今週の言葉(2016年1月4日)

 一念三千の法門なれば
 誓願の祈りから
 「拡大」は始まる。
 題目の師子吼で
 一日を大きく勝ち開け!
@@@@@@@@@@@@@

改めまして新年おめでとうごがいます。
今年最初のブログは、「今週の言葉」から
はい。今年も何を言ってるのかサッパリわからない。
それっぽい単語を並べて
なんとなくいいこと書いてるように感じる会員さんもいるのだろうが
俺には、「何適当なこと書いてるんだよ」とか思えない。
理由は冒頭の「一念三千の法門なれば」という言葉だ。
一念三千の法門だから誓願の祈り(題目)
誓願の題目だから獅子吼の題目。
で?
誓願の題目ってのは何に誓願するのか?
全くこれじゃわからない。
まさか、一念三千の【法門】にするわけじゃないだろう。
「そんなの御本尊に決まってるだろ」っていうのだろうけど
だとしたら一念三千の【法門】でなく
一念三千の【法体】なれば。と書くべきじゃないか。

そもそも、【法門】とは【法体】を知らしめるための【法理】であって
【法門】で説かれている一念三千とは【理】でしかない。
つまり、一念三千の法門そのものは理の一念三千の範疇であろう。
事の一念三千にたどり着くことが
【法門】の【法門】たる所以であり
それでこそ【法門】が活きてくる。
どうも、近頃の学会幹部・活動家は
【法門】と【法体】の区別ができない人が多い。
なので、御本尊を、理の一念三千を事に顕した。と
思っていたり、実際にそのように言ったりする。
しかし、それは間違いっているいるのである。

日寛上人が、
■ 若し当流の意は 事を事に顕す、是の故に法体本是れ事なり、故に事の一念三千の本尊と 名づくるなり(文底秘沈抄)
とご指南されているように
御本尊とは、理を事に顕したのではなく
事を事に顕した法体なのである。
具体的に言うと、学会のいうような宇宙の法則(理)を事に顕したのでなく
ご本仏の色心(事)の二法を顕したのがご本尊だ。
それ故に、大御本尊を生身の日蓮大聖人と信をとることが
一念三千の【法門】に他ならない。
誓願の題目とは、大御本尊に誓い・願う題目のことをであり
その題目こそが獅子吼なのである。
池田センセに誓ったり願ったりしても
何の功徳もなければ境涯が拡大することはない。
創価や公明党の勢力が少しは拡大するかもしれないが
そんなモノは大聖人の仏法でもなんでもない
当然広宣流布でもない。
そして大聖人を悪しく用いれば必ず滅ぶののである。
そのことはご本仏が言っているのだから間違いはないだろう。
といっても、大方の活動家は
池田センセに誓願していることとは思う。
一念三千の法門を学ばない活動家が多いからなぁ。
せめて創価の我見教学に毒されていない会員さんは
きちんと一念三千の法門を学ばれることを願っています。

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非公開コメント

管理人さんへ

  いやはや、コメントするのも恥ずかしいくらい、私も考え違いをしていましたね。  理と事の相関は、ここで指摘されるまでウソをほんとだと思い込んでいました。  というより、「そう教えられてきた」というのも事実ですが。

 最早、別の宗教団体なわけですから、創価がどういう教義を振りかざしていたって自由ではありますが、大聖人様 御本尊様と、その口で言うからには、まして日寛上人様のご本尊を祈れ、というからには、そこを逸脱して、大聖人と仏法を語るのは明らかな矛盾ですね。

 理が矛盾してるのだから、現証もおかしなものになるんですね。

 今回はよそのサイトを出すのは控えますが、実に様々な創価学会員の引き起こした事件、事故がずらりと紹介されています。 ここにおいでになる方々も多分 一度は目にしてこられたかもしれません。

 さて、今年は年賀状が減りました。  いわゆる圏・県・総県幹部からのが一気になくなりました。(笑)

 こうなるとランボーごときが死んじまったとなっても、きっと葬儀にも来ないだろうと思います。  何度も書きましたが、「村八分」を超えることになります。  あ、もうひとつもそうかもね(笑)
 
「火事と葬式」が残りの二分であり、どんなに忌み嫌う相手であっても、この二つだけは義理人情、つきあいは欠かさないというのが最低限のルールでした。
 しかし私自身の周りでも、ある大幹部さんが亡くなった時は通夜葬儀にさえ来なかった幹部や会員がほとんどでしたから。 死の数ヶ月前に宗門に帰属されたからです。

 あれだけ公私ともにお世話になった多くの幹部や部員さんがです。

 それはもう人としてどうなのか、、と私は腹立たしくてなりませんでした。 世法以下もいいところです。

 今回の「誓願」もそうです。  一体全体、何を何に誓うのだろうか。

 どうせインフレ創価言語なのだから、本気で文言を思索して考えてる者もいないでしょうが、なんと「うわっすべり」なことか。。

 なんと薄っぺらな人間観で薄っぺらな信心とやらで満足してる人の多いことか。

 勿論、今までそんな「幹部」の一人として私自身も、やるべきことはやってるような気になってたわけです。  恥じ入るばかりです。ホントに・・・(泣

 人としての、信心を通しての成長、深まりなぞついぞ考えて来なかったのですよ。   これでいいと思ってたわけです。慢心もいいところですね。

 うだうだ言いましたが、年末に妻も「宣言」をしてザイムをやめて、実にスッキリしています。  我が家の「やりなおし再出発の年」です。

 やりますよ。 今年は。(^^)
 

