗を判定する基準がないからだ。
あべひ君とちよさんのどちらの言い分が正しいか?
それを判断するのことができるのは、創価を運営する側しかいない。
会則に明確な事が書いていない以上創価本部の判断が全てだ。
ちよさんは学会本部に問い合わせてOKだと言われたならOKなのだし
それをあべひ君が納得できないのであれば、
同じように学会本部に問い合わせればいいだけの話だ。
あとはお互いに「学会本部」の指示に従う。それが組織というもんだろう。
また、仮に学会本部がちよさんの行動に問題があるという判断であっても
あべひ君がちよさんを直接批判するのは「組織のキマリ」に反する行為だろう。
他の組織の会員さんに注意すべきはその組織の責任者なのだから
それを飛び越してあべひ君が批判するのは越権行為になる。
越権行為は組織を乱すことになる。
組織論を翳してちよさんを批判するのであれば
あべひ君も自らの越権行為を慎むべきで
彼女に注意をしたいのならば「学会本部」を経由して注意すべきだろう。
まぁ、要するに「どっちもどっち」
牡丹さんがいうように「創価カオス」だね。

もっとも俺が「予想通り」と思ったのは、
管理人・のんかつ氏の言動の方だ。
のんかつ氏と言えば当ブログにやってきて、
支離滅裂・罵詈雑言・回答不能の遁走劇を繰り広げた人物だ。
あべひ君はのんかつ氏が当ブログで活躍した。
とのんかつ氏を持ち上げているが一体どんな活躍したのか?
自称・ブログウォッチャーの見解を聞いてみたいよ(藁)

↓当ブログでの、のんかつ劇場はこちら↓
http://sokadamedasi.blog27.fc2.com/blog-entry-409.html#cm

http://sokadamedasi.blog27.fc2.com/blog-entry-408.html

当ブログにも数多の創価活動家が殴り込んできたが
のんかつ氏は、明らかに他の創価活動家とは違う印象だ。
なんだろう。普通の創価脳さんたちよりも、色々な面で「気持ち悪い」のだ。
創価脳さん達は創価事以外では普通の人間ぽいんだけど
彼の場合「普通じゃない」という感想だな。
自分自身がマトモに他人と会話できないのんかつ氏が
他人の対話を仕切れるはずがない。
もっとも、彼は最初から二人の会話なんて興味がなかったのだと思う。
のんかつ氏は当ブログで
「私はこのブログにコメントを寄せているのは、飽くまで自ブログのネタ作りの為でしかありません」とコメントしている。
(このコメントだけでも十分彼の人間性がよくわかる)
また、MonLinGenブログもアンチからのコメントを期待してたようだが
残念ながら彼が期待するアンチからの反応はほぼ無いに等しい。
その流れからいえば、あまりにも退屈な自ブログに
お客を呼び寄せる為に、「あべひVSちよ」のマッチアップを企画したのだろう。
創価ブログ村では有名人のあべひ君とちよさんを利用しようという
のんかつ氏の魂胆は初めから透けて見えた。
それに、あべひ君とちよさんが「まんま」と釣られたわけだ。
観客席まで作って大勢の観客を集めることができ
興行としては大成功だったようだ。

しかし興行主があの、のんかつ氏である。
あべひ君とちよさんの対話を促すどころか
二人の対話をそっちのけで、自分がしゃしゃり出てきて試合をぶち壊しに。
当初、歯の浮くようなセリフでのんかつ氏に
「おべんちゃら」を言っていた数少ない味方のあべひ君を
のんかつ氏自身が攻撃しちゃうんだから(藁)
(最近ではあべひ君ものんかつ氏の本性がわかったきた様子だが)
レフリーがマイクで片方の選手に殴りかかっちゃうんだから話にならない。
ちよ陣営の応援団は、拍手喝采だろうけど
冷静に試合見ていた人たちからすれば「どっちらけ」の茶番劇だよな。
ここにきて、ようやくのんかつ氏の正体に気づいた人もいるようだが
その観客にまでケンカを売るのんかつ氏。
支離滅裂でやりたい放題は「他人のブログ」だけかと思いきや
自分のブログでも同じことをするという事は
脳みそか人格か環境か生い立ちか・・
何かに問題があるんだろうなって思うよ。
単に「頭が悪い」とか「性格が悪い」とかではない気がする。
そうだなぁ~あの沖○氏と被る
(沖○氏の方が教学力は上だけど)
それにしても「あべひVSちよ」の試合も飽きてきたから
今度は「炎上商法」でお客さんを引きこむ作戦なのかね?
また、釣られる人が出てくるんだろうなぁ(藁)
まぁ~、のんかつ氏の語彙力も文章力ない駄文を読むより
茶番劇でも「見世物」として面白かもしれないが
俺は、もうお腹一杯。ごちそうさまでした。

