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旧知の元創価婦人部Mさんが勧戒を受ける。

先々週友人たちと地元の居酒屋で飲んでいたら旧知の元創価婦人部のMさんと会った。
こちらの友人もあちらの友人も皆知った顔だったので同席して飲むことなった。
このMさんは3年ほど前まだ俺が創価だった頃に、創価を退会してるのだが
その時に彼女の退会届を預かり本部に発送したのが俺である。
このブログにその時のことも書いてある。2015年の4月だったようだ。

退会届
退会届を発送。

それからずっと疎遠だったのだけど本当に偶然の再開である。
飲みながらその後のことを聞くと、カラコピ本尊は自分で創価本部に送り返して
仏壇も処分しいまは亡き祖母と父の位牌に毎日お水を上げている状態で当然勤行もしていないとのこと。
逆に、俺はどうしているのか?と聞かれたので昨年正宗に戻ったと答えた。
一緒に飲んでいた、S君・U君も正宗に戻ったことも伝え、
ついでにMさんも勧戒を受ければ?と勧めた。
Mさんのおばあ様もお父様も活動家時代から知っているので
Mさんが勧戒を受け来年には塔婆供養をしてあげて欲しいと。
そのあとしばらく信心の話をした結果Mさんが勧戒を受けるということになり
先週お寺で無事に勧戒を受けることができた。
ご本尊のご安置についてはもう少し時間が欲しいということだが
もともと真面目に信心していた人なので近いうちには御本尊をご安置することになると思っている。
彼女のおばあ様とお父様には男子部時代に随分良くしてもらったので
今回のMさんの勧戒は本当に嬉しかったね。
居酒屋で彼女に再会させてくれたご本尊様に感謝でsる。

Mさんは、無冠の友の正配でラインの役職は確か昔で言うB担さん。他に少年部もやっていた。
俺と同じ支部だったので話はよくしてたが、俺が少年部の本責時代には支部の少年部の連れ出しとかで非常に協力してもらった。
また俺と同世代だったということもあり支部の婦人部の中でも比較的仲良くさせてもらっていた。
もちろん、適切な関係である(笑)
今回、Mさんが創価を退会を決意した経緯とか色々と聞いた。
Mさんは学会3世だったが全く信心はしてなかったのだが
ご主人の会社が倒産して非常な経済苦で信心を始めたらしい。
自身の宿命転換をしたくて真剣にご本尊様と向き合うよになったそうだ。
家計が苦しく働きに出ようと思ったが婦人部幹部に信心で乗り越えなさい。と言われ
功徳が大きからと言われ聖教の配達員になった。
そして財務に大きな功徳があると言われ、配達員の微々たる報酬に1円も手をつけず
経済苦の中毎年10万円以上の財務もしたそうだが3年経っても生活が好転せず
はやり働きに出たいと婦人部幹部に指導を受けると
「8時間働きにでるならばその分8時間題目をあげなさい」と言われたらしい。
その指導から1週間後に少し離れたスーパーに買い物に行ったら
「働くなら題目」と指導していた婦人部の幹部がそのスーパーで働いていたのを目撃。
一気に不信感を覚えたらしい。
そのごパートの仕事についたのを理由に配達員を辞め会合にもあまり出られなくなると
支部内の婦人部活動家に陰口をいわれるようになりついに堪忍袋の緒が切れたとのこと。
実は、俺もその当時父親の会社が倒産して多額の借金を肩代わりして貧乏のどん底だった。
まさかMさんも同じような境遇だったと聞かされて涙が出そうになった。
そしてそんなMさんに無責任なことをいう創価幹部やご主人のことまで誹謗中傷する活動家たちに怒りも覚える。
結局、創価とはそのような場所なんだなぁと納得。
因みに俺達が組織から通報された時には支部内のほとんど全員が俺の悪口を言ってこともMさんが教えてくれた(笑)
本当にグズの集まり。なのに組織を離れると「何があったも離れたほうが負け」みたいなことを言う。
いやいや、離れたもの勝ちでしょ?
Mさんと、SやU皆で「創価から出て行って本当によかったね~」と乾杯したよ(笑)
何はともあれ、Mさんも勧戒を受けたことだしこれから御本尊をご安置しいつか皆で大御本尊にお目通りできたらね。
何よりも創価で嫌な思いをしたMさんには今以上に幸せになってほしいね。



