創価宗(池田教)を破す(後半)

では、昨日の続き

【創価サイトより・神秘的な血脈観】
【日顕宗では、全法主から相承を受けるだけで、仏の悟りが次の法主に伝えられるという神秘的な血脈観を説いている。これは、日蓮大聖人の仏法と無縁の邪義である。大聖人は、「日本国の一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継がしめん」と仰せである。血脈は、万人に開かれたものなのだ。また「信心の血脈なくんば法華経を持つも無益なり」と血脈の本質は「信心」であると示されている。謗法まみれの日顕宗に血脈が流れていないのは明白である】


「創価臭を破す・根拠無い血脈観」
創価臭は、創価の活動をしているだけで、仏の悟りが自分に伝えられるという根拠のないデタラメな大聖人直結論を説いている。これは、日蓮大聖人の仏法と無縁の邪義である。大聖人は、「 日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり、国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法と云うは是なり、就中我が門弟等此の状を守るべきなり。」「血脈の次第 日蓮日興」と仰せである。その日興上人を飛び越しご自身に直結せよ。とも直結できるとも言っていない。このように唯授一人血脈相承は仏法の基本なのだ。また「信心の血脈なくんば法華経を持つも無益なり」と血脈の本質は大聖人(大御本尊)への「信心」であると示している。それを捨てた謗法まみれの創価臭に血脈が流れていないのは明白である。


【創価サイトより・化義の悪用】
【日顕宗は、葬儀、法要、戒名、塔婆などの化義を悪用し、仏法を金儲けの道具にしてきた。こうした化義は、日蓮大聖人が定められたものではない。大聖人は、亡くなった人の成仏について「過去の慈父尊霊は存生に南無妙法蓮華経と唱えしかば即身成仏の人なり」と仰せである。そもそも、成仏は生前の信心・実践によるのであり、僧侶の化義によって成仏するという考えは明らかな邪義である。日顕宗は、信徒の信心を食い物にする邪教団にほかならないのである。】

「創価臭を破す・イカサマ化義の悪用」
創価臭は、選挙、聖教新聞の啓蒙、民音のチケット販売、財務などのイカサマ活動(化義)を悪用し、仏法を金儲けの道具にしてきた。こうした学会活動は、日蓮大聖人が定められたものではない。大聖人は、亡くなった人の成仏について「過去の慈父尊霊は存生に南無妙法蓮華経と唱えしかば即身成仏の人なり」と仰せである。そもそも、成仏は三大秘法への信心と勤行・唱題の実践によるもので、学会活動をすれば成仏できるという考えは明らかに邪義である。創価臭は、会員の信心を食い物にする邪教団にほかならないのである。


とまぁ~、こんな感じになるが
創価青年部のみなさん、どうですか?
日顕宗を破す。なんて調子こいて言ってる場合じゃないでしょう。
君たちの言っている「日顕宗」なるモノの正体は
実は、君たちの所属している創価学会にほかなりません。
英知をもって真摯に教学を学び
創価臭の邪義に気づくことを期待してますよ。

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久々のコメントになります。

http://youtu.be/3kb_2G3viFI
報道番組で創価の特集やってました。入会金、会費はかからないんですか?との質問に、広報室長はかかりませんと返答。
おいおいおい!かかるだろ!と1人でつっこんでしまいました(笑)
御本尊ご供養として御形木3千円、御守り5千円、入会三原則として聖教新聞の3カ月以上の購読、学会の言ってることは本当に幼稚で無知な人を騙す矛盾だらけの団体だなとつくづく痛感させられます。

最後のジハードか?

  わざわざイスラームの言葉を使うこともないが、学会お得意の「法戦」とかいう奇妙な選挙戦(S40年代には、文化闘争といった)に則ってみた。

 念のためウィキってみると、よく使われる聖戦という語訳は、必ずしも正確ではないらしい。 奮闘、努力とでもいうか、そんなところか。

 しかし自らと法を守るための営為であることには違いなかろう。 ならば!とこれからの自分の戦をもじってみた。  今更、地元の幹部さんたちと言い争うことは好ましくないし、あえてこちらから火蓋を切っていくつもりもない。  しかし個別的自衛権は保証されているはずだし、場合によっては本物RAMBOだって集団的なそれも行使するはずだ。

