ゆっきーさんのコメントを読んで

ゆっきーさん。初めまして。コメント読みました。
コメント欄に書こうと思いましたが、少し長くなりそうなので本文記事の方に書かせてもらいます。
まずは、創価を退会するとの事。
それは本当に良かった。いい決断です。

>牙城会、新聞啓蒙、折伏など頑張りましたが、祈りは何一つ叶いませんでした。逆に鬱が悪化していくばかり

大聖人の御本尊に「若悩乱者頭破七分」と書かれているのは知ってると思いますが
頭破作七分はまたは、心破作七分といって
御本尊を誹謗する人は、頭(心)破作七分となるというのが仏法の法理です。
今の創価は知っての通り大御本尊を捨てた。つまり脳乱しているのですから
祈りが叶うどころか全くその逆になってしまうのは法理の通りです。

>幹部の人は自分は功徳いっぱいあるからこんなこと平気で言えるんだと思います

ほとんどの幹部には功徳の体験なんてありませんよ。
本当に功徳が有れば毎月の座談会は功徳の体験談で溢れているはずです。
そんな座談会を私は見た事が無い。
特に、学会2世・3世の幹部・活動家は本当に体験が無い人が多い。
だから大御本尊の凄さも怖さも確信できないでいます。
そんな幹部の指導などマトモに聞いても意味が無いとおもいます。
というか、創価の指導そのものが謗法なので聞く価値もないって所です。

>私みたいに宿業が深い人は一生祈っても無理に思います

私は、そうは思いません。むしろ逆です。
ゆっきーさんは宿業が浅い。
だからこそ、創価をやめると思う事ができたのです。
宿業が深い人は、創価をやめる事ができません。
そして日々謗法を積み、やがて無間地獄へと行くわけです。
ゆっきーさんはそうなる前に創価をやめるという結論にたどり着いた訳です。
宿業が深い人は、創価をやめる=謗法をやめる。という場所にたどりつけません。
ゆっきーさんは宿業が深いどころか、むしろ福運があると私は感じます。

さて、創価をやめたあと自分の心とどう向き合うか?ですが
こればかりは、ゆっきーさんの人生ですから
私から、どうしろ・こうしろと言うべき事ではありませんが
私自身は大聖人の仏法を信仰している身ですから
大聖人の仏法に即して所感を書かせていただきます。
有名な御書の一節に

◆又此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや(経王殿御返事)

とあるように、私個人としてはこの信心で解決できないことはない。と確信しています。
先日、個人の体験談を書きましたが。闇金業者に責められている時は
私も鬱になりました。また円形脱毛症に血尿まで出る始末でした。
でも、今はそれらを乗り越える事が出来ました。
私は特別に前向きな人間ではありません。むしろどちらかというとネガテヴシンキンの方です。
この御文は、信心をしていれば病気にならない。ということではなく
病気になっても、その病気が障害にならないと言う意味です。
そのためには、正しい本尊と正しい題目の修行が大切になります。
南無妙法蓮華経は師子吼の如し。とは
創価の言う、「師匠・池田センセと心を合わせて、池田センセの弟子として題目をあげる」
な~んて事じゃありません。
師子吼とは、

◆師子吼とは仏の説なり説法とは法華別しては南無妙法蓮華経なり(御義口伝巻上)

とあるように、仏説を師子吼というのです。
大聖人仏法の仏説は南無妙法蓮華経であり、戒壇大御本尊なのです。
戒壇大御本尊を「よくよく信じて」唱える所の題目の功徳が
いかなる病も障りをなす事のない。という結果をもたらす事になるのです。
正しい本尊を信じ正しい題目をあげれば必ず結果が出ると御本仏は仰せです。

◆されば釈迦仏は賞罰ただしき仏なり(四条金吾殿御返事)

