先日のコメントへの所感(未活について)

先日、「まぁなんとなくコメントしてみました」さんからのコメント。
なんとなくのコメントなんだろうけど、
興味がわいたので今日はいただいたコメントに対する所感を書いてみる。
予め断っておきますが、今日の記事は
コメントをくれた方に対する個人的な反論とか批判とかではありませんのでご理解ください。
で、そのコメントの内容は

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
それと、私のような未活でも
その未活をやっている理由の中に、お説のような「本尊がどうたら」は、実は意外と関係ないのですよ。
正直な気持ち、どっちでもいいのです。
本尊で悩むような「まじめ」な人でしたら、さっさと学会をやめて日蓮正宗に移籍しているでしょうね。そもそも。
本尊問題を多く取り上げておられますが、
そんなことを殊更に言ってくるのは、日蓮正宗の人だけ。
未活の人間なんて、ちっとも気にしていませんよ。
問題はそこじゃないですから(笑)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

コレなんだけど、コレは多分現在の学会員のマジョリティな意見だと思う。
そして大半の学会員がこのように思っている。
それこそが、今の学会の問題点であり
学会が邪教教団化している理由だと思う。
未活の会員さんは「本尊なんて関係ない」
ここが本音であり、狂いの根本。
その前に、「未活」の学会員ってのはどのような状態の会員を言うのか?
学会活動をしない会員を、
ひとくくりに「未活動家」と呼んではいるが
俺は「未活」のタイプには大きくふたつあると思っている。
ひとつは、「学会活動はしない」けど「勤行・唱題」はしている人・
もうひとつは、「学会活動も勤行・唱題も」「両方しない人。
この二つのタイプ。
で、「未活」というのは前者のことをいうのだと思っている。
後者は「未活」ではなく「退転」
創価幹部はよく「未活動」=「退転」という方程式で発言するが
「未活動」と「退転」では今言ったように全く違う。
学会活動しないだけの「未活」と
信心そのものをしない「退転」とでは
雲泥の差。黄金と糞尿の差がある。
そこをもってこのコメントを考えるとき
「本尊は関係ない」「本尊のことは気にしない」というのは
これは「未活動家」でなく「退転者」の部類に入る。
活動はしないが信心はする。
とういのであれば、ことさら「本尊」を気にするのが当たり前の感覚で
本尊はどうでもいい。と思うのは大聖人仏法を信仰する気がない。と言っているのに等しい。
こうした、本尊を軽く考える認識とか感覚とか空気が
創価組織全体を覆い創価を邪教団の道へと導いているのだと感じる。
ひとえに、これも大御本尊を捨てる。という暴挙がそうさせた。
「本尊は関係ない」
言いだしたのは、池田センセと不快な仲間たちだ。
師匠がこれなら、弟子がそう思うのは致し方ないだろう。

しかしそれは何も「未活」会員に限ったことではない。
「活動家」も「幹部」みな同じだと感じ。
奇しくもこのコメントに
>問題はそこ(本尊義)じゃないですから(笑)
と書かれているように
「未活」になるのも
「活動家」を続けているのも
「本尊」と関係ない理由である。ということ。
「本尊」と関係ないということは、即ち「信心」と関係ない部分で
ある人は「未活」になり
ある人は「活動家」になるわけだ。
実にこのコメントは的を射てるし、創価の現状を言い表している。
つまり、創価の組織や活動・運営または幹部や学会員に嫌気がさせば「未活」
創価コミュニュティが好きだったり、そのコミュニュティの中でしか生きられなければ「活動家」
とまぁそういうことになるのだろう。
これは、仏法でなく世法であること疑いない。
そう思うと、創価なかで一番いいのは「未活」会員さんだ。
「学会活動はしないけど、信心をする」
こうした「未活」さんがたくさん増えてくれれば
広宣流布は進む。
こんかいのコメントを読ましてもらって
学会活動しないこと=広宣流布
と改めて感じた次第です。

