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痛恨の極み。

昨日、叔父が亡くなったと連絡があった。入院をしていたのは知っていたが重篤というわけでもなかったのだが容態が急変し息を引き取ったらしく家族の者たちも唖然としている様子だった。母の兄にあたる人で子供頃は色々と可愛がってもらった記憶が微かにある。オトナになってから叔父たちとそんなに交流はなかったが数年前に母の家に泊まりに来た時に母と伯父と3人で居酒屋で飲んだのが最後になった。叔父は若き日の池田大作と撮った社員が宝物の義叔母と結婚した時に日蓮正宗創価学会に入りそれからずっと創価民。それほど活動家というほどではなかったが義叔母の影響でそれなりに活動したようだ。数年前に母と3人で飲んだ時に少し信心の話になって創価はダメだよという話をしたがその日は飲んでいるから今度またちゃんとした話をしようと約束した覚えがある。その後母には「叔父さんをちゃんと折伏しなきゃね」と言い続けてきて、叔父が入院したと聞いた日にも退院したら叔父と飯でも食いながら折伏しようと母に話していた矢先に今回の訃報だ。今、すごく後悔している。なんでこうなる前に会ってキチンと折伏しなかったのかと。確かに折伏した所で叔父が創価を止めて大御本尊の元に戻る可能性は低かったかもしれないがお寺に連れていく事ぐらいはできたと思う。お寺にいって正しい御本尊に一緒に題目をあげることくらいはできたはずだ。なのにダラダラと数年を過ごしてしまって結局最後に有った日に「今度ちゃんと信心の話をしよう」という約束も果たさないままこんな結果になってしまって叔父にも母にも大聖人にも申し訳ない気持ちだ。訃報を聞いて自宅の御本尊にも菩提寺の御本尊にも叔父の成仏を願い唱題をしたけど、やはり生きているうちに元気なうちにちゃんと話しておかなかったことは後悔の念でいっぱいだ。人間なんていつ臨終を迎えるかわからない。ましてや高齢なら尚更でそんなこと分かり切っていたのに何やってんだよって自分で自分の事をバカだなって思う。そして母に勧戒を受けてもらってよかったとも思う。こうなってしまった以上は叔父の子供たち・・つまりオレの従弟達をなんとしても折伏しなければ。もう何十年も会っていないが叔父の葬儀の時には再開するだろうからとりあえず連絡先を交換することから始めようと思っている。それがせめてもの叔父への供養だと思っている。それにしても本当に痛恨の極みだ。「叔父さん、ごめんなさい」


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俺の11・18は1周年。

今日は創価学会創立記念の11・18ですなぁ~。
数名の現役学会員さんの話では、今年の11・18には
創価の各会館で「本尊風カラコピ掛け軸」の即売会があったとか。
まぁまた聖教になんか書くだろうから詳細はそのうち漏れ伝わってくるだろう。
創価から離れてから長い間「11・18」は俺にとって
創価を嗤う日ではあったけど別に特別な日じゃなかったけど
昨年の11月18日に我が家に正宗の御本尊をご安置したので今日はそのご安置記念。
俺にとっては大御本尊の元に戻った記念日となった。まだ1周年だけどね。

2017年11月18日 仏滅

1年経過してお寺にもだいぶ慣れた。
最初の頃はお寺に行くのはドキドキした。
なにせ広宣部時代には散々攻撃してきたお寺だからね~。
でもちょいちょい参詣しているちに動悸も治まり(笑)
いまでは自然にお詣りできるようになった。
ご住職様や執事様も気楽に声をかけてくれるし、
他の講員さんとも話すようになった(名前とか知らない人が多いけど)
創価時代は創価新報あたりが書く「衰退する日顕宗」みたいな記事を鵜呑みにしていたけど
1年間お寺に通って分かったのは、正宗の寺院ってお寺らしいお寺だなってこと。
幼稚園や月極駐車場などというサイドビジネスをするお寺も多い昨今、
正宗寺院はほぼご供養だけで食べていってるのは凄いことだと思う。
しかも謗法からの供養は受けないので信徒からの供養だけだもんな。これって結構凄いよな。
俺の知人に某お寺の住職さんがいるんだけど、その人なんて平日はバイトしているからね。
1年365日、朝6時から夜まで俺たちの為にお寺を空けてくれているんだから
ご供養くらい出せてもらわないとと思うよ。
創価の本部職員の飲食代や遊興費に使われるなんて真っ平だよね。

