御本尊のこと(ユリ子さんへのリコメの意味も込めて)

ここ数日コメントをくれたユリ子さんへのリコメの意味も含めて記事を書く。
ユリ子さんに現在の学会の本尊義を知ってほしいとの趣旨のコメントに対し
早速、彼女は2年前の会則変更についての
聖教新聞(多分)を読んでくれたようで、以下のようなコメントをくれた。

> 会則変更についてが掲載されていますが、ここで「大聖人御図顕の御本尊は全て本門の本尊」とされています。
> 「弘安2年の御本尊について『聖人御難事に弘安2年の御本尊には一言も触れられていない』」です。
> さて、こうなると身延派の御本尊でも良いことになりますが、それについて質問したところ『身延派は教義が違う』です。

まづは、再び創価の教義変更の内容に目を通してくれて感謝している。
ユリ子さんに限らず今の創価の活動家さんのほとんどが
2年前の「本尊義」の変更について
詳しく知っていないし、知ろうとしていない。
母の家であった、婦人部二人も
未だ活動家・幹部をしている内部の友人も
ほとんど学会の今の本尊義について何も知らない。
むしろ、よく知っているのは、アンチ創価側で
肝心な会員、しかも幹部・活動家といわれている会員が
自会の主張している「本尊義」を知らない。というのはどうかと思う。

それは「知らない会員さん」が悪いわけではなく
「知らせない」上層幹部が悪い。
当時も書いたが、「本尊義」という宗教団体であれば肝心要の重要事項を
聖教新聞の3、4面に2回ほど書いただけで
その後は、各種会合で取り上げるわけでもなく
いやむしろ、その話題をするのはタブーかの如く
その話題を避けてやり過ごしている
創価上層幹部の最近の欺瞞の数々には本当に腹が立つ。
これを宗教詐欺といわずになんと呼べばいいのかわからない。
上層幹部がそのような調子(作戦)だから
ユリ子さんを始めとする多くの活動家・会員さんが
自分の所属する団体の「本尊義」も知らないまま2年も過ごしているのだ。
とはいえ、幹部が100%悪いというわけにもいかない。
いくら組織内で話題にならないからといって
自会の「本尊義」にあまりにも無頓着であるのは
それは一人の信仰者として少し情けないのではないかと思う。

いうまでもなく、大聖人仏法の法義の根本は「本尊」である。
大聖人仏法とは一言で言えば「本尊」につきる。
学会員だっていつも「御本尊根本」というだろう。
「御本尊根本」といいつつ、自会の「本尊義」の変更に興味を示さず
自会の「本尊義」が如何なるものかも知らない。では話にならない。
自分でもよくわからない「本尊」に功徳がある。
なんて他人にいうのは無責任だと思う。
本尊義変更から2年。
そろそろ、目を背けずきちんと今の創価の本尊義を確認したらどうか?
本来は各組織でやるべきことだが
組織は「寝た子を起こす」マネはしないだろうから
幹部・活動家会員さんは自分で精査するべきだと思う。
それが自立した信仰者として態度だと思う。
そうした意味において、ユリ子さんが今回
創価の教義変更について読み直してくれたのは非常に嬉しい。
その内容の是非はともかく、
「本尊」について思索するという行為が今の創価活動家さんは大切なことだと思う。

さて、ここで以前書いたものと同じではあるが
ユリ子さんの短いコメントに少しリコメさせてもらう。

> 会則変更についてが掲載されていますが、ここで「大聖人御図顕の御本尊は全て本門の本尊」とされています。

大聖人ご図顕の本尊が全て「本門本尊」ならば、大御本尊もまた「本門本尊である」と学会は定義したことになる。
その大石寺ある「本門本尊」 を信じないのであれば謗法となる。大聖人の御書に「本門本尊でも信受しない本尊が存在する」なと書かれている御書はない。ゆえに「全て同じ本門本尊」ならば受持の対象にしないのは不信であり謗法といことになる。