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非公開コメント

管理人さんへ

  ずっと不可解だったことが、少し整理できたように感じます・

  創価挙げての、大御本尊様に関対する不信謗法行動について、どうして多くの会員さんが、こうも無反応なんだろうという不可思議感です。

 あれだけ利他だの、友好活動だの、慈悲だのともっともらしい教えを言い交わしながらきてて、肝心要のところで、マスにおいてはなんの疑問も意見も出ないのは、結局、どうでもいいことなのかもしれませんね・

 功徳があればいい、、とかいうのも、つまるところセルフィッシュな人たちの集まりというか、「そういう人たち」が現在、活動家としてそこにいるんだなと、僭越ながら思います。

 信心を喪失した人たちで、十分まかなえている組織。  ニセの「なんちゃって勤行」をして、 「F」がとれて退屈な「座談会」に耐えて「新聞」を取ってて(あるデータでは読んでる率は10%以下だとか)、バックナンバーの先生の動画の「本・幹を」しのげていれば、「活動家」なのですかねぇ。   

 ネオ・ナチがすごく喜びそうな組織ですねぇ。

 話は変わりますが、今回参議院で「ネット」や「SNS]での記事、コメントや会話などを傍受、監視、規制できる法案が、熊本大地震の「陰」でこっそり通過しました。 新聞なども本気で報じないのです。

 当然、ハム党も賛成。 これにも会員は無反応なんでしょうね。

 こういう恐ろしい国になろうとする動きに反対するどころか、一緒になってやってることになります。

 選挙、センキョで功徳が欲しい!っていうガッカイインさんがです。

 大聖人=大御本尊と御書をないがしろにすると、こうなるんですよね。

 どんどん我が国は化義のコウセンルフの行進をしてるつもりで、ますます「邪智謗法」の国になろうとしています。

 いい加減、目をさましましょうよ。 
 

Ramboさん

こんばんは。

>   ずっと不可解だったことが、少し整理できたように感じます・
>   創価挙げての、大御本尊様に関対する不信謗法行動について、どうして多くの会員さんが、こうも無反応なんだろうという不可思議感です。
>  あれだけ利他だの、友好活動だの、慈悲だのともっともらしい教えを言い交わしながらきてて、肝心要のところで、マスにおいてはなんの疑問も意見も出ないのは、結局、どうでもいいことなのかもしれませんね・

そうなんでしょうね。
今の学会員にとって、御本尊などどうでもいい。わからない。というのが本音なのでしょう。
そのように仕向けたのが、池田センセと上層幹部たちですね。

>  信心を喪失した人たちで、十分まかなえている組織。  ニセの「なんちゃって勤行」をして、 「F」がとれて退屈な「座談会」に耐えて「新聞」を取ってて(あるデータでは読んでる率は10%以下だとか)、バックナンバーの先生の動画の「本・幹を」しのげていれば、「活動家」なのですかねぇ。   
>  ネオ・ナチがすごく喜びそうな組織ですねぇ。

全くですね。

>  話は変わりますが、今回参議院で「ネット」や「SNS]での記事、コメントや会話などを傍受、監視、規制できる法案が、熊本大地震の「陰」でこっそり通過しました。 新聞なども本気で報じないのです。
>  当然、ハム党も賛成。 これにも会員は無反応なんでしょうね。
>  こういう恐ろしい国になろうとする動きに反対するどころか、一緒になってやってることになります。

ハム党はもうかなり前からイカレテます。
与党になったのが行けなかったですね。
毒饅頭腹いっぱい食べちゃったのでしょう。

>  選挙、センキョで功徳が欲しい!っていうガッカイインさんがです。
>  大聖人=大御本尊と御書をないがしろにすると、こうなるんですよね。
>  どんどん我が国は化義のコウセンルフの行進をしてるつもりで、ますます「邪智謗法」の国になろうとしています。
>  いい加減、目をさましましょうよ。 

