今週の言葉(11月16日)

 凱歌の創立日、万歳!
 全同志の勝利なり。
 大願とは法華弘通なれば
 新たな拡大の波を
 わが足元の地域から!
@@@@@@@@@@@@

全くインチキだらけだな。
一体、全学会員が何に勝利したというのか?
勝利したのは会員でなく
創価上層部だけだろう。
1年前、大御本尊を会員にまんまと捨てさせた事。
それによってついに長年の野望である
正宗からの完全独立に成功したのだ。
これでもう、御本尊を含め
総て、自分達の思いどうりに何もかもできる。
やりたい放題、威張りたい放題、稼ぎたい放題の
まさに無敵の状態だ。
そりゃ、万歳!のひとつもしたいだろうよ。

対する会員は?といえば
勝利どころか大敗北である。
宗門から離れ謗法と化してきた学会の中で
唯一であり、最後の希望だった
大御本尊への信を失い
このままいけば、行き着く先は無間地獄なのだから。
かつて、池田センセは「魔を見破る事が大切だ」と指導した。
御書にも、

◆かたきをしらねばかたきにたぼらかされ候ぞ(光日房御書)

とあり、敵を知らなければ、的に誑かされてしまう。とある。
かたき(敵)とは言うまでもなく大聖人(戒壇大御本尊)の敵のことだ。
それなのに多くの学会員が
名聞名利の故に大聖人仏法をすて、
魔に食い破られ大聖人に敵対した
創価上層部に騙されるとは、まさに

◆悲しいかな数十年の間百千万の人魔縁に蕩かされて多く仏教に迷えり(立正安国論)

との御聖訓そのものの姿だ。

そんな今の創価は、牧口・戸田の創立した創価学会ではない。
全く別の団体だ。
そもそも戸田先生が創立したのは
「日蓮正宗・創価学会」である。
「日蓮世界宗」(創価学会の公式宗派名)などという
一宗一派を旗揚げしたのではない。
宗門から独立(破門)して、「日蓮世界宗」などという宗派を立てた時点で
もう牧口・戸田の創価学会ではなくなった。
唯一、大御本尊に対する「信」だけが創立者の精神とした残っていたのだが
それすら失ってしまったのだから
今の学会は「創価学会」とは名ばかりの謗法団体だ。

何が、「法華弘通」だ。
今の創価のどこに「弘通」する「法体」がある?
隅から隅まで探しても
今の創価には「弘通する体」などどこにもない。
あるのは、牧口・戸田の創立の意思に反した
創価教なる謗法の教えだけである。
そんなもの弘通するのは、まさに仏敵であり
そんなものを弘通なんてさせてはいけない。

◆悪は多けれども一善にかつ事なし、譬へば多くの火あつまれども一水にはきゑぬ、此の一門も又かくのごとし。(高橋入道殿御返事)

大聖人一門として、
謗法団体と化した「ネオ創価」を徹底的に破折すること。
それこそが、真の仏弟子であり。、
牧口・戸田の後を次ぐ正当な学会員の取るべき道だと思う。
昔、コメントで「あんたは創価じゃない」と言われたが、
「ニセ創価」は、今の学会幹部・活動家の方だ。
明日は「11・18」の創立記念日。
もう一度、事実上の創価学会創立者である
戸田先生の指導を読んでみたらどうだ?
今の創価の姿が戸田先生の指導に合致しているか?
池田センセが戸田先生と師弟不二なのか?
戸田先生の指導を読めば一目瞭然だ。

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「勤行要典」の販売

池田氏が存命中に矢継ぎ早に変えてきますね。
コミュニティで販売すれば、また、ぼろ儲けですね。

このまま、突っ走って、御本尊のマンダラが釈迦仏にならないかなあ~(@^^)/~~~

夕食時に、釈迦仏のマンダラに題目あげてる知り合いのバリ活様の姿を想像したら、思わず食べていたみそ汁吹き出してしまいました、だんだん、ギャグの世界に近づいてきますね!

