創価学会は仏教団体ではありません。

以前、牡丹さんさんから紹介された創価系ブログ
タイトルは忘れちゃったけど、
そのブログのトップにとんでもないウソ記事が書いてあって
いつか破折しようとメモっておいたので
今日はその件について書いてみる。
そのブログのトップには書いてある主張は
「創価学会は世界最大の在家仏教団体である」というもの。
最初に結論を言っておこう。
「創価学会は仏教団体でなく単なる新興宗教団体」である。
これは紛れもない事実だ。
創価の活動家はあたかも創価は、
新興宗教ではなく伝統的な仏教団体であると言うが
それは全くの嘘八百なので騙されないように注意してほしい。
(外部の方のみならず、内部の会員さんも気を付けて)

今回の管理人氏の主張(以下▼)を読むと実に欺瞞に満ちていることがよくわかる。

▼もともと学会は、日蓮正宗の在家信徒団体として結成されました。
つまり、伝統仏教宗派の中のひとつのグループだったわけです。

ここまでは事実だがここから先は全くの作り話。
というか、上記の話は「破門される前」の話であって
いまの創価にはまったく当てはまらない。

▼当然、学会の教義は、鎌倉時代から伝わる純粋な日蓮仏法そのものです。明治以降にでっち上げられた各種の新興宗教とは、完全に異なります。

鎌倉時代から伝わる教義など今の創価にはない。
なぜなら既に教義変更をし、元々の正宗の教義を否定してる。
かといって、身延系(日蓮宗系)の教義を採用しているかといえばそれもしていない。
つまり今の創価の教義は、つい3年前に創価が勝手に作った独自の教義で
創価自身も「独自性」などとのたまわっている。
ゆえに創価の教義は明治以降どころか、つい最近でっち上げられた
平成の新興宗教であり、伝統的な日蓮仏法とは完全に異なる。したがって

▼学会員が日本にこれほど大勢いるのは、単純な理由で、日本の正統・伝統の仏教徒団体だからです。

この説明は完全なる虚偽・虚言である。
それを言うならば
昔は日本の正統・伝統の日蓮正宗に信徒だったから学会員が大勢いるのです。
破門後は単なる新興宗教団体だから
日本では信者獲得が困難になり
まだあまり創価の事が知られていない外国での普及が中心です。
と正確に記述してくれないと。
これが本当の話なんだから。
だってさ日本国内ではにここ四半世紀以上
創価の人数は増えていない。
827万世帯から止まったままである。
(減った人数をカウントしていないので実際には減っている)
それが事実でしょ。
【日本の正統・伝統の仏教徒団体だから】日本の学会員が大勢いるんでしょ?
てことは現在学会員が増えていないのは
【日本の正統・伝統の仏教徒団体】ではなくなったからでしょ。
確かに単純・明快な話である。

▼ただ単に、僧侶の存在が目立たないだけに過ぎません。

創価の言う僧侶。いわゆる「青年僧侶改革同盟」とは
日蓮正宗で得度・修行して僧侶の資格を得た者だ。
なので正宗を離脱した今、彼らは勝手に「僧侶」と
自己申告しているだけであり僧侶としての資質はない。
「日蓮正宗」の修行をして僧侶になったのに
その「日蓮正宗」を離脱し批判して僧侶と言えるのかね。
剣道で師範代になった人が剣道をやめて
柔道始めても師範代にはならないだろう。
プレバトだって俳句で名人になっても
花道で最初っから名人の席に座っている人はいない。
あの梅沢富美男でもだ。
なのでどうしても僧侶と主張したいのなら
別の宗派で再度修行して、そこで僧籍を取り直せといいたい。
ところが「青年僧侶改革同盟」の
自称僧侶達はただ正宗から離脱しただけで
その後修行のやり直しをしている様子はない。
つまり「日蓮正宗」のままならば僧侶であるが
そこを離れたら僧侶としての資格などないも等しいわけだ。
もっとも、創価は在家だけなので
「修行」なんてないからやりたくてもやれないだろうから
いつまでたっても「自称」僧侶でしかない。
詐欺師がよくつかう「自称専門家」
それが青年僧侶改革同盟という怪しい連中の正体だ。