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今年も創価詐欺軍団にくれぐれもご注意を。

さて、今年もまた創価の財務の季節である。
以前、創価バリカツが「債務」は「会費」だ。と言っていたがそれなら別に何の問題もない。
特に何のメリットがなくても会員が会費を払いたいと言って払う。
そんなものは俺には何の興味もないし、非難する筋合いでもない。好きにすればいい。
ところがだ、先日(11月6日)の聖教新聞に「御聖訓に学ぶ御供養の精神」なる記事を見つけた。
こういうことを会員に信じ込ませて財務を推奨するのであれば「大聖人仏法詐欺」であろう。
少し引用してその詐欺っぷりを指摘してみる(以下太字は聖教新聞からの引用)

法華経の行者に供養する功徳は、妙法を弘める人の功徳に等しく、広宣流布が拡大すればするほど、計り知れないほどの多くの功徳が、供養をした人に集まってくるのです。
 ここで、「法華経の題目を弘められている人」とは、今日においては、現実の上で大聖人の御遺命である広宣流布を進めている創価学会をおいて、ほかにはありません。


「妙密上人御消息」の文を引いてこのように書いてあるが、
このロジックは、法華経の行者=法華経の題目を広める人=創価学会
ゆえに創価学会に供養する功徳は大きい。だから財務をすれば功徳がある。ということだろう。
この一連の記事は【教学】というカテゴリーの記事なんだがいったいこれのどこが教学なのか。
こんなのただのコジツケに過ぎない。さすがは創価詐欺軍団である。
一体全体どこをどう学べば法華経の行者=創価学会になるのか?きちんと文証を挙げて説明して欲しい。
なんだこの「法華経の題目を広める人」ってのは?
「題目」を広めるならば顕正会だって佼成会だって「南無妙法蓮華経」の題目を広めてるぞ。
どうも創価の無教学活動家は「題目」とは「唱える方の題目」だと思っているおバカさんが多い。
大聖人仏法仏法における題目とは「本門の題目」である。
「本門の題目」とは「本門の本尊」がないとできない。故に広めるべきは「本門の本尊」である。
その「本門の本尊」も一大秘法たる戒壇大御本尊がなければ広めることはできない。
一大秘法から離れて唱える題目は釈迦の文上法華経の題目である。
そもそも論を言えば、法華経の行者とは大聖人様であり大聖人とは大御本尊である。
法華経の行者といい、南無妙法蓮華経の題目といってもそれは大聖人の色心二法に他ならないからだ。

◆戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云。(御義口伝巻下)
◆されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり(御義口伝巻下)

それにもしも「題目を広めている人」が創価ならば、会員が創価学会に供養する必要はなかろう。
むしろ供養を受け取る側であってしかるべきだろう。
自分達が法華経の行者なんだろ?自分達が創価学会仏なんだろ?
なのになんで金を出すんだ?
大聖人が他の仏にご供養をしたという文証や史実があるのか?
なぁ、それだけでオカシイって思わないのか?
それとも、いまの活動家は「題目を広めていない」のか?
つまり法華経の行者でもなく創価学会仏でもないと。
だったら創価が誰が広宣流布してるんだ?
活動家が広宣流布していないならば創価学会も広宣流布していないということだろう(実際してないが)
だったら創価に供養したところで功徳はないということだろ。

そもそも、創価の集金は「供養」ではなく「財務」だろう。
「供養」じゃないのだから「功徳」があるわけないだろうよ。
もっとも「ご供養」などとは口が裂けてもいえないだろう。
創価には「仏」が存在しないのだからな(笑)
なにせ、「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候」といわれる真筆の御本尊がただの一体も創価には存在しない。
つまり日蓮大聖人の魂が創価のどこにも存在しないわけだから「供養」したくてもする相手がいない。
だから「供養」じゃなくて「財務」なのだろう?(笑)
大聖人仏法とも関係のない功徳とかそういうことじゃなくて
創価学会を運営するための運営費として徴収します。
正直にそういえばいいんだよ。
そう言ったって払うヤツは払うよ。
それをご丁寧に大聖人の御書まで引用してあたかも大聖人仏法の如く錯覚させ
あまつさえ、只の会費に「功徳がある」などと嘘をいう。
俺はね、どこかのアンチみたいに「みんなが詐欺と言っているってるから創価は詐欺だ」
なんていう野暮なことは言わない。
大聖人仏法の文証・理証の照らし創価が詐欺である所以を
ちゃんと説明したうえで「創価は詐欺だ」と言っている。
それに対して何も言い返せないのだろう?
だったら「創価の財務には功徳なんてありません」
「創価への財務は日蓮大聖人と一切何の関係もありません」と正直にいいなさいよ。