> 「弘安2年の御本尊について『聖人御難事に弘安2年の御本尊には一言も触れられていない』」です

聖人御難事に書かれてなければ受持の対象としない。というのであれば
なぜ弘安二年の大御本尊も「本門本尊」と定義するのことができるのか?
御書には、創価本部の本尊のことも、日寛上人の学会の本尊のことも書かれていない。
それを受持の対象としているのはどうしてか?
そもそも創価に大聖人ご図顕の本尊は一体もない。すべて弘安二年の大御本尊を書写である。
実際の大聖人ご図顕の大御本尊を受持しないで書写の本尊だけ受持するその理由はなにか?
このような疑問を持つのが普通の感覚ではないか。と思う。

> さて、こうなると身延派の御本尊でも良いことになりますが、それについて質問したところ『身延派は教義が違う』です。

コレはおそらくユリ子さんの質問に誰か幹部が回答したと思われるが
この回答をした幹部の顔を見てみたい(そして嘲笑したい)
こんなヴァカな回答をする人間が幹部だから「創価にダメ出し」したくなるのだ。
「本門本尊」が教義によって「本門本尊」でなくなるなら
それは「本門本尊」と定義できる本尊ではないだろう。
そもそも、この人(ユリ子さんに答えた人)は「身延の教義」を知っているのか?
身延を邪宗という理由がわかっているのだろうか?
なぜ、日興上人と五老僧が違うのかわかっているのか?
身延が邪宗・謗法たる理由は
身延がご本仏である大聖人を否定している。ということと
唯授一人の血脈を否定しているからにほかならない。
逆言えば、日興門下が五老僧門下の身延と決定的に違うのは、
戒壇大御本尊(ご本仏日蓮大聖人)と唯授一人血脈が存在するが故である。
で、翻って今の創価はどうか?
大御本尊をご本仏大聖人と見ることができず受持の対象から外したばかりか
今度は「創価学会仏」なる架空の仏を会則の全文に記述する始末だ。
唯授一人血脈はとうに否定しまくっている。
(なのに大石寺法主書写の本尊を拝んでいる)
根本では「身延と全く同じ教義」なのが今の学会の教義であり
完全に「身延と同じ」になってしまったのが
件の2年前の「本尊義」変更だ。
その人の言い分であるならば
創価も大聖人仏法とは教義が違うのであるから
創価の本尊こそ受持の対象にならない本尊になるだろう。
よくまぁ、イタイケな女子部の地区リーダーさんの質問に
こんな「そんざい」な回答をするもんだ。
分からなきゃわからないっていうならまだしも、
こんなデタラメを教えるとはポカ~ンである。
これが創価教学の限界であり
これが創価幹部の限界なのだろう。
まぁ、それでユリ子さんが、心から納得したのならそれでいいのかもしれないが
それにしても、も少しマシなことを言えないもんかね。

最後にユリ子さん。
私はユリ子さんを始めとする創価活動家に
「創価をやめろ」とはいいません。(そんなこと言っても無駄ですから)
だた、創価活動かさんたちには、自分で学んで自分で選んで欲しいと思ってます。
「学んでますよ」という学会員さんは大勢します。
でも、今回の本尊義に対しても全くの無知
(バカという意味ではなく知らないという意味です)の方が多いのです。
ホントに学んでいるならば、少なくても自分達(学会側)の本尊義くらい説明できるはずです。
また、何か言われてもキチンと反論できるはずなんです。
(文理のない現証論ばかりでなく)
自分達の本尊も説明できないで、
どうやって広宣流布するのですか?
それで広宣流布の団体を自称するとは、「どんだけ」なんですか?
と言いたいのです。
創価教学など意味がない。と書いたのはこういうことです。
自分達の本尊も説明できずに、何の「教学」でしょう。
そう思うのです。
活動もいいですが、教学にも是非興味をもってください。
また、気が向いたらいつでもコメントください。

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創価学会は正しいので。

どんな御本尊様でも、
仏意仏勅の創価学会員がお祈りすれば
願いが叶い、世界平和も実現します。

えぇ、身延のお土産本尊でも、
創価のペンダント本尊でも、
創価下請業者印刷の本尊でも、

もはや、そうか学会仏にとって、
御本尊様は道具に過ぎません。
我らの胸中にホットケはありますから!