▼第一、現在学会が会員に授与している御本尊は、700年の伝統を持つ栃木・浄圓寺に代々伝えられてきた、由緒正しい御本尊です。学会が勝手に本尊を創作しているなら、新興宗教と言われても仕方ありませんが、伝統仏教の寺院から正式な申し出を受けて授与を代行している以上、そのような批判は的を得ていません。

700年の歴史を持とうがなんだろうが正宗から離脱してしまえば
それは「日蓮仏法」から離脱したことになる。
なぜなら「日蓮仏法」と呼ぶのは日興門流の日蓮正宗しかないからである。
それに歴史があるから「由緒正しい本尊」って(笑)
御本尊を美術品か骨董品と同じとでも思っているのか?
そうならば、学会本部の本尊は「昭和の本尊」だから
会員の自宅にある江戸期の本尊の方が価値は上ということになる。
また、浄圓寺の御本尊は日寛上人書写の本尊である。
日寛上人は日蓮正宗の御歴代である。
そこから離れたのであれば本来返納すべき本尊である。
(創価が正宗から下付された本尊も返納するのがキマリだ)
浄圓寺の所有物ではない。
さらに創価はこの日寛上人のご本尊を画像処理し変更してコピーしている。
これこそ「学会が勝手に創作」している証拠である。
また浄圓寺がそれを許しているのであれば
五老僧よろしく浄圓寺の人間は「本尊」が何かを分かっていないということだ。
まさに身延のお土産本尊風掛け軸と同じ扱いである。
そして、「授与を代行してる」のあれば
学会員は全て浄圓寺の檀徒になる。のが筋である。
「代行」というのは、「浄圓寺の住職の代わり」ということだ。
学会員で、浄圓寺の檀徒の人手を挙げて!
し~~~ん・・・
浄圓寺にご供養している人!
し~~~ん・・・
浄圓寺にお参りしたことのある人!
し~~~ん・・・
ほ~れ、誰もいないじゃないか(笑)
何が「代行」だ。ウソも大概にしてほしいもんだ。

さて、このブログ記事の最後は
▼あなたの隣の学会員は、新興宗教の信者ではなく、普通の日本人であり、真面目な仏教徒なのです。どうか安心してください。

と結ばれている。
典型的な新興宗教団体の手口である。
いかにも自分たちは昔からある仏教の団体なんですよ~ってアピール。
もうね、こういうアピールをしている時点で
「新興宗教団体で~す」と言っているのも同然なんだよ。

いまの創価の教義・・最新では「会憲」読んでみなさいよ。
三代会長を永遠の指導者と定義している。
つまり、創価の教義っていうのは
大聖人仏法を「三代会長」なかんずく大作センセが
解釈したことを教義にしているわけだ。
仏法・仏教というのはあくまでも「仏」の教えだ。
普通の爺さんが解釈した教えを「仏教」とはいわない。(顕正会も同じだぞ)
そしてその爺さんの教えを信じる人を「仏教徒」とはいわない。
もちろん「創価学会仏」などという架空の仏を信じるのも同じである。
このような宗教団体を、「新興宗教団体」と言うのである。
つまり、貴方の隣の創価学会とは
日蓮大聖人を隠れ蓑に使い
あたかも自分たちを仏教徒のようにみせかけ
その実は、大聖人とも仏教とも何の関係もない創価学会に
あなたを勧誘しようと狙っている人なのである。
その昔、オウムが「ヨガ教室」を隠れ蓑に信者を獲得したように
創価は「仏教」「日蓮」を隠れ蓑に貴方を勧誘しようとしているのです。

