未活の男子部 さんへ回答

こんばんは。初めまして。コメントありがとうございます。
未活の男子部さんのご質問へ私なりの回答を書きますね。

> そこで、お伺いしたいのですが、公明党は立正安国論に基いていると思いますか?

結論だけ言うと公明党は立正安国論に基づいていません。
公明党だけでなく創価学会も。です。

まづ、立正安国論は【国主】諌暁の書でです。(【国家】諌暁ではない)
で、【国主】とは誰を指すのか?というと
時の権力者(総理とか政府とか)という捉え方もありまますが、
主眼は国民一人ひとりであると思います。
それは立正安国論で、国という字を表す漢字に
「国構えに民」といいう漢字が多く使わえていることを見ると
あくまでも、民衆を主眼にしていると思えます。
つまり、【民衆】を諌暁する。
言い換えると【民衆】の目を開かせる書といえます。
学会は、公明党と立正安国論をつなぐ文証として

◆汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か

の文を挙げますが、この文と選挙になんのつながりもありません。
この文は立正安国論の結論でも主題でもありません。
立正安国論の主題は、「 四表の静謐を祈る」とはどのような行動なのか?ということです。
で、 四表の静謐を祈るとは、

◆早く天下の静謐を思わば須く国中の謗法を断つべし。

◆如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには

ということで、具体的には謗法に供養しないこと。
そして、破邪顕正の戦いをすることです。
公明党の活動はそのいづれにも当てはまりません。

では、創価の選挙活動はどうでしょうか?
選挙活動は破邪顕正でしょうか?選挙だけだなく学会活動は破邪顕正でしょうか?
答えはNOです。
破邪顕正とは、「三論玄義」書かれている言葉です。
「三論玄義」によると、顕正には「人」と「法」があります。
「人」の顕正とは、三論玄義では竜樹を絶対に正しいという(信じる)ことです。
「法」の顕正とは、邪法を破折することをいいます。
破邪の中にしか顕正はない。
破邪即顕正です。
それを踏まえて我々の立場での破邪顕正とは
「人法一箇」の戒壇大御本尊に「信」をとり
大御本尊の正義をもって邪教(間違った思想)を破折することです。
一言で言えば「折伏」が立正安国論の主題です。
創価学会は「折伏」の根本である大御本尊を信受しないのですから
破邪顕正なんてできない。故に立正安国の精神などありません。
立正安国論に基づいていない創価学会が応援しているのだから
公明党にも当然立正安国論に基づていない。そう思います。

大聖人の御書とはその全てが、大御本尊について書かれているのです。
大御本尊を根本にして、依義判文で読まないと分からない。
依文判義で読むと切り文で自分達の都合のいい解釈(義)になってしまいます。
我々は大御本尊(南無妙法蓮華経)をすでに知っているのですから
依文判義は必要ないのです。
御書に書かれている全ては、大御本尊(南無妙法蓮華経)の説明なのだ。
そういう気持ちで御書を読んでみてください。
今までとは違った何かを御書から感じ取れると思います。

下書きなしでつらつら書き綴ったので至らぬ回答ではありますが
まづは取り急ぎ私の考えを書かせてもらいました。

今回の回答で至らぬ点がありましたら
遠慮なくまたコメントしてください。
これからもよろしくお願いします。

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東西の横綱

●西の横綱
聖書を独自解釈し、都合の良い箇所を都合よく説いています。
信仰しないと地獄に堕ちる。
恐怖心を植えつける統○教会の教育手法です。
 一部略
統○教会の意向にそった多額の献金も善行とみなされ、
それが条件となって霊界の先祖も救われる(喜ぶ)としています。
献金の際の気持(心情)が重要と言いますが、
教会は信者にきっちり金額を追求します。

●東の横綱
創価○会、こちらは日本代表です。
負けじと都合よく御書を解釈してます。
選挙と財務の時だけ日蓮上人の教えが引っ張りだされます。
(本尊は携帯用を作成したり、破門された宗派の関連の本尊を一部修正して使用したり、挙句の果ては、自分のところで本尊を製造するとおっしゃってます)
おまけに、勤行の仕方も時代に合わせるとかいって勝手に変更してます。
いや~面白いですね~ギャグの世界ですね~(笑)

○オマケ
安保関連法案の時は、動かざるごと山のごとしだったのに、軽減税率の時はアッという間の素早い動き(いや~これだけ露骨だとある意味すごいですね~)
宗教貴族(本部職員、議員)と宗教特権階級(外部団体等)の利益のためならなんでもするぜ!ですね\(◎o◎)/!