学会は凡夫の集まりである事が、
まず解ってない。

イケダ先生が絶対に間違いを起こさないと
過信している。

先生ご自身なのか、
今の創価幹部なのかは
分かりませんが、
師弟不二のハズなのに
永遠の師匠である
初代、二代の御指導を
守ってない。
さぞ、牧口先生も戸田先生も
お喜びの事でしょう!


ランボーさんへ(再掲載)探してた記事です。

同じコメントになりますが、すぐわかるようこちらにも載せときます。

●宿坊の掲示板は転記が原則禁止ですので、簡単ですので自身でお探しください
下記に要領を記載しときます。

●宿坊の掲示板に入るhttp://6027.teacup.com/situation/bbs?page=3&

次に→(投稿日:2016年11月12日(土)09時26分23秒)をさがす。
右上に原●会長の写真が掲載された2016年11月11日の聖教新聞のアップがでてきます、出てきたら聖教新聞のアップをクリックすれば拡大されますので読みやすいと思いますし問題の個所は投稿された方が赤枠でわざわざ囲みをいれてますからすぐわかります。

初めてコメントさせて頂きます。

初めまして。私は20代の学会員ですが、学会を正当な日蓮仏法の実践団体として認めていません。一方、日蓮正宗の教義にも納得していません。具体的には、「日蓮本仏論」「唯授一人の血脈論」「戒壇大御本尊とその書写本尊にのみ功徳があるという説」には反対の立場です。一方、日蓮宗が言うような「釈迦本仏論」も誤りであると考えています。

私が提唱するのは「妙法蓮華経本仏論」です。
もちろんここでいう「妙法蓮華経」は、経典の名前ではなく、「開目抄」および「観心本尊抄」で示された文底秘沈の「(南無)妙法蓮華経」のことです。

本尊問答抄によれば、
「法華経は釈尊の父母、諸仏の眼目なり。釈迦・大日総じて十方の諸仏は法華経より出生し給へり。故に今能生を以て本尊とするなり。」
とあることから、法華経のみが「能化」であり、その他の仏はすべて法華経によって成仏した「所化」であると判断できます。当然、「妙法蓮華経」も法華経の一字一句の功徳がすべて収まっているので「能化」です。よって、日蓮大聖人も釈迦・阿弥陀・大日・そして題目を唱える私達などと同様に、法華経もしくは「妙法蓮華経」によって成仏した「所化」の仏と言えるのではないでしょうか。

「日蓮本仏論」の不審な点は、日蓮大聖人だけを「本仏」として他の衆生とは別格の存在として扱う点です。

同じく本尊問答抄には、
「釈尊の最後の御遺言に云く『法に依りて人に依らざれ』等云云。法華最第一と申すは法に依るなり。」
とあり、人ではなく法を根本とすべきことが示されています。

大聖人はこのように考えたからこそ、人をかたどった仏像ではなく「妙法蓮華経」という法を曼荼羅本尊として図顕されたのではないでしょうか。それなのに、日蓮大聖人を「本仏」や「人本尊」として扱ってしまうと、法と同時に人も根本とすることになり、阿弥陀仏や大日如来を本尊とする他宗に近づいてしまうと思われます。

もし、「日蓮本仏論」や「人本尊」の考え方が正しいというのであれば、

1) 日蓮大聖人と(南無)妙法蓮華経が同一であること  もしくは
2) 日蓮大聖人を南無(帰命、信仰)の対象とすべきであること

このどちらかを真筆御書、あるいは真筆に匹敵する信頼度のある御書で示して頂けないでしょうか。

突然の不躾な質問で申し訳ありませんが、私も大聖人の仏法を深く理解したいと考えておりますので、どうかご教示願います。

ちなみに私は、身延のものであれ、正宗のものであれ、十界具足の妙法蓮華経が正しく図顕された曼荼羅本尊であれば、功徳はあると考えています。極端なことを言えば、私自身が図顕しても問題ないとする立場です。

