今週の言葉(12月13日)

 一年を飾る座談会――
 会場のご家族に深謝!
 皆で健闘を讃え
 希望はずむ語らいを。
 さあ勝利のスタートだ!
@@@@@@@@@@@@

学会の会合のほとんどは
一般の学会員の自宅が会場になっている。
この会場を「拠点」と呼ぶのだが
「拠点」になっている家は本当に大変。
会合の日には家を掃除しなきゃならないし
会合後は後片付けもあるし
お茶やお茶菓子だしたり(お茶菓子は持ち寄ったりするが)
肉体的・経済的・精神的に色々大変。
もちろん、自宅を「拠点」にしたからといって
学会本部から何かの援助があるわけでなく
ただ「福運がつく」と言われて
それを信じて自宅を拠点として提供する。
学会の会合の90%は
この学会員の善意で提供される「拠点」で行われる。

全国津々浦々にそびえ立つ
立派な学会の会館で開催される会合なんて
全会合のほんの1割程度しか行われない。
会館に集まるといえば
本部幹部会の同時中継と入会勤行会。
ゾーンや本部での大きな集まりの会合の時くらい。
まぁ、創価本部がまたはゾーンや県主催の会合が中心。
会館に行くなんて一般会員なら月イチ。
多くても週イチ程度だ。
もちろん、会館の使用申請すれば使えるが
少人数だといやな顔されたりするし
少人数の会合では、申請するのも気が引ける。
まぁ、気楽に借りられるって場所じない。
会員のために。と言って会館を建てちゃいるが
そんな雰囲気なので
会員が自由に使えて自由に出入りできる場所じゃない。
多少は会員(幹部・活動家)のためになっているが
こんなに会館など建てなくてもいいんじゃね?って思う。
会員ですら自由に出入りできない会館なんか建てずに
拠点に提供している会員さんに
お茶菓子代くらい払ってあげたほうがいいんじゃないかと思うわけだ。
まぁ、会館建てるのは不動産資産を増やすって意味が大きいんだろうな。
なにせ固定資産税もかからないのだから
おいしい投資だよな。

因みに日蓮正宗の寺院の場合はどうかというと
正宗に移籍した後輩によると
俺の地元にある正宗寺院は
受付に名前を書くだけで、
いつでも本堂?で自由に題目をあげられるらしい。
学会会館での会合のように
カバンの中身をみるような、持ち物検査もないそうだ。
創価は、正宗を閉ざされた古い体質のように言うが
これじゃドッチが閉ざされているのかわからんね。

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非公開コメント

管理人さん

  前回コメントはダメダメでした(笑)  おわびします。  実は、
 ここでのコメント書きというより、実生活で、なかなか私の信心に対する言い分が通らないというか、暖簾に腕押し状態があまりにも多いからです。  今日も婦人部の元・Z幹部さんと電話で話しました。  まぁ なんというか、、なぁ~~~~~~~~~~~~んにも知らない、判ってない、考えてない、意見もない、あれならゆるキャラに話しかけてるほうがまだマシでした。  情けないことです。  

 MCとは、実際に恐ろしいほど効いているもので、1+1が2にならないような、食い違いをいつも感じています。

 さて、「拠点(会場)」問題ですね。

 我が家も10数年以上、提供してました。 狭い家なのに。(笑

 子供たちにも不便な思いをかけてきました。 狭い家だから。

 しかしあれですね、、おおむね、ちゃんとした?家屋のお宅は多くが「提供」を嫌がります。  いかにも福運のなさそうな我が家みたいなのに白羽の矢が当たります。  断れません。 なんせ福運がないんですから。。。(泣)

 で、結局、「座が落ちる」心配が出て、ついにお断りしました。 泣く泣く、「絶対に必ず、必然的に見事に『福運』がつくはず」のことをあきらめました。 その罰で隕石かジェット機でも落ちてくるかと思いましたが、いまんとこ大丈夫です。 

 近年、「拠点用の御本尊」が配布(あれ無料なのか???)がありましたが、それを免れたのが福運だったようです。 おかげで、今も「日達上人様」の御本尊が厳然とございます。

 商売やなのに、混迷党のポストを持ってくるので貼ってたり、民音のも。  ひょっとしたら世間様(お客さん)に気味悪がられてきてたかも知れませんが、おバカな私はむしろ誇りを抱いて、それを続けてきました。

