FC2ブログ

元創価職員3人組よ。大御本尊を口にするなよ。

久しぶりに元創価職員3人組のブログを読んだ。
というのも最近彼らが「大御本尊を信仰の対象から外した創価の教義」を批判しているということを知ったからだ。
ようやく彼等も多少は「信心」について真摯に考えることができるようになったのかと思ったのだが、
ヤツラはやっぱりな~んも分かっていない単なる糞ガキだったことがよくわかった。
記事のによるとヤツラの座談会の参加した会員さんから2014年の創価の教義変更について創価執行部への糾弾の声が上がったらしい。
(以下太字は3人組ブログからの引用)その会員さん曰く。

教義変更後に書かれたこの随筆には、『六大秘法』の一つである『法本尊』という言葉が、用いられているんです。 ということは、“学会本部として用いないこととした『六大秘法』を、池田先生が用いている”という矛盾が生じているんです。

大作センセは「法本尊」の言葉を使っているのに「六大秘法」用いないと言った本部は間違っている。ということだそうだ。
くだらなすぎて固まってしうが、3人組はそこから「今の創価執行部は間違っている」と本部批判を始めた。
ところが「「創価学会の教学を根底から覆す『教義改悪』を行なった学会本部」に対する提言」と題する記事の内容の酷いこと。
「大御本尊根本に教義を戻せ」といっている割には大御本尊に関する御書の引用はなく
「六大秘法」などど言っている割には日寛上人のご指南も皆無で
ひたすら大作センセの詐欺まがいのスピーチを引用している駄文だ。
コイツラの態度を見ていると、「大御本尊」は「法本尊だが、「人本尊は大作だ」と言っているようである。
「六大秘法」を口にしながら「一大秘法」を知らないとはとんだマヌケどもである。

「等しく『本門の本尊』である。」としておきながら、大石寺にある「弘安2年の御本尊」だけは「受持の対象としない」と特筆しているのです。 その目的は、「大石寺のみを切り離す」ということに他ならない。

などと創価本部を批判しておきながら同時に

日蓮大聖人の不二の弟子・日興上人は、富士大石寺を建立し大聖人の信心を護り抜かれました。しかし、腐敗・堕落した坊主らによって、日蓮仏法は700年にして白法隠没せんとしていた。

などと大石寺や日顕前法主をはじめ宗門の僧俗を腐敗・堕落などといい大石寺を「謗法の地」などと書いているのである。
「白法隠没」ってなんなん?「白法」ってのは釈迦仏法のことで大聖人仏法は大白法だ。その大白法が隠没するなんて大聖人が一体いつそんなことを言っているのか?それともコイツ等は釈迦仏法と大聖人仏法の違いさえもできていない無教学のアンポンタンなのか?はたまたこのアンポンタンこそが「池田教学」というものなのか?どっちにしてもこんなアンポンタンに大御本尊を何たるかなどと理解できているとは到底思えん。またその莫迦さ加減に輪をかけたように

初代牧口先生の一念によって、日蓮仏法は護られ現代に蘇った。

なんて言っている。おいおい、一体いつ大聖人仏法が無くなったのだ?「蘇った」というからには大聖人仏法が「無くなった」時期があったということだがそれは一体いつからいつまでなんだ。牧口ごときの信心が全く分かっていなかったジジイに一念で大聖人仏法がどうにかなるとでも思っているのか?牧口のジジイの一念ごときとご本仏の一念を同等だと思っているのか?ああ?どうなんだアンポンタンのクソガキ3人組さんよ。さらに言うにことかいて

創価三代の師匠が死にもの狂いで創られた創価学会の伝統教義を、根底から覆す破壊といってもよいものである。

とは何事だ。「大御本尊根本」という教義が創価三代の伝統教義だと?創価三代会長が創ってきただと?フザケるにも程がある。
「大御本尊根本」の教義とは我が日興門下の伝統教義でその教主はご本仏日蓮大聖人であり、700年間死に物狂いで守ってきたのは日興門流すなわち日蓮正宗の僧俗であってお前達創価ではない。大御本尊根本とは創価如きの伝統教義などでは断じてない。お前達の教義は大作根本であり、教主は大作だろうが。他人様の教義を勝手に自分のモノにし他人様の功績を自分の功績にするその厚顔無恥さは、まさにオマエたちの師匠である大作センセと同じだな。