「毒気深入 失本心故」の方たちです。
時間がかかりますが、一人づつ開目させていく以外ないですね

No title

リコメ、ちっと違うかなぁ…
まぁ確かに会合だとか面倒になった。
もっとコンパクトに集約すれば数も減ると思うのですよ。
やたら無理やり会合の数を入れ、予定に自己満足しているよう。
新聞だって、むりやり日刊にしているようで週刊で十分だと思うのですよ。
組織のハードもソフトももっと小さくすれば、それだけ経費も少なくなるだろうし、運営面でも各個の負担も減るだろうて。
何もかも大きく右肩上がりの時代は終わったと思わないと、この先少子化に耐えられなくなるだろうね。
24時間体制で世の中は回っている。職業のあり方も多様。
これは創価学会の黎明期、拡大期には想像もつかなかっただろうて。
そんな現代に、おいそれと集まって何度も会合を組み込むのはナンセンス。いくらかは叫ばれて改善しようと試みているようだけど、スマート会合、集約会合という発想がまだまだ欠けている。
組織が大きすぎて、おのずと組織で飯を食う職員も増えすぎた。今更減らせないだろうて。でも思い切った方策を練らないと大変なことになりかねない。
それでも今の組織に「拡大」の文字はあっても、合理化という文字が出てこない。「後退」があり得ない旧日本軍のようだ。

日蓮正宗も旧態依然だよね。

もともと私には伝統宗教のような儀式めいたことに興味はない。
塔婆だとか戒名だとか位牌に何の必要性も感じてこなかった。
だから、創価学会がむしろ宗門と距離を置くにつれ、評価していたよ。 
モノとしての本尊よりも、無形の精神的存在、経典や教えに説かれた存在にこそ、日蓮大聖人のご意思に沿うものと確信している。
宗教貴族が食ってゆくために巧妙に理由付けされたものに、私は「いずれも」手を貸すことはしたくない。


ブログ主さん個人への攻撃のつもりはありませんよ。
これはあくまで意見の往復です。

では、また。

まぁなんとなくコメントしてみました さん

こんにちは。

> リコメ、ちっと違うかなぁ…
> まぁ確かに会合だとか面倒になった。
> もっとコンパクトに集約すれば数も減ると思うのですよ。
> やたら無理やり会合の数を入れ、予定に自己満足しているよう。
> 新聞だって、むりやり日刊にしているようで週刊で十分だと思うのですよ。
> 組織のハードもソフトももっと小さくすれば、それだけ経費も少なくなるだろうし、運営面でも各個の負担も減るだろうて。
> そんな現代に、おいそれと集まって何度も会合を組み込むのはナンセンス。

仰る通りです。しかし創価上層部は会員を集める事自体が目的なのだと思います。
年中会員同士が顔を合わせる事でコミュニティを維持しているのでしょう。
そうした人間関係だけで組織を維持しているのが創価ですから
会合の数は減らせないのだろうと思いますよ。

> それでも今の組織に「拡大」の文字はあっても、合理化という文字が出てこない。「後退」があり得ない旧日本軍のようだ。

確かに。まぁ、合理化などのしなくていいのでしょう。
お金は会員さえいれば湯水のごとく溢れてきますから。

> もともと私には伝統宗教のような儀式めいたことに興味はない。
> 塔婆だとか戒名だとか位牌に何の必要性も感じてこなかった。
> だから、創価学会がむしろ宗門と距離を置くにつれ、評価していたよ。 
> モノとしての本尊よりも、無形の精神的存在、経典や教えに説かれた存在にこそ、日蓮大聖人のご意思に沿うものと確信している。

この辺の見解については私は少し違いますが割愛させていただきます。


> ブログ主さん個人への攻撃のつもりはありませんよ。
> これはあくまで意見の往復です。


分かってますよ。私の前回のリコメも、
まぁなんとなくコメントしてみました さんに対する
個人的な批判や非難では書いたつもりは毛頭ありません。
学会員総体に対する御本尊に対する無関心さというか
そういう風潮に対して書かせてもらったものです。

今後もよろしくお願いします。
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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