大作センセの弟子になり損ねた。

昨年、「いつの間にか退会」という
本人も知らないあいだに創価の会員資格を喪失させられた俺だが、
そんな状況になって初めて少しだけ
大作センセを理解することができたと思ってる。
俺は「いつの間にか退会」について
そのやり方はともかくとして
「退会されられた」(除名じゃないよ)ことについては
別に文句も異議もない。
以前書いたがむしろ「スッキリ」しているし
「サンキュー!学会」って思っている。
それは当たり前の話で平成14年に教義から
「弘安二年十月十二日の本門戒壇の大御本尊を根本とする」
の文言を削除した時からずっと創価を批判してきた。
もちろん創価のいう永遠の師匠・大作センセも批判してきた。
所属する団体の批判をくり返しいる人間を追放のは当たり前の話で
いつかは「除名」になることも覚悟していた。
いや、むしろそれを望んでいた。
自分から辞めるよりも、相手がやめさせるように仕向ける。
いまから思えばそういう心境だったんだろうなと自己分析。
コレってまさしく大作センセが宗門に対してやった事と同じだ。
そう思うと、ようやく大作センセの気持ちを理解できた感じがした。
ようやく大作センセと同じ戦いができた。と(笑)

いま新人間革命で54年の会長勇退の話を書いているが
それを読むと、その当時から宗門は法主を筆頭に僧侶達が創価の会員をイジメていた
でもその時は「会員のため」に「僧俗和合」の道を選んだ。というストーリーだ。
では何故平成の時は「僧俗和合」の道を選ばなかったのか?
52路線の時と平成の時と状況は一緒でしょ?
宗門僧侶が会員をイジメたりバカにしてたわけでしょ?
相手(宗門)側は同じ状況にもかかわらず
54年の時は「会員を守るため」会長職を勇退して「僧俗和合」の道を選び
平成の時は「会員を守るため」時の法主を批判しまくって「宗門から独立」を選んだ
これってかなり矛盾した話だ。
この話の辻褄を合わせようとしたら
54年の時は大作センセの側近が
大作センセを裏切りセンセの独立に反対したので
仕方なく「僧俗和合」の道を選んだのだが
平成の時はそうした障害がなかったから「独立」した。ってストーリーしかないでしょ。
本当は52年路線の時に大作センセは独立したかったのだろう。
本人も学会の絶頂期と言ってるわけだから。
ところが福島氏の「大牟田発言」で大作センセの計画が狂った。
「おいおい福島。いま言うんじゃね~よ」って感じだろうね。
それが証拠に54年の時は福島氏の「不用意な発言」で学会が窮地に云々といってるが
平成の時は大作センセ自らの発言で破門まで至ったわけだから
その時は「不用意」でなく「用意周到」な発言だったんだろうね。
だって、その後宗門側に謝罪するチャンスはいくらでもあったのに
大作センセと創価首脳は断固謝罪しなかったもんな。
俺だって、こうなる前にどこかで地元の幹部に謝罪して
「心を入れ替えて池田先生・学会の為に一兵卒から頑張ります」と
心から言えば多分創価の活動家として今でも組織に残れたと思う。
大作センセだってそうすれば除籍にもならず
創価も破門されることはなかった。
そうしなかったのはそうしたくなかったからなんだろうね。
その大作センセの気持ちは手に取るようにわかるよ。

ただ、その後がね~
自分から「破門」になるように仕向けたくせに
あたかも「破門」した宗門側が悪い。と言いまくるのはどうかな~。
「破和合僧」の道を選んだのは大作センセの方でしょ?
なのに宗門がそうしたように言いふらすのはよくないよ。
それと宗門が対話を拒否したっていうのもそう。
書面での回答を最初に拒否したのは大作センセの方でしょ。
最初に宗門から要望があった書面で回答してから対話すれば良かったんだから。
ダメだよ。そうやって自分で「仕掛けて」
宗門を「嵌める」ような真似しちゃ。
俺はそんな、姑息で卑怯なマネはしないよ。
創価が勝手に俺を退会したと捏造して統監を落としても
創価が俺と対話どころか退会の確認の連絡すらしなくても
そんなことは非難しない。
自分がそれを選んだのだから、
今更そういうことで「創価は非道」なんて言わない。
創価を嵌めて騙し討ちするような真似はしない。
正々堂々と大聖人の仏法に照らして創価を破折する。
騙し討なんて人として恥ずかしいからね。

あ~これじゃやっぱり大作センセの本物の弟子になれないな。
もっとく姑息で卑怯で小心者にならないと
大作センセのようにはなれない。
途中までは良かったんだけどね~
惜しかったな。オレ。

