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創価・鯛焼き支部長との対論へのコメントスレはこちら。

管理人と鯛焼き支部長との「日精上人に関する対論」への読者の皆様のコメントはこちらに投稿してください。コメントは誰でも自由ですが管理人が「アラシ行為」だと認定した場合は警告の上コメントは削除しますので予めご了承ください。(特に創価サイドの人はご注意を)


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鯛焼き支部長さん対論を始めましょうか(日精上人の件)

さて、先月の約束通り創価民の鯛焼き支部長との対論のスレを立てました。テーマは【日精上人は一生涯造仏を主張していかどうか】です。個人的な正直なところを言えばこのようなテーマは対論になり得ないテーマです。その理由は本対論が全て終わった頃に書きたいと思いますが、こいううテーマが学会員は好きなのも事実ですし、最初なのでここは鯛焼き支部長の希望を採用させていただきます(ひとつ貸しね)さて対論にあたって事前にいくつか注意事項・禁止事項を書きますのでお互いにこのルールを遵守していきましょう。といってもごく当然のことでどちらかに不利・有利になるようなルールではありません。いままでの他の学会員との対論等での反省を踏まえて(といっても反省するのは学会員のほうですが)のルール設定です。

1、相手の質問に対して、【質問返し】【質問スルー】【意味不明の回答】【質問に無関係な回答】をすることを禁止します。
2、テーマ(論点)の【すり替え】【拡散】をすることを禁止します。
3、特定の方の言説を文証とした場合は、同一人物の言説は全て文証として採用する(ある人物の言説を自分に都合のいいところだけ文証としない


とたったこれだけです。では鯛焼き支部長さん、「日精上人が一生涯にわたり造仏を主張した」ということを論証してください。
尚、他の方のコメントは別スレの鯛焼き支部長との対論へのコメントの方に書き込んでください。


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TSさんとの対話スレはこちら(他の方もコメントもこのスレに書き込んでください)

TSさんからのコメント返しがあったので新規にTSさんとの対話スレを立ち上げました。TSさんも他の読者の皆さんも今後はTSさんとの対話についてのコメントはこのスレに投稿してください。よろしくお願いします。それでは最初にTSさんからの公開質問の内容を掲示します(太字がTSさんの質問の内容です)

1.大御本尊が出世の本懐と証明できる御書は、何ページに書かれておりますか?
2.常住壊空の理を大御本尊だけは免れると思うのでしょうか?
3.書写(コピー、印刷)した本尊が、法主の秘儀を通すと功力のある本尊になるという考えは現代においても、通用する教義と思いますか?
4.思っているなら、どんなものか想像もしないよう信徒として思考停止されているのですか?
5.思考停止してなければ、どのような秘儀なのかダメ出しさんが想像したものをお聞かせくださいませんか?


まず全体的な感想を書きます。上記の質問からTSさんは本尊義についてはまるで何も理解していないようです。それを踏まえて回答します。

1については何度も書いていますが、具体的に出世の本懐のを指定している御書はありません。その理由は戒壇大御本尊は法体ですから特定の一信徒や不特定の多数の信徒に示すことはしないのです。そもそも御書は対機説法ですから三大秘法や一大秘法の部分部分を相手の機根や信心の理解度によって様々な角度から説いているわけです。ですから同じ「南無妙法蓮華経」を説明すのにもある時は唱題でありある時は本尊と説明しているのです。なので御書と言うのは大聖人の化導の次第などを加味し複数の御書を相互投影して読まなければ分からないのです。つまり御書は法門の相承なのです。対して戒壇大御本尊は法体ですからその法体の相承は日興上人に唯授一人血脈相承されています。なので御書に書くわけない。直接的に書いていないのが当たり前なのです。大聖人が末法のご本仏であることも御書には書いていませんし開眼の方法も御書に書いてていない。これは全て法体相承の内容だからです。この法門相承と法体相承が分からないのがTSさんなどの日興門流から外れた創価民達です。御本尊が法体であることを理解していないが故の質問ですね。
2についてもそうです。これは大御本尊を物体だと思っている証拠です。常住の仏に常住壊空の理は当てはまらないし、常住壊空する仏なんて聞いたことがないですね(笑)逆に「仏が常住壊空する」という文証を提示してください。
3これも本尊の体が分かっていなし。ご本仏の心法がなければむしろ本尊として成立しません。唯授一人血脈相承の法主上人の開眼なくて本尊として通用するという論証をしてください。
4・5は単なる難癖の印象操作ですね。唯授一人血脈の法体相承を想像することに何の意味もない。それを想像したところで歴代上人以外は分からないのですから。何の意味もない事を考えないというのは思考停止ではありませんね。こういう質問が「くだらない」といっているわけです。TSさんはもういい年齢なのですからこのようなくだらない印象操作のコメントはやめた方がいいですよ。