しかしながら、よくもこれだけ大聖人様と関係ない話を続けられるなぁ。

◇謗法を呵責せずして遊戲雑談の化儀並に外書歌道を好む可からざる事。(日興遺誡置文)

マジで真剣に学会活動している活動家からしたら
この【創価ブログ村の『魅惑的』な人々】達をどう思うんだろう?
学会員同士がくっだらないこといいあって
世間に恥晒してないでもっと真剣に活動しろよ!
そんな怒声が聞こえてきそうですな。


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2017年11月18日 仏滅

今日は創価の設立記念日だね。
創価活動家諸氏は各地で、「おめでとー」とか言いあってるんだろうね~。
「創価の日。無間の旅の一里塚。めだくもありめだくもなし。」って感じだよね(笑)
そんな創価の設立記念日である本日。
俺と先日勧誡を受けたU君と
二人でご本尊下付をいただき
それこそ「めだたく」本日我が家にご本尊様をお迎えすることができた。
1月18日に創価本尊を巻いて丁度10カ月間内得信仰を続けていたが
今夜からは我が家でご本尊に向かい勤行・唱題をすることができる。
思い起こせば27年前。同じお寺で創価学会として御受戒を受け
前法主の日顕師書写の御本尊をいただいた。
その後平成5年に創価本尊と取り換えて
学会で活動し、追放され、勝手に退会届を出され・・・
そして再び同じK寺で、日顕師書写のご本尊を下付していただいた。
そういえば27年前の入信(入会)も11月だった。
大聖人様は「余は27年」と言われているが
俺は27年経ってようやく振り出しに戻った。って所だな。
ここまで随分と遠回りしたような気がするが、
創価には感謝している部分も多い。
創価があったから、日蓮仏法に出会えたのは事実だし
創価が狂ったから、正しい日蓮仏法を学べたことも事実だ。
もしも創価がなければ、おそらく信心などしていないし
もしも創価が狂わなければ、ここまで大御本尊に
恋慕の気持ちをもてなかったかもしれない。
まぁそういう意味では「遠回り」はしたけど
無駄にはなっていなかったと思っている。

◆只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候、法華第三に云く「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」(妙密上人御消息)

大御本尊を信じていれば創価のような「魔民」でも、役に立つってことだ。
まぁ、だからといって謗法創価は責めないといけないけどね。

入仏にはご住職が来てくれ、読経・ご祈念をしてくださり
御書の一節を読んでくれ、信心を励ましてくれました。
本当は先週の土曜日を予定していたのだけど
紹介者の講頭さんの都合がつかず
今日のご本尊下付になった。
「よりによって11月18日かぁ」と一度は少しガッカリしたものの
創価の創立記念日に、
創価の大嫌いな顕師書写の御本尊をいただくってことは
これからも創価を破折しなさい。との
ご本仏からのメッセージなんだと受け止めた。
「仏滅」ってのも、なんだか俺っぽくていいかな(笑)
どっちにしても、11月18日は俺にとっての記念日になったよ。
さぁ、これで内得信仰もおしまし。
今夜からはご本尊の前で勤行・唱題だな。

IMG_3110.jpg
(ご住職・講頭さんありがとうございました。)