 

 

 

 

 
 

創価脳

●明けましておめでとうございます。
管理人さん、コメンティターやプログの読者の皆様、今年もよろしくお願いします。

●池田センセに誓ったり願ったりして→これ、よく創価脳といわれる方の典型的な発想ですね。

創価脳の方で、創価や公○党に疑問を持った時に(公○党はおかしいが創価は正しい・池田氏は正しいが一部の幹部が間違ってる)という????の発想をなさる方がいます
、現在の創価組織を作り上げたのが池田氏であり、組織の上級幹部のほとんどが池田氏に薫陶をうけた弟子の方々で運営されているワケですから、完全矛盾してること言ってるんですが当人は理解できないんですね。

○今回は、他のプログを引用して説明した方がわかりやすいと思いましたので引用させていただきますね。
創価脳の典型的な例が紹介したことがある元創価学会職員3名のプログhttp://harunokoime20150831.blog.fc2.com/
左遷され解雇されても、一生懸命池田氏に誓願してます(創価が誇る福子システムで純粋培養されると、こういう発想するようになるんでしょうね)
純粋培養された、創価脳のことを端的に記事で説明されているのが『対話を求めて』https://signifie.wordpress.com/です。このプログ法華講の方には概して評判が悪いです(笑)

このプログも当プログと似た形式で管理人さんが問題提起に記事を書いてそれに対して読者がコメントするという形式をとってます、『対話を求めて』は有名ですから、当プログの読者も御存じの方が多いでしょうね。
『対話を求めて』の現在2番目の記事の(もう気づかなくてもいいよ、三人組(笑) )で管理人さんが書かれた記事を読んでいただければ創価脳」「会員奉仕局」「第一庶務」等のことがらが分かりやすく記載されてますので興味あれが読んでみてください。
これは法華講の方には朗報かもしれませんが、(もう気づかなくてもいいよ、三人組(笑) )のコメント欄に「オーリングテスト」を用いて本尊を本物か偽物であるかを判別された方のコメントが寄せられてましたから興味があればコメント欄も読んでみてください。

●こんなこと書いてますが元本部職員3名の方の勇気には感銘してます、今回はわかりやすい例として取り上げただけです。

一部訂正

●新年早々すいません、一部訂正箇所があります。

組織の上級幹部のほとんどが池田氏に薫陶をうけた弟子の方々で運営されているワケですから、完全矛盾してること言ってるんですが当人は理解できないんですね→組織を運営している上級幹部のほとんどが池田氏から直接薫陶を受けた弟子で占められているワケですから、完全矛盾してること言ってるんですが当人は理解できないんですね

ランボーさん

こんにちは。いい正月をおくられた事と思います。


>いやはや、コメントするのも恥ずかしいくらい、私も考え違いをしていましたね。理と事の相関は、ここで指摘されるまでウソをほんとだと思い込んでいました。  というより、「そう教えられてきた」というのも事実ですが。

創価教学のダメな所ですね。なんていうのかクソも味噌も一緒にしちゃうのが創価教学です。

>  最早、別の宗教団体なわけですから、創価がどういう教義を振りかざしていたって自由ではありますが、大聖人様 御本尊様と、その口で言うからには、まして日寛上人様のご本尊を祈れ、というからには、そこを逸脱して、大聖人と仏法を語るのは明らかな矛盾ですね。

そうなんですよ。創価の教学が大聖人の仏法だとカン違いしちゃう会員さんが増えると困ります。

>  さて、今年は年賀状が減りました。  いわゆる圏・県・総県幹部からのが一気になくなりました。(笑)
>  こうなるとランボーごときが死んじまったとなっても、きっと葬儀にも来ないだろうと思います。  何度も書きましたが、「村八分」を超えることになります。  あ、もうひとつもそうかもね(笑)
> 「火事と葬式」が残りの二分であり、どんなに忌み嫌う相手であっても、この二つだけは義理人情、つきあいは欠かさないというのが最低限のルールでした。
>  しかし私自身の周りでも、ある大幹部さんが亡くなった時は通夜葬儀にさえ来なかった幹部や会員がほとんどでしたから。 死の数ヶ月前に宗門に帰属されたからです。
>  あれだけ公私ともにお世話になった多くの幹部や部員さんがです。
>  それはもう人としてどうなのか、、と私は腹立たしくてなりませんでした。 世法以下もいいところです。

それいて創価は暖かい創価家族なんて言っちゃうんですからね。
呆れますよ。

> うだうだ言いましたが、年末に妻も「宣言」をしてザイムをやめて、実にスッキリしています。  我が家の「やりなおし再出発の年」です。


本当に良かったです。
謗法への布施をとどめることこそ、立正安国の根本ですから。
ランボーさん一家は今年は福が多い一年になりそうですね。

>  やりますよ。 今年は。(^^)

はい。
私もやります。

古本屋店主さん

おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

いつも他ブログのご紹介ありがとうございます。
紹介いただいたブログは読ませてもらっています。
色々と参考になることも多いですね。
三人組さん達は本部職員ですからね~
センセから離れられないでしょうね。
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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