身延派について

教義が違うのは、実際に寺院へ行けば分かることです。
妙見山には鳥居があり、仏像もあります。
この時点で謗法を犯しています。
大聖人は、仏像崇拝をしろとは遺命していません。
また、経文の書写もありますが、これは立宗宣言以前の修行法です。

境内には板御本尊を御札みたいに壁に貼ってあるし、石碑もあります。
これだけでも、富士門流と違うことが分かります。

第72回総務会で議決された「創価学会会則」の改訂内容

●今回の「創価学会会則」の改訂内容の意味を探る
興味ある方はどうぞ→http://www.news-postseven.com/archives/20161115_465898.html

●ユリ子さん、このプログはいろいろな立場の人が訪問しコメントしますから視野を広めるといった意味でもお勧めですよ!
殴り込みは言語道断ですが礼節をわきまえてコメンントくださる方には礼節をもって対応いたしますからご心配なく。

●たびたびすいませんでした<(_ _)>

古本屋店主さんへ

 ありがとうございました。  そしてお返事が遅くなり申し訳ありません。

 御示しのURLへと行きまして、いろいろ読みふけって?しまいました。
 
 本幹会長記事もおかげで読ませて頂きました。 木で鼻をくくったような文言でしたが。

 もう何でもありなんですねぇ。。 これも「宗教ルネッサンス」ということでしょうが、我が創価は残念ながら、いくら機関紙とはいえ、会員諸氏はあまり読んでないということと、それだけでは通じない(浸透しない)性質は昔からあります。  従って各種会合でくどいほど徹底していかないと、何も伝わらないのが体質です。  それを敢えてやらないわけです。

 今回の「大善宣言(指導)」は本幹ですから、確信犯ですが、全国にどれだけの人が「即・納得!」したのかな。。 

 騒いでるのはアンチ創価、、あるいはアンチ執行部大幹部の人ばかりなのではないかな。

 学会員でありながら、肝心かなめの「本尊義」や、「財供養」の教義的位置づけも、ワケわかんなくなっているのは、もはや喜劇としか言いようがありませんね。 会長職にもあまり重みを感じていないのかも知れません。
 創価も末法ですね。

 ともあれ、二度も示してくださって恐縮です。 ありがとうございました。

 実は86歳の母親が急きょ、入院でした。  妻も娘のところへ行っており、一人ばたばたしてた情けないRAMBOでした。
 

古本屋店主さんへ

ここへは、お客さんの立場で来るで、ヨソ行きになるのは当然ですね。
但し、早速ケンカを吹っ掛けて来たのもいるので、今後は相応の対応です。
度が過ぎると、ただのネット弁慶ですが。

さて、私のキャラは申し上げるほどのものではありませんが、ブログ村のネット学会員ユーザーからは、良い印象を持たれていませんよ。
それゆえに、拙ブログのガイドラインには『真面目な創価学会員の人は閲覧御注意』です。

それにしても、私はローカルブロガーなのだけど、あちこちでユリ子特集がアップされるなぁ(^○^)

退転壮年部おじさん さん

こんばんは。

> どんな御本尊様でも、
> 仏意仏勅の創価学会員がお祈りすれば
> 願いが叶い、世界平和も実現します。
> えぇ、身延のお土産本尊でも、
> 創価のペンダント本尊でも、
> 創価下請業者印刷の本尊でも、

創価仏は万能ですね。

> 先生ご自身なのか、
> 今の創価幹部なのかは
> 分かりませんが、
> 師弟不二のハズなのに
> 永遠の師匠である
> 初代、二代の御指導を
> 守ってない。
> さぞ、牧口先生も戸田先生も
> お喜びの事でしょう!