創価が仏教団体?
は?バカ言っちゃいけません。
そもそも、選挙ばかりやっている伝統的な仏教団体がありますか?
自分たちの会報の新聞を信徒に拡販させている伝統的な仏教の宗派はありますか?
学会員さんと付き合う事は決して悪いわけではないが
選挙や新聞はしっかり断ってください。
それで人間関係がうまくいかなくなったとしたら
それは、相手(学会員)は、最初からそれが目的で貴方に近づいてきただけです。
そんな人はこっちが願い下げですね。

では、最後にもう一度ご唱和お願いします。

「創価学会は仏教団体でなく単なる新興宗教団体」である


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これが最高法規?妄想と暴走の創価会憲

はい。はい。読んでみましたよ~
「創価学会会憲」
しかしまぁ「会憲」とはね。
牡丹さんもいってたけど、「大誓堂」といい
どこまで外道好きなのかなぁ(笑)
キリスト教が目標なのか、それとも憧れなのか知らないけど
どんどん外道色が強くなっていきますな。
でもって「会憲」の内容は別に目新しいこともありませんな。
ここ数年間、色々と変更したきたことを書いてあるだけ。
ここ数年間の邪義・邪見を「会憲」という「最高法規」に定めて
会員さんたちに強制するということでしょうかね。
今後は本尊義を含む創価執行部の決定は「絶対」である。
という会員への恫喝といったところですかね。
創価ファシズム全開ですな。
しかしまぁその内容はお粗末さん極まりない。
邪見というようり、もはや妄想のレベルです。
論評の価値もありませんが
こんな創価の妄想にダマくらされる会員さんがいてはいけないので
一応、笑っておきましょうかね。
全部は面倒なので、前文だけね。
まぁ前文だけで充分「お腹一杯」になって吐きそうだけどね。
(以下▼が会憲前文の内容)

▼釈尊に始まる仏教は、大乗仏教の真髄である法華経において、一切衆生を救う教えとして示された

釈尊から始まる仏教ってのは釈迦仏法であって大聖人仏法ではない。今の創価は釈迦仏法を信仰しているらしい。

▼末法の御本仏日蓮大聖人は、法華経の肝心であり、根本の法である南無妙法蓮華経を三大秘法として具現し

末法のご本仏という言い方は釈迦仏法を基準とした言い方である。大聖人は久遠元初のご本仏である。
また何度言ってもわからないようだが、「法を具現化」したのが事の一念三千の本尊ではない。

▼未来永遠にわたる人類救済の法を確立するとともに

「法」は確立なんてできない。「法体」を示したのである。

とここまでは完全に大聖人仏法から外れた「暴走」で、
ここから先は完全に創価脳の妄想が続く

▼牧口先生は、不思議の縁により大聖人の仏法に帰依され、

「不思議な縁」ってなによ?
牧口(敬称略)は、日蓮正宗の法華講員(大石講)の三谷氏に普通に折伏されただけである。
不思議でも何でもない。

▼第二次世界大戦中、国家神道を奉ずる軍部政府に対して国家諫暁を叫ばれ、その結果、弾圧・投獄され、獄中にて逝去された。

神社神道に反対はしたが、戦争には反対どころか寧ろ肯定的だったのは当時の牧口の発言等から明らかになっている。

▼戸田先生は、牧口先生とともに投獄され、獄中において「仏とは生命なり」「我、地涌の菩薩なり」との悟達を得られた

戸田(敬称略)は、末法の荒凡夫である。ゆえに「悟りに達する」ことなどありえないのである。
戸田が悟達を得たなどということは大聖人仏法どころか釈迦仏法すらも否定する大慢心の言葉である、

▼「法華弘通のはたじるし」として、「大法弘通慈折広宣流布大願成就」「創価学会常住」の御本尊を学会本部に御安置され、

その御本尊は、どの御本尊を誰が書写してどこから下付を頂いのか?
そこもちゃんと書けよ。

▼創価思想によって時代と社会をリードして、広宣流布を現実のものとされた

いつ、創価の思想が時代と社会をリードしたのだね?(笑)
いつ、広宣流布を現実のものとしたのだね?(笑)
それって大作センセの脳内妄想の話なのか?

