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創価に退会届出さなくても大丈夫。

自分がまだ勧誡を受ける以前は、創価を退会しないと
勧誡や御授戒は受けられないものとばかり思っていたのだが、
今年、創価一族の学会三世であるO君が勧誡を受けることになり
創価に退会届を出さなくても勧誡や御授戒が受けられるという事を知った。
言われてみれば、創価に退会届を出すとか出さないとかは確かに関係ない。
御受戒を受けるのに自分の家の墓があるお寺にわざわざ檀徒をやめます。と報告しないもんな。
そもそも創価に正式な「退会届」なる書面は存在していなし、
会則には「退会」の関する規定もなければ罰則もないけだから
いちいち退会のお知らせやお届を創価にする必要もないよな。
退会するのは「気持ち」の問題で、
勧誡受けるにあたって創価に名簿が残ったままでは気持ち悪い。
正宗の信者になるにあたって創価とキッパリと決別したい。といったところだろうね。
まぁ長く創価をやっていて今の変節ぶりが嫌になった人間にとっては
はっきり「退会」という意思表示をしたい気持ちは強うだろうな。
まぁ俺のように勝手に「退会届」を第三者に書かれて提出された人間からすると
俺も自分で退会届を書いて支部長さんに手渡ししたかった。(なんてね)
確かにその方が気持ちいいが、O君みたいに大ぴらに退会できない状況の学会員もいるだろう。
そのような学会員さんで大御本尊・大聖人への信仰をしたいという人に
退会しなくても勧誡や御授戒は受けることができるとうことをアナウンスしておくね。

さて、創価を退会しないまま勧誡や御受戒をうけた人達の心配事といえば
「大御本尊を信仰しているといいながら創価を辞めることが出来ないのは謗法ではないか?」
という疑問ではないかと思う。
実際にO君をはじめ何人かの「かくれ法華講員」(笑)の方にそのような質問をされたことがある。
結論を言えば「謗法ではない」或いは「謗法であっても問題はない」と答えている。
もちろん自分から積極的に創価の活動に参加したり、
創価へ様々な形で金を支払えば完全に謗法だが
そもそもそんなバリカツが「かくれ法華講員」になるはずもないし、なれるはずもない。
多くは勧誡や御受戒をうけたが家族や親せきなどの手前、
完全に創価から離れることができない故に
「かくれ法華講員」となっているわけだから、そのような事情で創価と関わらざるを得ない場合は
厳密に言えば謗法であってもその罪を受けることはない。

◆此等の人は介爾ばかりの謗法はあれども深重の罪を受くる事はなし、信心はつよく謗法はよはき故なり、大水を以て小火をけすが如し(阿仏房尼御前御返事)

とのご聖訓にあるように、大御本尊への強い信心があるならば
多少の謗法があったとしても、信心によって消せるからである。
また、今月の創価の座談会御書の「米穀御書」にも

◆同じ米穀なれども謗法の者をやしなうは仏種をたつ命をついで弥弥強盛の敵人となる、又命をたすけて終に法華経を引き入るべき故か(高橋殿御返事)

とあるように、勧誡を受けたが創価の会合に出なくてはならない場合があったのなら
その会合の場で大御本尊への信心をしたい人を見つけ引き入れればいいのである。
そのために会合に参加していると思えば謗法への供養であっても謗法とはならない。
要は大切なのはあくまでも「信心」なのである。

◆王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず(撰時抄)

とのご聖訓のように、現在は事情により創価を退会できる状況ではなくても
「心」は創価を退会し「大御本尊」の元に戻っている。という信心をすればいい。
大御本尊へ五座三座の勤行・唱題を申し上げ、心に大御本尊を思い浮かべ
可能であればこっそり菩提寺に参詣し、たまにいいから心からのご供養をすればいい。
そうしているうちに、やがて大御本尊へのお目通りも叶い
最後には創価を堂々と退会し、また家族や親族とともに大御本尊の元に戻れるときが来る。
「創価を辞めないと謗法ではないのか?」などと思い悩む必要はない。
もしもそんな貴方が謗法だったら、勧誡や御授戒をしたご僧侶も謗法になってしまうし
法主上人も謗法となりそうであるならば、大御本尊も謗法になってしまう。
そんなことは絶対にありえないでしょう?なので大丈夫なのです。
大御本尊への信仰をしたいけど、家族や周囲の人間の手前なかなかそれができないと、
悩んでいる学会員や顕正会員のみんさん。
退会届なんてすぐにださなくても大丈夫ですよ。
退会するしないよりもまずは日蓮大聖人の元に戻ることです。
そこから全てが始まり変わっていくのです。
大聖人様は大石寺で皆さんが参詣してくるのを待っていますよ。