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公明党を見れば創価も分かる。

鳴り物入りで立ち上がった「希望の党」も
小池さんが代表辞任であっという間に
存続すら怪しい雰囲気になってきたね。
御書にも
◆わざわいは口より出でて身をやぶる(十字御書)
◆一生が間賢なりし人も一言に身をほろぼすにや(兄弟抄)
とあるように、小池さんの一言で「希望の党」もオワタという感じだね。
早速、都議会公明党は「都民F」の連携を解消し
またしても今度は自民党に秋波を送っているようで。
都民Fとの関係解消の理由も「とってつけ」で
要は前回の衆院選での敗北を踏まえて
再来年の参院選に向けて「やっぱり自民党」と組みたい。って事だろ。
しかしまぁ、相変わらずの日和見主義。
ただ、その場その場で選挙に勝つことだけを目的に
今日の友を裏切ったり、昨日の敵と手を組んだり
こういうことばかりやっているから公明は信用されないって分からないのかね。

しかしまぁ、こうして公明党を見ていると本当に創価ってのがよくわかるね。
未活動家会員さんや、一般の方々にとって
創価を知るのに一番手っ取り早いのは、公明党を見ることだね。
創価と公明党は、本体と影。
全く同じだからだからね。
強い相手には媚びてすり寄り
相手が弱ればさっさと見捨てる
常に強いものの味方であり、権力の座にいたい。
そこには、信念もなければ信義もない。
どんな手段を用いようと、自分達さえ勝てばそれでいい。
利用できるものは会員だろうとご本仏だろうと、とことん利用し
用がなくなれば簡単に「ポイ捨て」
そんな酷い事をしておきながら
常に自分たちが「被害者」であるかのごとく装い
敵対勢力に対しては口汚く罵る。
これが創価なのは、その影である公明党を見ると明白だ。

え?創価学会と公明党は違う組織だって?
いまさら、バカいっちゃいけないね。
創価活動家にとって「選挙は信心」なんだろ?
ということは、「信心」に照らして公明党を支援しているわけだ。
だとするならば、公明党とは創価学会員の信心そのもの政党だろ。
弱きをいたぶり強きにすり寄る。
公明党の実にあさましいその姿は
創価そのものであり、活動家一人一人の「信心」の姿なのである。
そうじゃないならば「選挙は信心」ってのは大ウソになる。

少しでも創価で活動したことがあれば、
こんな連中の一人や二人と遭遇しただろ。
自分より役職が上の幹部にはヘコヘコして
下には偉そうに「指導」かますやつとか。
この間も書いたけど、法華講員に投票依頼してくるやつとか。
義理も人情も、恥も外聞もない。
自分達の都合ばかり押し付けているのに
「あなたに幸せになって欲しい」?
ほら、公明党も創価も選挙活動も学会活動も同じじゃん♪
それが、創価が言っている「信心」というモノなんだよ。
そんなモノに功徳なんて出るわけがない。
未活・外部の皆さん。
公明党を見れば創価がよくわかるでしょ。
裏切りと欺瞞。
強きを助け弱きを挫く。
それが創価学会という組織の正体です。
くれぐれも騙されて「うっかり」創価に入り込まないように
「逆創価シャッター」をしっかり閉めていてくださいね。


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いまさらですか?(失笑)

11月に入り立冬も過ぎ、めっきり寒くなっなったね~。
寒くなってくると、我が家のニャンズ達も布団に潜り込んできて
「ネコキチ」にはたまらない季節になります。
さて、11月といえばそんな「ネコキチ」もさることながら
創価の「マジキチ」さん達にもたまらない季節のようで
ここ数年は、毎年のようにさすが「マジキチ」という発表をしてくれてますね。
最初の「大御本尊を受持の対象にしない」
という発表には腹が立ってアツくなったけど
その後は、むしろ「寒いギャグ」の連発で
昨年は、「創価学会仏」でしたっけ?
残念ながら今年の流行語大賞にノミネートされなかったが、
かなり片腹イタイ発表がありましたね。
で、今年はいよいよ「大作本尊」のお披露目があるかと期待してんですよ。
けど今回の本幹では残念ながら「大作本尊」のお披露目はなかった様子。
いや~、引っ張りますなぁ。
あまり引っ張りすぎると、大作センセが死んじゃいますよ。
それとも、「大作本尊」は、大作センセを永遠ならしめるために
「死後」発表に方向転換したんですかね?
赤沢朝陽の倉庫には「大作板曼荼羅」=生身の大作。として
お披露目の日を待っているのでしょうか。
というわけで今年は、期待していた「大作本尊」のお披露目もなく
あまり面白くない11月になりそうな感じですね。
(もう少し笑わせてくれないと)
といっても、「会憲の署名式」?なんていう事はやったそうで。
自分たちで勝手に決めたことに、
自分たちが署名するだけなのに大袈裟な。
三大会長の肖像の前で大袈裟な式典にすることで
会憲に「ハク」をつけたかったのですかね。