No title

はじめまして。非活の婦人部です。
去年、地区の婦人部から「幹部会で秋谷さんお寺に行った、って言われてた」と聞いていました
でもデマだったんですね。幹部会で嘘つくのですね。誰もそのことを考えないです。

昔、ここの地区では日達さんのことを「きつね、きつね」と悪口言ってたそうです。
聖教新聞が一部400円の頃、毎月2万円分支払いされたそうです。新聞はそんなに配達
されることもなくどうしたか分からないそうです。昔から創価はおかしかったんですね。
怒りしかないです・・・お寺に行きました(先祖供養の為)
思いつくままコメントしました。いつもブログみています。よろしくお願いします。

古本屋店主さん

こんばんは。

> 創価○会、こちらは日本代表です。
> 負けじと都合よく御書を解釈してます。
> 選挙と財務の時だけ日蓮上人の教えが引っ張りだされます。
> (本尊は携帯用を作成したり、破門された宗派の関連の本尊を一部修正して使用したり、挙句の果ては、自分のところで本尊を製造するとおっしゃってます)
> おまけに、勤行の仕方も時代に合わせるとかいって勝手に変更してます。
> いや~面白いですね~ギャグの世界ですね~(笑)

本当に(笑い)
ご都合主義極まれり。って感じでしょうか。

かりんとうさん。

こんばんは。コメントありがとうございます。

> はじめまして。非活の婦人部です。
> 去年、地区の婦人部から「幹部会で秋谷さんお寺に行った、って言われてた」と聞いていました
> でもデマだったんですね。幹部会で嘘つくのですね。誰もそのことを考えないです。
>
> 昔、ここの地区では日達さんのことを「きつね、きつね」と悪口言ってたそうです。
> 聖教新聞が一部400円の頃、毎月2万円分支払いされたそうです。新聞はそんなに配達
> されることもなくどうしたか分からないそうです。昔から創価はおかしかったんですね。
> 怒りしかないです・・・お寺に行きました(先祖供養の為)
> 思いつくままコメントしました。いつもブログみています。よろしくお願いします。

そうですね。近いうちに記事を書きますが
今になって思えば、昔から創価はすでに狂っていたのだと思います。
また、いつでもコメントしてください。

所感のようなもの。

  こうして席を汚しつつ、私も創価ネタを書いてますが、徒労感さえわく時もあります。

 自分や家族だけよければいいのなら、今更 私とて目を三角にしてキーを打つこともない。

 同じように、創価の中でも魔に魅入られた人が、思わず功徳だ!と勘違いするような、一見恵まれた人もいるはず。  そういう人は創価に感謝!で生きてますから何を言ったところで聞く耳を持たないのです。

 当然、現証、我にあり!とばかり、教義上のおかしさなどどうでもいいのですよ。

 友人の中にもそれに類する者はいて、めくじらを立てることもないじゃん、というスタンスです。  正邪の感覚がマヒしてるのですね。

 そういう人たちは広宣流布なんて実はどうだっていいのであり、心底から世界と日本の平和なぞ心配してはいないに等しい。

 このへんですね。  創価に大振動が起きにくいとすれば。

 ご利益信心の人はどこでも、どの宗教団体にもいるんだから。

 私の親友はついこの前に、その「エゴ」に気づいたというか、他の苦しんでる会員さんの立場に 思いをはせることができるようになりました。

 こうして少しずつでも覚醒できた人がいる以上、も少しここで
頑張りたいと思います。  今夜は少し自嘲気味に。。。(苦笑)

 追伸;かりんとうさんへ

 秋谷さん宗旨替えネタは数年前からありましたね。  御秘符(ごひふ)を頂くために宗門の扉をたたいたらしい、とか。。

 しかし、今回の宗規改正で大御本尊否定を教学部に強要した幹部の一人に名前があがっております。 (教学部の一連の経過に関する報告書による)
 大幹部とは谷川 八尋、秋谷、などなど、 断固として反対した骨のある教学部幹部は左遷され、最後の最後に妥協した○○は晴れてSGI教学部長に栄転。  秋谷さんは二股かけるほど器用だったのでしょうか。。。?