学会員のみなさん。創価の詐欺軍団に騙されてはいけませんよ。
「功徳があるから」なんて言ってくる幹部や活動家は詐欺集団の一味ですからね。
なんで、ご本仏を捨てて何も存在しない創価に金を振り込むと功徳が出るのか?
きちんと文証で説明してもらってください。多分誤魔化ししますから騙されにように。
いいですか?創価は謗法団体なんですから、1円でも供養したら後悔しますよ。
同じ紙面に書いてあったでしょ。
謗法への布施を止めよって。
末法における正しいご供養は日蓮大聖人の色心二法である大御本尊へのご供養です。
御書に書いていない法主信仰
なんてものはどこにも存在していない。法華講員は誰ひとりそんなこと言っている人を見たことない。
法華講員は「日蓮正宗」に「布施」はしません。全て大御本尊へ「ご供養」します。
故に日蓮正宗には「布施」というもはないのです。ぜんぶ「ご供養」と書くのです。
むしろ、御書に書いていない創価学会仏なんていうものを公言して憚らないのは創価です。
大御本尊を捨てて創価学会仏を立てる創価こそが大謗法であることは自明でしょう。
そんな創価の財務は、びた一文たりとも大御本尊へ「ご供養」されることはないのです。
創価学会仏という名の創価職員たちの懐に転がり込むのです。
御書をしっかりと読んでそのことに気づいて欲しいといつも思っています。
ともあれ毎年のことですが創価の大聖人詐欺にはくれぐれもご注意ください。


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創価教学じゃない御書講義(30年11月座談会御書・崇峻天皇御書)

中務三郎左衛門尉は主の御ためにも仏法の御ためにも
世間の心ねもよかりけりよかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ、穴賢穴賢、
蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

今月は財務もあるので「崇峻天皇御書」の有名な一節。今年はやけにド直球です(笑)
心の財が大切だよ。蔵の財なんて惜しんじゃいけない、さぁ財務を頑張って心の財を積みましょう。ですか(藁)
御書をつかって金集め。それだから「大聖人仏法詐欺」なんだよ。創価は。
それと気になったんだけど、コレさ区切るところおかしくね?
「穴賢穴賢」まではその前の文につなげた方が良くね?
で「第一なり」の下の「此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし」で区切るんじゃね~の?普通は。
それだと、ど真ん中過ぎるのでちょっと区切り方を変えたのか?
切文教学の創価教学らしいっちゃらしいけど。
てなわけで区切り方が変だから今日は後半の部分だけやりますね。
男子部時代に何十回と講義したし、まぁ読んだ通りなんだけど
この部分の講義をするときによく話をした、「四人の妻」という仏法説話があります。
結構有名な説話なので聞いたこともあると思うけどザックリすると、

ある男に4人の妻がいました。一人目はいつも心にかけ大切にしてきた妻。
二人目は他人と戦ってまで手に入れた可愛い妻。
三人目はいつも一緒じゃないけど嬉しい時や悲しい時に寄り添ってくれた妻。
四人目はあまり気にも留めず大切に思ってこなかった妻。です。
時が過ぎ男がいよいよ死出の旅立ちが近くなったので自分と一緒に行ってくれるように妻に頼みました。
一番目の妻には「私は大切にしてもらいましたまたが貴方と一緒には行けません」と断られます。
二番目の妻にも「私も一緒には行けません。私は自分から望んで貴方の妻になったわけでありません」と言われました。
三番目の妻は「一緒には行けませんが最後の日まで側にいて貴方をお見送りします」と言いました。
最後に四番目の妻に話すと「私は親元からはなれてからすっと貴方と一緒にいますからあなたから離れることはしません。
いつまでもどこへでもついていきます」と言われました。
さて、この四人の妻ですが、一番目の妻は自分の肉体(身の財)のことです。
2番目は妻は財産や地位(蔵の財)です。3番目の妻は家族や友人のことです。
そして、ずっと離れずどこにでも付いてくる4番目の妻とは「心」のことです。
「心」だけが死んだあともずっと付いてくる。そういう話です。

