創価宗(池田教)を破す(前半)

創価の青年部サイトの教学特集ってところに、
お得意の「日顕宗を破す」って記事が掲載されているんだけど
読めば読むほど面白い。
てのも、書かれている内容が、まんま創価に当てはまっちゃう。
ここはひとつ、創価サイトに沿って創価臭を破してみようと思う。

【創価サイトより・法主信仰】
【日顕は「法主絶対論」「法主信仰」を振りかざしている。日顕宗の「能化」と呼ばれる高僧らの文書の中でも、「本仏大聖人、戒壇の大御本尊、歴代の御法主上人が、その内証において、一体不二の尊体にまします」などと主張している。これは完全なる邪義である。日興上人は「日興遺誡置文」の中で「時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からさる事」と厳然と仰せである。”法主は絶対”などと自分勝手な主張をする日顕を、断じて許してはならない。】

「創価臭を破す・池田信仰」
創価は「池田センセ絶対論」「創価信仰」を振りかざしている。改悪した会則の中にも、「三代会長、なかんずく池田名誉会長は広宣流布の永遠の指導者である」などと主張している。これは完全なる邪義である。日蓮大聖人の御書のどこに「池田大作が広宣流布の指導者である」などと書いてあるのか?在家信者を広宣流布の永遠の指導者であると大聖人はいつ言われたのか?そんな文証はどこにもない。日興上人は「日興遺誡置文」の中で「衆議為りと雖も仏法に相違有らば貫首之を摧く可き事 」と厳然と仰せである。”池田センセは絶対”などと自分勝手な主張をする創価幹部を、断じて許してはならない。


【創価サイトより・僧俗差別】
【日顕宗では、”僧侶が上で在家は下”という「僧俗差別義」がはこびり、僧侶による信徒支配が正当化されている。言うまでもなく、こうした信徒蔑視の思想は、日蓮大聖人の仏法には存在しない。大聖人は「男女僧尼は嫌うべからず法華経を持たせ給う人は一切衆生のしうとこそ仏は御らん候らめ」と僧俗の平等を説かれている。信徒を見下し金づるとしか見ない日顕宗が、大聖人の御精神に違背していることは明らかである】

「創価臭を破す・会員差別」
創価では、”幹部が上で会員は下”という「役職差別」がはこびり、また師弟不二などという言葉を使い、本部職員・中央幹部による会員支配が正当化されている。言うまでもなく、こうした信徒間の階級思想は、日蓮大聖人の仏法には存在しない。大聖人は「、善知識と申すは一向師にもあらず一向弟子にもあらずある事なり」と信徒間の師弟義を否定し在家信徒の平等を説かれている。会員を見下し、金ずると票田としか見ない池田教が、大聖人の御精神に違背していることは明らかである

まぁ、こんなところだ。
今夜は、続きはまた今度。

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創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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