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元創3人組へ。大御本尊利用はやめなさい。

久しぶりに元創価職員3人組のブログを読んだ。
個人的はあの3人組のやっていることにつては特別興味もないのだが、
今回のブログ(2018年12月9日付)で、
彼らが定期的に行っているサイレントアピールのスローガンを
『2014年以降の教義変更を白紙撤回せよ!!三代の師匠が築かれた「大御本尊根本」の教義に戻せ!!』
にするとのタイトルがあり、「おお!ついに彼らも気が付いたか!」と多少期待して記事を読んだのだが
その余りの酷さにひとことダメ出ししておかないと気がすまなくなった。
(以下太字は3人組さんのブログより引用)

仏法の根本の「師弟」を忘れて己義を構え、大御本尊を否定し、
創価三代の師匠が築き上げた教義を破壊し続ける原田現本部執行部はまさに師敵対であり、
大謗法以外の何ものでもない!


 「根本の御本尊」を軽んじた原田執行部の狂いが、創価の信心の血脈を狂わせ、
まさに本尊雑乱の様相を来しているのである。


うん。うん。なるほど。なかなかいいことを言うじゃないか。とここまでは良かったもののそれもつかの間。

今から28年前の1990年(平成2年)12月、宗門は創価学会の破壊を企て、池田先生を総講頭から罷免。翌1991年(平成3年)11月には創価学会を破門した。池田先生への嫉妬にかられた天魔・日顕が、一閻浮提総与の大御本尊をいわば“人質”にし、御本尊の下付を断てば学会員が自分の信者になると考えて行なった広布破壊の蛮行であった。

などどいきなりアフォなことを言い出す。
大御本尊を人質?いやいや大御本尊が「創価のモノ」だったことなど一度たりともないだろう。
大御本尊を700年もの間、お守りしご供養してきたのは日興門流の僧俗のなのである。
ポッ出の創価が偉そうに「俺達が広宣流布した」などと何を傲慢に言っているのだね。
多額の供養した?その金は全て大御本尊へのご供養ではないか。
なんで創価に多額の残金が残るんだ?盗人猛々しいにも程がある。
なぁ~にが「人質」だ。大御本尊を金儲けに利用したは創価の方だろうが。
それに、昔から創価学会員は日蓮正宗に入会して創価学会員になるのだ。
正宗は信者(入信)ではない人間に御本尊を下付するような宗派ではないのだ。
身延かなにかと勘違いしてるのか?それとも何か?
学会員ってヤツは入信しないで御本尊だけ下付してもらうなど調子のいい事を企んでいたのか?
入信しない人間に御本尊を下付しないことが広布破壊の蛮行ならば
大聖人・日興上人のときから広布破壊の蛮行をしてきたということになるがどうなんだ?
また法主批判をし血脈相承を否定した大作センセが
法華講の総講頭を罷免されるのは至極当然なことだろう。
法主を批判する人間が「総講頭」のままでいられる方がおかしいわ。
いいか血脈相承を否定するという事は即ち大御本尊を否定するのと同じなんだぞ。
何故ならば血脈相承による法水の源は日蓮大聖人のご当体である大御本尊だからだ。
血脈相承 をずっと遡れは大御本尊(大聖人)にたどり着く。
それを否定したならばその人の信心は大御本尊にたどり着かない。
そもそも、オマエ等は初代法主がだれか知ってるのか?
初代の法主とは日蓮大聖人なのである。
血脈相承を否定するという事は、日寛上人や日興上人はもとより日蓮大聖人をも否定する謗法であることを自覚し給え。

◆凡そ謗法とは謗仏謗僧なり三宝一体なる故なり(真言諸宗違目)