それともう一つ感じるのは、いつでも本堂に信徒がいるってこと。
普通お寺の本堂なんて、檀徒でも法事の時くらいしか入らないし
勝手に本堂に入れるお寺も少ないでしょ。
でも正宗寺院ってあるいみ勝手に入れるし、いつでも誰かしら信徒がいるんだよね。
これも客観的にみると凄いことだと思う。
信徒のご供養だけで運営し、その信徒がいつでも好きな時にお寺に集まっている。
大聖人がご在世の頃の身延ってこんな感じだったのかなぁって思わない?
この姿が本来の「寺院」のあるべき姿だと思う。
信徒が誰に言われるまでもなく普通に集まり
お寺はいつでもそういう人たちを受け入れる。
創価の会館なんて会員の金で建てたくせに自由に出入りもできない。
信心の拠点と言うより、公明党議員や候補者の拠点だろう。

信心と関係ない事で金儲けして、信心と関係ない政治活動して
そのうえで信心を利用して集金する。
それで「我こそが宗教界の王者だ」なんてほざいている創価とは全く違う。
創価が罵詈雑言している「日顕宗」とかいう宗派は衰退してるらしいが
日蓮正宗は、衰退どころかお寺としてはむしろ他宗よりは賑やかだと思う。
急激に信徒を増やそうとすれば、今の創価のような詐欺まがいのことをやるか
顕正会みたいに脅迫まがいの勧誘をするしかないが
正宗はいまのまま大聖人仏法の正法・正義を語っていけば
急成長はないかもしれないがやがて発展していくだろうなって思う。
そこが創価や顕正のような「ニセモノ」を取り扱っている、「法華経の業者」と違う所だ。
こちらとら「法華経の行者」だからな。

まぁ学会さんも一度近くの正宗寺院を訪ねてみたらどうだろうか?
入場料も取られないし、入口での荷物チェックもない。周りを取り囲まれることもない。
その目で創価の言っている「衰退の一途をたどる日顕宗」とやらが
実存しているか確かめてみたらどうか。
俺が知る限りでは見当たらないのだが。


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20年ぶりの信濃町

先日、神宮球場に野球を見に行った。
久しぶりに電車に乗ったんだけど、
満員電車で毎日通勤している人って凄いなぁってしみじみ思った。
俺には絶対無理だな。人が多くて酔っちゃうよ。
それはさて置き、神宮球場に行くのに信濃町の駅を乗り降りした。
いやぁ~信濃町なんて駅に来るのはそれこそ20年ぶりくらいかなぁ。
学会本部に来てた頃もほぼ車で来てたし、
電車で信濃町駅に来るなんてホント久々。
新宮球場と逆方向に向かって行く人たちはいかにも学会員ポイ人ばかり。
何だろうね。老若男女問わずあの「創価臭」はすぐに分かるよね(笑)
で、帰りに駅のホームで電車を待っていると、ホームの広告看板が
全て・・100%創価の広告で埋まっている。
創価関連以外の一般の企業や店舗の広告看板は一切なし。
JRはこのご時世に駅の看板広告が売れて嬉しいだろうけど
あれじゃ、創価以外の企業は絶対に看板出さないよな~。
あんなところに看板出したら「創価関連企業」って絶対に思われるよ。
まぁ、一般の野球帰りの人たちは、そんな看板に見向きもしてないけど
俺はそれをみていて正直気持ち悪くなった。
あれだけの看板数だと、ざっと見積もっても信濃町の駅のホームだけで
年間数千万円の広告費を払っているんだろうな。
もっとも、駅の看板なんて可愛いもんで創価はラジオ・TVなど
様々なメディアでCMしているから、そうした年間の広告宣伝費は数十億円単位なんだろうね。
でもさ、そんなお金を使って一体どんな効果があるんだろう。
ひとつは、金を使うことによる経済効果?
それとスポンサーとしてメディアをコントロールできるといったような効果か?
なんにしても、創価の言うところの「広宣流布」の効果はないのは明らかだ。
創価のCMを見て創価に入会する奴なんていないだろうし
創価のイメージアップなんてまったくしていない。
その証拠に日本創価学会の会員数は全く増えていないし
公明の比例票も選挙の度に減っている。
つまり創価の実施している広告活動は、
本来の広告としての効果はほとんどない。ってことだね。

