宗教界のジャニーズ事務所

ここ数日間、TVもネットもSMAPの話題で持ちきりだね。
解散か?存続か?
おっさんなので、あまり芸能ニュースにも、
SMAPにも興味はないが
毎日、SMAPネタがニュースで流れるから
自然とSMAPの話題が入ってくる。
結局は、造反組と言われていた4人が
もとのジャニーズに残ることになって
一応は一区切りついた感じだ。
今回のSMAP騒動を見ていて思ったのが
ジャニーズ事務所のえげつなさかな。
きっと造反組の4人と元マネージャーさんに
ジャニーズ事務所が相当の圧力かけたんだろうなぁって思ったりする。
事務所から独立したところで
干されて仕事がなくなるんどうろね
で、仕方なく4人は折れたような雰囲気を俺は感じた。
そう思うと、最初はただ一人事務所に残る
キムタクがカッコイイなぁって思ったいたんだけど
キムタクが一番最初に、事務所の権力・圧力に負けたみたいに見えきちゃった。
まぁ、最終的には5人全員がジャニーズ事務所の権力に屈しちゃった感じなんだけど
それがファンの為に一番良い形で
ファンに喜ばれたのだから
本人たちの想いはともかくとして
一番いい決断をしたのだろうなぁって思う。
しかし、5人ともかわいそうだよなぁ
彼等には何の罪もないだろう。
罪もないのにテレビで謝罪させられて。
一番悪いのは事務所だと思うが
ジャニーズ事務所からは、誰も出てこない。
すべての罪は、SMAPの5人
特に造反組とされた4人にあると言わんばかり
俺は、4人がそのような行動に出るにはそれなりの理由もあるだろうし
少なからずも事務所も責任の一旦はあると思うけどな。
にしてもジャニーズ事務所も
事務所(組織)に反旗を翻すヤツは許さない。
圧力をかけて徹底的に潰す。
仕事を干し、孤立させ、悪者に仕立てる。
みたいなことをやったんだろうなと想像する。
あ~よく似た組織を知っている。
創価だ。

創価もジャニーズ事務所も同じだ。
社長(会長)や執行部に楯突く会員は
役職を取り上げられ
会合にも来られないようにし
除名だのなんだのと圧力をかけて
許して欲しけりゃ謝罪しろと迫る。
創価は宗教界のジャニーズ事務所だな。
権力ってのは本当に恐ろしい。
思想の自由も、言論の自由も、表現の自由も
そうした個人の基本的人権すら
組織権力によって抹殺されてしまう。
芸能事務所や一般企業なら多少は仕方ない部分もある。
会社は経費がかかっているし
社員は給料をもらっているのだから
多少の個人的犠牲も対価の一部なのだから。
しかし、宗教団体はそうであってはいけない。
信者に対価をもらっている側の人間が
その信者の自由意思を強制的に捻じ曲げる事は許されない。
犯罪行為があるなら別だが
組織に対する批判的な意見や行動をしたくらいで
圧力をかけるなどというのは言語道断だ。
宗教、なかんずく創価は、「人権・人権」と騒いるだろう。
本仏よりも人間が偉い。とさえ言っている。
その創価は実は、自由な発言や表現を
権力・圧力を持って妨害している団体なのだ。
創価に従順な会員さんはソレを知らないし気づかないだろう
でも、多くの会員が創価の組織に基本的人権を踏みにじられているのは事実だ。
SMAPの5人のように組織権力に負けて白旗を挙げる会員もいれば
反逆者・裏切り者・退転者と罵られ続ける会員もいる。
どっちにしても、権力を使いタレントの
生殺予奪を握り弄ぶ、ジャニーズ事務所には呆れたというかなんというか・・
こんな会社がいつまでも芸能界に君臨させていてはいけない。
タレントやファンに迷惑だって思ったよ。
そして創価もいつまでも宗教界に君臨させていてはいけない。
会員や世間に迷惑だから。


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おばんです。

深夜での仕事が一段落です。  皆さんとっくに寝静まっておられるころですね。

 さて、今回の稿は改めてこの世界が支配・被支配の関係で成り立っていることを、例証を通して言挙げしておられます。 勿論、このくくりだけではありません・   私がどうして創価に身を置いてここまで来たかといえば、 別にマゾヒステックな性格ではないし、楽チンだからという訳でもなく、言うならば「師弟関係」を教えられ、それに納得できたからでもあります。 それに必要なことがあるとすれば、信頼感。そして尊敬(今でいえばリスペクトかな?) 親和感 探究心(かっこよく言えば求道心などでしょうか。   勿論、今時点の私の言葉でいえば、です。