そもそもオマエ達、法主を天魔といい宗門を謗法などといい散々罵っておきながら
その同じ口で、よくもいけしゃあしゃあと「大御本尊根本」などと言えたもんだな。
いったいどのツラ下げてそんな言葉を発しているんだ?サイコパスなのか(笑)


そして日寛上人といえば、この3バカトリオは創価のカラコピ掛け軸本尊もどきについて

現在創価学会が会員に授与している『日寛上人の御形木御本尊』は師匠池田先生が正式に認められた御本尊である。

などといって、現在の創価のカラコピ本尊もどきが正しい本尊であるなどと言っている。
ご存知の通り、創価の本尊風掛け軸は栃木県の浄圓寺の日寛上人ご書写の本尊のカラーコピーであるが
浄圓寺が日蓮正宗から離脱して創価側についた時点で、浄圓寺本尊は大御本尊から離れたのである。
つまり大御本尊の分身散体としての力用を失ったわけである。
身延の真筆本尊とまったく同じ状態という事だ。
そんな本尊を、【池田先生が正式に認めた】から【正式な本尊】であるなど結論付けるとは
脳みそが腐っているのか?それとも教学力が恐ろしく足りていないのか?
どっちにしても、御書の文証もなく教学的ロジックもなく
ただただ「池田先生が認めた本尊だから正しい」などと言ってしまう愚かさには呆れる。
いったい、池田大作が本尊を認定してよい。などという文証はどこにあるのかね?
そして文証・理証が全くないまま

 身近にいる、3度のガンを克服した滝川の母・滝川光子さんも話していた。
“日寛上人の御形木御本尊が間違っているというのであれば、私はその御形木御本尊に祈って3度も癌を克服した。まだまだ創価変革のために戦える体にしてくれている。この体験をどう説明するというのでしょうか。”と。


などと「現証」だけでカラコピ本尊を正当化させようとする手法はさながら「顕正会」である。
光子さんに、教えてあげるがあなたの「体験」は「魔の通力」で説明がつく。

◆唯仏の遺言の如く一向に権教を弘めて実経をつゐに弘めざる人師は権教に宿習ありて実経に入らざらん者は
或は魔にたぼらかされて通を現ずるか、但し法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず(唱法華題目抄)

との御文にあるように、文理に寄らない体験は「魔の通力」なんですよ。
つまり光子さんの体験は創価カラコピ掛け軸がまさしく「魔札」であることの証明ですね。

ともあれ、『「大御本尊根本」の教義に戻せ!!』のスローガンを掲げるというので
多少は見直したとおもったがさにあらず。
「大御本尊」を創価執行部批判の道具に利用しているだけ。
ダーハラ達と一体どこに違いがあるのかがわからない。
大御本尊を自分達の都合のいいように利用するその無信心さは
彼らが批判している創価執行部といい勝負である。そんな彼らが、
『大御本尊が根本』であるというのが永遠に変わらぬ『根本の教義』”なのである。
などと力説しても何の説得力もない。
彼らの根本はどこまで行っても末法の荒凡夫であり世紀の謗法者である「池田大作」でしかない。
私たちが根本とするのはどこまでいっても、師匠池田先生そして三代の師匠の仰せである
と自分で暴露している通りだ。
大御本尊根本なのは、大作がそう言ったからであって彼ら自身が心の底からそう信じているからではない。
大聖人直結なんていいながら、大作を通してでしか大聖人仏法を見ることが出来ない。
それが、彼らの叫ぶところの「師弟」なのだろう。
まぁ、彼達が何を信条としようが自由ではあるし、畜生界さながらの「骨肉相食む」姿を眺めているのは愉快だが
創価ともオマエ等3人組とも何の関係も大御本尊を利用して巻き込むのはやめなさい。
大御本尊様は我等日興門下が心より尊敬し大切にしている仏様である。
その大御本尊をオマエ達と創価の醜い争いごとに利用されるのは真っ平だ。
創価や池田狂信者に「大御本尊」は全く無関係なのである。
キミ達3人組は、公明党とか創価幹部のスキャンダルで騒いでいればよろしい。
こっち(信仰)の話はキミ達のような、無教学・無信心の輩が軽々に口出しすることではない。


