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創価学会常住御本尊の記念日?

先日の聖教新聞に、「5月19日は創価学会常住御本尊の記念日」と書いてあった。
俺が活動家時代は無かった記念日だが、いつの間にかまた「記念日」が増えたんだなぁ。
記念日だらけで大変だ。近い将来、大作センセの命日も増えるだろうし(笑)
どんな記念日が聖教新聞を読んでみると(以下太字は聖教新聞より引用)

1951年(昭和26年)5月3日、第2代会長に就任された戸田先生が、仏意仏勅の広宣流布の団体である創価学会の「金剛不壊の大車軸」として発願。同月19日に認められたことに由来します。
だそうだ。戸田会長が願い出た創価学会常住本尊を書写(認めた)したの記念日。
創価らしく主語を意図的に書かないからなのか、この文章だけ読むと「戸田会長が書写(認めた)」したように誤読する人もいそうな文章だが当然のことながらそんなことではなく、戸田会長が時の法主である日昇上人に請願し日昇上人が書写されたのが本尊だ。
現在、創価本部にある本尊は正確にはこの日昇上人書写の本尊を大作センセが勝手に謹刻した板曼荼羅を日達上人が追認した板曼荼羅である。大作センセの本尊無断禁謹刻事件についたは機会があればまた書くがとにもかくにも戸田先生大石寺の法主にお願いをして日昇上人から下賜されたのが「創価学会常住御本尊」である。
授与書きには「創価学会常住」とあり、脇書には「大法弘通慈折広宣流布大願成就」と書かれているので「慈折広布の御本尊」とも呼ばれている。会員に販売しているカラコピ本尊は授与書きを消しているではないか?と批判すると「授与書き」は御本尊と無関係な無意味なモノだ。といいつつ授与書きに書かれている「創価学会常住」という文字を取って記念日としているとは相変わらずのダブスタである。
さて、記事を読み進めていくと、

腐敗堕落した日顕宗は、万人平等を説く仏法に背き、“僧が上、信徒が下”などと、衣の権威で学会員を隷属・支配しようとしました。さらに、広宣流布の団体である学会の破壊を企み、「C作戦」発動直後の1991年(平成3年)には、学会員への御本尊下付を停止しました。

また、宗門は、“法主は御本尊と不二の尊体であるから信伏随従せよ”と前代未聞の邪義を唱えました

などと相変わらず宗門へ印象付けの悪宣伝を繰り返してる。日蓮正宗の戒壇大御本尊を日蓮正宗の御歴代である日昇上人が書写した本尊をいけしゃあしゃあと自分達の本部に安置し、しかも「記念日」に設定しながらその同じ舌先で大御本尊を否定し、血脈相承を否定し宗門を罵倒しているのである。本来であれば創価が退会者からカラコピ本尊を回収するのと同様に、破門された時点で正宗へ返納すべき本尊を返納するどころか「創価学会の根本の本尊」などといって嘯いているのだから、盗人猛々しいとはこのことである。「創価常住本尊」を下賜できたのは何故か?それは戸田会長が「戒壇大御本尊」を信じ、正宗の教義・化義を広め、正宗の外護に努めることを法主上人に誓ったからである。「御本尊は旗印」というが、何の旗印かと言えば「大御本尊を信仰の根本にする日興門下」の旗印であって、それを否定する邪教・邪宗の徒の端印ではないのである。
創価常住本尊を書写した日昇上人は明確にこうご指南している。

◇「戒壇の大御本尊の御内証を、帯し奉って不肖日昇六十四世の法主として、御本尊様に信仰をそめておしたため申しあげている御本尊でございまする」と。

創価常住の本尊も、「戒壇の大御本尊の内証を認めている」のである。
つまり、創価常住本尊の実態とは「戒壇大御本尊の内証」なのである。
ところが創価は「戒壇大御本尊」は受持しない。と教義変更したのである。
「戒壇大御本尊」を受持しないのであれば、その内証を認めた「創価常住本尊」も受持しないということになる。
一体、どのような理由で「戒壇大御本尊」は不受で、その内証を認めた「創価常住」は根本本尊として受持するのか。
内証以外の何をもって「創価常住本尊」を受持するのか?
それこそ「単なるモノ」であって、「単なるモノ」を創価根本本尊とする理由は何なのか?
また血脈相承否定しなら血脈相承を受けた日昇上人書写の本尊を根本にすることは法主に信伏随従しているのではないか?
日昇上人は大御本尊の御内証を所持していると戸田会長は信じていたから「創価常住本尊」を願い出たのではないのか?
戸田会長は日昇上人に信伏随従していなかったくせに「創価常住本尊」を願い出たのか?
だとしたら僧侶が上ではなく、上から僧侶を見下していたのは戸田(信者)のほうではないか。
こんな矛盾だらけの創価の主張など、教学なんて知らくても道理で十分理解できるとおもうのだが、
それを理解できずに、或いは道理に合った説明できずに、自語相違を真顔で主張するから
「創価脳」「莫迦ツドウカ」「創価狂」などと言われるのである。