 当然、後付けですね(笑)

 上級の幹部といえども、みんな先生の弟子。  そこは公平なのだと信じました。  

 大学時代、「無知ゆえの服従」という言葉に出会いました。 仏法対話の中でのことです。  これになにやら無性に反発をおぼえながら、「知ること(その欲求)」と、「信伏随従」→(本来は仏様への姿勢です)ということの狭間で、悩んだのも当然そのころです。

 戻って、高校時代はある先輩に質問したことを思い出します。  

「御書と一般の書物の両方を学んだらいけないのか」という私の問いに、その人は「今は御書だけでいきなさい」と言うのです。   案外、素直な私は、それに従おうと決めました。

 まずこれがいけなかった。。

 初心の私の優先順位として先輩はそう言ったのでしょうが、今、思えばその先輩はさほど本を読んでいたようには思えません。

 なにしろ当時の男子部の先輩は、まともに御書の御文を読めない人たちが多かったのです。  そんな中で高校1年生の私が「それなりに」スラスラ??と読むので、褒められていい気になっていた時期でもありました。

 これもいけなかった。。

 くどくどは言いませんが、今思えばもっと読みたい本を読んでおけば良かったなあというのが今の実感です。

 世の中は知性だけで切り開いていけるものではありませんし、なによりも「宿命論と打開」が指導の中心でした。 そして「使命論」も。

 ここに私の自己実現の世界がある!とすっかりその気になっていきました。

 と、まあ そんなわけで見事?に「一個の歯車」へと突き進んで行ったんですね。(笑

 上だけをみていくと左右前後は見えませんから、生身の自分自身が世の中でどれだけ通用するのかということも見えていませんでした。

 「創価の庭育ち」でした。  垣根の向こうはみな悪世の邪宗と仏法に無知なかわいそうな人々、という図式がどんどん確固たる信念になっていきました。  

 これはとことんいけなかった。。

 というわけで、世間知らずな青年が、今 世間知らずなおっさんになってます。  やっと「心の支配」こそが一番 始末が悪い!ということに気づこうとしておるのです。  ジャニーズ事務所と構成員たるスマップたるや、まだかわいいものです。  でも彼らの間違いや、それこそ世間様をお騒がせしたとかいう「罪」なぞ、どうということはないと「私は」思います。(大ファンの方には申し訳ないですが)

 あとは本稿に書かれてある意見と、ほぼ同じです。

 一つを選ぶことは一概に悪いとは言えません。  そういう生き方すらできない人のほうが多いです。 それで名を為した人もそれなりにすごいです。

 しかし、専門バカという言葉もあります。  創価は「仏法を求めていくことで、すべてが包含されているのだから、まず折伏をしなさい。 お題目をあげましょう。新聞ケイモウしましょう」と言います。  それが大聖人様の本義にかなっているのなら間違いではありません。  そしてそこが問題なのです。

 先生はかつて「家に書物なきは魂がないのに等しい」と仰った。

 御書には「一切世間の治生産業はみな仏法とあい違背せず」とあった。

 じゃあこの両方でいけば良かったではないか、と単純にも今はそう思っています。

 若い新会員さん、 無知は悪に通じますから、現実を知りましょう。世界を知りましょう。

「創価的多幸的楽観論」に惑わされずに、知性を磨きましょう。 正しくご本尊様を拝し、教学を深めていったほうが、私みたく数十年という貴重な時間を浪費せずにすむでしょうから。

 たった今 私はS45年2月初版の本 「これが創価学会だ」を読んでいます。   小説風に匿名・仮名の登場人物があれこれと必死で矛盾する現実(功徳どころか罰の現証ばかり)と創価の教義・理想と、会長池田先生の指導のはざまで無闇やたらにカツドウをしている姿が描かれています。  いろいろ慄然とする事件やできごと。 そして当時横行していたヘンてこな指導性がてんこ盛りに出てきます。

 今更、他人事だというふうには笑えないんですけどね。。(苦笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

ランボーさんへ

>>私はS45年2月初版の本 「これが創価学会だ」を読んでいます。

その本の著者は 確か五島勉さんじゃないでしょうか?
従って 読む際には 本当の注意が必要だと 個人的には思いますけれどね
ちなみに 一回だけ その本を読んだことがありましたが、なんと申しますか 
特に 結びの文章に於いて 自身の本音をさしおいて 美麗字句をならべ 
おべっかばかりの建前らしき文章が嫌らしくにじみ出ており
この時点で 吐き気を覚え まともに読む気力を失いましたね

