時代が変われば

学会活動を、折伏・弘教と呼ぶ事もさることながら
現在の学会の指導は信心を薄めすぎなんだな。
正宗と別れ独自性を出してるつもりなんだろうが
段々と大聖人仏法を薄めていって
いまや、大聖人仏法の本質からかけ離れつつある。
折伏以外にも、例えば勤行も方便・自我偈になって久しい。
会合などでは長行よりも価値的だ。 とか
助行の勤行を短くすれば。唱題が長くできる。 だなんて言ったけど
いまや、友人葬の読経にすら長行を読まない。
経本には寿量品の長行は載ってない。
それが、本当に大聖人の言って通りなのか?
といえば、そうじゃない。
御書には「日々の勤行は方便品と寿量品の長行を読むように」とちゃんと書いてある。
また、学会の昔の指導は「五座・三座」がいかに重要で基本であるかと
そこかしこで言われてた。
時代が変われば化儀も変わる?
時代が変われば基本も変わるのか?
時代が変われば指導も変わるわけか?
つまり戸田2代会長の指導も、時代が変わって今では用いないこともあるってことか。
だとしたら、池田名誉会長の今の指導も、そのうち時代が変われば
用いる事ができなくなるっていう道理だな。
だとしたら、そんな3代会長を、【永遠の指導者】なんて思うのはおかしい。
その、時代・時代の指導者でしかない。
そりゃそうだ。師匠といったって所詮人師だからな。
だったら、俺たちは大聖人の仰せのままに信心をしていくしかない。
きちんとした、勤行をして
きちんとした、折伏・弘教をして
そして、実社会の中で実証を示していく。
学会活動ばかりやっていたらそれは不可能だ。
傲慢や臆病そして無知な幹部や活動家に学会の中の事はお任せしよう。
そうじゃない、多くの会員はそんな信心モドキは辞めて
本当の、大聖人の仏法を実践していこう。

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勤行

大上人が広めたのは、題目だったと思って、勘違いしてました。大上人は南無妙法蓮華経を唱題することを。後々に勤行という形が出来たと思ってました。
最初は曼陀羅もない状態で弘教してたんですもんね。

No title

大聖人直結なら御書の通りに、勤行するのが本当なんですけどね・・・
直結信仰なら人師も団体も要りませんよね。
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Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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