さて聖教の紙面には、
今も、日顕宗の坊主や信徒は、学会員を狙って、言葉たくみに言い寄ってきます。私たちは日顕宗の邪義を打ち破り、一切の魔を断固、粉砕していきたい。
などと随分と勇ましいことも書いてあったが、私たち(創価民)が富士門流の教義を打ち破ったなどといことはあっただろうか?
リアルでもネットでもそんな勇ましい姿は目撃したこともないし、俺自身も本ブログでもリアルでも創価民に富士門流の教義を打ち破られた記憶は一切ない。
打ち破り、粉砕どころかまともに法論が出来る創価民すらいない。
逃げまくって遠くの方でイキるのが創価民の習性だろう(嗤)
法門・法義の話はサッパリで、新報だの地涌だのフェイクだのといったお手盛りの情報を垂れ流して印象操作するくらいしか出来ない、出来損ない創価民ばかりだ。そもそも機関誌で「日顕宗」などと言っている時点で単なる印象操作である。
ダーハラ怪鳥をはじめとする上層部ですらこの程度なのだから、在野の「罵詈活」の程度など知れている。
ともあれ、大御本尊を捨てた創価民にとって「創価学会常住御本尊」など、何の内証もない単なる板切れである。
まぁ、本尊が何たるかを理解できない創価民にとっては「内証」なんてどうでもいいのだろうが
そんな連中が「記念日」とか言っている姿は、やっぱり「狂ってるなぁ」としか思えないわけだ。
そして一人でも多くの会員さんがその「奇怪さ」に気づけばいいと思う。


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「ナットク」というより「セットク」?いや「イカサマ」TALKだな。

29日の聖教新聞の4面に「ナットクTALK」なる記事があった。
この「ナットクTALK」なる記事は若く初信の男子部向けに書かれているようだ。
で、今回は早くも「選挙」関係のことが書かれていたのだが、
こんな与太話で「ナットク」するのか?「ナットク」というより「セットク」
いや、これは初信の学会員を騙しているだけの「イカサマ」TALKとしかいいようがない。
内容は、相変わらず日蓮大聖人の「立正安国論」を悪利用して
「公明党」の支援活動を「大聖人の仏法」といって会員を欺くという使い古されている悪どいTALKだ。
なんでも、この記事によると(以下太字は聖教新聞から引用)

池田先生は「立正とは生命尊厳の哲理であり、人間革命の方途を示した仏法の人間主義の思想を人々の胸中に打ち立てることである。そのための実践が広宣流布である。そしてこの広宣流布は安国という、社会の繁栄と平和をもって完結するのである」と述べられている。僕たちが政治に関わるのは、この立正安国の精神にのっとり。安穏な社会を築いていくという仏法者としての社会的責務があるからといえるよ。

とうことらしいが、まず池田先生の「述べている」ことが何を言っているのかわからない。
というよりも勝手に池田先生がそう述べてるだけなのだがそれがあまりにも抽象的で漠然としすぎ。
生命尊厳だの人間革命だのそれっぽい言葉を並べていれば、
聞いている方もなんとなく正しいと思うだろうみたいな
頭の悪い人間が利口ぶっているときのセリフである。
だから普通に聞けば大作センセの指導と選挙は全く結びつかない。
この大作センセの話を聞いて「選挙が立正安国だ」って思える人間は、
これまた頭の悪い人間が利口ぶって分かったふりしているように見える。

そもそも大聖人の言う所の「立正」とは「破邪」に対する言葉である。
そしてこの立正とは具体的に言えば「三大秘法」のことであり、
突き詰めれば一大秘法の戒壇大御本尊のことである(説明は省略)
つまり、一大秘法たる戒壇大御本尊の第一義悉檀をもって「破邪」することが大聖人仏法における「立正」であり、
それによって国土を「安国」せしめることが「立正安国」の精神だ。
公明党の支援がこの立正安国の精神に「則り」とか言っているが、
創価が言っている「その立正安国の精神」は「大作センセの我見の立正安国の精神」だ。
そんなものに則るのは大聖人仏法ではない。だたのジジイの譫言で酔狂とでも言ってもいいだろう。
そしてこれまた創価活動家が選挙における唯一の頼みの綱の依文である立正安国論の、

