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「5・3創価学会の日」池田センセ会長就任60周年。

昨日の5月3日は「ゴミの日」・・・間違いました。創価学会の日でした。大作センセが会長就任した日ですね。今年はなんと大作センセ会長就任60周年記念だそうで昨日の聖教新聞にも【お元気だった頃】の大作センセの幸せそうなお写真が掲載されているようです。昭和35年の5月3日に大作センセは創価の3代会長に就任したんですね。聖教新聞にも書いてありますが、
▼「若輩ではございますが、本日より、戸田門下生を代表して化儀の広宣流布をめざし、一歩前進への指揮をとらせていただきます」
と聞き方によると「ハッタリ」をカマすような力強い当時32歳の大作センセの就任の言葉は創価民の中でも有名だとおもいます。本人も10年くらい前の随筆かなんかで恩師戸田先生の遺影の前で上記の言葉を戸田先生と約束したとか回想してたような気がします。ではこの挨拶に後になんと続けたか創価民さんは知っていますか?教えられていない人が多いので知らない創価民さんも大勢いると思いますので教えちゃいますね。この言葉の後に大作センセが戸田先生の遺影の前で語ったのは、
▼「わが創価学会は、日蓮正宗の信者の団体であります。したがって、私どもは大御本尊様にお仕え申し上げ、御法主上人猊下に御奉公申し上げることが学会の根本精神であると信じます」
というセリフです。昔、これを教えたあげた創価民が「そんなこと言ったなんて知らない。ウソを言うな」と食って掛かってきたことがあります。大作センセの会長就任の挨拶はYouTubeなどの動画にアップされているのでウソも何もないのですが創価民のあまりの情弱ぶりにはブッたまげます。(疑う創価民は自分でネットで検索してください)この連続した文句は一体なんですよ。「化義の広宣流布」というのは「大御本尊にお仕えし」「御法主上人猊下に御奉公する」という事なんですね。「大御本尊」と「法主上人(唯受一人血脈)」から離れた「化義の広宣流布」は大聖人仏法ではありません。つまり大作センセと創価は「化義の広宣流布」を一歩前進させたどころかむしろ100歩後退させたわけです。また大作センセは60年前に恩師戸田先生の遺影の前で約束したことを反故にした師敵対の反逆者であり今の創価は大御本尊を蔑ろにする仏敵だということです。と書くと今の創価民は、当時は正宗と蜜月だったから正宗を立てあげたとか、最初から創価は独立した宗教団体だったとか言うんですけど、そもそも創価学会は日蓮正宗の一講中なのは明らかでしょう。教義も本尊も日蓮正宗のものを使って宗教法人を取得したのが創価です。最初から別ならばなんで日蓮正宗の教義と本尊を使って宗教法人を取得したのか?って話です。さて上記のような挨拶をした池田会長は17年後の52年には早くも正宗支配(または独立)を画策するわけです。(実際にはそれ以前からですが)その時は側近たちの裏切りで作戦は失敗しますが、会長就任から30年目には「御法主上人猊下」を罵倒し翌年はついに思惑通り正宗から「破門」されるという大作センセの作戦はまんまと成功するわけです。こうしてみると戸田先生の遺影の前での誓いなどほぼ守らなかったのか池田創価の歴史ですね。上記の赤字の大作センセの会長就任挨拶を読んで創価民さん達は何を思いますか?会長自ら「学会の根本精神」といっていたのにその根本がもう30年も前に覆っているのですよ。しかも言った本人が覆している。それが創価民さん達が誇らしげに語る「創価の師弟」ってやつなんですかね。普通の感覚なら宗教的指導者が宗旨の根本を180度変えたら指導者として信用できないって思うはずなんですけどね。これでは5・3は「創価ゴミの日」という名称の方が相応しいと思います。私が男子部活動家だった頃大作センセは「変節漢は人間として最低である」と何度も指導していましたが、大作センセこそその最低の人間ですね。そしてそんな最低の人間を師匠と仰いでる人も同じ穴の狢です。もし大作センセが変節漢でないなら60年前の会長就任時に恩師の遺影の前で平気で嘘をつけるサイコパスです。「いや池田先生は大御本尊を捨てていない」という人もいるでしょう。確かに大作センセの口から大御本尊を受持しないと聞いたことはありません。ならば今の創価は大作センセの意思を捻じ曲げた大作センセの敵でしょ?何故そんな創価にいるんですか?今月の5月30日は創価をやめて「ゴミゼロの日」にしませんか?きっとスッキリしますよ。