▼池田先生は、仏教史上初めて世界広宣流布の大道を開かれたのである。

大作センセは仏教史上初めて「宗教ビジネス」のあり方を示しただけだろ。

▼牧口先生、戸田先生、池田先生の「三代会長」は、大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現する使命を担って出現された広宣流布の永遠の師匠である

文証は?
大聖人がそんな予言をしましたか?
こういう行為を世間では「詐称」というのだよ。

▼2013年11月5日、池田先生は、「大誓堂」の落慶入仏式を執り行なわれ、「広宣流布の御本尊」を御安置され、

だから、その御本尊はどこのご本尊ですか?
破門されたら「返納」する決まりじゃないの?
だめだよ。勝手に使っちゃ。

▼世界の会員は、国籍や老若男女を問わず、「大誓堂」に集い来り

どこか特別の場所にいくのは仏法の本義じゃないんでしょ?
聖地とかいうのは邪教だったはずではないの?

▼池田先生は、創価学会の本地と使命を「日蓮世界宗創価学会」と揮毫されて、創価学会が日蓮大聖人の仏法を唯一世界に広宣流布しゆく仏意仏勅の教団であることを明示された

大作センセは勝手に明示しただけでしょ(笑)
ねぇねぇ「大聖人の仏法」って何?まづはそこを教えてくれないかなぁ。

▼創価学会は、「三代会長」を広宣流布の永遠の師匠と仰ぎ、異体同心の信心をもって、池田先生が示された未来と世界にわたる大構想に基づき、世界広宣流布の大願を成就しゆくものである。

これは、これでいいですよ。
創価は勝手に自分達の大妄想大構想に向けて頑張ってくださいな。
だたし、日蓮大聖人の名を騙るなよ。
チミたちは大聖人とは縁もゆかりもないのだから。
それに、この妄想・暴走会憲ってさ
無理に「日蓮大聖人」の記述をしなくても通じるじゃん。
一日も早く、会憲が改憲されて
創価の中から「日蓮大聖人」が消えることを望むよ。
ニセモノは早く消えて欲しいからね。
しかしまぁ、こんな「会憲」を後生大事にありがたがって
「おめでとうございます」とか言い合っちゃう
創価罵詈活さんて・・
「おめでたい」のはアンタだよ。(笑)


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四条金吾女房御書(安楽産福子御書)

林檎さんよりご懐妊の報告のコメントをいただきました。
まづは改めて、おめでとうございます。

「妊娠」というと思い出すのは、「不妊治療」
実は結婚して3年目。夫婦で「不妊治療」を受けていました。
不妊治療は、お金もかかるし妻の身体に負担もかかるし
何よりも精神的なプレッシャーがハンパじゃなく・・
そんな中1年間頑張ったのですが、医師の言葉は
「子供は諦めてください」という非情な言葉でした。
そこで嫁は「医学で解決できないなら信心で」と決意し
不妊治療はキッパリとやめ
それから創価の活動に参加するようになりました。
私は内心では「信心で子供ができたら苦労しない」と思いつつも
嫁の手前もあって時々題目を上げていました。
(嫁がうるさいのでしぶしぶでしたが)
それから7ヶ月。なんと嫁が妊娠したのです。
1年間治療してもできなかった子供を自然と授かったのです。
そこから嫁の信心(御本尊)に対する確信が生まれたのです。
それが今の私の息子です。いわば嫁の信心の実証ですね。
ちなみに、その時ご安置していたご本尊は
今の創価が極悪と読んでいる日顕上人書写のご本尊です。
その後二人目も希望していたのですが結局子供は一人だけ。
ちなみに二人目を祈っていたのは今の創価本尊です。

