御書根本・・・だろ?

【御書を根本とする】とは、学会の教義だ。
御書そのものが、大聖人の法義・法門であるから、
学会の教義として御書根本っていう言い回しはなんだか変な言い回しだが、
要するに、【学会教義=御書(大聖人の法義・法門)】という事だ。
さて、その根本の御書だが、毎日のようにどこかで開催されてる会合で
根本として取り扱われてる場面はあるのだろうか?
俺の知ってる限りでは、会合等で幹部・会員が御書を開いてる姿にお目にかかることは滅多にない。
かろうじて、座談会の時に御書を読むが、
御書は開いてない。開いてるのは、大白蓮華。
ま~担当幹部が御書開いてないんだから、会員も御書を開く訳ないが。
御書を担当してる会員も、研鑽して講義してるとは程遠い内容。
ただの、大白蓮華の読み合わせ程度の代物だ。
これは、教学試験の勉強会ですら似たようなもの。
一体、どこが御書根本なのか?御書根本とは名ばかりである。
ある幹部に「池田名誉会長のスピーチや指導ばかりでなく、たまには御書講義したら?」と言ったら
その幹部が言うには「池田先生のスピーチは御書に基づいてる。難しい御書よりも先生のスピーチの方が分かりやすい」  らしい。
難しいのは、お前が学んでないからだろ?
分かりやすく話せないないのはお前の努力不足じゃないのか?
そもそも、御書の代わりに池田名誉会長のスピーチを学ぶって、
俺たちは、顕正会か?
顕正会の会員は御書読まない。浅井センセーの御書講義やスピーチしか学ばない。
そんな顕正会を散々、広宣部で破折してきたのに、
今や、我が創価学会も同じ道を歩んでいこうしてると思うと情けない。

幹部は、必ず会合で御書講義をしろ。
じゃなきゃ、会則の教義に反しているのだから、役職を罷免しろ。
御書も開かない幹部の言う事など信用に値しないのだ。


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創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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