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そういえば・・・

某副会長の大牟田発言の内容を思い出してみてください。 
たしかその内容は?・・と言うと

 ・坊主が浄財使って贅沢な生活をしている
 ・高級車を乗り回している
 ・宴会ばかりやっている

こんな内容だったことに気づきませんか? 
平成の破門以降の創価新報で書かれていた内容と
ほぼ同じ告発を昭和53年~54年にかけて発言していたわけですが 
・・・にも関わらず 何故か告発した側の某副会長が
   「お前はクビだぁああ!」と言われて 追放+嫌がらせ

あと正信会が54年の問題で当時主張していた内容を思い出してみてください
こんな主張をしていませんでしたか?

 ・67代は血脈を受けていない

これもフェイクも含め平成以降の創価新報で書かれていた内容と
ほぼ同じ内容で 彼らの方が先見があったわけですが
・・・にも関わらず
   「お前等は破門だぁああ!」・・と言われて
日蓮業界から追い出されてしまった


だから これらの話を聞いたときに「あれ?」と思いましたし
この点から 実は67代の日顕法主を作ったのは
創価学会だったんじゃねぇーの?・・と 変な嫌疑をかけたりも

何せ 当時も今も正信会は創価と正宗を憎んでいるわけですから
当時 そういう発言をしていた以上 つじつまが合いますし

例のシアトル事件の一件にしたって
1960年頃に発生していたのにも関わらず
彼女は30年以上も黙っていたわけだし 
法主になってからの12年間も黙ったままで 
それが 平成の破門になってから 解放されたかのように告発され
事件が発覚したわけですから、冷静にみれば 単に「後付け」の要素がつよく

(尚黙っていた理由に関してのクロウ婦人の証言は、仏法上の観点からみたら納得はできません. 
 2ちゃんでも書いたけれど、 百歩譲って 事件が真実だったとしても 
 御義口伝にも「沈黙は最大の悪」だと書かれているのにも関わらず
 彼女は「その事件」を知ったまま黙っていたわけですから
 日顕法主書写のマンダラを取り替えた学会員の心理性を考慮すれば
 その薄汚れた法主が書いた信仰上の根幹にもなっているマンダラに向かって
12年間もナンミョーを唱えていた 彼女の信心は正直言って疑いますし
 他にも彼女が「言っちゃいけないんだ」と思っていた・・としても 
 少なくとも、1979年から法主になってからの12年間は
 彼女をストックホルム症候群に陥らせ 認知的不協和の状態が続いていたわけですから
 それは 創価学会側の指導体質にも問題が出てきて責任性が問われませんかね 
 ましてや彼女はSGIだったわけですから余計・・・
 裁判官が彼女に同情しても御本尊は彼女には同情をしないんじゃないでしょうかね) 

また破門の5年前に実施された饗宴を「思い出した」かのように
「後付け」で告発したりしているわけですから
これらの一件を考慮すると、創価学会の体質などから
ある程度まではコミットするんですよね 

eco◆Smw69 さん

こんにちは。

> こんな内容だったことに気づきませんか? 
> 平成の破門以降の創価新報で書かれていた内容と
> ほぼ同じ告発を昭和53年~54年にかけて発言していたわけですが 
> ・・・にも関わらず 何故か告発した側の某副会長が
>    「お前はクビだぁああ!」と言われて 追放+嫌がらせ

そういう事です。54年の福島氏はむしろ一番大作センセの事をわかっていたのだと思います。
だたフライングしちゃっただけだと思われます。

いわゆる52年路線(第一次創宗問題)と平成の第二次とは
その内容は何も違わないのです。
破門後の創価の言動もすべて第一次の時に大作センセがやりたかったこと。
ただ昭和の時はまさしく「時流」ではなかったので「やれなかった」だけです。
「会員を守る」なんてよく言うよ。と思います。
本当に「会員を守る」気持ちがあれば
平成の時も「和合」の道を選んだはずですし
そもそも、例の「池田スピーチ」もするわけない。
創価が欲しかったのは「独立」ではなく
「破門」という事実です。
あくまでも自分たちは悪くない。池田は悪くない
というテイを作りたかっただけですね。
宗門は「まんま」とその策に引っかかった。
大作センセと首脳陣だけ破門にすればよかったんですよ。
宗門は大作センセの姦計を見破れなかったんですね。