ここまで、きたら、ぜひ、釈迦仏のマンダラにしてください!お願いします。<(_ _)>

No title

今晩は、おじゃまいたします。いの と申します。
私はお寺にもお世話になりました。
学会2世の主人に折伏され、末寺で御受戒を受けました。

私は、お寺のお講や勤行会で、正確な勤行を覚えた気がします。
それについては、有難うございました。
しかし、5座3座を朝晩実行するのは、私には大変でした。
なので、今の学会の勤行は、非常にありがたいです。
方便品自我偈1回で、功徳とありがたさをじゅうぶん実感してます。

学会員は真面目なので、昔、5座3座と言われれば、絶対実践してました。
ただ、子どもさんとか、人によっては無理があったかもしれないと思います。
それがトラウマになったのでは?。と思われる人もいるからです。

日蓮大聖人の額に受けた刀傷が、末法の御本仏のあかし・・・そう言われますね。
それと、釈尊の額のしるしが、一致している気がしてなりません。
題目を唱えると、釈尊ほどの仏にやすやすとなれる・・・。と聞いても、
釈尊がどんな人かがわからなかったので、ありがたみも無かったのです。

手塚治虫のブッダ(釈尊のこと)①,②をDVDで観ました。感動しました。
漫画を映画化してますが、漫画は潮出版(創価学会)が、出してます。
漫画も買いました。素晴らしいです。
釈尊の苦労の連続の生涯。後継の日蓮大聖人も苦労されて・・・。
この、おふたかたに、池田先生が重なる。
私は、そう思う学会の人達の中の 1人です。

宗教=葬式 では、ありえません。
むしろ、各宗派のお寺の方たち全員が、
唱えるお経を、法華経に変えてはどうでしょうか?
お経の中には、衰亡を招くものも有るように思えます。 これは実感です。

道理・証文より、現証 ですよね?。

戸田門下生のご信徒

管理人様

まさに仰る通りです。
戸田先生の広められた学会は、全く違う新興宗教になってしまいましたね。
小生の所属する正宗寺院に戸田門下生のご信徒さんがいらっしゃいます。
昭和20年代の入信で折伏大行進の際は幹部として最前線で指揮を執られた経歴を持ち、御歳90才を超えても矍鑠としてらっしゃいます。
その方曰く「戸田先生のご指導通り信心してきたら、ここの信徒になってたよ」と笑顔で話されてました。
御講や法要では早くからいらして、導師席のすぐ後ろ、御本尊様の真正面に座られます。
あらゆる所作を通じて「信心の姿勢」を教わっています。
今でも戸田先生の指導通りの信心を貫かれています。

管理人様の仰る通り、今の学会員さんには、戸田先生の指導を冷静になって読み返して欲しいと思います。
そして、自身で思考することに挑んで頂きたいと思います。


古本屋店主さん

こんばんは。

> 池田氏が存命中に矢継ぎ早に変えてきますね。
> コミュニティで販売すれば、また、ぼろ儲けですね。

勤行要典・・・原田会長の言い草がメチャクチャで、
近くブログに書こうと思ってます。

> このまま、突っ走って、御本尊のマンダラが釈迦仏にならないかなあ~(@^^)/~~~
> 夕食時に、釈迦仏のマンダラに題目あげてる知り合いのバリ活様の姿を想像したら、思わず食べていたみそ汁吹き出してしまいました、だんだん、ギャグの世界に近づいてきますね!
> ここまで、きたら、ぜひ、釈迦仏のマンダラにしてください!お願いします。<(_ _)>

釈迦マンダラ作るより、大作本尊の方が安上がりだから、そっちかな?と。
将来は、大作書写の大作本尊の隣に、大作フィギアと戸田フィギアを並べて
三宝別体の正式な創価の本尊ご安置だ。なんて言い出すんじゃないかと。
そっちのほうが笑えるかと思います。

古刹信徒さん

こんばんは。

> まさに仰る通りです。
> 戸田先生の広められた学会は、全く違う新興宗教になってしまいましたね。
> 小生の所属する正宗寺院に戸田門下生のご信徒さんがいらっしゃいます。
> 昭和20年代の入信で折伏大行進の際は幹部として最前線で指揮を執られた経歴を持ち、御歳90才を超えても矍鑠としてらっしゃいます。
> その方曰く「戸田先生のご指導通り信心してきたら、ここの信徒になってたよ」と笑顔で話されてました。
> 御講や法要では早くからいらして、導師席のすぐ後ろ、御本尊様の真正面に座られます。
> あらゆる所作を通じて「信心の姿勢」を教わっています。
> 今でも戸田先生の指導通りの信心を貫かれています。

私は戸田先生を直接全く知らない人間ですが、
戸田先生の指導が大好きで、古本ではありますが
戸田城聖全集を持って、時折読みます。

> 管理人様の仰る通り、今の学会員さんには、戸田先生の指導を冷静になって読み返して欲しいと思います。
> そして、自身で思考することに挑んで頂きたいと思います。

今の学会員は戸田先生の指導など触れる機会がないというか
上層部が触れさせないでしょう。
このブログにいつか戸田先生の指導も書きたいと思っています。
まぁ、ネットを検索すれば読めますが。