おっといけない。今日はそんな個人的な話ではなく
林檎さんのお祝いでした(笑)
林檎さんにはお祝いの言葉に変えて
「四条金吾女房御書」の話をさせていただきます。
この御書は別名「安楽産福子御書」といって
金吾の最初の子供(月満御前)を日眼女(金吾の妻)が身ごもった時に
大聖人から与えられた御書です。
非常に短いのでぜひ読んでください(1109ページです)
では、少し話をさせていただきます。

◆懐胎のよし承り候い畢んぬ、それについては符の事仰せ候、日蓮相承の中より撰み出して候能く能く信心あるべく候

日眼女の懐胎を聞いた大聖人は「護符」を授けます。
護符については以前記事にしたので割愛しますが
大聖人が我々に与えてくださった一番の「護符」とは「御本尊」です。
この御書は佐前(発迹顕本直前)のものなので「護符」を下付したのでしょう。
この2年後経王御前(金吾の第二子)には御本尊を下付していますので
大聖人が下付した「護符」とは「御本尊」の代わりであったと思います。
つまりここは、大御本尊様をよくよく信じなさい。ということです。
大御本尊に信を置いた唱題が大切という事です。

◆就中夫婦共に法華の持者なり法華経流布あるべきたねをつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ

林檎さんのご主人は、
まだ創価の悪酒に酔っ払っている状態ではありますが
林檎さんの大御本尊への純真な信心を見て
ご本仏が広宣流布のあとをつぐ子となると思い
今回授けてくれた命だと思います。
私の時も信心をしていたのは嫁だけで
当時の私は「不信の者」でしたので
間違いなく林檎さんの信心で授かった命です。

◆色心二法をつぐ人なり争かをそなはり候べき、とくとくこそうまれ候はむずれ、此の薬をのませ給はば疑いなかるべきなり

そのような子供ですから必ず安産で生まれてくるでしょう。
と大聖人のお墨付きです。
色心の二法とは別しては大御本尊(大聖人)の色心二法です。
その色心の二法。
つまり大御本尊への信心を継ぐ人
それが、林檎さんの授かった命です。
この薬とは先も書いたように御本尊です。
「この薬」とは法華経の「是好良薬」のことです。
「是好良薬」とは一大秘法の大御本尊です。
大御本尊を信じる林檎さんの安産は
間違いないと大聖人様は言われています。

◆たとへば秘薬なりとも毒を入れぬれば薬の用すくなし、つるぎなれどもわるびれたる人のためには何かせん、

ただし、よくよく大御本尊を信じることが大切です。
無限の仏力・法力のある御本尊も、
創価の毒(謗法)を入れてしまっては
効力は少なくなるのです。

そして最後に
◆日蓮うまるべき種をさづけて候へば争か我が子にをとるべき

と言われているように、
林檎さんの生まれ来る子は、
大聖人の子供と同じである。
とご本仏大聖人が言ってくれてます。
なんと心強くそして嬉しいではありませんか。
この御書は日眼女に与えられた御書ですが
同時に、林檎さんにも与えられた御書です。
そう心に思って読んでみてください。
そしてこれからも大御本尊への信を貫き
いつかお子様を大聖人(大御本尊)様に会わせてあげてくださいね。
大聖人もきっとその日を楽しみにされていると思います。

短いですが、お祝いの言葉に代えさせていただきます。
また、無事にご出産されるようにご祈念いたします。
林檎さん、おめでとうございます。

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2年前の体験談

2年前の5月。正確には2015年5月8日に
このブログで「大悪起これば」という記事を書いた。
記事の内容は、俺の身の上に
良くない出来事が起きた。という事を書いた。
当時はそれが何かを具体的に書かず
そしていままでその件について記事を書かなかったが
今回ちょっとした事情があり、唐突ではあるが
2年前の体験談を書かせてもらうことにした。

2年前の3月。俺は癌の告知を受けた。
胃癌と大腸癌のダブル宣告である。
その記事を書いた5月8日は、
胃がんの手術を4月の初めに終え
大腸がんの手術を1週間後に控えていた時である。
2015年5月のこのブログ記事の更新日を見てもらうと分かるが
途中2週間程度ブログ更新がない日がるのだが
そこが手術・入院していた期間だ。