普通の会社だったら、効果のない広告活動に大金をつぎ込むことはしない。
ところが創価は平気で意味のない広告に大金をつぎ込んでいる。
その原資はすべて会員さんの浄財である。
こんな意味のない広告宣伝に毎年数十億円も使うわけだ。
これって誰も「おかしい」って思わないのかね。
こんな事に大金使うぐらいならば、以前も記事にしたが
広布部員さんには聖教新聞を無償にしたり
聖教の配達を外部発注したり
もっといえば、財務は3年に1度にしたり
他に会員さんのために金を使ったらどうかと思う。
毎年毎年、会員さんからあらゆる手段で金を巻き上げて
湯水のように使いまくる。
詐欺師と同じで「自分の金じゃない」から何も考えずに使えるんだろうね。
そもそも、広宣流布に「CM」や「広告」は必要なのか?って話なんだけどね。
そのことについて大作センセの改定前の人間革命には、

【或る人は利口気にいう。布教に、ラジオを使うべきだ、テレビを使用すべきだーと。何と浅はかな言であろうか。
俗にいう、PRなど学会には絶対に必要ないのだ。これこそ、多くの新興宗教の取るべき、悪質な企業宗教の手段にほかならない。 正法は、断じて法を下げるような方法は取らない。取る必要がないのである】

と書いてある。

昔、これを読んだときは正しくその通りだと思った。
大聖人仏法を広めるのは、小賢しい策ではないと。
創価がもっとも大きくなった時代には創価はメディアなんて使わずに
会員ひとりひとりの「信心」で大聖人仏法を広めたんだ。
それに、現代では「メディアは第4の権力」と言われいる。
それを利用することは、「権力」を使って法を広めることと同じだ。
それは大作センセが人間革命で書いたように、大聖人仏法を下す行為なのである。
そしてこれまた大作センセがいうように、多くの新興宗教や悪質な企業宗教の手段だ。
信濃町駅のホームにずら~っと並んだ創価の広告看板は
自ら、「私達は悪質な企業宗教です」と広告しているようなものである。
もっとも、世間の多くの人たちは創価を「悪質な企業宗教」と認識しているし
事実、大聖人と無関係な団体のくせに大聖人を騙っているのだから
悪質な企業宗教なのは間違っていまい。
「悪質な企業宗教・創価学会」をアピールする。
という目的でCM・広告をしているのならば
十分、広告費以上の効果は上げていると言えなくはないが
それでも、会員さん達の浄財をこんなくだらない事に使うなんて
会員のことなんて「これっぽっち」も考えていない人達が
創価という悪質な企業宗教を運営しているんだなぁって思った。

まぁ、20年ぶりの信濃町駅は想像以上に気味が悪かったので
次に神宮に行く時は、地下鉄で外苑前から行こっと。


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林檎さん、おめでとう!

本ブログのコメンターターのお一人である林檎さんから
昨日、無事女の子を出産されたというご報告をいただいた。
12月に入ったのでそろそろかなぁ?と思って
私も朝晩ご本尊に林檎さんの無事出産をご祈念したところに
今日、嬉しい報告がありなんだが幸せな気分の
おすそ分けをもらったようです。
昨日ということは12月8日。
8日というのも本当に意義深いなぁって思った。
四条金吾の長女月満御前も8日生まれなんだよね。
そこで林檎さんとお嬢さんのお祝いに
「月満御前御書」を贈りたいと思う。
短い御書なので全文引用するね。

◆若童生れさせ給いし由承り候目出たく覚へ候、殊に今日は八日にて候、彼れと云い此れと云い所願しをの指す が如く春の野に華の開けるが如し、然ればいそぎいそぎ名をつけ奉る月満御前と申すべし、其の上此の国の主八幡大菩薩は卯月八日にうまれさせ給ふ娑婆世界の教主釈尊も又卯月八日に御誕生なりき、今の童女又月は替れども八日にうまれ給ふ釈尊八幡のうまれ替りとや申さん、日蓮は凡夫なれば能くは知らず是れ併しながら日蓮が符 を進らせし故なり、さこそ父母も悦び給うらん、殊に御祝として餅酒鳥目一貫文送り給び候い畢んぬ是また御本尊十羅刹に申し上げて候、今日の仏生れさせまします時に三十二の不思議あり此の事周書の異記と云う文にしる し置けり。 釈迦仏は誕生し給いて七歩し口を自ら開いて「天上天下唯我独尊三界皆苦我当度之」の十六字を唱へ給ふ、今の月満御前はうまれ給いてうぶごゑに南無妙法蓮華経と唱へ給ふか、法華経に云く「諸法実相」天台の云く「声為仏事」等云云、日蓮又かくの如く推し奉る、譬えば雷の音耳しいの為に聞く事なく日月の光り目くらの為に見る事なし、定めて十羅刹女は寄り合うてうぶ水をなで養ひ給うらんあらめでたやあらめでたや御悦び推量申し候、念頃に十羅刹女天照太神等にも申して候、あまりの事に候間委くは申さず、是より重ねて申すべく候、穴賢穴賢。