 大御本尊否定路線にも、ピンとも来ない方々と、いずれ対論に及ぶことにもなろう。  火の粉をふりかけてくれば、それを払う。  払った火の粉が相手に返っていくこともあるだろう。  そうなればもう、やりゃがったな!となり、これは喧嘩の始まりである。

 本記事にも書かれてあるとおり、根無し草集団がなんの信仰的な意味もなさない、新聞啓蒙だの、F盗り(ママ)だの、強制的送金カツドウだのをやろうと自由だが、所詮それらはお得意の「直結血脈論」を何も担保しない。  第一、全国で何人くらいの人が、大確信と大歓喜でもって、ガッカイカツドウを実践しているかどうかもはなはだ疑問であるし、大多数が学会世間の体裁と、惰性と、おつきあい程度のモチベーションでそれでも続けていること自体が MC教団の教団たるところだろう。 こんなものは何かコトがあれば、ただちに瓦解すると断言してもいい。

 昔の話が多いのは恐縮だが、かつては「自発能動」という恐れ多い指導が、やたらと全国で流行った。  そう「他発」で流行った。 それ自体が『能動」でもなんでもないのだが、仮にそうだとしても、確信も歓喜もないカツドウは当然、功徳を積むことには繋がらない・

 修行でもなんでもないことを千年、万年やったところで、成仏どころか、自己改革にも、罪障消滅にもならない。  

 そろそろ大風呂敷をたたむことにしますが、そんなカツドウに見切りをつけ、本物の日蓮大聖人のご教示のとおりの修行に戻ろうと決めた私であるので、それを、無慈悲で 無責任で 当事者でもない輩に邪魔はさせない。  止むを得ないジハードの結果で、私の発言で「動執生疑」を起こして、それが「気づき」の端緒となる人も生まれるかもしれない。

 さほどの自信家でもないランボーにおいては、射程はその程度です。

 勿論、大聖人のご教示に従えば、あえて、強折を専らにし、祈り、堪忍を続け、俗衆増上慢の難にも遭い、屈することなく、戦わなければならないことは、少なくとも覚悟をしているが、残念ながら今の今は、ウォームアップの段階であることを、白状しておきます。

 そして今後、ここの組織が過剰に反応して、私を「敵国」にしたてあげ、「集団的自衛権????」を行使してくるならば、私とて戦わざるを得ません。

  大多数はいわゆる「傭兵」みたいなものですから、柔道で言えば、いきなりの「プチ大将戦」を望んでおる次第でもあります。

 要を得ませんが、「最後のジハード」たるや、つまりそういうことであります。

 建長五年 四月二十八日  ランボー (ちょっと大げさ。。笑)

現役男子部さん

こんにちは。お久しぶりです。

>報道番組で創価の特集やってました。入会金、会費はかからないんですか?との質問に、広報室長はかかりませんと返答。
> おいおいおい!かかるだろ!と1人でつっこんでしまいました(笑)
> 御本尊ご供養として御形木3千円、御守り5千円、入会三原則として聖教新聞の3カ月以上の購読、学会の言ってることは本当に幼稚で無知な人を騙す矛盾だらけの団体だなとつくづく痛感させられます。


全くですね。
【入会金】という名目のお金はかからない。
【会費】という名目のお金はかからない。
でもお金はかかります。と
正直にいえばいいのにね。
世間ではこのような行為をペテンと呼ぶんですね。

ランボーさん

こんにちは。

本当に聖戦ですね。
大聖人仏法の正義を守る戦いです。
大袈裟かもしれませんがそう思います。
もっとも、創価活動家など烏合の衆でモノの数にもなりませんが(笑)
大聖人の弟子として、今世人界の思い出を作っていきたいと思います。

スレ違いですが、これ見てください

http://info.hr-party.jp/2016/5304/
創価のバリ活さんにぜひ見てほしい。
ライバルは頑張ってます(笑)
ボクはこれみてぶっとんでしまいました!今時の宗教ビジネスはスゴイ!\(◎o◎)/!
スケールがちがう!
信者がコロリと騙されるハズだわ!
某カルト団体も似たようなトリック使ってるのが理解できますか?(笑)

大聖人直結の邪義

管理人様

今の学会が言う「大聖人直結」について、一部サイトの引用を通じて申し上げさせて頂きます。
管理人様の気概・心意気に触れて黙ってはいられなくなりました(笑)
何卒、ご容赦の程お願い申し上げます。