子供のころから病気らしい病気は、
おたふくかぜに水疱瘡・風疹それとインフルエンザくらいの俺にとって
癌の告知。しかも胃も大腸もという
ダブル告知をされても最初は全然ピンとこなかった。
ドラマとかではガン告知されて、ガ~ン・・みたいなシーンを見るが
いざ自分がその場になると、至って冷静というかまるで他人事みたいだった。
ところが日が経つにつれどんどん不安になってくる。
「もう長く生きられないのか?」
「家族や会社はどうなってしまうのか?」
「今度の手術は成功するのか?」
「全麻なので目が覚めなかったらどうしよう」
などなど色々なことが頭に浮かぶわけだ。
嫁の顔を見れば悲しくなり
母の顔見れば悲しくなり
息子の顔を見れば悲しくなり
もう泣き叫びたい毎日。
生まれて初めて「死」というモノをリアルに身近に感じた。
その時の恐怖というか不安というかは言葉では表現できない。
何事もない時は、「生命は永遠」とか
「生と死は一体不二」なんて言ったり学んだりしているものの
いざ自分がそうした場面に出くわすと、
情けない話だかそんなものぶっ飛んでしまう。
まだ死にたくない。まだ死ねない。と。

毎日、御本尊に色々と想いをぶちまけながらの唱題。
「何でこんな目に合わないきゃいけないのですか?」と文句言ったり
「まだ死にたくありません。どうか助けてください」と懇願したり
他人の幸福を祈る。なんてのは平常時の話で
こんな時に世界平和もへったくれもない。
とにかく御本尊にすがる思いで唱題した。
この当時、どこから俺の病気の件を嗅ぎつけたのか
俺を敵視する創価活動家は口々に
「学会に敵対したから罰が出た。ざまぁみろ」と言いあっていたそうだ。
(のちには「俺死亡説」も流布された)
俺もどうして病気になってしまったのか御本尊に聞いてみた。
いろいろ考えたが、「創価を批判したから罰が出た」
これだけは「ない」と確信していた。
大御本尊を捨てた創価を批判して罰がでるなら
大御本尊を捨てた方が功徳がでる。ことになってしまう。
もしそうならば大聖人様は本仏どころか大魔王になる。
それだけはどう考えても「ありえない」のである。
だとすると、この病気はむしろ創価(悪)を
責めた功徳でなんだと思えてならなかった。
それ以外に今(当時)俺がガンになる理由など考えられなかった。

◆各各随分に法華経を信ぜられつるゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし、石はやけばはいとなる金はやけば真金となる、此の度こそまことの御信用はあらわれて法華経の十羅刹も守護せさせ給うべきにて候らめ(兄弟抄)

悪を責めることによって過去の謗法が顕れたと。
であるならばここで死ぬことはあり得ない。
ここで俺が死んだら、創価の連中の思う壺だ。
それでは大聖人が邪教の者どもに負けることになる。
そう、これこそ転重軽受なのだと。
もし、創価も批判せず大御本尊を受持せずいたら、
未来にこれ以上の苦しみが待っていただろう。
実際に健康診断を受診したのも自主的ではない。
あの時に健康診断をしていなければいまでも受診していないと思う。
そうならばガンであることを知るのは更に進行が進んでからということになる。