先生の弟子なんかじゃない

創価学会 破門の真実は最近(2年前)になってやっとわかりました
今やネットの時代なので なんでも簡単に調べれます
当時 お坊さんが 腐敗墜落したから 宗門から離れるんだと いつか
仲直りして また お山に戻ることができると思っていました
その当時 なんで僧侶が間違えたんなら 池田先生・創価学会は 正しい道に
導かないんや と思っていました。 でも真実は 創価学会が間違えたから
破門されていた 今でも そのことを知らない学会員・・・
一人一人に話をして救っていきたいと思います。
今 学会の間違いに気づき 学会をやめて 無宗教になる人が たくさんいます
学会をやめるとき 友人に 退転するのか と いわれました
学会をやめるのは たんなる脱会で 大御本尊から離れるのが 退転や
今の学会員は みんなとっくに退転してるんや
自分の頭で考えてみろ・・・ 
これから どれだけ時間がかかろうとも 自分に縁した学会の人は
大御本尊の元に お連れしたいと 思います。
かつて 戸田先生も そう おっしゃってましたよね
「わたくしたちは、無智な人々をみちびく 車屋である、
迷っている人があれば車にのせて、大御本尊さまの御もとに
案内していくのが、学会 唯一の使命である」
みんな 一番 大事な事を 忘れてしまったんですね

真実の創価同窓の集いさん

こんばんは。

> 一人一人に話をして救っていきたいと思います。

はい。地味ですが継続は力です。

> 今 学会の間違いに気づき 学会をやめて 無宗教になる人が たくさんいます
> 学会をやめるとき 友人に 退転するのか と いわれました
> 学会をやめるのは たんなる脱会で 大御本尊から離れるのが 退転や
> 今の学会員は みんなとっくに退転してるんや

そうです。その通りです。退転したのは創価の方です。

> これから どれだけ時間がかかろうとも 自分に縁した学会の人は
> 大御本尊の元に お連れしたいと 思います。

私も全く同じ想いです。
時間はかかりますが、相手に信心が残っていれば必ず理解してくれます。
私の周りの創価の人たちも、理解してくれる人が増えてきました。
15年前は全く聞く耳えお持たなかった人も変わってきました。
地道に頑張りしょう。

脱・創価 そして。

 先日の管理人さんのコメント。 「おれが創価活動家だと思ってる」というもの。

 見方を変えればそうなんだろうと思いますよ。  変なパラドクスなんですよね。

 創価は全くおかしな存在になってしまった。 大聖人様の義を信じ、大御本尊様を信奉するという従前の信仰の原点からは もう遠いところにいってしまった。 
ならば、それに対して声を挙げる、 堂々、法理を尽くして戒める。 これは至極 当然なことです。  悲哀を乗り越えてやらんといけません。

 先日もあるフィリピンバーの経営を任されている男性と談義になりました。 まあ論理はメチャクチャなんだけども、言ってることは正しい。  ただ、なかなか『今の私」の立場を理解できないらしく、かれは「学会のおかしさを責めるわけです。
私に対して。  酒が入っての法論はいけないから彼を制しているのですが、よほどの怨讐があったのかどうか、私は「ソウカの悪」を責められ続けるだけなんですな。。

 つまりこういう難もあるわけで、とりもなおさず複雑で半端な、今の私の立場なわけですね。 早く旗幟鮮明にしないとたまったもんじゃないです。(笑)

 池田氏の腹の内は早い時期から「宗門からの離脱」でした。その淵源がS27年の「別法人格取得」であった。 ここを押さえないと一連の宗門戦争の変遷は理解は無理です。 飽くまで「ここ」が「因」です。(同時に水滸会での未来構想) であれば、のちの宗門問題などは、縁に触れて惹起したことに過ぎません。  

 S47年の前、正本堂完成直前の騒動の時には、組しやすいとみていたのちの「日顕上人」と手を組んで、どうにか「正本堂を現時の『事の戒壇である』ことを、時の管主、日達猊下に認めさせた。、この時点では日顕氏とは蜜月関係であったと推察されます。   その論功行賞なのかどうか。。 次期、猊下は日顕上人様が登座されて、「相承なし!」との宗内の一部?の抗議を退け、12年の時間が経過したわけです。  私はそう見ています。

 「今の今の私」は、結論的には、 

 (極端にいえば)双方、どんな思惑があってもそれはいい。  現場の「一信仰人」たる私どもは仏法の正統と清流が侵されさえしなければそれでいいのです。

 今はそれだけですね。 六十数年の「僧俗和合路線」はつまり既成仏教団体と、元・極右たる牧口・戸田両氏の設立した新興宗教との和合という、ある意味 歴史的試みであったが、頓挫してしまった現在、私の本当の願いや熱情は、これからは富士の清流・仏法の純粋性を求めて、その道を探ることに費やされます。

