指導と批判

「幹部批判はしてはいけない」
散々、聞かされてきた。
一体、批判とはどういうことだろうか?

これは、実際に合った話だが、
「もっと御書を読んで教学を身につけないといけない」
と言ったとする。
コレは、幹部から会員に言ったら立派な指導である。
ところが、同じ言葉を
会員からから幹部に言うと
批判となる。

「もっと御書を読んで教学を身につけないといけない」
これは、正しい。
幹部が会員に対する指導として間違っていない。
とかろが、会員から幹部にこう言うと
たちまち、まるで悪い事を言ってるかのように、「幹部批判だ」となる。

そこには、役職によって信心の厚薄が決まっているかのような錯覚か存在している。
幹部より、信・行・学に長けている会員はゴマンといる。
長を中心として活動をしていかなければならないのなら
アホな長は、ゴメン蒙りたい。
教学がイマイチ、或いは間違ってるなら、修正してもらいたい。
題目があがってないなら、キチンと唱題してもらいたい。
そう思うのは会員なら当然の事である。
しかし、ながら少しでもそれを言うと
「幹部批判」として、逆に注意を受ける羽目になる。

こんな、バカげた事を言ってるようだから、
バカな幹部は野放しにされ、会員の気苦労は絶えない。
これも、人材不足故にインフレ人事で、幹部ばかり増やし、
更迭しない学会のやり方の弊害である。

そういえば、
「幹部の批判してはいけない」と口にするのは、
必ず、その言われてる当の幹部達だけである。
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創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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