そんなに素晴らしいと確信していたのなら、何故?言論妨害事件で逆風の中だった1970年当時
創価学会に入会しなかったんですか? 五島さん

しかも この人 その本を出版してから4年後に 
例のノストラダムス本で不安を煽るビジネスをやって大儲けしたんじゃないでしょうか
そのことを考えると 尚更、いやらしさが滲み出ていて



本当・・
創価に媚び売るライターの特徴は 絶対 本音や疑問を言わないし 言えないし
うまい具合に ステルスマーケティングを仕掛け 我田引水だったり・・

前代未聞「創価学会二世ナイト!」

●スレちがいですいませんが、面白い催しが開催されるみたいです。
時代は変わりました、びっくり仰天です!\(◎o◎)/!

●当、プログの読者で是非参加してみたいと思われる方は自己責任でお願いします。
若い読者の方でしたら異性との出会いがあるかもしれませんよ!
たまには、こういう明るい話題もいいかもネ!
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/40838


なんか 規律委員のA君が飛びつきそう

>>小野さん?
え!? 「ロフト+1」で座談会?? 
・・・で、そこで何のイベントをやるのよ 


ザ・ボイスのイベントだったら 話を聞くだけの価値があるけれど
ネットと似たりよったりの内容だと その因を作った 当事者がいないわけだから
単に 愚痴を聞かされるだけなので 金を払ってまで参加するようなイベントなのかなぁ・・と


それにしても そんなイベント よく見つけてきたよなぁ・・・








たまには、肩の力を抜いて

●近ければ、ネタにちょっと行ってもいいかなと思いましたよ。
大阪では、チョット厳しいなぁ~((+_+))

●創価の話題はどうしても重くなりますので、たまにはちょっとこういうのもいいかなと
管理人さん、奥様とどうですか?(笑)

eco◆Smw69さんへ

  ありがとうございます。

 今朝方、紹介した書籍について、五島 勉さんが筆者ではないか、というご指摘ですが、これは あゆみ出版刊行の本で著者は
「植田左内さん」です。 正式な名称は「これが創価学会だ 副題として
元学会幹部たちの告白」というものです。

 この出版の2年余り前に、「しなの出版」から原書が刊行されようとして、それに対し創価・公明からの熾烈な干渉があり裁判へと至ります。 当時の吉田日大会頭を介し「しなの出版」は出版権・他を、著者にことわりなしに引き渡してしまい、ついに「まぼろしの創価批判書」として表舞台から消えたという経緯があったようです。

 ですので、私の読んでいる本は復活したS45年2月10日の「初版本」です。

 以上は本書の前書き・あとがきに記載された文言です。

 eco◆Smw69さんのご指摘とは違うものになりますね。

 当時(1968~1971)に出た「五島 勉氏」の刊行物に関しては

 ○ 「生命の若者たち 池田会長と一千万人の記録」(1970年)=大和書房

 ○ 「池田大作という人  その素顔と愛の生き方」(1971年)=若木書房

 等があるようです。 私は未読です。

 もしかしたら

 ○ 「現代の英雄  日本が狭すぎる五人の男」(1968年)=大和書房  も、それに関連があるのかな、とも思いますが、これも未読ですので、なんとも言えません。

 そして1973年に、あの「ノストラダムスの大予言」が刊行されていますね。

 このあと書きには、たしかに 避けられぬ未来、に対して彼は「東洋の宗教、なかんずく仏教には『宿命の転換』という思想があり、それに希望を抱く、、旨のことを述べてますね。

 ヨイショ記事とも受け止められますが、かすかな希望なりをちらつかせる必要を感じたのかなとも思います。  うってつけではあります。

 以上、ご返答とします。


 

No title

>ランボーさん

今は、その本自体が紛失というか行方不明な上 絶版なので 確認しようがないのですが
その 読んだ 五島勉が書いた本の内容も
「登場人物があれこれと必死で矛盾する現実(功徳どころか罰の現証ばかり)と
 創価の教義・理想と会長池田先生の指導のはざまで無闇やたらに
 カツドウをしている姿が描かれていた内容」で 非常に紛らわしく
その辺で 記憶がゴチャゴチャになったのかもしれません。 大変失礼いたしました。



>この出版の2年余り前に、「しなの出版」から原書が刊行されようとして
>それに対し創価・公明からの熾烈な干渉があり裁判へと至ります。 
>当時の吉田日大会頭を介し「しなの出版」は出版権・他を、著者にことわりなしに引き渡してしまい
>ついに「まぼろしの創価批判書」として表舞台から消えたという経緯があったようです。