◆汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か

だがこの御文のどこに「選挙」のことが書いてあるのかこれまた、
思考回路がショートしている人間しかわからない。同じく立正安国論には、

◆早く天下の静謐を思わ ば須く国中の謗法を断つべし
◆若し先ず国土を安んじて現当を祈らんと欲せば速に情慮を回らし・対治を加えよ
◆謗法の人を禁めて正道の侶を重んぜば国中安穏にして天下泰平ならん。

と書かれている。つまり「先ず四表の静謐を祷らん者か」とは
謗法破折・謗法対治のことを指していることは明白なのである。
「正道の侶を重んぜば」とは大御本尊に信を取る。といことである。
そして、「立正安国論」は国主諌暁の書であるから主権在民の現在に当てはめれば
自分自身と人々の謗法を退治し正法に導く事。
つまり折伏こそが唯一の「立正安国」の手立てなのである。

大聖人の立正安国の精神とは公明党を支援することでは断じてないのである。
そもそも大御本尊を捨てた創価に「立正」の精神がないのだから、
そんな創価が支持している公明党に「安国」にすることなど不可能だ。
公明党が与党になってからはどちらかと言えば「暗黒」ではないかと思うぞ。
しかも最近では公明党支援に異を唱えれば創価の組織から「処分」される始末である。
これのどこが「人間主義の思想」なのか、臍が茶を沸かすとはこのことだ。

創価の真面目な青年たちよ創価の「イカサマ」説法に騙されてはいけない。
選挙活動が信心だなどという莫迦な考えをもってはいけない。
投票権は自分の大切な「権利」である。それを創価に騙されて無駄に行使しなてならない。
どうしても、公明党に投票したいのならまだしも「大聖人の教え」などという思い違いをしないで欲しい。
そして、自分の友人・知人の大切な権利を気軽に創価の為に使わせるように真似は決してしてはならない。
ようするに、「公明党に投票したけば自分だけにしろ。他人の権利まで奪うことは許されない」ということである。
せめて、他人の投票権を侵害するような創価の選挙活動をしないことが君達の社会的責務だろう。
それをした瞬間に君たちは被害者から加害者へと変わってしまうのだからね。

それにしても、この登場人物である、創価3世38歳の新井区男子部長。
このままだと、我見と邪義で会員をだまくらかすような支部長とかになりそうで将来が心配である。(笑)


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魂の独立をした結果がコレ。

先日の11月28日は、創価の「魂の独立記念日」とやらそうで(笑)
聖教新聞では相変わらず一方的に宗門を悪者に仕立てて
もはや当時を知らない会員をだまくらかす記事が掲載さていた。
(以下太字は聖教新聞より引用)

 破門といっても、御書に基づく理由など何一つない。要するに、学会が信徒団体として宗門の権威に従っていないと決め付け、一方的に切り捨てただけである。全く人間抑圧、時代錯誤も甚だしい宗教悪そのものであった。

衣の権威”の鉄鎖から解き放たれた学会は仏法の人間主義の翼を広げ、世界宗教へと飛翔した。一方、日顕宗は衰退の坂を転げ落ちた。彼らこそ宗祖大聖人から厳しく“破門”されたことは明白である。  「魂の独立」から27年。我らは権威主義の宗教悪を責め抜きながら、大聖人直結の人間宗教の大道を朗らかに進みたい。

だそうだ(笑)まぁ何を言おうと勝手だろうが、魂の独立をした創価がその後にどうなったか?
大聖人の色心二法たる大御本尊を捨て、日寛上人のご指南を否定し、
大聖人仏法の基本の修行である勤行及びご観念文を変更し
財務と言う只の会費を供養と偽り、選挙を信心であるなどと騙り続けている。
日蓮直結などと言う己義を含めこれらの創価の所業の数々のたった一つであっても御書と符合しているところがあるのか?
それこそ御書に書いていないどころか大聖人仏法を悪用しているだけだろう。
な~にが宗教悪を責める。だ。法論のひとつも出来ないでコソコソと逃げまわるだけの活動家ばかりだろ。
「逃げるしかできない」活動家ばかりになったのは、創価が己義・邪義を連発してきたからだ。