そんな「創価学会改憲署名式」もイタイ話ですけど
それよりもおかしかったのは、原田爺様の指導。
明年は「折伏・弘教」の拡大を進める。らしい。
いやぁ~「いまさら何を言ってるんですか?」
毎日のように、広宣流布~と活動家たちはいってるのに
いまさら「折伏・弘教の拡大」って(失笑)
そもそも、宗教にとって「弘教」は
「やってあたりまえ」のことでしょう?
というか、そのために創価は存在しているのだと思っていたよ。
「弘教」をするから、宗教法人として認められ
税金を含め色々なことを優遇されてるわけだよね?
それをいまさら「折伏・弘教の拡大」って・・・
それじゃ今まで何やってたの?
広宣流布をしていなかった。ってこと?
ねぇねぇ、何していたのさぁ。
ああ、そうか・・選挙ね。
そういえば選挙の事を広宣流布って呼んでるもんな。
で?その法戦だか何だか知らないけど、そんなに頑張っても
「弘教拡大」にならなかったワケね。
まぁ、選挙は選挙で弘教じゃないからね。

で、なになに・・え~と最重要課題「活動家を増やす」こと。
「勤行をする人」「会合に出る人」
「新聞啓蒙する人」「折伏する人」を増やすんだぁ。
てかさ、「勤行の実践」と「座談会への参加」は
入会規定・入会基準だったよね?
そんな入会規定。入会基準を守れない会員は
いつものように「C作戦」で統監落としたら?
まぁ、勤行なんかしなくても会合なんかでなくても
「金」か「票」か少ななくてもどちらかになればOKだからカットしないか。
特に最悪でも「票」は上積みしないとだからね
再来年には参院選もあるからね。
今回の衆院選の轍を踏みたくないわけね。
このままじゃ、自民とからカットされ下野しちゃうもんな。
「学会活動で幸福になる人」も「学会活動で功徳が出る人」も
大聖人仏法に照らせば千中無一だけど
そんなこと百も承知で会員さんを誑かし
「票田」「金づる」を増やそうとするとは
つくづく強欲なところは師弟不二なんだろうね。

で?どれくらい増やすのさ。
目標値が書いてないじゃん。
827万世帯を900万世帯にするとか1000万にするとか
トップの人間たるもの具体的な数字を示さないとダメだよ。
目標がないと勝負の勝ち負けがわからないじゃんか。
まぁ、とは言え「折伏・弘教の拡大」ってのは無理だと思うよ。
もっと、創価仏を認知させてないといけないでしょ(笑)
やはり「大作本尊」が先だったんじゃないの?
「マジキチカツドウカ」さんも「大作本尊ならやる気でるでしょ。
まぁ、どっちにしても
「いまさら」折伏・弘教をできる会員なんていませんけど。


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「大作命名システム」は親のエゴ

世間の諺には「名は体を表す」といい、
御書にも

◆名は必ず体にいたる徳あり(十章抄)
◆名は物をめす徳あり物は名に応ずる用あり(聖愚問答抄)

との御聖訓がある。
また、天台大師は全てのものには五重玄を有しているといわれている。
「名前」というのは単なる「呼称」ではなく
その名前の中には様々な想いが込められていると思う。
今の会社の設立に当たり社名を決めるのに1ヶ月を要した。
うちの5匹のニャンズの末っ子の「まる」は野良だったが
それでも「まる」と名前を付けるのに2日かかった。
社名も猫の名前も、その名前をつけるには
自分なりの理由があり、そこには様々な想いがある。