ランボーさん

こんばんは。

>  私の親友はついこの前に、その「エゴ」に気づいたというか、他の苦しんでる会員さんの立場に 思いをはせることができるようになりました。
>  こうして少しずつでも覚醒できた人がいる以上、も少しここで
> 頑張りたいと思います。  今夜は少し自嘲気味に。。。(苦笑)


よろしくお願いします。
ランボーさんのコメントを楽しみにしている方もいるので。
私もその一人ですから。

No title

戸田先生や池田先生の立正安国論講義を読めば、公明党が立正安国論に基づいていないことは明らか。それどころか、学会本体も立正安国論に反している。

【戸田先生】
■「実乗の一善」は実に大聖人の御一代の弘教の上から拝さねばならない(中略)弘安二年十月十二日に御建立遊ばされた本門戒壇の御本尊こそ御一代究竟の極意であらせられて、本文に御示しの「一善」も実に茲(ここ)に在るのである(戸田城聖著『立正安國論』創価学会 P179)

【池田先生】
■公明党は、あくまでも宗教政党である。日蓮大聖人の仏法哲理を忘れたならば、それは骨のない軟体動物と同じである。また大聖人の仏法に対する熱烈な信心を失ってしまったならば、魂のない人形と化してしまうだろう。さらに、創価学会を離れて公明党はない。この本地を忘れたならば、既成政党となんら変わりのない、民衆を忘れた、政治のための政治に堕することも必定である(中略)

学会と公明党が一体不二、同体異名というのは、その実体についてであって、活動面はあくまでも区別されるのである(中略)創価学会はあくまでも宗教団体であって、信心を根幹とするものである。すなわち、仏法の真髄たる大御本尊への信心を教えることによって、全民衆を幸福にすることが、至上の目的である。ゆえに、もし、仮に創価学会員の中で、公明党以外の他の政党を支持したいという人がいたとしても、それはその人の自由である(池田大作著『立正安国論講義』創価学会 P861~864)

■弘安二年十月十二日に建立された三大秘法の大御本尊に帰命することが「実乗の一善に帰する」ことである(同P1053)


昔の学会員さん

こんばんは。コメントありがとうございます。

> 戸田先生や池田先生の立正安国論講義を読めば、公明党が立正安国論に基づいていないことは明らか。それどころか、学会本体も立正安国論に反している。
>
> 【戸田先生】
> ■「実乗の一善」は実に大聖人の御一代の弘教の上から拝さねばならない(中略)弘安二年十月十二日に御建立遊ばされた本門戒壇の御本尊こそ御一代究竟の極意であらせられて、本文に御示しの「一善」も実に茲(ここ)に在るのである(戸田城聖著『立正安國論』創価学会 P179)
>
> 【池田先生】
> ■公明党は、あくまでも宗教政党である。日蓮大聖人の仏法哲理を忘れたならば、それは骨のない軟体動物と同じである。また大聖人の仏法に対する熱烈な信心を失ってしまったならば、魂のない人形と化してしまうだろう。さらに、創価学会を離れて公明党はない。この本地を忘れたならば、既成政党となんら変わりのない、民衆を忘れた、政治のための政治に堕することも必定である(中略)
>
> 学会と公明党が一体不二、同体異名というのは、その実体についてであって、活動面はあくまでも区別されるのである(中略)創価学会はあくまでも宗教団体であって、信心を根幹とするものである。すなわち、仏法の真髄たる大御本尊への信心を教えることによって、全民衆を幸福にすることが、至上の目的である。ゆえに、もし、仮に創価学会員の中で、公明党以外の他の政党を支持したいという人がいたとしても、それはその人の自由である(池田大作著『立正安国論講義』創価学会 P861~864)
>
> ■弘安二年十月十二日に建立された三大秘法の大御本尊に帰命することが「実乗の一善に帰する」ことである(同P1053)