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「4・24」池田会長のウソ歴史に幕。

過日4月24日は池田センセが会長勇退した記念日だったがここ数年は創価本部としての方針なのか「4・24」の出来事はスルー。今年の聖教新聞にも何の記事も無かったようだし創価サイトの広布史にも特に池田会長勇退についてはいまではなにも書かれていない。波田地Gや元職3人組Gなどの一部の池田狂の会員・元会員などはそうした現在の創価の態度にネットで騒いで現執行部を批判しているけど、創価民全体では特に4・24の現執行部の扱いをとやかく言っている人は少ないようだ。いまさら現創価執行部が何をしようと別に驚くほどもなかろう。戒壇の大御本尊さえ捨て去るような創価執行部なのだから自分達が不利になるような大作センセの歴史などいくらでも書き換えするさ。というか大御本尊を会員に捨てさせた現執行部が次にやることは会員から「池田大作」を奪うことしかないだろう。むしろいよいよここからが最後の難関であり総仕上げというところではないだろうか。これからの創価には「池田大作」は名前だけあればいいのである。あとは無力化して有名無実の存在にするのが今後の創価執行部の方向性だと思っている。それが当然の流れだ。俺にとっては創価の内部崩壊など興味もないが、今の創価組織で活動して「池田先生の弟子」とか言っている創価民より、波田地Gや元職Gの人達の方が対池田という面では間違ってはいないと思う。さて4・24の池田会長勇退の日なんて知らない学会員さんも増えたきたので軽く説明しておくといわゆる52年路線といわれる創価の教義逸脱が宗内の僧俗で問題視され解散の危機まで追い込まれた創価がそれを回避するために当時の池田会長が引責辞任したのが昭和54年の4月24日だ。そして当時に池田会長に引責辞任を迫ったのか当時池田の側近だった秋谷や原田であることから、現執行部である彼らにとっては「師匠を裏切った日」であり彼らは創価側すれば裏切り者なのである。その事実を隠すために現執行部は「4・24」の池田勇退には触れたくないし抹消したい黒歴史なのである。
さて、創価民達は池田が会長職から退いたことを「勇退」と表現するがそのようにあたかも名誉があるような扱いの表現をするべきことではない。先にも書いたように池田創価の昭和52年の「教義逸脱」が大問題となり引責辞任したというのが事実である。だからこそ池田は「お詫び登山」(通称)をして宗門に謝罪の意を表し聖教新聞の4面という目立たない場所に「教学上の基本問題について」と題して、教義逸脱に関する訂正文を掲載したわけだ(そういえば大御本尊を捨てた時も4面だったな)それなのに平成の宗門問題が起こると(これとて池田が起こしたのだが)随筆や小説・スピーチなどで、自分が引責辞任したことを
【その背後には、悪辣なる宗門の権力があり、その宗門と結託した反逆の退転者たちの、ありとあらゆる学会攻撃があった。なかんずく、私を破壊させようとした、言語に絶する謀略と弾圧であった。】などと事実とは全く正反対の事をいい会員達を欺いたのである。日蓮正宗の信者の団体である創価学会が日蓮正宗の教義と違える指導をしていたら指弾されて当然でありそれを反省・訂正しなければ解散処分を受けて当然であることは誰に聞いても道理である。それを池田はあたかも宗門の側に非があったかの如く会内に言いふらしてるわけだ。当時はネットもそれほど普及していなかったので池田の話を鵜呑みにしてしまったが現在では当時何が有ったかすぐに分かる時代である。ネットなど調べなくても創価が破門に至った経緯や池田創価の宗門に対する言動を見れば「52年路線」の繰り返しであることがよくわかる。つまり池田は昭和52年には宗門からの独立または宗門支配を目論んでいたわけだ。「北条文書」等の証拠もある。ただその時は秋谷等の首脳陣に裏切られクーデターは失敗しただけである。もしも本当に自分に正義があると思っているのなら、会長を止め宗門への謝罪などせず潔く創価学会をやめて一人でも戦うのが本当の信念の人だろう。池田にはそんな勇気もなく面従腹背の形だけの謝罪を宗門にして創価に名誉会長という形で居座り事実上の院政を敷き平成になって悲願の創価独立を果たしたわけだ。現在の創価教学をみればあの52年当時と全く同じ逸脱した教義を立てている。当時の池田の謝罪も反省もすべて宗門と会員を欺きカネとヒトが集まっている創価をなんとか維持しいつかクーデターを成功させ名実ともに教団のトップとして君臨しようという野望を胸に頭を下げたに過ぎない。52路線の教義逸脱はまたいつか書くことにするが何にせよ現執行部がこうした池田のウソ歴史を会内に拡散しない方向でいることはいいことである。池田創価の会内での宗門絡みはほぼウソ歴史なのであまりそういう事は拡散しない方が会員が恥を書かないで済むからいいと思う。今後も自画自賛の池田センセのウソ歴史はどんどん抹消するように現創価執行部には奮闘してもらいたい。池田センセは利用できるところだけ利用すればいい。池田センセもそういやって大御本尊と宗門を散々利用し、自分の都合のいいように事実を改竄してて金と権力を得たのである。対池田という面では波田地Gや元職3人Gの言い分の方が分があるが、池田センセと不二なの現執行部の皆さん方だと俺は思ってるぞ。次は法律違反の反社行為をしてしまった「大阪事件」とこれまた池田センセのウソの逸話が多い「池田先生の入会記念日」を創価の広布史から削除しよう。頑張れ創価執行部!