そんな思いで日々唱題していると
いままで何十回も読んだ御書の御文の断片が
不思議と次々と頭に浮かんでくる。
浮かんできた御文を唱題後に御書で確認する。

◆病なき人も無常まぬかれがたし但しとしのはてにはあらず、法華経の行者なり非業の死にはあるべからずよも業病にては候はじ、設い業病なりとも法華経の御力たのもし、阿闍世王は法華経を持ちて四十年の命をのべ陳臣は十五年の命をのべたり(聖人知三世事)
◆病あれば死ぬべしといふ事不定なり(窪尼御前御返事)
◆若し人病有らんに是の経を聞くことを得ば病即ち消滅して不老不死ならん(太田入道殿御返事)
◆然りと雖も宿縁の催す所又今生に慈悲の薫ずる所存の外に貧道に値遇して改悔を発起する故に未来の苦を償うも現在に軽瘡出現せるか(太田入道殿御返事)
◆しばらくの苦こそ候ともついにはたのしかるべし(上野殿御返事)

などなど。
「そうか。こういうことなんだ」と思ったら
もうどんな結果でも潔く受け止めようと。
それは「諦めの心」ではなく、「決定の心」と言うべきかな。

◆ただ一えんにおもい切れよからんは不思議わるからんは一定とをもへ(聖人御難事)
◆とにかくに死は一定なり、其の時のなげきはたうじのごとし、をなじくはかりにも法華経のゆへに命をすてよ(上野殿御返事)
◆なにとなくとも一度の死は一定なり、いろばしあしくて人にわらはれさせ給うなよ。(兄弟抄)

これらの御文に行き当たり
何があろうとも大御本尊を信じぬく。
決して卑怯で臆病な態度は見せない。
と心を決めることができた。(もちろん時間はかかったが)
最近、教学の事を書いているが
ほんとうに「いざ」という時には
題目と御書の二本立て、で行くべきである。
創価の幹部や大作センセの指導はどんなに素晴らしいもであったとしても
所詮は人師の論から出ないのである。
大御本尊を信じていながら思い寄らぬ病気や不幸に遭遇するのは
それは業病であるのだからご本仏以外に根本的に治せない。
(医療で治らないという意味ではないので誤解しないように)
業病の前で人師の指導はむしろ不要である。
ましてやご本仏を捨てた創価の連中の言葉など百害あって一利なし。だ。

◆譬えば病の起りを知らざる人の病を治せば弥よ病は倍増すべし(種種御振舞御書)

とにかく、唱題と御書。
俺はそれがこの信心の全てだと思っている。
約2年前。俺はそうして「死」の恐怖と不安を断ち切れた。
2年前に癌を宣告され、

◆病によりて道心はをこり候なり(妙心尼御前御返事)

この御文をようやく身で読むことができたのだ。
(この御文をタイトルにしているブログがあるが完全にタイトル負けしててみっともない)

そしてあれから二年。
お陰様で、まだ生きてそして謗法を責め続けることができている。
いまでも定期的に病院で検査をしているが
今のところ再発・転移は見られない。
まぁまだ最低3年は油断はできないが
前述した通り、どんな結果になってもご本仏に任せると決めているので
不安はない。(とはいえ日々完治をご祈念しているが)
ともかく命ある限り、破邪顕正を叫んでいきたいと思っている。
この時の凄い功徳もあるのだが、それは内緒にしておく。

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墓は売るんだよね?

みなさん、そろそろお盆休みですか?
私は来週休暇をとる予定。
特に遠くには行きませんが
「お墓参り」だけは欠かせない行事です。
私、若い頃から「お墓参り」が好きでして
いまも毎年正月2日。お彼岸。お盆と年に3~4回「お墓参り」します。
中でも夏のお盆の墓参が一番好きです。
少し涼しくなった頃、ヒグラシの声を聞きながらお墓参りするのが大好き。
その後のビールも格別です。
最近では、お墓参りする人も少なくなったようで
墓参り代行業なんていうのの登場してます。
無縁仏になっちゃっているお墓も結構あるとか
「墓参り」好きの私には寂しい話です。