さて、この四番目妻は何も良妻と限ったわけではありません。
良妻(善業)もいれば悪妻(悪業)もいます。
良妻になるか悪妻になるかは、夫(自分自身)次第です。
いつでもどこでもどこまでも付いてくる「心」という4番目の妻。
できれば良妻(善業)として付いてきて欲しいですよね。

そこで大聖人は、
◆此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし
と言われているのです。(やっぱりここで区切った方がいいでしょ)
心の財を積む・心に財に積んであげることこそ4番目の妻を良妻にする方法です。
気にも止めず放置プレーでは主人を大切に思うわけはないのです。

ではどのようにしたら「心の財」を積むことができるのか?といえば

◆釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う(観心本尊抄)

とあるように、妙法五字即ち日蓮大聖人の色心二法である大御本尊を受持することです。
我々凡夫は戒壇大御本尊を信じ唱題することによって、
釈尊の善行(因行)とその功徳(果徳)の全てを心に積むことができると、大聖人様は言われています。
また、大御本尊(ご本仏)への強き信心が、蔵の財や身の財を守るのです。

◆されば妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ(乙御前御消息)

諸天善神が必ず守る。「セコムしてますか?」よりも心強いですね(笑)
そして

◆夫れ運きはまりぬれば兵法もいらず果報つきぬれば所従もしたがはず(中略)ただ心こそ大切なれ(四条金吾殿御返事)

とあるように、蔵の財も身の財も全て心から生まれてくるのです。
これは、ある程度ちゃんと生きてきたオトナなら否定はしないと俺は思います。
「心の財」を積むというのは「福を運ぶ」ことです。
自分で運ぶのです。だから「福運」というのです。
運がいいとか悪いとかでなく、自分自身が福を運ぶ作業をしたかどうかです。
大聖人仏法とは以前も書きましたが、おすがり信心ではない。
それが分からない人は大聖人仏法が分かっていないだけです。

結論をいうと、「心の財」を積むということは、大御本尊(ご本仏)に対する信仰心です。
日寛上人は、「松任治兵衛殿御返事」で

◇かならず、かならず身のまづしきことをなげくべからず。ただ信心のまづしき事をなげくべけれ

とご指南されています。
大御本尊を捨てた創価の連中は、身は貧しくない(いやむしろ職員は裕福)が信心つまりは心が貧しい。
心の財(信心)を捨てたのだから、まさしく乞食同様です。

◆此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給うべし

と大聖人が言われいるのです。
今月の座談会でこの御文を学んだのであれば、
すぐに大御本尊への信を取り戻すのが御書を読んだということになります。
さぁ、年末までには、蔵の財や身の財のみならず
心の財をも奪い取る創価学会から離れましょう。
さもないと、悪妻が死んだ後にもついてきますよ。
「貧しい信心」には「貧しい結果」しかないのです。


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人種なんて関係ない。ウソつきとは付き合うな。

韓国の徴用工裁判で日本企業に賠償支払いの判決が出た。
「慰安婦」「竹島」「旭日旗」ときて今度は「徴用工」
特に韓国に関して個人的にはなんの恨み辛みはないが、さすがにうんざりしている。
「慰安婦」も「徴用工」も、日韓請求権協定ですでに解決済みで、
補償すべきは日本企業ではなく韓国政府であることは明白だ。
それをまたもやそうした約束を反故にて日本企業に支払い命令を出した韓国の司法と
その国内の司法判決を尊重するなどと言う大統領。
案の定、韓国国内では「訴訟を起こす」と血気盛んに盛り上がっている。
そして、韓国外交部は今回の判決が韓日関係に否定的影響が及ぶべきでない。などと言っている。
自分達から因縁を吹っかけきて何を上から目線で言っているのか?
日本政府は今度こそ口先だけではなく、実効性のある「報復」を実行して欲しい。
というか本当はもう付き合いたくない。付き合わないで欲しい。というのが本音だ。
国家同士も人間同士も互いに信頼関係がなければ付き合っていても意味がない。
今までの発言を、その時々でクルクルと変えるような国や人とは付き合えない。
それは「法律」の問題ではなく「信義」の問題である。
そうした「信義」を守れないヤツを人はウソつきと呼ぶ。