No title

明日あたり創価の会長人事の発表があるとの噂。

 谷川あたりが濃厚なのは既成事実ですが、足して2で割るような体制かもしれません。

 谷川なら砂糖とのタッグで自民との連携は進むと思います。


 恐るべし恐るべし。  17日時点で流れることもおかしいというか、リークならそれもありだけど、すでに決定したものならずれても別に驚きもしない。

 いずれにせよ、どんどん仏法から離れていくだけ。

 ここまで裏切られたら存外に、スッキリしますね。

No title

新しく制定された「創価学会『勤行要典』」では、牧口常三郎先生、戸田城聖先生、池田大作先生の「三代会長」を「広宣流布の永遠の師匠」として仰ぐことを明記しました。聖教新聞の解説には、三代会長の「指導を実践し、その精神を受け継ぐことを誓います」とあります。しかし永遠の師匠の指導は、現在の学会を真っ向から否定しているのですよね。

【牧口先生】
■御本尊の中、総与の御本尊と称して、大石寺に伝へられる大御本尊を信じ奉る者が正しい信者である(第三文明社『牧口常三郎全集』第10巻 P151)

【戸田先生】
■日蓮大聖人の法門では、拝む対象はただ弘安二年十月十二日御認めの戒壇の大御本尊様あるのみである(戸田城聖講述『日蓮正宗 方便品寿量品精解』精文館 P100)

【池田先生】
■信心とは、本門戒壇の大御本尊を信ずることである(池田大作著『広布と人生を語る3』聖教新聞社 P98)

新しい勤行要典の御観念文からは、「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊に南無し奉り」の文言もなくなりました。それでいて、三代会長の「指導を実践し、その精神を受け継ぐことを誓います」なんて大口をたたける神経が理解できません。こんな厚顔無恥の暴挙に少しの疑問もわかないような会員さんは、生きながら死んでいるのだと思います。

三代会長を永遠の師匠と仰ぎながら、宗門時代の指導は無効だなどというトンチンカンもいます。ところが破門後、日寛上人の御本尊を配布し始めたときに出した会員向けのQ&Aでは、

■学会の大御本尊根本の信心は、初代牧囗会長、第二代戸田会長、第三代池田会長と一貫して変わらぬ伝統であり、今後も不変です(研修シリーズNo.191 P43)

としていました。学会が「大白蓮華」で、

■日蓮大聖人の仏法においては、三大秘法の大御本尊ならびに御書に説かれた法門が、化法にあたります。これは、仏法の根本原理ですから、絶対に変わりませんし、また、変えられません。ましてや、自分で勝手に作るというわけにはいかないのです(創価学会「大白蓮華」1966年5月号 P86)

と言っていた通り、大御本尊への信心は、永遠の師匠が仏法の根本原理として教えていたものです。時代や立場によって変わることなどありえません。そのことを学会員さんはよくよく考えてみるべきです。

いのさん

コメントありがとうございます。

> 私は、お寺のお講や勤行会で、正確な勤行を覚えた気がします。
> それについては、有難うございました。
> しかし、5座3座を朝晩実行するのは、私には大変でした。
> なので、今の学会の勤行は、非常にありがたいです。
> 方便品自我偈1回で、功徳とありがたさをじゅうぶん実感してます。
> 学会員は真面目なので、昔、5座3座と言われれば、絶対実践してました。
> ただ、子どもさんとか、人によっては無理があったかもしれないと思います。
> それがトラウマになったのでは?。と思われる人もいるからです。

確かに私も最初の頃は五座・三座は大変でした。
ただ、勤行は修行です。正しい修行をしようと思えば徐々にできるようになるんですよね。
学会の今の勤行は、例えるなら滝に打たれる修行を
大変だから自宅のシャワーを滝の代わりにすればいいよ。って言ってるようなもの。
そして何よりも、凡夫が勝手に決めた修行です。
それは仏法でありません。故に功徳はないのです。

> 釈尊の苦労の連続の生涯。後継の日蓮大聖人も苦労されて・・・。
> この、おふたかたに、池田先生が重なる。
> 私は、そう思う学会の人達の中の 1人です。

この考えは危険です。
ご本仏である大聖人と、凡夫の池田センセを同列視することは
仏法上あってはいけないことなのです。
もっとも、この池田=大聖人という思想を植え込むのが学会上層部の狙いです。
いくら池田センセが立派であったとしても、ご本仏と重ねることなどあってはなりません。
そう思います。

> 道理・証文より、現証 ですよね?。

それは、道理・文証が揃った上での現証ということです。
その証拠に御書には文証のない主張をする人を
「外道」「邪義」「魔」と大聖人が破折していることかわかります。
仏法は道理です。
文証・理証のない現象は功徳ではありません。
魔の通力です。
これも大聖人が言われています。