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学会活動と信心の違いが分からなかった覚醒者さん達。

シニフェイさんの「対話を求めて」ブログを読んでて思うんだけど、
シニフェイさんもそこに集まる覚醒者を名乗る方々も「なんだかなー」って思うんだよね。
創価が詐欺って言う主張は分かるんだけど、彼らの大方の意見を聞いていると
創価も詐欺。日蓮も詐欺。信心なんて詐欺。ってもう「味噌のクソも一緒」な感じがするんだよね。
非活創価ブログの記事かなんか読んで「戒壇大御本尊は偽物だったぁ~」ってシニフェイさんがはしゃいでいたけど
非活創価ブログに書かれている内容なんて、犀角独歩氏や金原氏の研究発表をまんまパクっただけの内容だし
その犀角独歩氏にしたってもう昔から使い古されているような疑難をアレンジしているだけなのに
今更、そんな記事を読んで喜んでいるのがなんか滑稽を通り越して痛々しい。
なんでも覚醒者の皆さんは「学会活動」をやってきた活動家であり学会幹部という触れ込みの人も多いけど
「ああ、やっぱり創価の活動家ってのはこんなんなんだなぁ~」って思う。
創価を辞めて信心も止めるのみならず大御本尊や大聖人の批判をする元創価って
結局は「最初から信心(信仰心)」なんてなかったんだよな。
最初から信心が無かったのだから、功徳も罰も出ないのは当然で
それを「功徳なんてない」「罰なんてない」って、したり顔しているけど
俺からしたら「そんなの当たり前じゃんwww君たちは最初から信心してないんだから」って思うわけ。
ご本仏に信がない人がいくら祈ったってそりゃ功徳なんて出るわけないし
もともともカラーコピーの創価の本尊なんて破こうが燃やそうが罰なんて出ませんよ。
カレンダーに南無妙法蓮華経なんてつぶやいて功徳が出る?
古新聞を破って燃やしたって罰なんて出る?でないでしょ(笑)
元創価の端から無信心の人達がやっててきたのはそう言う事なんだよ。

これね、学会活動を一生懸命やっちゃうと陥るヤツね。
俺は男子部の幹部だった頃部員さんにいつも言ってたのは
「学会活動は信心じゃない」ということ。
「学会活動は例えるなら葉っぱ。根っこがご本尊への信で幹は自行化他。枝が教学。その先っぽにあるのが葉っぱである学会活動。だから根が枯れ幹が腐り枝が折れると葉っぱは荒れ落ちる」
この話をすると大抵の学会2世・3世の部員さんには
「いままで学会活動が信心だと教わってきた」といって良くも悪くも驚かれた。
俺からしてみれば当たり前のことを言っているのに驚く活動家が多かった。
ここね。ここが創価の一番の罪。
俺が会合に出始めた時もそうだったけど、活動家になると何を教わるかと言えば
「学会活動のやり方」を教わるんだよね。
本当は「信心」を教えて欲しいのに、学会活動が信心だからといって学会活動のやり方ばかり教える。
素直に一生懸命やればやるほど信心ではなく学会活動ばかり覚える。
教学だってそう。大聖人仏法ではなく池田センセのことばかり。
これじゃ、大聖人仏法と創価狂の違いなんて分かるはずがない。
シニフェイさんも本人曰く2世で50年以上学会活動をしてきたわけでしょ。
で、創価は詐欺だときづいたけど、今の創価と大聖人仏法との違いが分かっていない。
50年も信心をしてきて、その程度の教学レベルでありその程度の信仰心。
周りの方々もほぼ同じレベル。
学会は宗教じゃない。とは気が付いたけど学会活動と大聖人仏法は違う。
ということには気づけなかった。それって、ほぼ創価の思う壺なんだけどねぇ。
そのくせ、よせばいいのに大御本尊や大聖人仏法を誹謗して盛り上がる。
以前も書いたけど俺からしてみれば、その程度で「覚醒者」なんて自称するほどモノかなぁって思う。
単なる「学会退会者」でいいんじゃね?カッコつけて「覚醒者」って....(笑)
まぁ、創価を辞めてよかったね。とは思うけど、大聖人仏法を云々するほど「信心」してね~だろって思う(笑)
もちろん悪いのは創価が悪い。日蓮大聖人の仏法を教えないどころか最近では捨てておきながら
資源ごみにもならないような、コピー掛け軸で会員を騙して金と時間を搾取しているわけだから
シニフェイさん達が言うように「詐欺」行為であることは間違いない。
でも教学を学んだり自分で考えたりしなかった結果創価に騙されたわけだから、
そのあたりを自覚して反省をしないで、全面的に創価のせいとか正宗のせいにしているようでは成長はしないと思う。
教学をしっかりしていれば、「創価ごとき」に騙されたりはしない。
自分の身は自分で守れてこそ自立した個人であり、それが「覚醒」という事だと思う。
そういうことなしに、ただ創価は詐欺だぁ~って言っているだけだから創価に付け込まれる。
シニフェイさんが、鯛焼き支部長やそこにいるTSさんという創価のみならずアンチにも突っ込まれっちゃう理由はそこかな。
なんなら法華講からだって突っ込まれるでしょ?(笑)
どうせ覚醒するなら、学会活動と大聖人仏法の違いを理解するレベルで覚醒して欲しいと思う。
無条件に創価に従うのと無条件に大聖人仏法を非難することは全く変わらない。
それを「覚醒」と思っているも、創価は「信心」と思っていることとと変わらない。
本質的な部分では変わっていないのだから、覚醒ではなく退会でいいだろう。
もちろん、そのような人達に法華講になれ。と勧めているわけじゃないし勧める気もない。
信仰心がない人に信じろといっても無駄だし
信仰心がない人を正宗に入信させたても業を積ませるだけ。
そんな無意味なことをするほどお人好しでもない。
ただ「信仰心」がなくても、創価と大聖人仏法(正宗)の違いくらいは理解出るのではないか。
せめて、う○こと味噌の区別くらい出来るようになってほしいと思うだけ。そのレベルの話だ。