 以上、私家版マクロ視点?ではそういうことですね。 不遜のようですが、今は法華講(及びその将来)がどうなのかも未知未聞な世界に過ぎず、以前の親友たる男子部員だった男も、脱会して法華講に行きましたが、聞くところでは「カタギ」に戻ってしまってました。 (先日知りました)   安息な日々が穢土・今世に存ずるや否や、実は はなはだ覚束ないのが正直なところです。
 
 実は私は本来『大の組織嫌い人」ですので、なおさらかもしれません。

 意を尽くせませんが、私の所存はそんなところです。

 

 

いつもありがとうございます。

管理人さま

いつも大変に参考になる記事を、誠にありがとうございます。
管理人さまの記事を読み、
下記の2点、素朴な疑問です。

●特定人物を本仏とするロジックが理解できません。
私には、日蓮を本仏とする管理人さまと、池田大作を指導者と仰ぐ学会員の違いがわかりません。
この違いはなんでしょうか?
仏教史的に証明できるのでしょうか?

●創価学会の勧誘を受けて以来、日蓮が持論を展開するために依拠した仏典を読みましたが、
特定物、つまり特定時期に作成された曼荼羅、大御本尊を絶対とする教えがあまりに仏教史において異端過ぎて、それを信じる根拠がわかりません。
管理人さまのように、日蓮正宗という日本のマイナーな一教団に縁した方が信じるのは理解できますが、私のような無信仰者にもそれは適用されるのでしょうか?

お手数をおかけする質問、大変恐れ入ります。

No title

管理人さん、こんにちは。 ecoさん。お久しぶりです。

今回もピりっと辛いecoさん節?の投稿を読んでいます。


>だから これらの話を聞いたときに「あれ?」と思いましたし
この点から 実は67代の日顕法主を作ったのは
創価学会だったんじゃねぇーの?・・と 変な嫌疑をかけたりも


反論覚悟で言いますと、当時の檀徒会開催や支援僧達の処分に付いて(宗会議会の過半数が反学会派)の宗門の宗会議会や監正会の裁決(学会糾弾裁決)を宗務院が、宗会議員や議長などを罷免や懲戒処分による「資格喪失」などして「裁決無効」「流会」にしてしまったのが原因かも知れませんね。
あの当時のマスコミはそれを冷ややかに論じていました。


>1960年頃に発生していたのにも関わらず
彼女は30年以上も黙っていたわけだし
法主になってからの12年間も黙ったままで
それが 平成の破門になってから 解放されたかのように告発され
事件が発覚したわけですから、冷静にみれば 単に「後付け」の要素がつよく


そうですね。ecoさんの仰る事はわかります。
某法華講員の参拝した冨士宮周辺の神社の存在なども実際には、ずっと以前から知っていたわけですから。
しかも一般の神社に御参りなら、大謗法!の意味も出て来るでしょうが、(法華講員で神社に御参りをする人はまずいないでしょうが)御神体が御本尊の神社ですから、何を言わんとする、となりますね。

>冷静にみれば 単に「後付け」の要素がつよく


あの「信平裁判」もその意味では、後付けになってしまいます。
(ただ、信平問題は四月会に関係あるような気がしますが?)


>ましてや彼女はSGIだったわけですから余計・・・

ティナターナの様に、ラリーキングの前で勤行して見せて、ドン引かせたり(仏像の前で勤行の動画も存在)のSGI信者さんもいますしね(笑)

>彼女をストックホルム症候群に陥らせ

ストックホルム症候群とは、テロリスト集団などに監禁された被害者が、一緒に生活してるうちに、彼らの日頃の生活感、思想に感化されて、今度は自らテロ行為など進んで行うなどの思考ですね。(パティハースト事件など)
オウムなど閉鎖的組織にいると、いつの間にか同化してしまう危険が有ります。(幸福の科学の某アイドルの場合は知りませんが)
宗教組織でなくとも、マルチ商法など特定な金儲け妄想社会にいますと、やはり同化の危険が有りますね。

そう言えば、立正安国論の念仏僧の首を切って浜辺に並べろや寺院を焼き払えと記されているのを「テロリスト行為だ」とネットで非難する意見もありますが、あれは文字通り読むのではなく、あれは「例えば」や「比喩」だと読めませんね?