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大作センセが戸田会長の不二の弟子と思えないワケ。

正宗の唯受一人相承や口伝相伝を批判している創価民たちだが、
そういう自分達はどうなのさ?っていうと先日記事にも書いたが、

追撃の手を緩めるな

すっかり大作センセの唯受一人の口伝を信用しているというのだから笑わせる。
上記の記事に書いた「追撃の手を緩めるな」という戸田会長の遺言は、
大作センセ以外は誰も聞いていない正しく「唯受一人の口伝」である。
それ以外にも大作センセは、「私と戸田先生が二人の時にこう言われた」とよく言うけど
本当にそんな話が戸田会長から有ったのかは甚だ疑問だ。
創価で活動を始めたことは、「池田先生は戸田先生の不二の弟子なんだぁ」と思ったが(だから?とも思ったけど)
本館等のスピーチで「私一人だけが戸田先生の不二の弟子である」みたいなことをいっつも言ってて、
毎回自分で自分を「唯一の不二の弟子」ってアピールしなくてもいいのにと心の中で思っていた。
(あと、私が全部やりました的の話もぶっちゃけウザかった)
それから月日が流れ、自分に教学力もついてきたり、戸田会長の指導を直接読んだりしているうちに
どうも大作センセが戸田会長の不二の弟子であるというのは、
大作センセの自己申告で実際は戸田会長の不二の弟子ではないと思い始めてきた。
初めてそう思ったのは、大作センセの大御本尊を「ただのモノだからいつかなくなっちゃう」と発言した時だ。
これは明らかに戸田会長の指導と違うと確信した。
その頃はすでに日寛上人の六巻抄や文段を研鑽していた俺にとっては、
戸田会長の指導は常に大御本尊を中心にし会員に大御本尊への信を説くものであった。
さらに詳しくいうと戸田会長の指導は日蓮大聖人(大御本尊)という、仏(人)に重点が置かれているが
しかし大作センセの指導や講義は、日蓮大聖人という仏ではなく法に偏っているのだ。
南無妙法蓮華経とは「宇宙の法則」「宇宙のリズム」これは少し違うと活動家時代からそう思っていた。
事の一念三千と理の一念三千との違いくらい、戸田会長の指導と大作センセの指導の内容が違う。
不二の師弟なのに、何故こんなにも戸田会長と大作センセの法門法義に関する理解力が違うのだろうか。
大作センセの大聖人仏法に関する理解力は戸田会長に遠く及ばないのである。