要するにこの元創価のガキどもは、大本尊を自分達の仲間を繋ぎとめる手段として、
また創価執行部に対する攻撃のタマとして利用しているに過ぎない。
私利私欲のために大御本尊の名前を使っているだけだ。
そんなクソ野郎の発言を俺は日興門下として看過できないのだよ。
いいか、ガキども。大御本尊はお前達にはなんの関係もないのだから容易くその名を口にするのではない。
「大御本尊」はオマエ達クソガキ3人組にも、オマエ達が批判する創価執行部にも全く無関係な存在なのである。
オマエ等と創価執行部が確執していがみ合うのはオマエ達の勝手にすればいい。
でもな、オマエ達となんの関係もない「日蓮正宗」の信仰の根本である大御本尊を
オマエ達の政争の具に利用するんじゃねぇよ。お前らは謗法どうして勝手にいがみ合ってりゃいいんだよ。

そもそもオマエたちのいう「大御本尊根本」とは具体的にはどのような信心なんだよ。
大本尊のおわします大石寺を謗法の地といい、大本尊にお目通りすることはもちろんご供養のひとつもできないで
どうやって「大御本尊根本」の信心をするつもりだ?
だた会則とご観念文に「大」御本尊と書いてあればそれだけで「大御本尊根本」の信心になるのかよ?(嘲笑)
そのことについて詳しく書けよ。具体的な「大御本尊根本」の信心についてひとつもかいてね~じゃね~か。
足軽会だかなんだか知らね~が、お前らが「軽い」のは「オツム」の方だよ。
「大御本尊根本」って言えばいいってもんじゃね~んだよ。
所詮、オマエたちも現執行部と同じだよ。大聖人仏法を利用して、私利私欲のために会員さんを騙す創価体質そのものだ。
こんなくっだらないことしてる暇があったらちゃんと労働しろよ。本当に使えないガキどもだな(笑)
会員の皆さんもよく考えてみなよ。創価執行部もこの3人組も「根」は一緒だからね。

◆恣ままに三寸の舌を振いて衆生の眼目を抜き五尺の身を養わんが為に諸仏の肝心を滅す、併ら只仏法の怨魔と為り専ら緇門の妖怪と謂う可し。(念仏者・追放せしむる宣旨・御教書・五篇に集列する勘文状)

執行部もこのクソガキ3人組も大聖人仏法を利用し純真な信仰者であるいち会員を騙し利用しているだけのヤカラだよ。
本当に「大御本尊根本」とするならば、まずはこうしたヤカラから離れることです。
そして正宗や創価云々でなくまずは自分自身の信仰態度をを見つめ直すべきですよ。
自分は心から「大御本尊根本」の信心をしているのか?自問自答すべきです。


にほんブログ村

「0分勤行」を創価時代に知ってればなぁ。

先日の御本尊へのお給仕の記事での林檎さんがご主人に、
昨日旦那から御本尊様にご飯お供えしてね」と言われたとコメントくれましたが、
「ほんそれ」と思うのと同時に「あるある」だなぁと思った。
かく言う俺も創価活動家時代には「お給仕」はしたことない。
俺の場合は当時は嫁の活動家だったから嫁が進んで「お給仕」してくれたのだが、
「お給仕」どころか朝の五座の勤行がなかなかできなかった。
それこそ今の創価と同じ方便自我偈の1座の勤行とか下手すると題目三唱だけなんてことも。
嫁から時々「勤行もちゃんとできないでどううすんの?」と言われた。
もうね。「ごもっとも」ですよ。活動家・幹部なんて肩書で外では部員さんに偉そうに指導なんてしているくせに
朝の勤行も出来ないなんてそりゃ恥かしい限りですよ。
方便自我偈1座の勤行になって活動家が喜ぶ気持ちも分かる(笑)
ただ言い訳させてもらえれば、最初はちゃんとやっていたんですよ。
それが役職が上がったり増えたりするうちにできなくなった。
一番の原因は寝不足。当時は毎日会合か活動があって帰宅は早くて深夜0時。
2時で平常。週に2~3回は深夜3時という生活だった。
「うそつけ」と反論する創価民もいるかも知れないが事実だからしかたない。
例えば部活の日は、21時から会合が始まり終了するのが23時半くらい。
そのあと拠点で部員さんの求めに応じて個人指導ってやつをやってると、
ほ~らね深夜2時なんてあっという間に来ちゃうでしょ。
今日は早く帰って寝ようって思ってる日に限って深夜0時からの「部長会」とかに急遽招集されたりする。
なので1日の平均嗣明時間は4時間前後。「寸暇断眠」の戦いです(笑)
まぁ俺のいた男子部は異常といえば異常なくらい武闘派男子部だったのだけど、
いくら若いとはいえ毎日コレですから朝起きる事が地獄の苦しみなわけですよ(笑)
せめて朝9時まで寝ていられたら、ちゃんと起きて五座の勤行できるのになんて思いつつ
「朝に勝て」という学会の指導を見聞きするたびに、「こんな信心ではダメだ」と反省したものです。
ところが、創価の中ではそれは「ダメ信心」ではなかったと後日知ったわけですよ。