 だってガッカイ規定により、我が家は福運がなかったんだもん。。(泣)

 私の後輩はいつも言います。 組織利用はいけない!とか言ってるけど、一番、会員や組織を利用してきてるのはガッカイのほうじゃないですか。。云々。

 ま、つまりそういうことだったのですね。  純朴すぎる会員さんから、またお叱りのコメントが来るかもね。   こんなこと書いてると・・(苦笑)

   

 

 

創価がアナログを捨てないワケ

●俗にカルトと呼ばれる宗教団体は、濃いコミュニティが売りですから、座談会を会館ですることは絶対しない、個人の自宅を利用して集うことによって創価家族としての連帯感(別名、現代の五人組み制度と呼ばれる)が生まれ、濃い人間関係が育まれていく。

●会館でやるより、個人宅で、御茶菓子つまみながら、組織やダンナや奥さんのグチ等を言ってる方が連帯感が生まれますよね(笑)
濃い人間関係が構成されることによって、自分だけ公○党に投票しないなんて言いづらくなりますよね。

●濃い人間関係が築かれれば、上層部からの打ち出しに反発する抵抗分子を抑えることができるし、脱会者の増加を防ぐことにも役だちますから、まだ、当分、個人宅を利用して座談会は開催されると思います。

●たまに、知人の地区部長とはなしますが、池田氏の事も、教義が180度変わったことも分かってるようなんですが、半ば、惰性と意地と人間関係でやってるようなもんです(40代半ば過ぎの壮年の末端幹部は狂信者を除いて、こんな感じの人が大半だと思いますよ(笑)注・婦人部は除く。

拠点と言えば、

ウチの実家も6畳の和室が地区の拠点になっていて、座談会や協議会、選挙になったらその為の会合の会場になってます。

母親は、B担と新聞の配達をやっていて、その上、新しく新聞長(色んな役職があるもんですね)を拝命したそうです。

本人にすれば、山ほど福運積んで宿命転換間違いなしというところでしょうが、息子の目には何も考えない盲信者にポイポイ色んなことを押し付けてるようにしか思えません。

それにしても6畳間で地区の座談会ができるなんて、僕の子供の頃の賑わいを思えば考えられませんね。

ちなみに僕がお詣りしている寺院は特に名前などを書かなくても誰でも自由に出入りできる雰囲気です。
週末は早朝にお詣りをして、朝の勤行をご一緒させていただいていますが、子どもの頃から学会の中で聞かされていた宗門批判の大半は、結局学会員を宗門に行かせないためだけの何の信ぴょう性のないプロパガンダだったことが、痛いほど分かりました。

そんなこんなで、何とか母親の目を覚まさせようと思いますが、なかなかの難攻不落です。。。

我が家も拠点です

こんにちは、こちらへのカキコは初めてかもしれません。
以前は私のブログへのカキコ、ありがとうございました。

私の家も拠点です。古い家は六畳一間と二畳分の廊下にみんなが集まっていました。私の代になって家を建て替える時も、拠点とすることが大前提にあり、床の間付きの八畳二間続き、畳敷きで玄関以外の出入り口付き、トイレまで備えた部屋を作りました。

子供の頃から拠点になっている家で育ったので、それが当たり前の感覚になっています。先般学会本部から感謝状をいただきました。御安置している御本尊は、父から受け継いだ日達法主書写の特別御形木御本尊です。

お茶やお菓子は家内が嬉々として出して片付けています。家内も学会っ子で、支部婦人部長を10年やって、今は婦人部副本部長です。学会活動に何の疑問も持っていません。しかし私の学会批判に対しては理解を示しています。

管理人さんとは池田先生に対するスタンスは異なりますが、大御本尊信受における姿勢は相通ずるものがあると感じています。創価は今、危機的状況にあります。いただいたコメントのように創価に居残って、闘い続けていこうと思います。

ランボーさん

こんばんは。

>   前回コメントはダメダメでした(笑)  おわびします。

とんでもありません。お詫びなどやめてください。

>  ここでのコメント書きというより、実生活で、なかなか私の信心に対する言い分が通らないというか、暖簾に腕押し状態があまりにも多いからです。  今日も婦人部の元・Z幹部さんと電話で話しました。  まぁ なんというか、、なぁ~~~~~~~~~~~~んにも知らない、判ってない、考えてない、意見もない、あれならゆるキャラに話しかけてるほうがまだマシでした。けないことです。

