対論しないのは。

いくつかコメントをもらったので、その返事も兼ねて
コメントいただいた方々の言い分を要約すると
俺の言ってることは【教条主義】だ。という内容。
反対にその人たちの言ってるのは【人間主義】である。
でも、宗教は【教義】があってこそ宗教なのであって
その教義を全て否定すればそれはもう、日蓮仏法とは言わない。
いうなれば、いわゆる【創価教】である。
別に学会としてはそれでいいんじゃないの?とも思うが、
そう言えば今度はそうじゃないと言われるはず。
【人間主義】に偏れば、単なる大衆迎合。しかも本仏・大聖人を否定しかねない。
かといって【教条主義】もまた、大聖人のお心に適わない。
では、その境界は誰が、どのように決めているのか?
学会で言えば、会長を中心に最高諮問会議あたりで決めると会則に書いてある。
では、その基準はなんなのか?
一般会員には永遠にわからない。
「こうだ」と言われれば「そうか」と言う以外にない。
それにしても、勤行やご本尊に関することを決めている幹部達には
恐怖心ってなにのだろうか?
自分達が決めたことが、もし邪義だったら
数百万人の学会員を道連れにすることのなる。
とてもじゃないが、俺には怖くてできないな。
また、会員の側も言われた事を鵜呑みにする怖さはないのだろうか?
俺は、怖い。
だから、自分で学び自分で決断することにしてる。
勤行もやり方も、広宣流布に対する考えも、ご本尊に対する考えも、学会活動についても
自分で学び、自分で納得して実践することにしてる。
それで自分が間違っていたらその時は自分の責任で無間地獄だ。
そう覚悟は決めている。
だから、対論は極力しない。特にネットでは。
どんなに批判されても、所詮は人師同志で結論でないし、裁定を下す人もいない。
最後は単なる水掛け論。お互い匿名をいいことに罵倒し合って終わり。
喜ぶのは、反学会勢力だけ。
バカらしいし、時間の無駄だ。
対論は、対面で立会人の元で正々堂々とやるもんだ。
広宣部をやってた頃から、そう思ってる。
コメントをくれた方々には申し訳ないがそういう事でご理解いただきたい。
追伸:ご理解いただけないと判断した場合は
コメントはすべて「拒否」し「削除」する事にしているので
予めご了承のほどを

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創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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