そう、有名な大作センセの「0分勤行」→勤行「0分」の証拠

数年前に最初に見た時は「ウソだろ?」と思ったが、
裁判で学会側が提出した資料なんで事実かぁと思うとなんかニヤけてしまった。
勤行5分や0分なんて大作センセの弟子として恥じることはない。むしろ師弟不二だよな。
まぁ「0分勤行」さることながら、一日のスケジュールが凄い。この記録の日だけ特別だとしても
起床は早起きして9時15分。で起きたら毎日新聞読んで「朝風呂」とっとと朝の勤行すればいいのにダラダラしてて
13時とか14時とかに「朝の勤行」方便自我偈1座か題目三唱の0~5分勤行。
凄いのは5月27日?10:15起床して「0分勤行」を終えて11:50からマッサージ(按摩)そのまま13:30に休息して14:30入浴。
起床してから14:55の中西と話(2号室)まで、4時間40分のうち按摩・休息・風呂が2時間50分で、「勤行は0分」
これって昭和45年頃の記録らしいから、大作センセが入信20年以上で会長やっていたころでしょ?
なんでしょうね。この記録だけ見ていると、仕事もしないで毎日呑気に生きているクズ人間の記録にしか見えない。
一般会員が、睡眠時間を削って創価の為・師匠の為とせっせと学会活動して、眠い目をこすりながら仕事をしている最中、
当の師匠様は、10時近くに起きて風呂入って題目三唱だけしてマッサージ受けて(笑)
もっとも師匠がこうであってくれれば弟子も楽でいいやね。
日興上人のような方が師匠だっから大作センセなんて真っ先に破門・・あっ!破門されるか(笑)
まぁそんなわけだから創価活動家の諸君は「朝に勝てない」とか「勤行ができない」「お題目が上がらない」でとかで悩む必要は一切ありません。永遠の指導者と同じでいいのですよ。
きっとダーハラ怪鳥さん達も似たような毎日を送っているはずですから心配いりません。
え?こんな優雅な生活できないって。ですよね~。庶民には無理。仕事とかありますもんね。
こんな優雅な一日は創価上層幹部という一部特権階級だけが享受できることですから
良い子の庶民の学会員さんは決してマネしないでくださいね(笑)
さて、創価男子部時代は朝の勤行がなかなか出来なくて悩んでいた俺だが、
創価を離れたら自然といつの間にか、日々の五座三座の勤行が身につきました。
あの頃「朝が方便自我偈1座だったらいいのに」と思っていた創価活動家の俺はもうどこにもいません。