創価活動家との対話は概ねそんなものです。焦らずいきましょう。 
 
>  さて、「拠点(会場)」問題ですね。>
>  我が家も10数年以上、提供してました。 狭い家なのに。(笑>
>  子供たちにも不便な思いをかけてきました。 狭い家だから。
>  しかしあれですね、、おおむね、ちゃんとした?家屋のお宅は多くが「提供」を嫌がります。  いかにも福運のなさそうな我が家みたいなのに白羽の矢が当たります。  断れません。 なんせ福運がないんですから。。。(泣)

ははは(笑)そうですよね。私の家も一時期拠点でした。狭い家・・いや団地でしたが。

>  で、結局、「座が落ちる」心配が出て、ついにお断りしました。 泣く泣く、「絶対に必ず、必然的に見事に『福運』がつくはず」のことをあきらめました。 その罰で隕石かジェット機でも落ちてくるかと思いましたが、いまんとこ大丈夫です。 

笑い。

>  近年、「拠点用の御本尊」が配布(あれ無料なのか???)がありましたが、それを免れたのが福運だったようです。 おかげで、今も「日達上人様」の御本尊が厳然とございます。

良かったですね~。拠点用の御本尊はお形木では?
だったら有料です。

>  商売やなのに、混迷党のポストを持ってくるので貼ってたり、民音のも。  ひょっとしたら世間様(お客さん)に気味悪がられてきてたかも知れませんが、おバカな私はむしろ誇りを抱いて、それを続けてきました。
>  だってガッカイ規定により、我が家は福運がなかったんだもん。。(泣)

ウチも同じです。

>  私の後輩はいつも言います。 組織利用はいけない!とか言ってるけど、一番、会員や組織を利用してきてるのはガッカイのほうじゃないですか。。云々。
>  ま、つまりそういうことだったのですね。  純朴すぎる会員さんから、またお叱りのコメントが来るかもね。   こんなこと書いてると・・(苦笑)

まぁ、それもいいことです。

古本屋店主さん

こんばんは。

> ●俗にカルトと呼ばれる宗教団体は、濃いコミュニティが売りですから、座談会を会館ですることは絶対しない、個人の自宅を利用して集うことによって創価家族としての連帯感(別名、現代の五人組み制度と呼ばれる)が生まれ、濃い人間関係が育まれていく。
> ●会館でやるより、個人宅で、御茶菓子つまみながら、組織やダンナや奥さんのグチ等を言ってる方が連帯感が生まれますよね(笑)
> 濃い人間関係が構成されることによって、自分だけ公○党に投票しないなんて言いづらくなりますよね。
> ●濃い人間関係が築かれれば、上層部からの打ち出しに反発する抵抗分子を抑えることができるし、脱会者の増加を防ぐことにも役だちますから、まだ、当分、個人宅を利用して座談会は開催されると思います。

言われてみればそうですよね。
だったら会館建設なんて無駄ですね。

> ●たまに、知人の地区部長とはなしますが、池田氏の事も、教義が180度変わったことも分かってるようなんですが、半ば、惰性と意地と人間関係でやってるようなもんです(40代半ば過ぎの壮年の末端幹部は狂信者を除いて、こんな感じの人が大半だと思いますよ(笑)注・婦人部は除く。

多いです。そんな感じの会員さん。
それじゃいけないと思うのですけど・・

関西の元学会3世さん

こんばんは。

> ウチの実家も6畳の和室が地区の拠点になっていて、座談会や協議会、選挙になったらその為の会合の会場になってます。
> 母親は、B担と新聞の配達をやっていて、その上、新しく新聞長(色んな役職があるもんですね)を拝命したそうです。
> 本人にすれば、山ほど福運積んで宿命転換間違いなしというところでしょうが、息子の目には何も考えない盲信者にポイポイ色んなことを押し付けてるようにしか思えません。