ざっと回答させてもらいましたが、最初に書いたように貴方は「本尊義」を全くと言ってほど理解していません(貴方に限らず創価教学の方はみな同じですが)

今度は私が質問しますよ。
「御本尊の体」とは何ですか?貴方の思う御本尊とは何なのかをなるべく具体的に教えてください。
訳の分からないルパン理論は貴方の本尊義をきいてからやりましょう。
ウダウダ書いていますけど、要するに大御本尊がなくなったらどうすんだ?って話でしょう。
いまさらそこかい!って話ですが今回の質問もルパンの質問も全て貴方の「本尊義」に対する浅識から起こっている質問なのでまずは貴方の本尊にたいする見解を教えてください。
それとすぐに回答することができない時もありますし貴方ばかりに構っていられませんので、その時は新規の投稿をせずにこちらの回答を待ってください。(ただし私以外のコメントに関する返信はしてもらって結構です。
シニフェイさんのブログでやったようなことはお止めくださいね。大人同士なんだからちゃんとルールを守ってやりとりしましょう。


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ナダルさん対論するならこのスレでお願いします。

昨晩と今朝、SNSで創価男児さんと短いやり取りしてて昨年末に創価男児さんとの対論が終わったらナダルさんとも対論するという約束を思い出しました。ナダルさんからも何も言ってこないので彼も忘れているとは思いますし彼は書き逃げコメント専門の創価民さんなので本当に対論をしにくるかは分かりませんけど、思い出してしまった以上は約束を違えるわけにもいきませんので、ナダルさんとの対論専用スレを一応立てておきます。対論のテーマは【日精上人が生涯造読家であったか否か】でしたね。ナダルさんは日精上人は一生涯にわたって造読家(造仏・法華経一部読誦思想の人)であるという主張をしています。そのような主張をすることによって日精上人を謗法の法主であるとして日興門流・日蓮正宗の血脈相承をどうしても否定したいようです。もちろん私はナダルさんの主張を斥ける立場です。今更、日精上人誹謗を持ち出してどうするのなぁと内心思ってますが(言っちゃってるけど)創価男児さんもそうですが最近創価教学を学びだした駆け出しさんには日精上人の話は目新しいようです(笑)さて、ナダルさんからのこの件に関する最後のコメントは(以下太字がナダルさんのコメント)

▼右の一巻は予法詔寺建立の翌年仏像を造立す。これに因て門徒の眞俗疑難を致す故に、蒙霧を散ぜんが為、廃忘を助けんが為に、筆を染むる者なり
この末文をどう読むのか?
単なる記録だと言えるのか?
なぜ登座後そのような書物を著す必要があったのか?


と日精上人の「随宜論」の末尾を引用したコメントになっています。そこでまずはナダルさんには、この「随宜論」の御文を詳しく解説して【日精上人が生涯にわたり造読家であった】という論証をしてもらいたいと思います。それを読んだうえで私の方から反論します。そんなわけで本当にナダルさんが対論をする気があるならば、最初のコメントでまずはナダルさん自身が学会員であることを宣言したうえで「随宜論」の上記の御文を解説して日精上人が生涯にわたり造読家であったことを論証してくださいね。もちろんいつものようにバックレても構いません(笑)それはナダルさんにお任せします。それと、ナダルさんが対論をするかどうかわからないので今のところコメントスレを別枠で立てる予定はありませんので他の読者の方も本スレにコメント入れてください。そう言う事でナダルさん、約束通りスレ立てましたからね。あとは貴方にお任せします。


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創価男児さんとの対論はどうします?