にほんブログ村


創価学会ランキング



池田教の闇は深いな。

昨晩、創価活動家時代の後輩達と4人で飲んだ。
その中の一人のNとは3年ぶりくらいの再会だ。
3年前は4人とも創価学会員だったのが、3年経った今は、
Nだけが創価で後の3人は俺を含めて現在では法華講員である。
そうなるとまぁ自ずと信心の話になる。
俺たちは当然のことながら大御本尊を捨てた謗法団体の創価から離れ、
勧誡をうけて大御本尊の元に戻った方がいいと勧める。
Nは絵に描いた創価一家の学会2世なのだが男子部時代に、
御書を通して大聖人仏法の法門法義をイヤというほど言ってきたので話は通じるかと思いきや、予想に反して話が通じなかった。
いや、大御本尊が根本という事とか大聖人がご本仏ということは一応は分かっているようなのだが、
それ以上に「池田教」だったことに驚いた。
彼が言うには彼は池田センセが大好きらしい。
日蓮大聖人よりも池田センセの方が好きだ。といい自分は「池田教」だとも言っていた。
だから仏法の正邪よりも池田センセが好きだという感情の方が大きいらしいそうだ。
自己矛盾とは思うが池田センセが好きなので変われないらしい。
まぁ、人間は感情の生き物だからそれは全く否定する気はないが、
Nについていえば男子部時代に散々一緒に活動してきたから
もっと大聖人仏法を理解しまた信じていると思っていた。
なので「池田センセ大好きの池田教でいい」と彼が言ったときにはちょっと衝撃的だったな。
「池田センセだぁ~い好き」ってハズキルーペのCMか(笑)
まぁ俺だけなく一緒にいた他の二人も同じように彼の発言にビックリしてた。
でも「コレ」なんだな。創価活動家達が創価を辞めないのはとも思った。
どんな詭弁を使っても今の創価の教義は明らかに大聖人仏法ではない。
大御本尊を捨てた時点で創価の教義は破綻し謗法団体となったのは明らかだが創価を捨てない。
それは法門・法義よりも御本尊よりも大聖人よりも彼等にとっては池田センセが大切だということなのだろう。
創価の闇は深いなぁと思うし、邪師に従う事の怖さを感じる。

◆若し道心有らん者は彼等の邪師を捨てて宜く予が正義に随うべし、(本因妙抄)

のご聖訓も「池田教徒」の前ではただ空しいばかりだな。
法より人。正邪より好き嫌い。もうこうなると何とも言いようがないのだが、
そのような会員しか残らないとなれば創価は滅ぶことは必定だから
長い目でみれば信心ではなく感情優先の会員が多いにはいい事なのかもしれない。
「池田センセが大好き」世代なんて年々減少しているだろうし、
「センセ大好き」会員がいなくなれば組織崩壊は目に見えている。
Nも「池田先生がご存命の内は」は創価でいるらしい(因みに現在彼は非活)
それも良くわからない理屈だが、同じことを言う創価民は多い。
創価本部が大作センセに死んで欲しくない気持ちもわかるよな。
今死なれたら困るよなぁ~(笑)創価本部とすれば痴呆のまま長生きしてくれるのが一番だよな。

それはさて置き、さてさて「池田教」を名乗るNだが、
可愛い後輩だから硬軟織り交ぜながら、じっくりと再折伏していかないとな。
好きな人の為に無間地獄にいくのを見捨てておけないからな。
俺にとっては、大作センセより後輩の方が大切だからね。
この際、大作センセが死んでくれれは話は早いんだけどね(笑)


にほんブログ村


創価学会ランキング









陣中見舞い。

最近SNSでこのような文書の画像を発見した。

陣中見舞い

公明党本部からの、創価学会幹部各位への「陣中見舞い」への協力要請だ。
選挙の陣中見舞いと言えば、その昔初めての統一地方選挙の時に嫁が婦人部長から一緒に陣中見舞いに行くように言われた。
嫁はただ単に選挙事務所に顔を出すだけだと思っていたようだが、
婦人部長から「お金」を持っていくように言われ、しかも金額も1万円と指定。
当時の我が家は父親の借金返済中で本当に経済苦で1万円どころか1000円も二つ返事用意することが出来ない状態だったので、
嫁は婦人部長に「陣中見舞いにいけない」と言ったのだが聞き入れてもらえず、
聖教新聞の正配で得た僅かばかりの報酬の中から1万円を工面し「陣中見舞い」に行ったというエピソードがある。
その話を聞いたときに正直「なんでそこまでする必要があるのか?」と大いに疑問に感じたな。
その時俺は毎日Fを取って週3回遊説ドラーバーをやってそれで充分じゃないかと思ったがその上に金1万円にを献上。
その金は御本尊へ対する金でもなく創価に対する金ですらなく、単に公明党から立候補するヤツあげる金だ。
しかも親しい立候補者ならまだしも、組織が決めた「話もしたことない」ヤツにほぼ強制的に1万の寄付。
それも本人に手渡すわけでもなく本人から「お礼」や「感謝」の言葉もないのだからたまらない。
そんな思いをしたもんだから、自分が幹部になった時には「陣中見舞い」は個人の自由にした。
もちろん俺は一度も「陣中見舞い」なんぞ行ったことはない。
「陣中見舞い」をもらいたのは連日連夜候補者の為に動き回っているオレ達の方だ。