いのさんが学会が正しいと思っているなら
いのさんの思いを否定する気も、非難する気もありません。
願いはただただ大聖人の仏法を実践して欲しい。その一点で返信させてもらいました。
創価教学には、文証も理証もないのです。
いつかそれに気づいて欲しいと思ってます。
私に対する、批判・反論でもかまいません、また気が向いたらコメントください。


ランボーさん

こんにちは。


>  いずれにせよ、どんどん仏法から離れていくだけ。
>  ここまで裏切られたら存外に、スッキリしますね。


全くそうですね。
私は、今の創価学会は「創価学会」と認めていません。
いっそのこと、「創価学会」という戸田先生のつけた名前も変えて欲しいですね。

管理人さんへ

名・体・宗・用・教、からすれば、大事な名ですが、価値を創造する教育=創価教育学会の時代から、教育が抜けて創価学会へ。 一部教育者のみのような名前から世間に広く展開しようということで、そうなったとすれば、それはそれでいいと。

 いずれにせよ『価値を創造する』という命題は、今はどうなんでしょうか。

 少なくとも私の場合、先輩の指導の中で、「価値論」に代表される牧口学説を基とした指導は受けた記憶はありません。  

 牧口先生の志はすべて、三大秘法の大御本尊への帰命、あるいは先生のご構想を実現する師弟不二の弟子の道の中に昇華される、とかいうニュアンスのそればかりでした。

 では生活や職場、ひいては社会から世界へと、価値創造する、とはどういうことか。  罰論、功徳論の時代から実証論へ(池田先生)、

 当時の会員はみずから幸せの実証を示すことに歓喜雀躍と励んできたんだろうと思います。  

 ザダンカイはそれを披瀝し語り合う最大の行事。  体験談と御書、そして新来者のないのはザダンカイではない。

 そういうスタンスでしたね。  現在のほとんどはどうなんでしょう。

 重複は避けますが、大御本尊の素晴らしさを自らが体験し、確信を深め、歓喜でもって一人、また一人へと語っていく、仏法流布の原理。
 
 具体的には、信心は一人前、仕事は三人前やりなさい(戸田先生)という指導でした。 そういうことをおろそかにして活動にばっかり時間と精力を注いでいてはいかん、との指導でした。
 
  家事、育児をほったらかしにして昼夜、駆け回って成果を競う、というのは間違いです。  センキョのたびに仕事を首になり、転職ばかりしていた先輩たちも。

 げに、現代社会で仏法を展開するのは難しいもんだ、、と思っていたものです。

 今思えば、運動論とその指導がおかしかったのかと思い当たります。

 おかしいだけで済めばよかったけれど、何十年もついてきて、日本社会から創価が褒められたという記憶は一度もありません。

 これを反・価値といっていいと思います。

 自分にばかり関心のある人は、「私は幸せだったぞ!」というでしょう。
それはそれでいいのです。  けなす気持ちは毛頭ありません。

 しかし、じゃあ広宣流布という視点からみたらどうなのか。

 私は残念な気持ちに包まれます。  価値を創造するのが創価学会の名(みょう)です。

 もう看板は下げたほうがよいと考えます。 仮にも宗教団体は「公益法人」であるから、公益に反するのであれば、税の特典も優遇措置も返上しましょう。

 一般の社会団体のような名前でいいと。  様々な社会問題は起こすは、肝心要の法体である「大御本尊様」は捨てるはの、この状態はまるで「鵺(ぬえ)の妖怪」のような存在なのですから。

今日の聖教、、がっかり、うんざりな思いで見ました。    

 権力抗争の成果表みたいで、、
 

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

池田氏の写真

●今日の聖教新聞に掲載されていた写真
ありゃどう見ても認知症や痴呆のような感じですよね。
とても元気で執筆活動してるようには思えませんよ

いくら会員を騙し組織から離れないようにするためとはいえ、こんなこと許されるんですかね~
●完全に狂気の世界」ですよ!(@_@;)




池田先生の写真

聖教新聞の池田先生の写真ですが、まさに古本屋店主さんのおっしゃる通りです。
僕は手元に目がいって、ロウ人形じゃないか?と思ってしまいました。

いずれにしてもこんなになっても、池田大作というコンテンツとして組織を維持のため、金儲けのためこき使われる先生はお気の毒ですね。

会員に対しては先生、先生と持ち上げておきながら、裏では「あのボケじじい」などと呼んでいる学会幹部の姿が目に浮かびます。

関西の学会3世さん、古本屋店主さん

こんばんは。

結局、今の池田センセの姿は
池田センセの信心の結果なのでしょう。
今の姿を見れば未来のまた然り。
そう思います。
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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