まぁ、それでも「学会活動は信心」といまだに思って、
謗法に時間と金を布施している罵詈活よりは全然マシ。
今の学会活動なんて「枯葉」だよ。
根から功徳という名の栄養が届くこともないし、広宣流布という光合成も出来ない。
あとは腐って無くなるだけ(笑)
そんな意味のない事に人生を使うのはやめた方がいいよ。


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鯛焼き支部長、こっそり本尊の話からフェードアウトする。

創価活動家の最強のブログの誕生か?と期待していた鯛焼き支部長のブログだが
最初の勢いはどこへやら今では「極悪ブログ」「のんかつブログ」同様にど~でもいいような創価ブログになっちゃったね。
シニフェイさんへ対抗するような「対話」系ブログになる予定だったのだろうけど
ほとんどコメントしてくる人もいなくなって閑散としていますな。
しかも最後の記事は「フリートーク」って....最早「ブログ」としてのテイすらなしていません。
フリートークしたいなら、5ちゃんでスレ立てた方がいいのでは?と老婆心ながら思うわけです。
そんな鯛焼き支部長のブログについて語るもなんなんだけど
俺としては、鯛焼き支部長の「本尊義」なるものを知りたいなぁって思っていて
たま~にチェックはしてるんだけど一向に「本尊義」については語らないんだよなぁ~。
最初に【会則変更に伴う「本門の本尊」について】と言う記事を8月2日に書いて
そのあと8月13日に【本門の本尊の件などは熟慮のうえ更新します】と書いてからもう2か月だ。
確かに記事中に【時間がなかなか取れないのでゆっくりの更新になりますが、ご承知おきください】とのお断りがあったけど
さすがに2カ月も経過してるのに「本尊義」についての記事を更新しないとは
楽しみに待っている俺のような読者を裏切る行為だろ(笑)
仕事が忙しい。とかちょいちょい言い訳しているが、その割には最近では毎日のようにコメントに書き込みして
「三大秘法がどーたら」「三宝がこーたら」と、相変わらず我見丸出しの低レベル創価教学の講釈を垂れているようで
「そんな暇があったらとっとと本尊義について意見を述べろや!このカス!」と言いたところをグッと堪えてるわけです(笑)
まぁ~おそらくこのまま「こっそり」と本尊義からフェードアウトするつもりなのでしょう。
靖国献灯事件からこっそりフェードアウトを狙っている創価本部のようなモノでしょうね(笑)