ここでいう釈迦仏とは文底の意では、大聖人であり大御本尊です。
大御本尊は、賞罰ただしき仏です。
創価の謗法教義に基づいた活動や勤行・唱題そして本尊。
そんなものを信じていたら罰が出るのは当然です。
逆にいえば、大御本尊に信を取る正しい題目をあげれば「賞(功徳)}が出ます。
ゆっきーさんの創価での祈りが何もひとつ叶わなかったという事は
逆にいえば、正しい祈りをすれば願いが叶う。ということではないでしょうか。
創価での祈りが叶わなかった事こそ、大聖人仏法が正しいことの証明だと思います。
今度は、創価jじゃない正しい信心を試してみてはいかがでしょうか?
とは、いうものの7年前に創価に入会したのでは
五座三座の勤行も教えらてないだろうし
大御本尊がいかなる存在であるかも教えてもらってないことでしょう。
さてどうしょうましょう?
ここから先はゆっきーさん次第です。
もう信心はコリゴリだと何もしなくても
少なくても創価の活動している(謗法を犯しおている)
よりはなにもしないほうが仏法の上ではいいでしょう。
でも、気が向いたら、近くの正宗寺院に行って
色々と訊いてみてからでも遅くはないと思います。
個人的には、折角大聖人の仏法に巡り合えたのに
一番大切な部分を創価に教えられないまま(正確には創価じゃ教えられない)
離れて行ってしまうのは残念です。
悩みがあるのなら、尚更です。
30年も気張ってやる必要もありません。
出来る範囲でお題目を続けられるといいなと思います。
創価のインチキ題目ではなく
正しい題目をあげれば、必ず開けると思います。
縷々かきましたが、一意見として参考にしていただければ幸いです。

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うつは辛いですね

  私の場合はクラスのみんなが卒業して、進学なり就職で都会地に出て行くのを見送り、家業を継ぐことになってからです。

 結局は一浪の末、進学することになりましたが、3月、4月ころはまず離人感に悩みました。  生きていて話していて、何をしてもその行動に対する実感がないのです。  もうひとりの自分が無感動のまま、もうひとりの私を見ている。  当然、食欲もやる気も出ず、このままどうなるのかなという不安に苦しみ、やがてウツ状態になりました。

 内科医にかかりましたが「自律神経失調(だいたいこう言われます)」という診断。  さしたる処方もなく、あてもなく街をさまよい歩く毎日でしたね。  世の中から完全に隔離されたような気持ちというのか、今、思い出しても辛いものでしたね。  なんとか受験、そして東京へ。

帰省してから42歳(にせご本尊下付開始の平成5年!)でパニック障害に。   祈って戦い、かぶさってくる役職も受け止めて必死でしたが、悪化、。  最後には会合での挨拶や話も出来なくなり、3年で交代。

 今でも薬は飲んでますが、「今回の決意」で、一歩、前に進めるような気がします、  少なくとも「言いたくもない指導や啓蒙など」を言わされる苦痛からは解放されました。  

 盗人の社会で職場の第一人者に! と頑張ってきた馬鹿馬鹿しさ

 治るわけがないのです。  周りにもいっぱいそんな活動家がいます。

 ガン死も多いですね。  

 
  ネットでの以前の知り合いたちも、判で押したように次々と心身を病んでいく時期がありました。  真夜中に電話がかかってきて朝近くまでつきあって話を聴いたりしてたのが50代。   つらい、死にたいと、そういう電話やメールが頻繁にかかってきました・


ゆっきーさんの今の気持ちは私なりに判ります。  どうしろこうしろと言われたって、生命そのものの力が弱っておられますから、じっくりと静養をして欲しいな。

 そしてやりたいことをして、やりたくないことは事情がゆるす限りしなくていいですよ。

 必ず治ることだけ信じながら、創価と縁のない信心を除除にでも始めればいいのでは、と思います。

 私も同じ場所にいます。

 人間社会で何も悩まず、つらさもかかえず、堂々活発に生きてる人などいません。  そう見えるだけです。

 悩み=煩悩ですから、いないのですよ。  

  「煩悩の薪を燃やして 菩提の慧火 明瞭なり」とありますから、あと少し?の病気の煩悩を、燃やし尽くしていきましょ。

 もう少しですよ^^

 

 
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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