うちの一人愚息は、1年以上にわたる不妊治療に失敗した挙句
嫁が信心で授かった子供だ。
不妊治療失敗から嫁が活動をしだして妊娠し
やがて俺も活動家になっていく
創価の是非はともかく、それがあったからこそ
今こうして大御本尊を信じることができ、
奇跡の功徳を受けることができた。
その愚息が妊娠中のこと、
嫁が俺に「池田先生になまえをつけてもらう?」と聞いて来たことがある。
嫁が婦人部の幹部に大作センセに命名してもらうことを提案したらしい。
その婦人部が言うには、池田先生は偉大な人物として歴史に名を残す。
そのような人から付けてもらった名前は子供にとって財産になる。とのこと。
当時の俺は、全く未活だったから嫁の提案は速攻で却下した。
何が悲しくて、あったことも話したこともない爺さんに
我が子の名前をつけてもらわなければならないのか。と
しかもその爺さんは我が子が生まれても会いに来るわけでもなく
その成長を見届けるわけではない。
逆に俺が、全く知らない夫婦に子供の名前を付けてください。
と言われたらドン引きだ。

そもそも我が子に名前をつけるのは、親としての最初の仕事だと思う。
結婚式のケーキカットじゃないけど
人の親としての、父と母の初めての共同作業は
子供の名前を考えて、命名することだと俺は思う。
それを「赤の他人」に名前をつけてもらうというは、
その子の親としての権利を放棄したの同じだと思う。
姓名判断の本を買い込んで、紙に色々な名前を書いて
夫婦で半年間考えて、最後は俺の決めた名前に嫁が同意して
我が愚息の名前を決定した。
初めて、自分の子を「名前」で呼んだときに
「ああ、父親になったんだなぁ」って実感したよ。
「名前」というのはそういうものだと思うな。

それに、「名前」というのは「親」のモノでない。
子供の「モノ」なんだ。
子供がずっと使っていくモノ。
親のエゴで勝手に付けていいものじゃないと思う。
だからこそ、「親」がいろんな想いを込めて
ちゃんとつけなければいけないと思う。
名前を付けるというのは「愛情」であり「責任」でもある。
そうした想いを込めれば、キラキラネームだろうと平凡な名前だろうと
子供の名前を胸を張って呼べるし
子供も自分の名前を好きになると思う。
それは、赤の他人にはできないんだ。
会ったことも抱き上げたこともない子供に本当の愛情が生まれるか?
自分で育てる必要のない子供に責任が持てるのか?
そんなことできっこない。
仮に大作センセにはできるとしても
その愛情や責任は、「親」を超えるものなのか?
もし大作センセが親も超えるというなら
その両親は親としての資格はないだろう。

そもそも「大作センセ」が一人一人の名前をつけているはずがないってことは
ちょっと考えればわかるだろう。
一体いままで何人の名付け親になってるんだ。
少なく見積もっても、一万人は「大作命名システム」の名前をもらっているだろう。
一万人の人間に名前をつけることは物理的に無理。
一万人分の名前を考えろっていわれたら一生かかるよ。
もしも、つけたとしてもその子ら全員を覚えていられるかと言えばそれこそ無理。
自分たちは「大作センセに名前をつけていただいた」なんて喜んでいるかもしれないけど
つけた本人は覚えていないから。
そんな名前を付けられた子供がどう思うか?
俺にも何人か大作命名システムの被験者の知り合いがいるが
「俺の名前は池田先生からいただいたんだ」と自慢してる奴はいないね。
2世・3世の人で大作センセに名前をつけてもらった人は
一体、どう思っているんだろね。
是非聞いてみたい。

さて、林檎さん。
牡丹姐さんの意見に私も賛成です。
二人でいっぱい、いっぱい考える。
そして色々な想いを込めた「名前」をつけて欲しいです。
もうお腹のベイビーは、パパとママの声が聞こえてますよ。
パパとママで名前を考えて!と思っているはずです。
男子部の会合で忙しい。なんて言わせちゃダメです。
大作センセがどうこうではありません。
子供に名前を付けるのは
親の権利であり、愛情であり、責任だと思います。
ご主人になんと言われても、自分たちで素敵な名前を考えてください。
そして、よかったら教えてくださいね。
出産まであと僅か。油断しないで元気な赤ちゃんを産んでください。
ご報告を心待ちにしています。


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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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