法門法義への理解力だけではない。戸田城聖全集や戸田会長の当時の発言に、
良くも悪くも池田大作という名前はほとんど登場しない。
大作センセ自慢の蒲田や大阪の未曽有の戦いの時も大作センセを褒めたたえる戸田会長の言葉は見つからない。
よく大作センセは戸田先生は厳しくて自分の事を褒めてくれなかったと言っているが、
褒めたたえなくても慰労の言葉くらいあってもよさそうなものであるがそうした事は見つからなかった。
戸田会長のご遺族である戸田会長の奥様(故人)は生前に大作センセを厳しく批判している。
また戸田会長の奥様の葬儀には「不二の弟子」は欠礼している。
創価民の見立てでは正宗を破門になり参列できない理由があったということらしいが、
当時の秋谷会長は参列しているのに大作センセが欠礼しているのはいかにもオカシナ話である。
「唯一の不二の弟子」を吹聴しているのに、不二の師匠の奥様の葬儀にも出ないとは「人の振る舞い」としてどうかと思う。
因みに戸田会長の墓は大石寺にあるが不二の弟子が破門後戸田会長の墓参をした形跡もない。

他にも大作センセが戸田会長の不二の弟子とは思えない理由はたくさんあるが、
やはり一番の理由は最初に戻るが大聖人仏法に関しての見解があまりにも違いすぎるのが一番である。
あまりにも師匠である戸田会長との指導との間に齟齬が多すぎるのである。
大御本尊を受持の対象にしない。という決定をするに至っては齟齬というよりも「師敵対」と言っても過言ではない。
こういうと今の創価民は今度は「戸田先生の宗門の悪を知っていた」とか、
酷い奴になると「戸田先生も大御本尊を後世の偽作だと知っていた」とか言い出し、
大作センセもその話を戸田会長から聞かされていたが僧俗和合の為に言わなかったなんて言い出す。
なんとか大作センセを戸田会長の不二の弟子にするために、
戸田会長までも大作センセと同じ謗法者に仕立て上げと言うのだから、なんとも恐ろしい弟子共である。
でも流石に創価民のそのロジックには無理がありすぎる。
戸田会長の指導や講演に触れれば、戸田会長が戒壇大御本尊を信仰していたことは明らかである。
現証として戸田家はいまもって日蓮正宗の信者ではないか。
寧ろ大作センセが戸田会長の「不二の弟子」ではなかった。と解釈する方が自然だろう。
実際に冒頭に書いたように「戸田の唯一の不二の弟子」というのは大作センセの自己申告で、
戸田会長本人から大作センセを自分の後継者として指名した事実はない。
例の「エレベーター相承」なるものも上りのエレベーターの中か下りのエレベーターの中かハッキリしないし、
もし本当に戸田会長から後継指名があったとしたら何故2年間も会長不在だったのか。
大作センセによれば、3代会長に就任したのは学会首脳の再三再四の懇請があったからだそうだが、
師匠・戸田会長が後継指名したのであれば再三再四の懇請を受けずとも、再三再四の懇請を受けるまで固辞しなくても
戸田会長の意思を継ぎもっと早く会長に就任したはずだし、そうすべきだっただろう。
しかし2年も会長職を空席にしていたのは戸田会長の3回忌を待ったのだろうか。
だとすると学会首脳の再三再四の懇願という行為はおかしなはなしになる。
そうした諸々の事を冷静に考えてみれば、大作センセが戸田会長の「不二の弟子」ということは考えられないのである。