もっとも、そんなこといいつつ別に鯛焼き支部長が「本尊義」など書かなくても
いままでの彼の記事や「三大秘法」「三宝」に対する能書きを読めば
もう何を書くかも大方見当もつくからいいっちゃいいんだけど(笑)
鯛焼き支部長さんは本当に教学力が浅いから上からのぞくだけで底が見えちゃうんだよね。
シニフェイさんやシニフェイさんのブログに集まっている無信心の一般人なら
屁理屈こねて「コレが仏法ですよ」ってドヤ顔でるんだろうけど
大聖人仏法の信仰者に対しては、「対論」どころか「対話」すら無理かなぁ~。
まぁ、ご本人も「対論ではなくて対話」が目的らしいけど
そのくせ、ちょいちょい正宗へのdisりをぶっこんでくるのが姑息なんですけどね。
正々堂々と正面から正宗を破折すればいいのに。
話も回りくどい。日蓮正宗信徒さんとのやりとりとか読んででも
初手から自分の主張に誘導しているのがミエミエ。
そんなつまらない誘導質問をしてないで最初から言いたいこと書きゃいいのにウザったい。
しかもブログのメインテーマであるシニフィエ批判は読者のTSさんとか言う人に丸投げ(笑)
いかにも創価学会の支部長さんという感じですな。
まぁ「対論」では勝てないから「対話」ってことにしたい気持ちもわかりますけど
その対話すらもまともな話をできないのでつくづく創価活動家はイタイなぁと思っています。

でもまぁ~自分で「本尊について書く」といったのだから、こっそり投げ出さないで書いて欲しいもんですね。
今の創価活動家がいかに阿保な本尊観なのかみんなに読んでもらえるいい機会なんですけどね。
俺もいつでも大笑いできる準備していたのに肩透かしです。
(三大秘法と三宝論では笑わせてもらいましたけど)
どっちにしても、鯛焼き支部長のブログには頑張って欲しいですね(本当です)
「極悪ブログ」・「のんかつブログ」・「妄想家の森」とかには飽きちゃいましたし
そもそも上記3つのブログは「阿保」すぎてつまらない。
鯛焼き支部長が丁度いい「阿保」さ加減です。
ただ惜しいのは折角「阿保」という強みを持っていながら
自分で自分の「阿保さ」に気づいていない所でしょうか?
そこに気が付けば、もうすこし良いブログに育つのではないかと思いますよ。

【それは、いかに「本門の本尊」がどうであろうと、肝心なのは「三大秘法」なのです。】
【つまり本門の本尊をしかるべきところに御安置して、実際に声を出して南無妙法蓮華経と唱えるという「三大秘法」が成り立つかどうか、という点が大事なのです】

でしたよね?
でこの話の続きは?
もうこの時点で片腹痛いのですが、早く思いきっり嗤わして下さいね♪


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これが今のリアル活動家の実態なのか?ガッカリだな。

先日地区長さんと寺に個人情報保護法違反で訴えるなんていう
おバカなクレームの手紙を送ってきた学会活動家の家に訪問した。
久しぶりにリアル創価活動家と話ができるとウキウキしてたのだが・・・
以下その時のやり取りを一部を少しご紹介。

