学会の教義・ご本尊 3

現在の学会の教義で信受すべき本尊と決められている
【一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊】
三大秘法とは一大秘法たる三秘総在の戒壇大御本尊から離れて存在しない。と前回書いたが、
今回は三大秘法ではなく、
「一閻浮提総与」の観点から学会の教義に記述されているご本尊を考察する。
「一閻浮提総与のご本尊」学会員で、勤行をさぼってなければ必ず知ってる言葉である。
簡単に言えば、全ての人に与えられたご本尊と言う意味である。
学会流に言えば、「ご本尊は全ての衆生に与えれたものであり法主の所有物ではない」ってな感じで使われる。
もっともらしく聞こえるが、実はこの言葉をカン違いしてる会員が多いのだ。
何が、間違いかと言えば、確かに大御本尊は全ての衆生に与えられたご本尊ではあるが、
【全てのご本尊が一閻浮提総与のご本尊】ではないのである。
ところが、学会の勉強不足幹部は「全てのご本尊を一閻浮提総与」と思っているのである。
そもそも、「一閻浮提総与」と口にするが、
この言葉は一体どの御書に書いてあるか分かってるのだろうか?
答えは、御書には「一閻浮提総与」なる記述はどこにも無いのである。
日興上人の書にも、日寛上人の書にも「一閻浮提総与」なる記述はない。
では、誰が言い出したのか?
第五十九世日亨上人がによれば、

「近年荒木翁が戒壇本尊は未来の満天下の一切衆生に授与せられたものであるから総与の御本尊と云ふべきと主張した」 

とあるように、近代の在家の人師が言いだしたようだ。
しかも、上記の日亨上人の言にもあるように、
【戒壇本尊】即ち、弘安2年10月12日の戒壇大御本尊を指して「一閻浮提総与のご本尊」と言ってるのである。
つまり、「一閻浮提総与」という呼称は【弘安2年の本門戒壇大御本尊】に対して付けられる呼称である。
言い換えれば【一閻浮提総与の大御本尊】とは【弘安2年の本門戒壇大御本尊】に他ならない。
これは、至極当然の事だ。
法体たるご本尊は【一大秘法】の名の通り【唯一無二】なのだから。
我々のご本尊はその【万機万縁の一閻浮提総与の一大秘法・本門戒壇大御本尊】の
分身散影の一機一縁のご本尊である。
一機一縁であるのだから、自宅のご本尊は、「一閻浮提総与」のご本尊ではないのだ。
しかし、学会の教義では【一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受する】と決められている。
当然、我々の自宅に、弘安2年の本門戒壇大御本尊をご安置することはできない。
とすると、学会の教義に則れば、
我々は【弘安2年の本門戒壇大御本尊】を【信じ】
その、分身散影のご本尊を【受持する】と言う事になる。
つまり、弘安2年の本門戒壇大御本尊】を信じない。または心に抱かないのは
学会の教義に反している事になるのだ。


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ところで

一機一縁という言葉は、御書の何処にも書かれていない。しかるに貴方は一機一縁という言葉は一切否定せずに各家庭の曼陀羅は一機一縁であると結論付けている。一閻浮提総与という言葉が御書にない事を以て否定する吾人の大きな矛盾である。

ども✋🏽

ご本尊は、皆一緒でしょ?弘安二年以外の本尊は偽物なんですか?
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