こうした指導はどこに消えたのでしょうね。
こうした指導していた頃の自分をどう思っているのでしょうか?
つくづく不思議です。

しばらくぶりですが

相変わらずの大盛況ですね。

最近はちょっと「顕益」についてちょっと変わった見解を僕はしてるのだけど。
冥益は性根が良く変わったことでの功徳のようだから、それは理屈で説明は有る程度話しやすいのだけど。
『顕益』のたいがいは理屈での説明なんて不能なシロモノばかりだし。
それでも信仰してる時としてない時とでは、明らかに頻度に偏差があるから「ない」とはいえない。
けど説明するのはかなり困難だなぁと実感してるのだけど。

それでなんだけど。
『顕益』が生じてるのは、ひょっとしたら「目に見えない存在によるもの」が起こしてることなんじゃないか、そのように思いはじめているんですよ。
「目に見えない存在」とは亡くなられた先祖なども含まれるだろうけど。

死後に成仏の修行として、どうやら「生きてる人」が自力で幸せになれるお手伝いがどうやら「自分が成仏するための修行」と、亡くなった状態だと自ずと自覚できるようですけど。
生きてる側が「自力」で幸せになれる術のお手伝い、ということですから、命が危ない場合など最低限でのお手伝いなようだけど。

そして、それをする目的は、生きてる側が幸せになれたことでの『感謝』の心境を感応できるようにする目的のように感じられるんですね。
『感謝』の心境なら、べつに亡くなってなくとも誰でも持ち合わせているものだし、生きてる状態で『感謝』の思いを蘇生させる儀式が勤行・唱題なのでしょうね。

勤行・唱題で『感謝』の思いを蘇生させることで、自分を見守り己の成仏修行の手伝いをしてるも同然だから、その気持ちに感謝の感応をしたことで、生きてる我々に『顕益』ということで起きてることなんじゃないかなって。

と、これは経験的なものからの個人的見解なので学会の公式発表とかとはぜんぜん関係ないのでf^^;

まぁだから、形式よりも『感謝』の心境で行うのが重要なわけだけど、それならば感謝の心情の蘇生させる助長が「形式」として適切ですよね。
日目上人供養の削除や諸天供養を思い切り簡略って『感謝』の心情をむしろ押さえてしまうだけで、当然ながら『諸天が去る』ための勤行の形式へ変えてしまったように思われてならない。

それら一連の動きからは、最高幹部らは末端が上層部の転覆をさせるような力を身に付けさせないことを目的にした変更に感じられてならない。
『生かさず殺さず』の精神で最高幹部らはやっているのだろうね。

太ちゃんさん

こんにちは。お久しぶりです。


> そして、それをする目的は、生きてる側が幸せになれたことでの『感謝』の心境を感応できるようにする目的のように感じられるんですね。
> 『感謝』の心境なら、べつに亡くなってなくとも誰でも持ち合わせているものだし、生きてる状態で『感謝』の思いを蘇生させる儀式が勤行・唱題なのでしょうね。
> まぁだから、形式よりも『感謝』の心境で行うのが重要なわけだけど、それならば感謝の心情の蘇生させる助長が「形式」として適切ですよね。
> 日目上人供養の削除や諸天供養を思い切り簡略って『感謝』の心情をむしろ押さえてしまうだけで、当然ながら『諸天が去る』ための勤行の形式へ変えてしまったように思われてならない。

感謝の気持ち。大切ですよね。感謝の気持ちの発露が勤行だと思います。
それを、簡素化するのは感謝簿気持ちも簡素化させるということでしょう。
日目上人以下は感謝せず、三代会長には感謝する。
なんか変ですよね。創価から給料もらって創価に養ってもらっている幹部だけ感謝すればいい事です。

> それら一連の動きからは、最高幹部らは末端が上層部の転覆をさせるような力を身に付けさせないことを目的にした変更に感じられてならない。
> 『生かさず殺さず』の精神で最高幹部らはやっているのだろうね。

その通りです。池田センセや創価に感謝の思いを植え付ける。
邪教そのものと思います。
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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