小生、学会の非活時代に「大聖人直結」という言葉を見聞して、「ん?それって違うんじゃないの?」と思いましたが、当時は非活で「信・行・学」が疎かでしたので「遂に己義を構えたか!」とまでは考えが至りませんでした。

今の時代、書物も充実し寺院での御書講義も受けられる身となりました。
大聖人様に違背した学会の邪義が手に散るように見えてきました。
戒壇の大御本尊様に感謝の毎日です。

以下、学会の「大聖人直結」を破折し、こちらのブログをご覧の学会員さんが一人でも多く気付く端緒となれば幸いに存じます。


【一代聖教大意】
『此の経は相伝に有らざれば知り難し』

【立正観抄】
『当世の学者は血脈相承を習ひ失ふ故に之を知らず。相構へ相構へて秘すべく秘すべき法門なり』

【四恩抄】
『僧の恩をいはば、仏宝・法宝は必ず僧によて住す。譬えば薪なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず。仏法有りといへども僧有りて習い伝へずんば、正法・像法二千年過ぎて末法へも伝はるべからず。故に大集経に云はく「五箇の五百歳の後に、無智無戒なる沙門を失ありと云て是を悩ますは、此の人仏法の大灯明を滅せんと思え」と説かれたり。然れば僧の恩を報じ難し。』

【本因妙抄】
『血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承(ぼんじょう)唯授一人の血脈なり。相構へ相構へ、秘すべし伝ふべし。』

【百六箇抄】
『但し直授結要付嘱は唯一人なり。白蓮阿闍梨日興を以て総貫首と為し、日蓮が正義悉く以て毛頭程も之を残さず、悉く付嘱せしめ畢んぬ。上首已下並びに末弟等異論無く尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興が嫡々付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり』

第二祖日興上人【佐渡国法華講衆御返事】
『案(あん)のごとく聖人(しょうにん)の御(おん)のちも、末(すえ)の弟子どもが、誰(たれ)は聖人の直の御弟子と申す輩(やから)多く候。これらの人、謗法にて候なり』

第65世日淳上人【日淳上人全集】
『経文や御書そのものを手にすればそれによって相承があるといふのではない。御書には此経は相伝に非ずんば知りがたしと仰せられて居る。』

第65世日淳上人【日淳上人全集】
『仏法に於て相承の義が重要視されるのは、仏法が惑乱されることを恐れるからであって、即ち魔族が仏法を破るからである。そのため展転相承を厳にして、それを確実に証明し給ふのである。』

今の学会は同じ御文を拝しても「信心の血脈論」について【生死一大事血脈抄】の一部分のみを抜粋引用し、
 『信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり』
のみを以て、「信心さえあれば、血脈(相承)も関係ない」と言い張る。しかし、であれば、「信心さえあれば、誰でも日蓮大聖人の直属の弟子である」と公言し得ることにもなります。
一方を非難し、結局は自己の矛盾を安易に曝け出す。創価学会が抱える「永遠の矛盾」です。
かつての、池田名誉会長の指導では、
「日蓮宗身延派にあっても、南無妙法蓮華経の題目を唱えている。御書もある。経文も、法華経の方便品、寿量品等を読経している。また、もと正宗の僧侶であった『正信会』も、御法主上人の認(したた)められた御本尊を拝しているし、読む経文も唱える題目も、われわれと同じである。外見からみればわれわれと同じにみえるが、それらには唯授一人・法水瀉瓶(ほっすいしゃびょう)の血脈がない。法水瀉瓶の血脈相承にのっとった信心でなければ、いかなる御本尊を持(たも)つも無益(むやく)であり、功徳はないのである。すなわち『信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり』なのである」(『広布と人生を語る』第八巻)
と綴っています。