まぁいずれにせよ創価民がどう妄想してもどんな詭弁を弄しても、
現在の創価学会及び創価民は戸田会長の指導と真逆なことをしているのは事実である。
大作センセは大御本尊すら利用し捨てる人間である。戸田会長も利用し今は捨てたのである。
現在の創価民はまづはそれを認めることが大切だと思う。
その上で大作センセの弟子として、大御本尊も戸田会長も捨て去って
「池田教」「創価教」に励めばそれでいいのではないかと思う。
大作センセは偉大なる師匠であり、仏様なのだから
大作センセに「師匠」は不要なのである。
「戸田先生の不二の弟子」なんて言われ
いつまでも創価に名前を利用されている戸田家にとっては迷惑千万この上ない話である。
日蓮大聖人も戸田城聖も今の創価には無関係なのである。


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「0分勤行」を創価時代に知ってればなぁ。

先日の御本尊へのお給仕の記事での林檎さんがご主人に、
昨日旦那から御本尊様にご飯お供えしてね」と言われたとコメントくれましたが、
「ほんそれ」と思うのと同時に「あるある」だなぁと思った。
かく言う俺も創価活動家時代には「お給仕」はしたことない。
俺の場合は当時は嫁も活動家だったから嫁が進んで「お給仕」してくれたのだが、
「お給仕」どころか朝の五座の勤行がなかなかできなかった。
それこそ今の創価と同じ方便自我偈の1座の勤行とか下手すると題目三唱だけなんてことも。
嫁から時々「勤行もちゃんとできないで部員さんによく指導なんてできるね」と言われた。
もうね。「ごもっとも」ですよ。活動家・幹部なんて肩書で外では部員さんに偉そうに指導なんてしているくせに
朝の勤行も出来ないなんてそりゃ恥かしい限りですよ。
方便自我偈1座の勤行になって活動家が喜ぶ気持ちも分かる(笑)
ただ言い訳させてもらえれば、最初はちゃんとやっていたんですよ。
それが役職が上がったり増えたりするうちにできなくなった。
一番の原因は寝不足。当時は毎日会合か活動があって帰宅は早くて深夜0時。
2時で平常。週に2~3回は深夜3時という生活だった。
「うそつけ」と反論する創価民もいるかも知れないが事実だからしかたない。
例えば部活の日は、21時から会合が始まり終了するのが23時半くらい。
そのあと拠点で部員さんの求めに応じて個人指導ってやつをやってると、
ほ~らね深夜2時なんてあっという間に来ちゃうでしょ。
今日は早く帰って寝ようって思ってる日に限って深夜0時からの「部長会」とかに急遽招集されたりする。
なので1日の平均嗣明時間は4時間前後。「寸暇断眠」の戦いです(笑)
まぁ俺のいた男子部は異常といえば異常なくらい武闘派男子部だったのだけど、
いくら若いとはいえ毎日コレですから朝起きる事が地獄の苦しみなわけですよ(笑)
せめて朝9時まで寝ていられたら、ちゃんと起きて五座の勤行できるのになんて思いつつ
「朝に勝て」という学会の指導を見聞きするたびに、「こんな信心ではダメだ」と反省したものです。
ところが、創価の中ではそれは「ダメ信心」ではなかったと後日知ったわけですよ。