藤原弘達の時と同じことをやっているんだなぁ・・・

いずれにしても そうやって 力技で 萎縮する方向へ仕向けた結果
外部からは 誰も文句を言わなくなったけれど その代わりに 組織そのものが閉鎖的になっているがゆえに 
叩かれないことを良いことに 内部から腐り始めて 
悪事や不祥事や非常識な人間が次から次へと出てきて 制御不能に陥ってしまうわけで
あの時に「けじめ」として証人喚問に出席し 公上対決に挑めば
状況が変わったかも知れませんね。 ・・とは言っても 完全に手遅れなんですけれども


>>小野さん
へぇ・・・ 「ロフト+1」って大阪にもあるんだ 初めて知りました

古本屋店主さん

こんばんは。

> ●スレちがいですいませんが、面白い催しが開催されるみたいです。
> 時代は変わりました、びっくり仰天です!\(◎o◎)/!
> ●当、プログの読者で是非参加してみたいと思われる方は自己責任でお願いします。
> 若い読者の方でしたら異性との出会いがあるかもしれませんよ!
> たまには、こういう明るい話題もいいかもネ!
> http://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/40838


これは、面白い!

No title

>今朝方、紹介した書籍について、五島 勉さんが筆者ではないか、というご指摘ですが、これは あゆみ出版刊行の本で著者は 「植田左内さん」です。 正式な名称は「これが創価学会だ 副題として 元学会幹部たちの告白」というものです。


突然の失礼します。
「これが創価学会だ」の著者は「植田左内さん」でなく「植村佐内さん」です。
確か元学会員で創対連の方だと思います。
しなの出版版には「山の神板本尊」の写真が載っています。
記事内の「蓮華往生」は、大石寺ではなく、不受不施派の寺院ですが
実は幕府の濡れ衣とも言われています。
記事内の要法寺の日辰の祖師伝内「日有板本尊偽作の為」の文は
祖師伝には有りません。著者の勘違いです。
ただ、記事内の「中村君の日記」に付いては、自分が聞いた限りでは、多少の話の盛り、間違いはあっても、ほぼ、本当らしいですね。
特に折伏で相手を「ばばあ呼ばわり、罰が何日以内に出る、人権無視ノルマ的折伏」など。
これは戸田時代からの折伏大行進の弊害、大石寺絶対の勘違い正義感から来ている弊害と思います。
特に御秘符の過信の悲劇、大野班長を泣かせた仕事休ませても折伏させる統監、信心利用の地区幹部の横暴(掛けの踏み倒しなど)こんな時代があったのか? これでは罰だけの信仰か?と見て感じて欲しいですね。
これは、学会だけでなく、正宗も顕正会などにも言えると思います。 どこも信者の純粋気持ちを利用するな!と。

名無しさん

コメントありがとうございます。


> 特に折伏で相手を「ばばあ呼ばわり、罰が何日以内に出る、人権無視ノルマ的折伏」など。
> これは戸田時代からの折伏大行進の弊害、大石寺絶対の勘違い正義感から来ている弊害と思います。
> 特に御秘符の過信の悲劇、大野班長を泣かせた仕事休ませても折伏させる統監、信心利用の地区幹部の横暴(掛けの踏み倒しなど)こんな時代があったのか? これでは罰だけの信仰か?と見て感じて欲しいですね。
> これは、学会だけでなく、正宗も顕正会などにも言えると思います。 どこも信者の純粋気持ちを利用するな!と。


なるほど。そのような見方もありますね。
折伏しなければ信者は増えないし、純粋な信者でなければ折伏しないし。
難問ですね。
とはいえ、自分の信じている宗派を絶対とするのは信仰の持つ純粋性であり
その純粋性がなければ信仰とは言えませんし。
やはり、時のその宗派の指導者によるところが大きいと思います。

No title

管理人さん、お返事ありがとうございます。

>とはいえ、自分の信じている宗派を絶対とするのは信仰の持つ純粋性であり、 その純粋性がなければ信仰とは言えませんし。
やはり、時のその宗派の指導者によるところが大きいと思います。


純粋性だけならオウムでも統一教会でも他の社会問題起こす教団の信者でも 純粋性は負けないと思いますよ。
そしてその純粋性をずる賢く?利用してるのが教団であり、教祖、上層部幹部であると言う事です。