かつて戸田会長が創価を法人化するときに宗門と三つの約束をした。

1)折伏した人は信徒として各寺院に所属させること
2)当山(日蓮正宗)の教義を守ること
3)三宝(仏・法・僧)を守ること

この三つの約束を守るという宗門との約束の上で創価の法人化は認可された。
それが今になって創価バリカツは、宗門との間で交わされた“三箇条”は「要望」であって約束じゃない。
創価学会は単独で宗教法人として認可された。などと言っている。
まぁ確かに法律上はそうでしょう。
しかし、もしもその時に正宗が創価の法人化を認めなかったらどうなっていたか?
宗教法人の要件は、ザックリいえば本尊・教義・施設。
当時の創価には施設しかない。それで宗教法人と認可されただろうか?
正宗抜きで創価を単独の宗教法人にするならば本尊と教義を新たに作らなければならない。
それが出来なかったからこそ正宗の本尊と教義をまんま利用したのだろう。
また、当時創価が独自の本尊と教義を作っていたら創価はここまで大きくならなかっただろう。
創価が大きくなれたのは仏法的に言えば、戒壇大御本尊という正しい仏法だった故に広まったのであり
世法的言えば、日蓮正宗と言う伝統仏教であったからこそ怪しい新興宗教という謗りをま逃れたのだ。
そしてそれを正宗が許したのは、戸田会長との3か条の約束があったからである。
これは「法律」ではなく「信義」の問題である。
しかも世法上の話でなく仏法上の「信義」の話である。
戸田の3箇の約束は、日蓮正宗としたのではなく大聖人とした約束なのである。
それを「時代が変わった」「指導者が変わった」などと言う理由で簡単に反故にするだけなく、
大御本尊に関する見解も180度変更した。
自分達の都合のいいようにゴールポストを動かすだけは飽き足らず
ついには大御本尊を捨てて、ゴールポストを破壊した創価。
にもかかわらず、自分達は悪くない。悪いのは相手の方だ。とロビー活動のような正宗誹謗を続ける。
いくら経済上のメリットがあるとしてもこのような「ウソつき」と付き合っていたら長い目で見ればデメリットが大きい。
こういう組織やそこにいる人間達と断交するのは実に賢い選択だと思う。
正宗の創価破門は今となってなっては正しい選択であったことを
奇しくも創価側が証明してしまう形となった。

ネットでは池田大作半島人説。というものがしばし見受けられる。
俺はそうしたツマラナイ「ためにする」ような創価批判には興味が無いが、
どうもかの国と創価って似通っている部分がある感は否めない。
平気で言う事を変えたりすることや、仮想敵を作って内部を固める所や
本幹や文化祭などで見せる会員達の態度や表情。
大作センセの反日的な発言。
活動をしたことある人間ならば一度は日本人として
「気持ち悪さ」を感じたことがあるのではないか?
(そこを必死で打ち消そうと葛藤するのだが)
そういうような所から、大作半島人説が生まれたのかなと感じる。
まぁ、大作センセがどこの生まれかなんて興味はない。
いかなる国のいかなる人種の人であっても信用できる人は信用できるしウソつきは信用できない。
「創価はウソつき」という事は過去の発言と今の発言を比べれば一目瞭然だ。
時代が変わってルールが変わった?笑わせるな。
自分達が、自分達の都合の為だけにルールを変えただけだろう。
「慰安婦」「竹島」「徴用工」で韓国が取ってきた態度と同じ。
日興門下は700年以上も一大秘法たる戒壇大御本尊を信受してきたのである。
それを受持しないのは「日興門流」にあらず。日興門流にあらずんば「大聖人仏法」にあらずだ。

本当に大聖人仏法の信徒であろうとする気持ちがある学会員さんは
このウソつき創価と一日も早く「断交」することだ。
口で「遺憾」「抗議」する段階ではない、実効性のある行動が大切だ。
それは創価との交流を断つということだ。