そう、有名な大作センセの「0分勤行」→勤行「0分」の証拠

数年前に最初に見た時は「ウソだろ?」と思ったが、
裁判で学会側が提出した資料なんで事実かぁと思うとなんかニヤけてしまった。
勤行5分や0分なんて大作センセの弟子として恥じることはない。むしろ師弟不二だよ。
まぁ「0分勤行」さることながら、一日のスケジュールが凄い。この記録の日だけ特別だとしても
起床は早起きして9時15分。で起きたら新聞読んで「朝風呂」とっとと朝の勤行すればいいのにダラダラしてて
13時とか14時とかに「朝の勤行」方便自我偈1座か題目三唱の0~5分勤行。
凄いのは5月27日?10:15起床して「0分勤行」を終えて11:50からマッサージ(按摩)そのまま13:30に休息して14:30入浴。
起床してから14:55の中西と話(2号室)まで、4時間40分のうち按摩・休息・風呂が2時間50分で、「勤行は0分」
これって昭和45年頃の記録らしいから、大作センセが入信20年以上で会長やっていたころでしょ?
なんでしょうね。この記録だけ見ていると、仕事もしないで毎日呑気に生きているクズ人間の記録にしか見えない。
一般会員が、睡眠時間を削って創価の為・師匠の為とせっせと学会活動して、眠い目をこすりながら仕事をしている最中、
当の師匠様は、10時近くに起きて風呂入って題目三唱だけしてマッサージ受けて(笑)
もっとも師匠がこうであってくれれば弟子も楽でいいやね。
日興上人のような方が師匠だっから大作センセなんて真っ先に破門・・あっ!既に破門されてるか(笑)
まぁそんなわけだから創価活動家の諸君は「朝に勝てない」とか「勤行ができない」「お題目が上がらない」でとかで悩む必要は一切ありません。永遠の指導者と同じでいいのですよ。
きっとダーハラ怪鳥さん達も似たような毎日を送っているはずですから心配いりません。
え?こんな優雅な生活できないって。ですよね~。庶民には無理。仕事とかありますもんね。
こんな優雅な一日は創価上層幹部という一部特権階級だけが享受できることですから
良い子の庶民の学会員さんは決してマネしないでくださいね(笑)
さて、創価男子部時代は朝の勤行がなかなか出来なくて悩んでいた俺だが、
創価を離れたら自然といつの間にか、日々の五座三座の勤行が身につきました。
あの頃「朝が方便自我偈1座だったらいいのに」と思っていた創価活動家の俺はもうどこにもいません。


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「アホの○○師匠」からのご指導です。

教学が大切である。
人体でいえば「骨格」にあたる。
教学がしっかりしていれば
信心は崩れない。


先日の聖教新聞に掲載されていた大作センセの指導だ。
本ブログでも繰り返し「教学」の重要性について書いているが
大作センセのこの指導を読んで創価活動家は一体何を思うのだろう。
長い読者のかたはご存知の通り、本ブログには過去に何人もの
創価活動家氏がコメントを書いてきているが
「教学」を学んでいると思われる学会員は皆無だ。
「教学より自身の体験が大事だ」という顔面麻痺のおっさん。
「教学より現証だ」という極悪と戦う振りをするおばさん。
「本尊義について回答する」といったまま今もバクれている口だけスケバンの白ユリ婦人部。
そうそう先日は「バカで結構」と開き直った学会員もいたね~。
などなど、およそ「教学」とは程遠い罵詈雑言だけでその場しのぎをする連中ばかり。
本ブログに来たことはないが、例の創価森なんかもこの口である。
そうした連中が異口同音にいうのは決まって「信心は理屈じゃない」という言葉で
そしてその根底には教学軽視があり彼らの教学軽視の背景は絶対的な研鑽不足だ。
大作センセがこのように「信心の骨格」と言っている教学を軽視するということは
「大作センセ」を軽視していること同じだことだ。
いやいや、こんな連中に「師匠」と呼ばれちゃう大作センセって「アホの大作師匠」ということになる。
「聖密房御書」には

◆あしき弟子をたくはひぬれば師弟地獄にをつといへり

と書かれている。「アホの大師匠」に行き先はどうやら決まっているようだ。
そんなインチキ活動家?の彼らと比べれば、
俺の方がよほど大作センセの弟子に相応しいし
創価学会員としての資格がある(笑)
まぁ「アホの大作師匠」の弟子なんてこちらから願い下げであるが(笑)