たしかにその通りです。
戸田二代と池田三代は
明らかに、言うことなすこと違っています。
師弟不二が聞いて呆れます。

ユリ子さん

こんばんは。

> 教義が違うのは、実際に寺院へ行けば分かることです。
> 妙見山には鳥居があり、仏像もあります。
> この時点で謗法を犯しています。
> 大聖人は、仏像崇拝をしろとは遺命していません。
> また、経文の書写もありますが、これは立宗宣言以前の修行法です。
> 境内には板御本尊を御札みたいに壁に貼ってあるし、石碑もあります。
> これだけでも、富士門流と違うことが分かります。

では、なぜ身延がこうなったか?
それは大聖人をご本仏と拝せず、大御本尊を大聖人と拝せなかったからです。
なぜそのように拝せなかたのかというと、大聖人からの相承・相伝がなかったからです。
そしてまた、唯授一人血脈相承を否定したからです。
わかりますか?いまの学会は上辺だけは身延のようになっていませんが
「教義」は身延と全く同じなのです。
大御本尊が生身の大聖人であることが分からないから「受持しない」という。
昔の学会員は、大御本尊が大聖人であることを
「ほとんど全員が知っていた」のですよ。
なぜそれがわからなくなったか?
それは「唯授一人血脈相承」を否定したからです。
身延と同じ道を歩んでいるのが今の創価です。
創価の本尊義は、
最初は「弘安二年の本門戒壇の大御本尊を根本」でした
その後「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受」として、「弘安二年の本門戒壇」を削除
そして、現在では「弘安二年の大御本尊は受持の対象としません」
です。
身延同様、「本尊義」をクルクル変えています。
身延みたいに仏像とか祭っていない。という反論もあるでしょうが
「本尊」の「義」を変えているのは、「本尊を変えている」のと同じです。
特に創価は身延よりも「本尊の義」が重要なのです。
なぜなら、身延と違い創価には、大聖人ご図顕の御本尊は
ただの一体もなく、全て大御本尊を書写した本尊しかないからです。
それでも、ユリ子さんは
創価が日興門流だと思うのでしょうか?
どう考えても、五老僧の末裔に成り下がったとしか私には思えませんが。

何を以て正しいのか?

宗門と学会、そして顕正会は、自分たちこそ大聖人の血脈を受け継いでいると主張していますね。
この「正しい」とは、誰が証明するのか?になります。
理証・文証より現証が勝ると言いますが、「たもつは難し」の信心です。

五老僧?
信濃町へ行ったら、肩で風切る職員や、睨み付けるような女子部もいますが、私は、その人のために信心をしている訳ではありません。

以前、太陽会の人が『いずれ第二創価学会が出来る』と言っていました。
本当の試練は会則変更の今では無く、「第三次宗門問題」が起きたときです。

ユリ子さん

こんばんは。

> 宗門と学会、そして顕正会は、自分たちこそ大聖人の血脈を受け継いでいると主張していますね。
> この「正しい」とは、誰が証明するのか?になります。
> 理証・文証より現証が勝ると言いますが、「たもつは難し」の信心です。

文証・理証「より」現証というのは、文証と理証が揃っていて初めて成立する話です。
文証はこの際置いておきますが、
今の創価には「理証」が全くありません。
「本門本尊」とはどんな存在だと理解していますか?
まづ、大聖人仏法のの本尊とは何か?ということを思索してみてください。
その上で、「本門本尊を受持しない」ということが是か非か考えてみてください。
また、大御本尊を書写した本尊を信じているのに、その根本の大御本尊の方を信受しない。というのが道理に合うか?
唯授一人血脈を否定しているのに、正宗の法主が書写した本尊を使っているのは?道理にあってますか?
そのようなことをひとつずつ思索しその結果を説明できるようになる。それが教学です。
その上で、何が正しいかは他の誰でもない自分で証明するのです。
今の創価の活動家さんは、創価の正義を「文理」で証明出来る人はほとんどいません。
結局最後は現証論です。
現象論だけなら、全ての宗教団体が口にします。

> 五老僧?
> 信濃町へ行ったら、肩で風切る職員や、睨み付けるような女子部もいますが、私は、その人のために信心をしている訳ではありません。

当然です。私の言っているのは、今の創価の教義は身延と同じ。と言ってるのですよ。わかりませんか?
大御本尊と唯授一人血脈を否定するのは「身延」と同じだ。と言っているのです。