さらに、ここ数年は執行部や公明党を批判したり、批判した人間と交流しただけで
会員を査問にかけ、活動停止や除名に追い込んでいるのはどこの組織だ。
会員を一方的に切り捨てる人間抑制の時代錯誤も甚だしい組織と言うのは
まさしく今の創価学会そのものである。
日蓮仏法を騙り、本尊もどきをばら撒き会員から金と時間を搾取し反抗すれば処分する。
それが、お前たち創価の言う「魂の独立」の結果なのである。
大御本尊から離れたものの成れの果ての姿なのである。

どんな詭弁を使おうと、どんな甘い言葉で誤魔化そうと
大聖人仏法を捨てたのは創価の方であるという事実は変えられない。
大御本尊を捨てて宗門を日顕宗と揶揄しながら、
いまだに、大御本尊を正宗の歴代法主が書写した本尊に題目あがているのも事実。
それなのに、日蓮直結だの御書だのと戯言を抜かすとは笑止千万だろう。
「魂の独立」というならば、もうお前たちの独自の本尊を使えよ。
いつまで日蓮正宗の本尊をコピってるんだ(藁)
マジでとっとと「独立」してくれないか?
お前たち創価には、大聖人も御書もなんの関係もないのである。
お前たち創価は、大聖人と無関係の門外漢なのである。
そして、それを望んだのは他でもない大作センセとゆかいな仲間たちだ。

彼らはそれは愉快であろう。
自分達の邪義をいくらいった所でご僧侶から咎められるわけでもない。
大御本尊へのご供養をそっくりそのまま自分達が搾取することができる。
なにもかも自分達の思い通りにできるんだから「宗門から独立」して嬉しいだろう。
しかし、それによって多くの純粋な会員達は無間大城に落ちていくのである。
上層部のように今世で贅の限りを尽くすことなく、だた搾取されたうえで無間地獄である。
要は創価の言う「魂の独立」とは、法華経に説かれている「五千起去」の事である。

■「この語を説きたもう時、会の中に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の五千人等ありて、即ち座より起ちて仏を礼して退けり。所以は如何。この輩は罪の根深重、及び増上慢にして、未だ得ざるを得たと謂い、未だ証せざるを証せりと謂えり。かくの如き失あり。ここを以って住せず。世尊は黙然として制止したまわず。その時、世尊は舎利弗に告げたもう『我が今、この衆には枝葉なく、純に貞実なる者のみあり。舎利弗よかくの如き増上慢の人は退くもまた佳し』」(法華経・方便品第二)


大作センセを筆頭に、創価が増上慢を起こして大聖人の会座から立ち去った日。
それが、11・28「魂の独立記念日」なのである。


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今年も創価詐欺軍団にくれぐれもご注意を。

さて、今年もまた創価の財務の季節である。
以前、創価バリカツが「債務」は「会費」だ。と言っていたがそれなら別に何の問題もない。
特に何のメリットがなくても会員が会費を払いたいと言って払う。
そんなものは俺には何の興味もないし、非難する筋合いでもない。好きにすればいい。
ところがだ、先日(11月6日)の聖教新聞に「御聖訓に学ぶ御供養の精神」なる記事を見つけた。
こういうことを会員に信じ込ませて財務を推奨するのであれば「大聖人仏法詐欺」であろう。
少し引用してその詐欺っぷりを指摘してみる(以下太字は聖教新聞からの引用)

法華経の行者に供養する功徳は、妙法を弘める人の功徳に等しく、広宣流布が拡大すればするほど、計り知れないほどの多くの功徳が、供養をした人に集まってくるのです。
 ここで、「法華経の題目を弘められている人」とは、今日においては、現実の上で大聖人の御遺命である広宣流布を進めている創価学会をおいて、ほかにはありません。


「妙密上人御消息」の文を引いてこのように書いてあるが、
このロジックは、法華経の行者=法華経の題目を広める人=創価学会
ゆえに創価学会に供養する功徳は大きい。だから財務をすれば功徳がある。ということだろう。
この一連の記事は【教学】というカテゴリーの記事なんだがいったいこれのどこが教学なのか。
こんなのただのコジツケに過ぎない。さすがは創価詐欺軍団である。
一体全体どこをどう学べば法華経の行者=創価学会になるのか?きちんと文証を挙げて説明して欲しい。
なんだこの「法華経の題目を広める人」ってのは?
「題目」を広めるならば顕正会だって佼成会だって「南無妙法蓮華経」の題目を広めてるぞ。
どうも創価の無教学活動家は「題目」とは「唱える方の題目」だと思っているおバカさんが多い。
大聖人仏法仏法における題目とは「本門の題目」である。
「本門の題目」とは「本門の本尊」がないとできない。故に広めるべきは「本門の本尊」である。
その「本門の本尊」も一大秘法たる戒壇大御本尊がなければ広めることはできない。
一大秘法から離れて唱える題目は釈迦の文上法華経の題目である。
そもそも論を言えば、法華経の行者とは大聖人様であり大聖人とは大御本尊である。
法華経の行者といい、南無妙法蓮華経の題目といってもそれは大聖人の色心二法に他ならないからだ。