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公明党はもういらない。自民党・山口派でいいでしょ。

公明党の石井啓一国土交通相が沖縄県による埋め立て承認撤回の効力を一時的に停止することを決めたね。
これで、辺野古移転工事が再開できることになった。
これまでも書いたが、辺野古移転についての是非は当事者ではない俺にはなんとも判断ができない。
でも今回の沖縄県知事選挙でデニー玉城氏が勝利したことが沖縄県民の民意であろう。
もちろん、反デニー玉城の県民もたくさんいるのは承知しているが
政治の世界では、選挙=民意という解釈になる。
自公が選挙で勝って与党になれば、消費増税を断行してもそれは「民意」ということなる。
安倍政権が嫌だと言っても安倍さんが総理なのも民意である。
それが議会制民主主義というものなのだから仕方ない。
沖縄県の首長が変わったことによって辺野古移転問題は混迷しているのであるが
最新の民意では「辺野古反対」なのである。
これは、他県に住んでいる俺達がどうこういう問題ではない。
が、政治家たるものは「民意」を汲まないでどうすんだ?と言う話である。
辺野古移設工事を強硬に再開するよりも先に
地位協定見直しなど先にやるべきことがあるのではないかと思う。
今回の石井氏の決定は「民意」とかけ離れた決定であると思う。
与党・自民党の大臣が決定したのではなく、与党・公明党の大臣が決定した。
そこが重要で重大な問題だと思うわけだ。
こんなことをする公明党に政党としての存在価値ってあるのだろうか?
公明党は、<生命・生活・生存>を最大に尊重する人間主義を貫き、人間・人類の幸福追求を目的とする、開かれた国民政党です。と自らをアピールしている。
そしてそれを支援する学会員は公明党が「そのような」政党だと思い込んでる。
今回の決定は本当に「人間主義」と言えるのだろうか。
それを「人間主義」と言えるのであれば創価のいう民衆・人間とはいったい誰のことなのだろう。

確か公明党が与党にいる存在理由は、
「自民党のブレーキ役」との説明であったはずだが、
いまやブレーキ役どころか自民党の燃料の役割しか果たしていない。
もう、公明党なんて解党して自民党の一派閥でいいんじゃないか?
その方が国民もわかりやすいし学会員にとってもいいんじゃないかと思う。
公明党への支援は学会員が嫌われ、会員が活動をしなくなる
大きな要因だろう。そんなことやめた方が広宣流布は進むのではないか?
そもそも学会員以外で公明党が必要だと思っている人間なんてほぼいないだろうし
多くの国民は公明党など自民党の補完勢力であると思っている。
自民党と別政党で存在する意味なんてない。現実は自民党の山口派なのだから。
それに選挙区に公明候補のいない多くの地域では自民党の議員を応援してるわけで
もう国政選挙に関しては、学会員は事実上ほぼ自民党支持者なのである。
しかも、自民党との選挙協力でバーターしたはずの比例得票は減る一方となれば
学会員の選挙活動って一体何のためにやっているのやらと思わざるを得ない。

もう公明党なんていらないだろ。
多くの民衆は「公明党なんて必要ない」と思っているよ。
学会員さんの中でもそう思っている多いだろう。
沖縄知事選で三色旗振っていた野原氏は創価から誹謗中傷され
野原氏以外でもデニー支持に回った会員さんは組織から村八分状態と聞く。
また、俺も知っている埼玉の篠澤氏の除名も公明党絡み。
他教団のことだけどこんなかとおかしいよね。
選挙で組織からの指示と違う人を支援したとか、政党の政策に異議を唱えたとか
そんなことで除名とか処分をされる宗教団体なんてどこの世界にあるの?
公明党議員や党員が党の方針に反対して処分されるならともかく
その支持団体の宗教法人から処分されるなんて。
もうさ、創価は公明党の支援をやめるか宗教法人を剥奪するかしたほうがいいと思うよ。

それにしても、今回の沖縄県の民意を無視した石井氏のことを
創価幹部・活動家はどのような詭弁で擁護するんだろうね。見ものだよ。
あと、沖縄県の今回デニー氏を支援した学会員さんはもう創価を退会したほうがいいよ。
皆さんの心のよりどころとしてる池田先生の作った公明党は今はないし、
麗しい信心で繋がった創価学会なんていう場所はどこを探してもない化城なんだ。
もしもソレがあるとしたらそんな学会員さんの胸中の肉団のなかにしかない。
外にある、公明党や創価学会はみなさんが思ってるのとは真逆の存在なんだよ。


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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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