> 以前、太陽会の人が『いずれ第二創価学会が出来る』と言っていました。
> 本当の試練は会則変更の今では無く、「第三次宗門問題」が起きたときです。

第三次宗門問題など起こりませんよ(笑)
だって、宗門は創価を破門し、創価も宗門から独立したのでしょ?
全く別の宗派ですよね。問題など起こる理由がありません。
起こりうるとしたら、創価の分裂です。
そして、分裂後一部が宗門に戻る。
それを残った創価が勝手に「宗門問題」にすり替える
そんなところでしょう。

RAMBOさん

こんばんは。

お母様の入院の報に驚いています。
お題目送ります

創価大誓堂の御本尊様

受持の対象としない大御本尊様を
書写された大誓堂常住の御本尊様。
録音テープに
合わせて唱題される会員さんは
本当に
歓喜のお題目をあげる事が出来てる?
信心の血脈は正しい本尊感あっての事。
大御本尊様を否定した創価に
何の疑問も持たない。
疑問を持つ人は破和合僧。

日本銀行で印刷された
一万円札には価値があるけど、
コピー札は無価値な上に使用すれば犯罪。

追伸。
RAMBO様の母上様に
私もお題目上げます。

本門の本尊

大聖人が図顕された御本尊ですよ。
弘安2年の御本尊を受持の対象としないことは、会則変更記事で明記されていますが、これについては敢えて触れないことにしておきます。

なお、このようなお話は、いつまで経っても堂々巡り。
分かることは、信心は頭でするものでは無いこと。
「自分教」が流布され、きっと大聖人も嘆いていることでしょう。

退転壮年部おじさん さん

こんにちは。

> 受持の対象としない大御本尊様を
> 書写された大誓堂常住の御本尊様。
> 録音テープに
> 合わせて唱題される会員さんは
> 本当に
> 歓喜のお題目をあげる事が出来てる?
> 信心の血脈は正しい本尊感あっての事。
> 大御本尊様を否定した創価に
> 何の疑問も持たない。
> 疑問を持つ人は破和合僧。

全く本末転倒ですね。
何よりも自分達が大聖人の一門だと思っていると事が
悲しいというか、滑稽と言うか・・

管理人さん。 退転壮年部おじさんさん

  ありがとうございます。 もったいないお話です。

 お陰様で、下血した割りには、昨夜の時点で落ち着きを取り戻しております。
   どうぞこれ以上の御心配はありませんように。

 本当に感謝しております。 

 RAMBO、お礼まで。

ユリ子さん

こんにちは。

> 大聖人が図顕された御本尊ですよ。
> 弘安2年の御本尊を受持の対象としないことは、会則変更記事で明記されていますが、これについては敢えて触れないことにしておきます。

そうですね。触れない事が賢明だと思います。

> なお、このようなお話は、いつまで経っても堂々巡り。
> 分かることは、信心は頭でするものでは無いこと。

そうですよ。堂々巡りなのです。
なぜなら、創価の活動家さんは「本尊義」に関る事になると肝心な部分を答えないからです。
「本門本尊」を大聖人の魂を図顕した本尊という。これは分かり切っています。
それでは「大聖人の魂」である本門本尊を受持しないのは謗法ではですか?ときくけどそれには答えない。
そうした大聖人仏法の根幹の部分に明確に答えられないから、話が先に進まないのです。
数日ユリ子さんとやりとりしましたが、ユリ子さんは私の質問には何も答えていませんよ。
「本門本尊がどう」とか「身延はこう」とか、そんな話ばかりです。
私がお伺いしたのは、

【質問】なのですが、大御本尊を「本門本尊である」と認定しながら、その「本門本尊を受持しない」というのは謗法だと思うのですがユリ子さんはどう思いますか?謗法ではない。と思いますか?どうでしょう?