◆戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云。(御義口伝巻下)
◆されば無作の三身とは末法の法華経の行者なり無作の三身の宝号を南無妙法蓮華経と云うなり(御義口伝巻下)

それにもしも「題目を広めている人」が創価ならば、会員が創価学会に供養する必要はなかろう。
むしろ供養を受け取る側であってしかるべきだろう。
自分達が法華経の行者なんだろ?自分達が創価学会仏なんだろ?
なのになんで金を出すんだ?
大聖人が他の仏にご供養をしたという文証や史実があるのか?
なぁ、それだけでオカシイって思わないのか?
それとも、いまの活動家は「題目を広めていない」のか?
つまり法華経の行者でもなく創価学会仏でもないと。
だったら創価が誰が広宣流布してるんだ?
活動家が広宣流布していないならば創価学会も広宣流布していないということだろう(実際してないが)
だったら創価に供養したところで功徳はないということだろ。

そもそも、創価の集金は「供養」ではなく「財務」だろう。
「供養」じゃないのだから「功徳」があるわけないだろうよ。
もっとも「ご供養」などとは口が裂けてもいえないだろう。
創価には「仏」が存在しないのだからな(笑)
なにせ、「日蓮がたましひをすみにそめながしてかきて候」といわれる真筆の御本尊がただの一体も創価には存在しない。
つまり日蓮大聖人の魂が創価のどこにも存在しないわけだから「供養」したくてもする相手がいない。
だから「供養」じゃなくて「財務」なのだろう?(笑)
大聖人仏法とも関係のない功徳とかそういうことじゃなくて
創価学会を運営するための運営費として徴収します。
正直にそういえばいいんだよ。
そう言ったって払うヤツは払うよ。
それをご丁寧に大聖人の御書まで引用してあたかも大聖人仏法の如く錯覚させ
あまつさえ、只の会費に「功徳がある」などと嘘をいう。
俺はね、どこかのアンチみたいに「みんなが詐欺と言っているってるから創価は詐欺だ」
なんていう野暮なことは言わない。
大聖人仏法の文証・理証の照らし創価が詐欺である所以を
ちゃんと説明したうえで「創価は詐欺だ」と言っている。
それに対して何も言い返せないのだろう?
だったら「創価の財務には功徳なんてありません」
「創価への財務は日蓮大聖人と一切何の関係もありません」と正直にいいなさいよ。

学会員のみなさん。創価の詐欺軍団に騙されてはいけませんよ。
「功徳があるから」なんて言ってくる幹部や活動家は詐欺集団の一味ですからね。
なんで、ご本仏を捨てて何も存在しない創価に金を振り込むと功徳が出るのか?
きちんと文証で説明してもらってください。多分誤魔化ししますから騙されにように。
いいですか?創価は謗法団体なんですから、1円でも供養したら後悔しますよ。
同じ紙面に書いてあったでしょ。
謗法への布施を止めよって。
末法における正しいご供養は日蓮大聖人の色心二法である大御本尊へのご供養です。
御書に書いていない法主信仰
なんてものはどこにも存在していない。法華講員は誰ひとりそんなこと言っている人を見たことない。
法華講員は「日蓮正宗」に「布施」はしません。全て大御本尊へ「ご供養」します。
故に日蓮正宗には「布施」というもはないのです。ぜんぶ「ご供養」と書くのです。
むしろ、御書に書いていない創価学会仏なんていうものを公言して憚らないのは創価です。
大御本尊を捨てて創価学会仏を立てる創価こそが大謗法であることは自明でしょう。
そんな創価の財務は、びた一文たりとも大御本尊へ「ご供養」されることはないのです。
創価学会仏という名の創価職員たちの懐に転がり込むのです。
御書をしっかりと読んでそのことに気づいて欲しいといつも思っています。
ともあれ毎年のことですが創価の大聖人詐欺にはくれぐれもご注意ください。