全くその通りなんです。
私も嫁も活動家時代はいくつも役職兼任してました。
そういう人はいっぱいますよね。

> ちなみに僕がお詣りしている寺院は特に名前などを書かなくても誰でも自由に出入りできる雰囲気です。
> 週末は早朝にお詣りをして、朝の勤行をご一緒させていただいていますが、子どもの頃から学会の中で聞かされていた宗門批判の大半は、結局学会員を宗門に行かせないためだけの何の信ぴょう性のないプロパガンダだったことが、痛いほど分かりました。

そうみたいですね。

> そんなこんなで、何とか母親の目を覚まさせようと思いますが、なかなかの難攻不落です。。。

無冠の友のお母様ですよ。そうそう落城しません。
ゆっくり時間をたくさんかけてやがてわかってもらえるよう日々祈っていくしかありません。
やがて、関西の元学会3世さんの気持ちは通じます。
私の母など活動もしてないくせに学会を辞めないといってますから(泣)

maOOOOさん

こんんばんは。

> こんにちは、こちらへのカキコは初めてかもしれません。
> 以前は私のブログへのカキコ、ありがとうございました。

いえいえ。maOOOOさんのブログはたまに読ませてもらっています。
大変勉強にもなりますし、共感することも多いです。

> 私の家も拠点です。古い家は六畳一間と二畳分の廊下にみんなが集まっていました。私の代になって家を建て替える時も、拠点とすることが大前提にあり、床の間付きの八畳二間続き、畳敷きで玄関以外の出入り口付き、トイレまで備えた部屋を作りました。

すごいですね。個人会館じゃないですか!

> 子供の頃から拠点になっている家で育ったので、それが当たり前の感覚になっています。先般学会本部から感謝状をいただきました。御安置している御本尊は、父から受け継いだ日達法主書写の特別御形木御本尊です。

特別お形木御本尊ですかぁ~羨ましいです。

> お茶やお菓子は家内が嬉々として出して片付けています。家内も学会っ子で、支部婦人部長を10年やって、今は婦人部副本部長です。学会活動に何の疑問も持っていません。しかし私の学会批判に対しては理解を示しています。

素晴らしい奥様ですね。

> 管理人さんとは池田先生に対するスタンスは異なりますが、大御本尊信受における姿勢は相通ずるものがあると感じています。創価は今、危機的状況にあります。いただいたコメントのように創価に居残って、闘い続けていこうと思います。

はい。私も除名にならない限り創価を退会するつもりはありません。
除名されるべきは、今の学会上層部の方です。
創価の中で闘いたいと思っています。
大御本尊にお目通りしてたいのは山々ですが
闘い続ければいつかその日が来ると信じて頑張ります。
コメントありがとうございました。
またいつでもいらしてください。

ありがとうございます。

  しかしあれですね。

 ガッカイ続けるのも依存。 質問、反対、具申、抗議も誰かに依存なんですな。

 昼間、NHKでなんとかいう魚の習性を放送してましたら、ガッカイ組織にそっくりだなぁと感じ入りました。

 何が何でも団子になって行動するんですな。  前転(団子のまま)したりして。

 で、ダイバーが意地悪して、その魚の「2つの群れ」の団子をくずしてバラバラにして様子を見てると、約10分後にはちゃんと「元の仲間の群れ」同士に、また団子行進してました。

 ランボーである私は一人で怒り、突入し、敵(いろんな意味の)と戦うのをモットーにしつつ生きてますので(少なくともそのつもり)虫唾が走りました。

 ここでもあくまで「各個戦闘状態」のつもりですし。  

 獅子は独りで吼うるのが常道であり、大聖人のお教えですからね。

  なんちゃって、カッコ良すぎますが(・-・)v-17
 

ランボーさん

>   しかしあれですね。
>  ガッカイ続けるのも依存。 質問、反対、具申、抗議も誰かに依存なんですな。

そんなことはありませんよ。自立してなければアンチ創価にはなりませんから。
特に、創価の会員・活動家だった人は。

>  ランボーである私は一人で怒り、突入し、敵(いろんな意味の)と戦うのをモットーにしつつ生きてますので(少なくともそのつもり)虫唾が走りました。
>  ここでもあくまで「各個戦闘状態」のつもりですし。  
>  獅子は独りで吼うるのが常道であり、大聖人のお教えですからね。

その通りです。
味方がいようがいなかろうが
自分の信心を曲げない。
大聖人(大御本尊)への信は曲げない。
それが日興門下であり、仏弟子です。
私もその気概をもって生きていきます。


 
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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