さて大作センセは、教学がしっかりしていれば信心は崩れない。 と言っているが
すでに「信心が崩れ信心が狂っている」創価にしっかりとした教学は存在しないという所が哀れだ。
同じ記事で、大作センセは
御書は、 民衆が永遠に勝ち栄えゆくための 「勝利への源泉」なのである。
とかまたぞろないやら訳のわからない「民衆」「永遠」「勝利」でゴマがしているが、
補足をすると、「御書」が「勝利の源泉」ではなく
「御書に書かれている内容」が「勝利の源泉」なのである。
では御書には何が書いてあるのかといえば、突き詰めると「大御本尊」のことが書いてある。
いや、「大御本尊」のこと以外は書いてない。
つまり、「御書」よって「大御本尊」を知り、「信心」を知るからこそ
「御書」は成仏(勝利)への源泉となるわけだ。

門外漢の無信心の人々が御書を遺文と呼びやれ「真筆」だの「偽書」だのと騒ぎ
大御本尊を始めとする日興門流を否定するのに躍起になっているが
彼等は御書の上っ面だけを舐めているだけに過ぎないわけだ。
以前も書いたと思うが、御書は「依義判文」で読むものであり「依文判義」をしようとして無理なのだ。
文書というとモノは「文・義・意」というもが存在する。
「依義判文」とは、これらを「意」から順に読んでいくことである。
文から「意」が理解できると思っているのならばそれは凡夫の驕りだ。
それが「教学」と「学問」の違いだ。
我々信仰者の言うとところの「教学」とは「信解」ということだ。

◆信の外に解無く解の外に信無し(御義口伝上)
◆信の処に解あり解の処に信あり(御義口伝下)

と御書に仰せの通りである。
つまりは「教学」とは「大御本尊」への「信」なくして理解することはできない。ということである。
そもそも論を言えば「御書」とは「信者」へ宛てたものであり無信心の者へ宛てたものではないだろう。
だから「大御本尊」への「信」なくて御書を読むのは

◆信なくして此の経を行ぜんは手なくして宝山に入り足なくして千里の道を企つるが如し(法蓮抄)

ということで、それでは「御書」を読む意義はないわけだ。
大御本尊を捨てた今の創価は門外漢の無信心の集団なのだから
いくら「御書」を手に取ってみても「勝利」の二文字にだどりつくことはない。
今の創価活動家にとって御書は「単なる日蓮の遺文」に過ぎず
自分達の都合のいい部分だけを引用しているだけに過ぎない。
まるで五老僧の末裔である身延の僧俗と同じである。

「御書」を拝しても大聖人がご本仏であることがわからない。
「御書」を拝しても大御本尊を受持しなくてもいいと言い切る。
「だって御書のどこにも書いてないも~ん」なんて言う。
無信心の門外漢ならば俺も別に何も言わない。
創価活動家達が「大聖人直結」などと名乗り、
日興門流を「日顕宗」などと呼び捨てるが故に破折するのだ。

さてそんな創価の活動家諸氏よ。
大作センセが「アホの師匠じゃない」といことを証明するのはキミたちの務めだ。
いつまでも、罵詈雑言で逃げ回っていては情けないぞ、
大作センセが教学が大切である。と言っているではないか。
しっかり教学を学んで創価の正義とやら論証してみなさい。
日興門下たる富士門流を堂々と破折してみせなさい。
もっとも本当にしっかり教学を学べば、
今の創価が謗法団体であることはすぐにわかるはずだ。
それが分かったのなら創価から早く離れるといい。
それとも創価が謗法であることを知ってしまうことが怖いのか(笑)
だからといっていつまでも目を背けてはいては何も変わらないよ。


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Author:ダメ出しブログ管理人
【旧】日蓮正宗創価学会員(現日蓮正宗法華講)戒壇大御本尊を捨てた謗法団体でありながら日蓮大聖人の名を騙り世間や会員をだまし続ける創価本部・幹部・活動家の欺瞞・詭弁とインチキ創価教学
を徹底的に破折し正しい日蓮大聖人の仏法を宣揚します。

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