創価男児さんとの対論を続けるどうか検討中。彼は続けたいみたいだがここまで話していて彼のスタンスや教学力も見えてきたのでこれ以上話しても時間の無駄かなぁって正直思っている。まぁ続けるならばやはり最初のお題の結論を出してからじゃないとね。このまま結論の出ない対話を延々とするほど暇でもないし。最初のお題は「日顕上人への相承」についてで、ここまでの対論をまとめると、男児さんの主張は「日顕上人への相承は無かった」ということで、その理由が(1)詳細な記録が残っていない(2)正式な儀式が無かった(3)日達上人から相承を受ける時間がなかった。との3点なんだが、それに対して俺は過去の相承の例で(1)(2)の相承の詳細な記録や儀式を開催した例が少ない事を挙げ「詳細な記録」や「儀式がない」ことは相承を否定する理由にならないことを述べ、さらには「相承に必要な時間」についても彼の主張する1時間半程度というのも何も根拠がないと斥けた。つまり彼が「日顕上人への相承を否定する」根拠は【何もない】のだ。すると途中で「日顕上人が間違った法主だ」とかいいだす。最初は、
「相承した証拠がない」から日顕上人を法主と認めないと言っていたのが、途中から
「日顕上人は間違っている」から日顕上人への相承を否定する。と全く違う話にすり替えるわけだ。
この①と②は全く整合性もなく全く別の話だ。①ならば「相承した証拠がないから日顕上人を正当な法主と認められないだから日顕上人は間違っている」という話だし、②ならば「日顕上人は間違っているから正当な法主として認められない」という話になる。つまり①ならば対論のテーマは「日顕上人への相承有無」で、②ならば「日顕上人の善悪」となり全く違う話になる。最初から「日顕上人は間違っているから相承を認めない」という②がテーマならば、そのような話をするのに最初は「相承した証拠がない」という①の話だったはずである。ならば「相承を否定する根拠がない」現段階では、彼は相承を素直に認めるべきなのをなんだかんだ言っては認めようとしない。それに対し俺は「相承を否定する根拠がない」と認めるかそうでなければ相承を否定できるだけの根拠を示すように要求しているところで今は対論は止まっている。現状では全く法門法義の話はしていない。こんな所で止まっているのである。創価民としては相承は認めたくない気持ちは分かる。認めちゃったら「日顕宗」だと言っている創価は大間違いのということになるからな。それにそもそも男児さんとオレの対話は本尊義の話をする予定だった。本尊義の話をするのにその前提で日顕上人への相承の有無なんて何の関係もない話だろ。男児さんは66世・日達上人までの相承を認めているのだからこれで十分なのに無関係な日顕上人への相承の話をこんなに延々としているのもバカらしい。ただ男児さんが主題として以上この主題に対する結果は出さないと対論にならない。こんな風に御託並べて駄々こねていても対論は進まないんだな。余計な事は言わずに聞かれたことに答えるのが対論だろう。それができない相手とこれ以上対論をしても話がすり替わる度に元に戻して、余計な事は言わんでいいと注意して、最後は御託ならべて駄々こねられて終わりということになりかねない。それだと時間の無駄なんだよなぁ。どうせならもっと有意義な話したいんだけど。どうしましょ?


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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
自分が知らないうちに誰かに退会届を提出されていて「いつの間にか退会」になっていた(旧)創価学会員。麗しき創価の同志に勝手に創価を退会させていただき折角なので戒壇大御本尊を捨てた大謗法の池田創価から日蓮正宗に戻りました。本サイトは池田創価の風聞・風説を基にした批判ではなく、日蓮大聖人の法門・法義を中心に大謗法の池田創価を筆頭に異流儀を破折するとともに、日蓮大聖人の仏法の正法・正義を書き綴っています。

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当サイトは個人のブログですので、宗教法人日蓮正宗とは無関係であり日蓮正宗の公式見解ではありません。また当サイトは日蓮正宗への勧誘を目的とするサイトではありませんが、創価学会・顕正会からの脱会や日蓮正宗への移籍のご希望があれば可能な限りにおいてサポートいたします。非公開コメントよりご相談ください。
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