「御書直結・大聖人直結は邪義」
 玄妙日什(正和三年・1314生)は、天台宗僧でしたが、六十七歳のある時、『開目抄』と『如説修行抄』とを読んで改宗を決意し、名を日什と改めたとされる。
 以後、日蓮宗系の寺院を巡(めぐ)って研鑽(けんさん)し、この間、大石寺に来たとも言われている。
 しかし、日什は、大石寺に伝わる大聖人の正義を理解できず、唯授一人の相承を蔑(ないがし)ろにして、「大聖人の教えは、御書を読めば悟ることができる」という「経(きょう)巻(がん)相承」「直授日蓮」という邪義を主張するに至ったのである。そして、明徳三年(1392)二月二十八日、七十九歳で没した。
 日什が開いた顕本法華宗は、血脈相承を否定し「経巻相承」「直授日蓮」を主張する。「御書直結」「大聖人直結」を主張する愚(おろ)かな宗旨の先駆けとなる邪宗教である。 仮に、多くの優秀な人が、個々に、御書と法華経を読んで自分なりに理解したとしても、誰一人として、日蓮大聖人の教えを真に理解することはできない。恐らく、多くの人は、一つとして同じもののない多くの異なる考えを、「これが日蓮大聖人の教えだ」と主張し合うことであろう。

 大聖人から、時間・空間を超越して直接相承したと主張する、「経巻相承」「直授日蓮」の義を唱えること自体が邪宗教の証である。
 『一代聖教大意』に、
 「此の経は相伝に有らざれば知り難し」
 『顕仏未来記』に、
 「伝持の人無ければ猶木石の衣鉢(えはつ)を帯持せるが如し」
 『三大秘法稟承事』に、
 「此の三大秘法は二千余年の当(その)初(かみ)、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口(く)決(けつ)せし相(そう)承(じょう)なり」と仰せのように、正しい血脈相承があって、初めて法華経も御書も理解することができるのである。私たち凡夫が、凡智を振り絞って法華経や御書を研鑽すれば、難信難解の御法門を悟ることができると主張する輩と、大聖人以来の血脈相伝を根本に教学を学ぶ日蓮正宗と、どちらが正しいかは、大聖人の御本懐たる御本尊に対し奉る姿が如実に物語っている。

かつて池田名誉会長自身が、次のように語っていました。
「日蓮大聖人の御書を拝するにあたっては、あくまでも御法主日顕上人猊下の御説法を中心として、よくよく拝していかなければならない」
(広布と人生を語る 第一巻)

 第2祖日興上人は、御義口伝において、
「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝して」と、唯授一人血脈相伝の「極理」に基づいて御書を拝するよう誡められています。
しかし、現在の学会は、唯授一人の血脈を否定しており、彼らのいう「御書根本」とは、正当な血脈相伝によらず、我見によって、都合よく御書を解釈することに他なりません。
池田名誉会長の「御義口伝講義」や「開目抄講義」にしても歴代御法主上人の研究・講義されたものを、参考にしてはいるものの、そこに自分の考え方を入れています。
その歴代御法主上人の血脈を否定しているのですから、かつての自分の著書をも否定する、自語相違、自己矛盾、言語道断の大うそつきです。
日蓮大聖人が末法の御本仏であると、御書のどこに明言されているでしょうか?
学会員のように「御書に書いてあることを、そのまま読めばいい。」では解らないのです。
それで解れば、日蓮宗他派、御書を読む新興宗教団体、仏教大学の教授も、全て正しく成仏できるということになります。
日蓮大聖人が末法の御本仏であるということは六老僧の中で、日興上人以外には分からなかったのです。
だから日蓮宗他派(五老僧)は三宝を、
仏宝=釈迦
法宝=法華経
僧宝=日蓮聖人
とし、日蓮正宗のみが、
仏宝=日蓮大聖人(本因妙の教主釈尊、末法下種の御本仏).
法宝=本門戒壇の大御本尊(三大秘法総在の御本尊)
僧宝=日興上人(血脈付法の御法主上人)
と立てるのです。
特に「唯授一人の血脈相承」を否定していては、なぜ「僧宝」が日興上人なのかも、判らないでしょう。
だから「極理を師伝して」「相伝に非ずんば知り難し」といわれているのです。  


以上、長々と失礼致しました。

古刹信徒さん

  明快な文証の数々を示してくださってありがとうございます。

 実にスッキリしました。 哀しいほど学会の主張が宗旨から外れていることが明確になりましたね。  まあいわゆる「宗旨替え」をしたわけですから、己義を構えていようが、それを指摘しようが、聞く耳は持たないでしょうけども、我々の立場からすれば、とても心強いです。

 感謝します。^^
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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