退転ってなんだよ

さて、活動してた会員が活動を辞めると
活動家会員達は、「あいつは退転した」などと
組織内で吹聴することは日常茶飯事だが、
「退転」ってなんだよ。
ってゆ~か、学会活動をやらない事がなんで「退転」になるのか?
学会活動を辞めるのが退転と言うなら
学会活動は「信心」ということだろう。
でも、御書の何処にも「学会活動が信心である」とは書いてない。
当たり前と言えば当たり前だが、
現在の学会活動のどこらへんが、御書に照らし合わせて信心なのか?
幹部連中は説明できるのだろうか?
それもせずに、学会活動を辞めた会員に
「退転した」などと言うのは、言語道断だ。
百歩譲って学会活動が信心だったとしても、
それは、信心の根本ではない。
学会活動など、信心の一部であり、枝葉にすぎない。

【進まざるは退転】

だとしたら、毎回同じメンツで会合を開き
毎回、同じような話しかできない
そして、それをなんとも思わない
そんな、幹部・活動家こそ
「退転」の姿そのものである。
そして、そんな姿や言動をみて、
心から信心を求めてる会員は、
バカらしくて学会活動なんてしなくなるのだ。
学会活動を辞めてしまった会員がいる。
学会の会合に参加しなくなった会員がいる。
それは、その会員が「退転」したのではない。
その組織の長が「退転した」のである。
いかなる組織も、中心者の器以上のは成長しないのである

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