「(創価の)○○さんがお寺に出した手紙の件できたんですけど、個人情報云々と書いてあったけど宗教法人が宗教活動のために名簿を利用するのは個人情報保護法に違反していないということを知っていてあんな手紙送ってきたんですか?」
「いや、それは知らない。」
「え?そんなことも調べないであんな手紙出したんですか?じゃ言っておきますけど正宗が名簿を元に学会員を訪問して布教するのは個人保護法にいはんしてませんから。むしろ創価が統監をもとにして内部の学会員に選挙の話をしに行くのは個人保護法違反なんですよ。宗教団体の名簿を政治活動に利用しているわけですから」
「そんなことは知らない。だた学会員の家にまわってこなけらばいいんだよ」
「いやいや、布教の自由は憲法で保証されているくとぐらい知ってるでしょ。それに何の権利があって○○さんが他の家に行くなって言うんです?そんな権利あなたにはないでしょ」
「俺は教宣部だから」
「え?教宣なんだ。それならちょうどいいや。俺も元広宣部だから。○○さん、教宣部ならこんなつまらない話はやめて法門法義で法論しましょうよ」
「いまはやることがあって忙しいから無理。だったら貴方の携帯番号教えてよ」
「なんでそんなの教えなければならないの?それこそ個人情報でしょ。お寺に連してくれればいいですよ。」
「お寺はアウエーさから寺ではちょっとできない」
「教宣のくせに情けないですね。俺は学会の会館でもいいですよ、ギャラリーも連れてきてくださいよ。そのほうが面白いし。
○○さんが自信がないなら別な人連れてきても全然構いませんよ」
ここで俺の車のナンバーをメモに書いていたので、何をしているのかといいメモを取り上げる。
「個人情報云々と言っておいてナンバーとかメモしておかしくないですか?ねぇどうなの?」
「だったらあなたはどこに住んでいるんですか?」
「だから、そんなことをなんで○○さんに教えなきゃいけないの?お寺に連絡してくればいいんですよ」
「いや、法門とか話はする気はないから。いまは違う団体だから教えも違うから」
「そうなんだ。だったら他の団体の布教活動にいちいち因縁つけてくるのはやめてもらえますか。私たちだって創価の教宣が法華講員の家に行ったって文句言わないんだから」
「嫌だと言っているのに来るのはおかしいでしょ」
「ははは(笑)じゃぁエホバとかどうすんの?エホバにも手紙書くの?で警察はそれで動くとでも?それにさ、嫌がっている人のところにいって選挙とか新聞頼むのはおたくらの得ワザじゃない」
「最近はあまり法華講員のところにいきませんよ」
「え?じゃぁ教宣部って何やっての?人の車のナンバーとかこっそり控えるのが教宣活動?違うでしょ。とにかく法論しましょうよ。法論を。教宣ハンドブック持ってくればいいじゃないですか(笑)」
「そんなのやっているほど暇じゃないから。それに今忙しいからもう帰ってくれませんかね?」
「お寺にくだらない手紙書く暇あるのに?まぁいいや。じゃ帰りますけどこれからも学会員家にもいくし○○さんがまた因縁つけてきたらまたお伺いしますから。法論したくなったら連絡くださいな。俺はいつでもOKですから」

少し長くなったけどこんな感じ。時間にして20分くらいだったかなぁ。
最初の3分でいま忙しいから帰ってくれと言われたけど
忙しい割には短パン・Tシャツ姿で「いったに何に忙しいんだよ!」っておかしくなってしまった。
俺としては法論までやりたかったし、その日がダメでも法論の約束を取り付けたかったんだど
終始逃げ腰で全然乗ってこなかった。「元広宣部」って言っちゃったのが失敗かなぁ。
それにしてもこれが今のリアル活動家なのかと思うとガッカリだな。
俺が広宣部やってる時はこっちから正宗寺院に訪ねていったのに
「お寺は怖くていけませ~ん」って感じだったな(笑)
20分近く話していても「法門・法義」どころか仏法の話も一言もなし。
日顕宗を破す。なんていうお勉強しているのに折角俺のような日顕宗がわざわざ訪ねてあげたのに全く「破」さない(笑)
要は日顕宗を破す。ってのは「破す」のが目的ではなく会員を洗脳するのが目的なんだね。
しかし、「あんなもん」が教宣部なのか。教宣部でアレでは普通の活動家なんてどれだけアレなのかね?
リアルでもネットでも創価活動家ってのは同じだなぁ。
まともな法論もできないくせに、お仲間だけの場所では正宗やアンチの悪口をいってなんだか勝った気になっている(笑)
実際、相手を目の前にすると小さくなって逃げて行く。

◆おごれる者は強敵に値ておそるる心出来するなり例せば修羅のおごり帝釈にせめられて無熱池の蓮の中に小身と成て隠れしが如し(佐渡御書)

まさにこの佐渡御書に書かれている通りの姿を見せているのがいまの創価活動家だな。
それにしても「つまらない」教宣部さんだったな。
これがリアルな今の創価なんだろうね。
選挙と新聞頼むのに教学も信心も必要ないんだろな。
なんだか情けないけど、これが池田門下っていう種族だから仕方ないか。


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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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