です。謗法か謗法じゃないかどちらですか?と。
ユリ子さんはずっと態度保留のままで、
結論は、「信心は頭でやるのではない」です。結局、創価の本尊義が謗法か否かは口にしていません。
でもまぁそれが創価の現状ですから仕方ないと思っています。

> 「自分教」が流布され、きっと大聖人も嘆いていることでしょう。

これって、当然創価の事を言っているのですよね?
そりゃ嘆いていますよ。大聖人も。

ユリ子さんに対して率直な事を言いますと、
幹部の言う事を聞かない不良地区リーダーさんと自認しているのに
(そう言う人好きですよ。私も活動家の時は全然言う事聞きませんでしたから)
なんで、「本尊義」等の教義については
創価幹部の言っている事を素直に聞くんだろう?って不思議です。
ソコこそ最もツッ込む所じゃないですか。
そこに反発しないなら、創価に反発しても意味が無いというか
ソレって信心じゃなくてただその幹部が嫌いってレベルの話なのかな?と。
それが本当に不思議です。
(これは皮肉や悪口じゃないですよ。素朴にそう思うだけです)

まぁ、また気が向いた時にコメントください。
今回の話はこの辺でお開きにしましょう。

そうですね、お開きがいいと思う♪
本人が言うように堂々巡りだわ。

あ、でも自分でもわからんもんをよく信仰できるな~って思う、そして人にすすめる…( ̄0 ̄;)
男子部時代も薄々感じてましたが、創価学会の信仰ってのは信仰でなくて
組織活動、運営のための活動ですね。活動を通して自分磨き♪社会で役に立つ人材になれると思いますよ。
僕も創価班大学校のおかげでまともな人間になれたと思ってます。

しかし創価学会の信仰は間違ってます。それとこれとは別の話です。
創価学会は仏法でもなく宗教でもないと思いますよ。

お開きと致しましょうか?

中締めの挨拶として、私の「五大部」である、学会版御書の1117頁3行目を、具体的に通解頂ければ幸いです。

RAMBOさん

こんばんは。

>  お陰様で、下血した割りには、昨夜の時点で落ち着きを取り戻しております。
>    どうぞこれ以上の御心配はありませんように。
>  本当に感謝しております。 

そうですか。
ひと安心しました。

元創価班さん

こんばんは。

> そうですね、お開きがいいと思う♪
> 本人が言うように堂々巡りだわ。

そうですね。
活動家さんは概ね誰も同じリアクションですね(笑)

> あ、でも自分でもわからんもんをよく信仰できるな~って思う、そして人にすすめる…( ̄0 ̄;)
> 男子部時代も薄々感じてましたが、創価学会の信仰ってのは信仰でなくて
> 組織活動、運営のための活動ですね。活動を通して自分磨き♪社会で役に立つ人材になれると思いますよ。
> 僕も創価班大学校のおかげでまともな人間になれたと思ってます。
> しかし創価学会の信仰は間違ってます。それとこれとは別の話です。
> 創価学会は仏法でもなく宗教でもないと思いますよ。

そう思います。
「そうではない」という反証が活動家さんからはないですからね。

ユリ子さん

こんばんは。
これ以上やり取りしても話が進みませんからね。
この辺でいいしょう(笑)
ユリ子さんが私の【質問】に答えたくなったら再開しましょう。

> 中締めの挨拶として、私の「五大部」である、学会版御書の1117頁3行目を、具体的に通解頂ければ幸いです。

◆男女交会のとき南無妙法蓮華経ととなふるところを煩悩即菩提生死即涅槃と云うなり(四条金吾殿御返事)

この部分ですか?
これを通解することが、いままでの「本尊義」の話と関係あるのですか?
「SEXの最中に南無妙法蓮華経ととなえるのが煩悩即菩提生死即涅槃といことです」でしょ?
いませんよね。そんな奴。
でもSEXが煩悩即菩提生死即涅槃である。ってのはわかる気がします(笑)
これがどうかしましたか?
面白い人ですね。ユリ子さんは。
女子部の地区リーダーさんとして活躍してください。
では、【質問】に答える気になったらまたコメントください。
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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