嫁に「陣中見舞い」を半強制した婦人部長もいい人だったんだよね。でも時々半強制するのは、
このような文書が組織に回覧されるからなんだろうね。
公明党本部から「陣中見舞い」の協力依頼が来てどこかで目標とか決めるやつがいて、
でもって支部何人とか地区何人とか割り振られ現場の幹部は結局「半強制」せざるを得ない。なんとも悲しいもんですな。
創価活動家は真っ赤な顔して「強制なんてしていない。嫌なら断ればいいだけのこと」と反論するだろうが、
創価の組織や幹部からの同調圧力に抵抗できる人間ばかりじゃない。
誰も抵抗できないからこうした通達が下々まで降りてくるわけだろう。

しかしまぁ公明党の議員ってやつは、集票活動もポスター張りもウグイス嬢も遊説ドライバーも
なにからなにまで学会員にだた働きさせておいて、尚且つ「選挙運動資金の為の金」(陣中見舞い)もよこせとは。
まさに泥棒に追い銭とかこのことだ。ウソつきは泥棒の始まり。泥棒の公明党。だから公明党はウソつきなのかね。
乞食政党の乞食議員に国政はおろか市政すらも任せられないと思うんだけどね。
こんな議員たちが「税金」を正しく運用できるとは思えないんだよな。

それにしても、この文書はちょっと問題じゃないかい?
政権与党つまり権力側である公明党から、宗教団体への選挙資金の協力依頼だぜ。
言葉は「協力のお願い」かもしれないが、権力側からの協力依頼とはの「断れない」ことも往々にしてあるわけだ。
(現にうちの嫁は断れずに献金しているし)
これって、権力による宗教の自由への介入ではないのか?
「政教分離」の原則に反している行為だと感じるのだがどうだろうか?
それ以前に、【政治活動に関する寄附は、寄附者の政治活動の一環としてその自発的意思に基 づいて行われるべきであり、不当にその意思を拘束し、寄附を強制することは寄 附者の政治的自由の侵害となる行為】は禁止されているのだからこのような協力要請は公職選挙法違反に該当するのではないか。
また「陣中見舞い」って確か立候補届け出の前にしてはいけないんじゃなかったけ?
この文書を読むと「事前期間より受け付ける」と書いてあるが、これだと立候補届け出前から「陣中見舞い」を受け付けますとも読み取れるのだが?
いずれにしてもこんな文書が出回っているのだから注意深く公明・創価の選挙運動をチェックしてもらいたいね。
なにせ選挙違反が得意な創価・公明だからね。
「政教一致」については今のところ黒じゃないのだろうけどグレーだよな。
まぁ創価と公明の関係は全てグレーなのだが、「グレー」でいいのか?と思う。
政治感覚ならグレーは無罪なのかもしれないが、税制優遇を且つ人道を説く宗教団体がグレーなのは如何なものかと思わない?
いくら創価活動家が「政教一致じゃない」と法解釈を盾に叫んでみても
世間ではこう言う言動を「政教一致」だというんだよなぁ。


にほんブログ村


創価学会ランキング


除名ありきの査問だからな。

沖縄知事選の一件で創価から査問の呼び出し状が来ていた天野氏が査問を受けに行った様子がSNSで発信されいる。
天野氏によると「除名申請」をしたのは、総県長の桜尾と区長の三浦なる人物らしい。
また査問は天野氏一人に対して相手は3人。創価側審議官の中心になっていたのが小川某という人物で、
当日は下の名前も立場も明かさずにいたらしいのだが、そこはネットの力の凄いところで
小川某は本名小川政治という弁護士で、さらにこの弁護士は公明党から弁護料を受けている
いわば公明党から利益を受けている弁護士であることがあっという間にネットで拡散された。
天野氏は「公明党批判」で査問を受けているのにその審議をする中心人物が
公明党から利益供与を受けている人間ということでは甚だ公平性を欠く「除名ありき」の審議であることが容易に想像がつく。
小川政治弁護士は「人権派」の触れ込みらしいが、
天野氏の信仰の自由や政治活動の自由といった人権を蹂躙している姿を見れば
「何か人権だよ」という感じで、「人権無視」の権力志向こそが
創価・公明の正体であることがあらためて浮き彫りになった気がする。
それにしても、小川「政治」とはピッタリな名前すぎて少し笑ってしまった。