「これが創価学会だ」お持ちでしたら記事内の「中村君の日記」を特に読んで下さい。
これは戸田時代からの折伏大行進の弊害、大石寺絶対の勘違いの正義感から来ている弊害だと思います。
特に御秘符の過信の悲劇、大野班長を泣かせた仕事休ませても折伏させる統監、信心利用の地区幹部の横暴(掛け金の踏み倒しなど) これでは罰だけの信仰か?まともな考えか?と見て感じて欲しいですね。

何故に遣れば遣るほど「罰」の生活に陥るのか?そこには
世間や常識から外れたリズムで暮らすからではないでしょうか?
金銭も時間も思考も自分らよりも教団中心(何を置いても教団に尽くす)など
教団に身を委ねている(利用されている?)からでしょう。
だからか?同じ教団に属していても末端の信仰が名前だけのような(不良信者?幽霊信者?)信者の方が、世間や常識から外れないリズムなので(教団中心の生活で無いので?)そんなに生活の悪化?は無い様ですね。
残念ながら「中村君」は地区の教団中心のドップリ生活で前者でしたが。
忘れてはいけないのは、信者のおかげの宗教であって、宗教あっての信者ではないのです。本当は金も勧誘も信者がいなければ何もできないのだから、もっと信者側は強く出るべきと思いますね。

名無しさん

こんばんは。

>オウムでも統一教会でも他の社会問題起こす教団の信者でも 純粋性は負けないと思いますよ。
> そしてその純粋性をずる賢く?利用してるのが教団であり、教祖、上層部幹部であると言う事です。

総ての宗教が宗教として成り立っている根本は純粋性だと思います。
複数の宗教を信じるというので信者ではないと。
そして、おっしゃる通りそれを利用する教団・教祖・上層幹部が多数存在します。
それらの存在のせいで、本来のその宗教の教えまでも拒絶されてしますのは悲しむべきことです。

> 「これが創価学会だ」お持ちでしたら記事内の「中村君の日記」を特に読んで下さい。

残念なことにその手の本は所有していないんです。
どちらかというと教学的な書物ばかりが多くて・・・
ネットで読めればいいのですが。誰かUPしてくれませんかね。

> 何故に遣れば遣るほど「罰」の生活に陥るのか?そこには
> 世間や常識から外れたリズムで暮らすからではないでしょうか?
> 金銭も時間も思考も自分らよりも教団中心(何を置いても教団に尽くす)など
> 教団に身を委ねている(利用されている?)からでしょう。
> だからか?同じ教団に属していても末端の信仰が名前だけのような(不良信者?幽霊信者?)信者の方が、世間や常識から外れないリズムなので(教団中心の生活で無いので?)そんなに生活の悪化?は無い様ですね。

その通りです。日蓮仏法で言えば、世間のリズムもまた南無妙法蓮華経の働きです。
その世間のリズムや常識からかけ離れたら、それは南無妙法蓮華経ではありませんから
当然「罰」が出でくる。
そこに気づかないというか、思考停止してるというか
それが今の創価の活動家さん達だと思います。

> 忘れてはいけないのは、信者のおかげの宗教であって、宗教あっての信者ではないのです。本当は金も勧誘も信者がいなければ何もできないのだから、もっと信者側は強く出るべきと思いますね。

正に正論です。池田センセも宗教のための人間でなく、人間のための宗教だ。と口で言ってるのですが
やってることは・・・・
会員のための創価でなく、創価のための会員。完全にそうなってますね

No title

>「これが創価学会だ」お持ちでしたら記事内の「中村君の日記」を特に読んで下さい。

>残念なことにその手の本は所有していないんです。
どちらかというと教学的な書物ばかりが多くて・・・
ネットで読めればいいのですが。誰かUPしてくれませんかね。



「これが創価学会だ」に関するブログです。ネットで読めるみたいです。ご参考に。

これが創価学会だ
http://blog.goo.ne.jp/youthuman/e/58eb23317f9f08a1709efcbfc9376844

中村君の日記は、地区幹部から虐待紛い?の折伏ノルマ強要、馬鹿扱いの名誉毀損紛いの暴言、踏ん反り返った幹部の「借金、掛け金踏み倒しの屁理屈」など怒りと涙なし?では読めない物語です。 このような虐待?暴言受けても「何を!」と憤らない会員はまさに罰功徳でがんじ搦めのドM信仰に陥ってる?わけです。でも原因はやはり、自分らのみが正義であとは邪宗という奢りきった選民思考的宗教でしょう。

正宗は、学会批判していますが、少年少女部、鼓笛隊など何か学会の真似?していますね?


名無しさん

こんにちは。
情報ありがとうございました
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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