林檎さんのご質問への回答(六根清浄)

学会の言う、財務をしたら福運が付くとか選挙活動をしたら功徳があるとか聞きますが、本来の御書に則った福運や功徳とはどういったものなのでしょうか?
六根清浄の果報ってどういう意味ですか?
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林檎さんから上記のご質問をいただきましたので
私なりの回答をします。
まず、六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意(根)のことです
自身の生命の働きの根本・根源が六根です。
そして、この六根は六境に縁して六識を生じます。
六境とは、色・声・香・味・蝕・法(境)で、
六識とは眼・耳・鼻・舌・身・意(識)です。
六境(外部要因)が六根(内部要因)に触れ六識(実際の行動など)を生みます。
簡単に言うと、自分の周辺に起こるすべての出来ごと(六境)に対し
どのように対処する(六識)を、決めるのが六根というニュアンスです。
ですから、不幸の原因はこの六根が汚れていることであり
六根が清浄ならば幸福になる。というわけです。
この六根の違いを個人的には境涯だと思っています。

◆今の法華経の文字は皆生身の仏なり我等は肉眼なれば文字と見るなり、たとへば餓鬼は恒河を火と見る人は水と見天人は甘露と見る、水は一なれども果報にしたがつて見るところ各別なり、此の法華経の文字は盲目の者は之を見ず肉眼は黒色と見る二乗は虚空と見菩薩は種種の色と見仏種純熟せる人は仏と見奉る(法蓮抄)

とあるように。同じ御本尊でも、それを持つ人の六根の状態で様々な見え方(六識)がします。
六根清浄な人は御本尊を仏と見ます。
創価の言う「御本尊は法を表現したもの」というのは、そうですね~二乗ってところですかね。
六根清浄の果報とは、このことです。
眼根清浄とは、正しく物事を見る目。つまり大御本尊を仏と見ることができること。
耳根清浄とは、正邪を聞き分けること。御書や法門を正しく聞けること。
鼻根清浄とは、正邪を正しく嗅ぎ分けること。
舌根清浄とは、正邪を正しく服すること。また話すこと。正しいお題目を唱えることができること。
身根清浄とは、正しい振る舞いができること。謗法を避け正しく仏道修行ができること。
意根清浄とは、正邪を正しく判断できること。大御本尊を信じることができること。
これが、大聖人仏法の功徳です。
この功徳はすぐに出る顕益でなく、三世永遠にわたる冥益で
この冥益が仏法の功徳の真髄です。
とは言っても、自分では六根清浄かどうかわからない。と思うかもしれませんが
それについて大聖人は

◆所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は六根清浄なり(御義口伝巻下)

と言われているように。六根清浄とは
本門本尊(大御本尊)に信をとり、本門題目をあげることだと言われてます。
つまり、今の林檎さんはすでに六根清浄の功徳を受けている状態なのです。
それは御書・法門に照らして間違いありません。
とは、言うものの実際には今ご主とのことで苦しんでいるでしょうから
功徳なんて感じられない。というのが人情というものです。
偉そうに言っている私も色々な悩み苦しみを感じながら生きてきまたし今でもそうです。
でも、不思議なことに過去の様々な困難は
今振り返ると全て解決し、願った以上の結果になっています。
その時、その時は本当に苦しかったけど
いまではその苦しかったことも楽しい思い出となっているのです。
仏法の凄さは、現在と未来だけなく
過去すらも変えることができるのです。
いまは苦しいかもしれませんが
一番いうタイミングで一番いい結果がでます。

◆大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず(祈祷抄)

六根清浄なる林檎さんの祈りは必ず叶います。
私が言っているのでなく、大聖人が言ってるのだから間違いありません。
辛く苦しい時もあるでしょうが、
どうぞ、大聖人を大御本尊を信じ抜いてください。

◆我並びに我が弟子諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども疑いををこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事をまことの時はわするるなるべし(開目抄下)

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管理人様、こんにちは。
ご回答ありがとうございます。
やっぱり管理人様は凄く御書を勉強されてて、脱帽です。
再度折伏を受けたような感じになりました。
また、管理人様の体験も交えてのご回答で、説得力もあって。
信じる力が弱くなっていた自分に再度頑張ろうって思えるようになりました。
本当にありがとうございます。

林檎さん

こんばんは。

> 信じる力が弱くなっていた自分に再度頑張ろうって思えるようになりました。

皆同じですよ。
いいことがあれば、信じようと思う心が強くなり
苦しいことが続けば弱くなる
それが凡夫というものです。
大事なのは信じる心が弱くなっても
それでも、少しづつでも、信じ続けることです。
絶対に、人生が開けます。
これだけは、確かです。
負けないでくださいね。
また、何か質問があればお気軽にコメントください
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創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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