実は過日天野氏よりも前に査問を経て除名になった篠澤氏と同じ組織の活動家と話をした。
色々な話をした中で篠澤氏の話も少しした。
俺も篠澤氏とは親しくはないが男子部時代に面識があるので一体何故彼が除名になったのか興味はあった。
その活動家の話では、「公明党批判」そのものが問題になったのではないらしい。
当時、篠澤氏は地区部長だったそうだが、「会合等で会員へ対して」公明党批判をしたことが問題視され、
その後、上の幹部から注意を受けたが態度を改めなかったので「除名」になったとのことだった。
その活動家曰く、「個人の政治的な考えを創価幹部として組織内で語り、会員の信心を攪乱し組織の和(秩序)を乱した」事が、「除名」の理由らしい。その除名申請は地区や支部の会員が申請したのか?と尋ねると「それはない」という話だった。当時の地区や支部の会員さんは篠澤氏が「除名」になると思っていた人間はいなかったらしい。
となると、やはり除名申請をしたのはもっと上の役職の幹部という事になるのだろう。
天野氏同様、総県長クラスの人間が申請してとみて間違いないだろう。
なにせ総県幹部にとっては「選挙」は一番重要な活動だからな。
負ければ役職を解任されそれによって自分の収入も変わってくるわけだから必死で反対者を排除にかかるだろうなと納得する。
地元の組織の会員が「除名」など望んでいないのに自分の保身の為に「除名」する。まぁ創価幹部っぽい。

これだけでも随分とおかしな話だが、わけわからないのが個人の政治的信条を組織内で発言することが除名の理由になる事だ。そもそも建前論をいえば創価は選挙は自由なのである。そして政治的信条というのは学会員とはいえ違っていて当たり前。そして選挙や政治は信心とは無関係なはずである。一介の地区部長が自分の政治的信条を会合で語ってもそれが何故に会員の信心を攪乱し、組織の和を乱すことになるのか全くわからない。
信心と関係ない選挙や政治の話をしたところで「会員の信心」が攪乱される心配はないし
組織の和というのは異体同心のことであり「同信」の信とは「信心」のことだからこれまた選挙や政治は関係ない。
もしも、選挙や政治の話で「会員の信心が攪乱され組織の秩序が乱れる」ならば、
その組織はもはや「信心の組織」とは言えないだろう。
また選挙や政治の話で組織の秩序が乱れて攪乱してしまうなら、最初から組織内で政治の話は禁止にすればいい。
組織を挙げて「選挙活動」を会員にやらせるから、「会員の信心が攪乱される」結果になるのだろう。
自分達で創価の組織内に「政治」を持ち込んで信心と政治をごちゃ混ぜにしておいて、
個人的な政治的信条を話すなって随分と無理があるしふざけた話だと思う。
政治的信条がないのなら「政治」に関わるべきではない。
要は創価本部がいいたいのは、「オマエ達のような末端会員は黙って公明党を支援すればいい。創価本部や本部に意見すんじゃねぇよ」って話だろ。
ここまで、バカにされてコケにされている支持者は日本国内では創価学会員だけじゃないか。
ここまでバカにされてコケにされても自腹でヘラヘラ公明党を支援しているのも国内では創価活動家だけ。
そしてここまで支持者をバカにしてコケにする政党は公明党だけだと思うぞ。
そんな愚民をた誑かしている公明党が与党にいたら、この国はお先真っ暗だ。
公明党などという支持者を小バカにしくさっている政党などに投票してはならないとあらためて思った。

さて、現役活動家は「僕は篠澤さんの言っていることは分かるし彼を除名した学会本部には反発してるんですよ」と俺にいった。
「でも君や君の組織の連中は篠澤さんを見捨てたんでしょ?誰も彼を助けようとしなかった。彼と一緒に創価を辞めたやつもいなかった。それは学会本部に協力したの同じですよ。そう思わない?」と聞いたが、その活動家は黙って何も答えなかった。
創価の同志なんてこんなもんなんだよなぁ。
執行部も執行部なら会員も会員。平気で人を裏切り見てみぬふりをして自分さえよければそれでいいというタイプ。
そのくせ自分をいい人のように見せたがるし、周りの人にはいい人と思われていると勘違いしている。
やっぱ、俺には無理だな。こういう人たちと何かを一緒にやっていくのは。


にほんブログ村


創価学会ランキング


プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

2017.10.26~
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
28位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
哲学・思想
2位
アクセスランキングを見る>>