永遠の指導者の正体は・・

昨晩、男子部時代の後輩と夕食。
彼は最近昔の池田センセの指導を読み直したそうで
改めて、今の学会の言ってることと
昔の池田センセの指導が違いすぎると嘆いてた。
昔の池田センセの指導は
法華講員と対論すると必ず引用され
そのあまりの変わりようを指摘されるのだが
学会員の返しとしては
「昔は正宗を守るために言っていた」とか
「池田センセは常に研鑽されているのだから昔と違って当たり前」とか
まぁ、とにかく「昔の指導なんて関係ない」って感じの返しをするのが定石だ。
で、破門後は正宗を守る筋合いないし
正宗は邪宗だから破折しなければならないので
昔の指導と違っていてもいいんだ。ってワケなんだろう
まぁ、正宗の坊主は裏ではこんなだった。あんなだった。
正宗側も池田はこうだった。ああだった。ってお互言い合ってる分には
リベンジポルノを曝け出し合っているようなもんで
俺にはそんなスキャンダル合戦はなんの興味もないが
こと、法門・法義に関してはそうも言ってられない。
戒壇大御本尊に関すること
唯一一人の血脈相承のこと
勤行のこと
など、大聖人仏法の根幹に関する指導においては
昔も今もないし
破門した。された。も関係ない。
そんな創価と宗門の関係いかんで
大聖人仏法の法門・法義が変わるのはおかしいしあってはならないことだ。
そのあってはならないことをしでかしているの今の創価だ。

池田センセの昔と今。
その180度違う指導はどっちが本当なの?
って聞けば、当然今の創価の主張が池田センセの本意だというだろう。
そして、池田センセが狂っていないのだとしたら
池田センセは最初から
大御本尊なんていらない。
血脈相承なんてあるわけない。
勤行なんて方便自我偈で十分だ。
って心の底で思っていたわけだ。
でも、宗門を守るため、破門前は宗門の言う通り指導していた。ってことになる。

昔の池田センセ曰く
□ 「信」とは、本門戒壇の大御本尊に、謗法の念を捨て、一心に南無したてまつり、正法正義を訴えきっていくことである
□ 日蓮大聖人の御魂は、富士大石寺にまします本門戒壇の大御本尊に御留めおかれているのである。この御本尊に唱題し、この御本尊を教えていくことは、もっとも尊いことなのである。
□日蓮正宗の根幹をなすものは『血脈』である。 大御本尊を根本とし、代々の御法主上人が、唯授一人でこれを受け継ぎ、令法久住をされてこられた。 御本尊をおしたためあそばすのは、御法主上人御一人であられる。 いくら広宣流布といっても、御本尊の御認めがなければできない。
□ただひたすらに正しき修行である五座三座をめざしゆくことが、大切ではないかと思う。

などなど今の学会が捨て否定している法門・法義を
かつては池田センセイが指導していた。
このような池田指導は枚挙にいとまがない。
これらの池田センセの指導は
全部本意でなく正宗を守ろための発言だったと言うのか?
そうならば、池田センセは全く心にもないことを昔は言っていたということだ。
これは、宗門に対しては面従腹背であり
学会員に対しては欺瞞の戯言で人気取りしていたということだ。
これが、創価の言う永遠の指導者の正体なのか?
たった、80年ばかりの人生の中で
言うことが180度違う。
しかも信心に関しての発言が全くブレている
そんな宗教者・仏法者として小っ恥ずかしい人を
永遠の指導者って思える創価幹部・活動家の気がしれない。

仮に、池田センセが嘘つきでないなら
精神分裂症か痴呆症。または狂言癖。いずれにしても病気だ。
また、池田センセが正常ならば
詐欺師・二枚舌・大嘘つきの極悪人。
さぁ、永遠の指導者の正体は一体どっちかな。
どっちにしても、ロクなもんじゃねぇって感じだな(笑)

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創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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