この御書は私からのお祝いの言葉でなく
大聖人様から林檎さんとお嬢さんへの
お祝いの言葉です。


◆日蓮が符 を進らせし故なり

とは、林檎さんの大御本尊への信心ゆえに
授かったお嬢さんだということです。
このお嬢さんこそ林檎さんの現証。
信心そのものです。
大聖人様もさぞやお喜びのことでしょう。
林檎さんと同じ純粋な信心の道を歩んで行って欲しいと思います。
林檎さんの子供さんですから心配ないですけどね。

ともあれ、林檎さん!本当におめでとうごさいます。
とっても嬉しいです。


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2017年11月18日 仏滅

今日は創価の設立記念日だね。
創価活動家諸氏は各地で、「おめでとー」とか言いあってるんだろうね~。
「創価の日。無間の旅の一里塚。めだくもありめだくもなし。」って感じだよね(笑)
そんな創価の設立記念日である本日。
俺と先日勧誡を受けたU君と
二人でご本尊下付をいただき
それこそ「めだたく」本日我が家にご本尊様をお迎えすることができた。
1月18日に創価本尊を巻いて丁度10カ月間内得信仰を続けていたが
今夜からは我が家でご本尊に向かい勤行・唱題をすることができる。
思い起こせば27年前。同じお寺で創価学会として御受戒を受け
前法主の日顕師書写の御本尊をいただいた。
その後平成5年に創価本尊と取り換えて
学会で活動し、追放され、勝手に退会届を出され・・・
そして再び同じK寺で、日顕師書写のご本尊を下付していただいた。
そういえば27年前の入信(入会)も11月だった。
大聖人様は「余は27年」と言われているが
俺は27年経ってようやく振り出しに戻った。って所だな。
ここまで随分と遠回りしたような気がするが、
創価には感謝している部分も多い。
創価があったから、日蓮仏法に出会えたのは事実だし
創価が狂ったから、正しい日蓮仏法を学べたことも事実だ。
もしも創価がなければ、おそらく信心などしていないし
もしも創価が狂わなければ、ここまで大御本尊に
恋慕の気持ちをもてなかったかもしれない。
まぁそういう意味では「遠回り」はしたけど
無駄にはなっていなかったと思っている。

◆只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候、法華第三に云く「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」(妙密上人御消息)

大御本尊を信じていれば創価のような「魔民」でも、役に立つってことだ。
まぁ、だからといって謗法創価は責めないといけないけどね。

入仏にはご住職が来てくれ、読経・ご祈念をしてくださり
御書の一節を読んでくれ、信心を励ましてくれました。
本当は先週の土曜日を予定していたのだけど
紹介者の講頭さんの都合がつかず
今日のご本尊下付になった。
「よりによって11月18日かぁ」と一度は少しガッカリしたものの
創価の創立記念日に、
創価の大嫌いな顕師書写の御本尊をいただくってことは
これからも創価を破折しなさい。との
ご本仏からのメッセージなんだと受け止めた。
「仏滅」ってのも、なんだか俺っぽくていいかな(笑)
どっちにしても、11月18日は俺にとっての記念日になったよ。
さぁ、これで内得信仰もおしまし。
今夜からはご本尊の前で勤行・唱題だな。

IMG_3110.jpg
(ご住職・講頭さんありがとうございました。)


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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
自分が知らないうちに誰かに退会届を提出されていて「いつの間にか退会」になっていた(旧)創価学会員。麗しき創価の同志に勝手に創価を退会させていただき折角なので戒壇大御本尊を捨てた大謗法の池田創価から日蓮正宗に戻りました。本サイトは池田創価の風聞・風説を基にした批判ではなく、日蓮大聖人の法門・法義を中心に大謗法の池田創価を筆頭に異流儀を破折するとともに、日蓮大聖人の仏法の正法・正義を書き綴っています。

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