僧俗差別から

色々、辛口・ご批判のコメントいただいてます。ありがとうございます。
こんな内部アンチのような人間のブログを読めば
幹部・活動家なら腹も立つし、意見の一つも言ってやろう
と思うのは当然だよ。
でもま~ブログ上の事なので、お互いに感情的になってやり合う事もない。
(やりあってるブログもあるけど、俺はやりあうつもりはない)
でも、これがリアルとなると、幹部の指導は熾烈を極めるね。
なんとか、内部アンチの批判をやり込めてやろうともう必死。
数人で囲まれて延々と指導。
ツッコミなんて入れたら、よってたかっていつまでも指導が続く。
それがまた、指導というより感情論だから始末に負えない。
結局、幹部と本来の意味での対話などできない。
会員はただ黙って幹部の話を聞いていなけりゃ組織の中にはいられない。
嫌なら組織から離れ「退転者」との罵りを甘んじて受ける以外ない。
宗門と一緒の時は、傲慢で折伏もせずただ威張ってだけだけの坊主に苦しめられたが
宗門と別れたおかげでそうした坊主から会員は解放された。
とは言うけど、
結局本質はなにも変わらない。
幹部と言う名の在家が、坊主にとってかわっただけの事だ。
傲慢で、折伏もせず、威張ってるだけ  の幹部に苦しめられるのだ。
むしろ、正宗の僧侶と言う重しが取れた、
在家である彼らの方が余程、タチが悪い。
僧俗差別から、会員間差別へと変遷したのだ。
それは、「世間」の中で存在する以上無くならない。
「世間」とは差別義そのものなのだから。
「僧侶」が言えば「差別」
「幹部」が言えば「区別」
やってる事は同じなんだから、それを詭弁と言う。
「僧侶」にだけそうした清廉さを求めるのは、
「僧俗平等」と言ってる側の
逆差別でしかない。

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低レベル

批判するにしても、とらえ方がとても低レベルなのですね。結局、ただのグチブログだったとは気づきませんでした。まじめにコメントしたのがバカらしい。最初に自立した信仰を訴えたのは何だったのでしょう。
人間に完璧がないのと同じように、完璧な組織なんてありません。悪いところがあったら、口を閉ざさず言うべきことは言う。それが人間としての基本的な生き方ではないでしょうか。

法華経では、不軽が専ら経典は読まず、ただ礼拝を行じたと説かれています。
また勧持品には
「経典を読んでいるにもかかわらず、人を軽んじ馬鹿にする」出家者の姿が指摘されています。さらに三類の強敵での道門増上慢は、仏教を権威づけし、法華経の行者を迫害する張本人、僧の姿があきらかに説かれています。

賢く立ち回っているようでも、仏法のツケはみんな自分に返ってきます。宗門も同じでしょう。
組織や幹部批判より、御書とともに先生の思想そのものを勉強吟味すべきです。

まったく

はじめまして

まったく
その通りですね

組織には
すでに思想も対話もなく
あるのは打ち出しだけみたいですね

そのわりには
結果にも
さしてこだわっているようにもみえず
やっつけ仕事してるだけのようです
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ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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