さて、地元の創価の知人に聞いても、
なかなか「墓参り」できないらしいですわ。
理由は「墓が遠い」から。
そう、創価の墓苑を買っちゃった学会一家は
そう簡単に墓参もできないようですね。
私の地元から一番近い創価の墓苑は
高速道路で片道2時間。
有名な温泉街のさらに先の山の中です。
日帰りできるけど、そうそう墓参に行ってられない距離だね。
友人の一人は数年前にその墓苑を引き払って
車で10分ほどの地元の墓苑を買いなおしました。
自分か死んだときに創価の墓苑じゃ誰も来なくなる。と言ってた。
親御さんが買ったとはいえ、とんだ無駄金使わされたと言っていた。
それでも彼なんてまだいい方で
別の創価の友人一家は、温泉街の山間の墓苑の他に
静岡と北海道厚田村の創価の墓苑を持っているらしい。
北海道の厚田村なんて一生行かないだろう。と言っていた。
それにしても、一家に3つの墓苑って・・・・
MY聖教ならぬ、MY墓苑だね。
明らかにそんなに必要ないし、明らかにそんな売り方はあくどいよ。

去年「消費者契約法」が一部改正になって
過量な内容の消費者契約は取り消すことができるようになった。
事業者が消費者に通常の分量を超える量を売りつけたら契約取り消しができる。という内容。
一定要件はあるものの、墓をいくつも売りつけるのは明らかに過量。
事業者が知らなかった。とは言わせないよ。
これだけ統監がしっかりしているのだからね。
これで知らなかった。と言うならば、創価の統監が適当ってことにもなる。
そもそも一番最初が厚田村ってのがもう最初から詐欺っぽい。
厚田村に創価の墓苑を持っている会員さん大勢いるでしょ?
で、何回行ったの厚田村に。
自分が死んだら誰が厚田村に納骨いってその墓参するの?
最初から厚田村の墓苑を全国販売することがオカシイんだね。
まぁ土地が安いし「厚田村」といえば売れると踏んだ作戦は成功だけど
「会員の為に」作られた場所とは思えないなぁ
大作センセが死んだら厚田村に埋葬するならまだしも
戸田先生の墓すらないのだから。

しかしまぁ、葬儀に僧侶を呼ぶのも塔婆供養も
「仏法の本義ではない」
「そんなものは坊主の金儲けだ」と言って
そんなものは不要だ。とかいいながら
「墓」を売るのは何故?
創価の理論からすれば、「墓」だって「仏法の本義」にはないよ。
釈迦時代のインドには「墓」なんてないし
釈迦仏法自体が輪廻転生なんだから「墓」なんて必要ない。
「納骨堂」もいらないでしょ。
それが「仏法の本義」じゃね~の?
確かに日本は勝手に埋葬できないから
墓苑や納骨堂などの遺骨を保管する場所は必要だけど、
それを創価の事業としてやる必要はないね。
民間でいくらでもやっている。
「仏法の本義」に照らせば「墓も不要」でしょ?
僧侶は不要だけど、墓は必要ってのは
どんな「仏法の本義」に照らすとそうなるのか聞きたいよ。
どうしても会員さんの為。と言いたいならば
創価の会員さんには「無料」で、
墓なり納骨堂なりを贈呈しなさいな。
それなら納得もするよ。
何より「墓」や「納骨堂」欲しさに入会者も増えるかもよ。
え?そんな死にぞこないの会員に墓を贈呈したら「赤字」になるって?
うん。うん。そうでしょう。
それはイヤなんだよね。
つまりさ、仏法の本義なんてどうでもいいんでしょう?
要は「金儲け」の為に仏法を利用をしているだけってことだよね?
いやいや、悪いとは言ってないよ。
邪教団はどこでもやっていることだから創価だけダメとは言わない。
でもね、自分たちがそういう邪教団ってことを自覚しなさいな。
もっとゴキちゃんみたいにコソコソやりなさいよ。
せめて世間様に迷惑をかけない事を心がけて欲しいですな(笑)

そうそう、話は戻るけど家族で創価の墓苑を複数買っちゃった会員さん
ダメもとで消費者センターに相談したらどうですか?
ひょっとしたら契約取り消ししてお金えお取り戻せるかも?よ。

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Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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