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新人間革命完結だってよ。

先日、小説「新人間革命」が完結したね。
最後の方は、連載打ち切りになったマンガのような展開で、
色々と端折ってムリクリ終わりにした感じだった。
センセイの連載は打ち切りになんてならないんだからもっと書けばよかったのにね。
なんで、山本伸一は突如として会員の前から姿をけしたのか?
姿を消したのちに伸一は何をやっていたのか?
伸一は恩師・戸田城聖が命を懸けて守ってきた戒壇大御本尊を何故捨てたのか?
とっても気になるんですけどそのあたりの事は一切触れられていないところが秀逸ですな。
聖教新聞では「新人間革命」完結を迎え連日関連記事が掲載されていますなぁ。

なになに.....トルストイの「戦争と平和」に匹敵するほどの作品とな(笑)
いや、ただ長く書いてきただけでしょが。トルストイと一緒にするとは言いすぎ。
「こち亀」や「ドカベン」の方が長いし内容も面白いでしょ。
池田センセより水島先生の方が凄い気がするなぁ。

え~っと....「『新・人間革命』の行間に 千数百万の庶民の人生が」とな。
確かに大作創価学会に騙された多くの民衆の怨嗟の声が行間に滲み出てますな。
とくに戸田先生とともに戦い創価の基盤をつくった草創期の方々は
大作センセのせいで、大御本尊から引き離され無間地獄で苦しんでいるのだから
そりゃ恨みつらみも言いたくなるでしょう。

そんな中、ダーハラ会長は
「『人間革命』『新・人間革命』は、広宣流布の歴史を通して「学会精神」を刻み残した「信心の教科書」です」
なんて言っちゃいってます。
今後もこの三文小説を会員に売りつけたい気持ちもわかるけど
いくらなんでも「信心の教科書」は言いすぎでしょ。
せめて「参考書」くらい言っておけば可愛げもあるのだが「教科書」って,,,,
じゃぁ「御書」は?「御書根本」だっていってるけど御書は、信心のなんなのさ?
「人革」が教科書ならば御書は何になるの?
これだから創価の患部・活動家はいつまでたっても基礎教学も身に付かないんだよ。
こんな三文小説を信心の教科書にしちゃうんだから。
こんなものエロカンターレの言霊集と同じでしょ(笑)
まぁね。これを「教科書」にすれば、喜んで学会活動に励むようなオカシナ人間に革命できるけどね。
「教科書」というより「狂化書」ですよ。こんなもんは。
しかし、これからの学会員さんはコレを買わされるんだろうね。
そのうち御書は扱わなくなるだろうからコレが御書代わりになるんでしょう。
毎月の座談会でこの三文小説を学習するのだろうね~。
30巻かぁ、1冊1500円としても45,000円。わぁ~大変だな。
まぁ少し待てばメルカリで全冊揃えで3000円くらいになると思うから慌てて買わない方がいいよ。
多分、新品同様品で売りに出させるから大丈夫(笑)

とはいえ、ゴーストライターの皆さんはお疲れさまでした。
ゴーストが書いているのバレバレのなか書き続けるストレスは相当なものがあったでしょう。
元気な池田先生が書いていると思っている会員さんを欺きつづけ罪の意識にさいなまれ眠れない夜もあったのでは?
え?それなりの高給もらっているし別に罪の意識なんてない?
さすがです。そのメンタルがなければ創価の職員なんて務まらないよね。
なにはともあれ「代作」ご苦労様でした。

さて、「新人間革命」が完結したということは、ついに大作センセの存在意義もなくなったというわけで
今後大作センセが「やる」としたら「大作本尊」くらいですかね。
どちらにしてもお払い箱になる日も近づいてきたように思います。
大聖人と同じ10月13日。創価の記念日の11月18日。戸田会長の誕生日の2月11日など
Xデー候補はいくつかありますね。
来年は参院選もあるので、早めにするかもう1年延命治療するか
人口呼吸器を外すだけであればXデーはいつでも自由に決められますからね。
選挙日程とにらめっこして、創価本部と公明党幹部で「いつにする?」なんて話し合っていそうです。
まぁ、ヤルなら参院選前の早い時期がいいでしょう。戸田センセと同じ4月2日はどうでしょう。
「センセの弔い合戦」ということで参院選大勝利間違いなしです(笑)

最後になりますが、「新人間革命」が完結したので
「先生からのお手紙」を運ぶ聖教新聞の使命も終わりですよ。
「人間革命が終わったので聖教新聞をやめます」といって購読を止められますよ。ラッキ♪


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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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