蘭房(RAMBO) さん

こんにちは。

>  創価は全くおかしな存在になってしまった。 大聖人様の義を信じ、大御本尊様を信奉するという従前の信仰の原点からは もう遠いところにいってしまった。 
> ならば、それに対して声を挙げる、 堂々、法理を尽くして戒める。 これは至極 当然なことです。  悲哀を乗り越えてやらんといけません。

そうですね。それが創価への恩返しだと思います。

>  つまりこういう難もあるわけで、とりもなおさず複雑で半端な、今の私の立場なわけですね。 早く旗幟鮮明にしないとたまったもんじゃないです。(笑)

ああ、わかります。わかります。

>(極端にいえば)双方、どんな思惑があってもそれはいい。  現場の「一信仰人」たる私どもは仏法の正統と清流が侵されさえしなければそれでいいのです。

同感です。ある意味、創価とか正宗とかあまり関係ないんです。
私が信仰し守りたいのは大聖人の仏法です。

>  今はそれだけですね。 六十数年の「僧俗和合路線」はつまり既成仏教団体と、元・極右たる牧口・戸田両氏の設立した新興宗教との和合という、ある意味 歴史的試みであったが、頓挫してしまった現在、私の本当の願いや熱情は、これからは富士の清流・仏法の純粋性を求めて、その道を探ることに費やされます。

そうですね。
結局、私には何も分からない。
確信していることは大御本尊(大聖人)は正しい。
これだけです。

>  以上、私家版マクロ視点?ではそういうことですね。 不遜のようですが、今は法華講(及びその将来)がどうなのかも未知未聞な世界に過ぎず、以前の親友たる男子部員だった男も、脱会して法華講に行きましたが、聞くところでは「カタギ」に戻ってしまってました。 (先日知りました)   安息な日々が穢土・今世に存ずるや否や、実は はなはだ覚束ないのが正直なところです。
>  実は私は本来『大の組織嫌い人」ですので、なおさらかもしれません。

いやぁ~私もそうなんですよね。
「組織が嫌い」というよりも
「組織に馴染めない」って感じです。

非意味的切断さん

こんにちは。

> ●特定人物を本仏とするロジックが理解できません。

それはおそらく鎌倉時代に存在した日蓮という見方をすればそうでしょう。
ただ、一般的な仏教は「釈迦」を仏様とし、またキリストを神とする宗教もあります。
逆に、阿弥陀や観音といった架空の人格を仏と宗派もあります。
この辺は人それぞれの宗教感によります。

> 私には、日蓮を本仏とする管理人さまと、池田大作を指導者と仰ぐ学会員の違いがわかりません。
> この違いはなんでしょうか?

「本仏」とは指導者ではありません。
説明が難しいのですが「根源」とでも言うべき存在です。
「仏力」「法力」の根源です。最初からその力を所持しています。
池田大作は「仏力」も「法力」も所持していません。
ですから、大作センセの力で人々を成仏させることはできません。

> 仏教史的に証明できるのでしょうか?

仏教史において過去もそして未来もまた
池田大作が「本仏」と言われることはありません。
ただの末法の凡夫。
いや、大聖人仏法に敵対した反逆者として名を刻む可能性は高いでしょう。

> ●創価学会の勧誘を受けて以来、日蓮が持論を展開するために依拠した仏典を読みましたが、
> 特定物、つまり特定時期に作成された曼荼羅、大御本尊を絶対とする教えがあまりに仏教史において異端過ぎて、それを信じる根拠がわかりません。
> 管理人さまのように、日蓮正宗という日本のマイナーな一教団に縁した方が信じるのは理解できますが、私のような無信仰者にもそれは適用されるのでしょうか?

先日の書きましたが、この件については本文記事で書きたいと思っています。
この件は、非意味的切断さん以外にも多くの方々が思う部分です。
私も何度もリアルで同じようなことを言われました。
なので記事に書かせてもらいます。
もうしばらくお待ちください。

度々の駄文お許し下さい

祖母たちは52年路線で退会して法華講に来ました。正信会問題があったりしましたが…

七体も模刻本尊はいけないでしょう?お詫び登山もありましたが…

詳しい破門の経緯は大日蓮の平成3年11月号にありますよ(^_^)/オタズネ…オウカガイ…

宗門のご指導をイジメと受け止めてしまう?どの辺りが?

自分は自分自身の考えの歪みを正して戴こうと寺院参詣したりします。理想的な信者とはいえませんが寺院に参詣できることが功徳と(因果倶時ですので)感じていますが…

祖母は学会の助教授?もしていたので孫の私にもイロイロ教えてんくれました。五時八教…五重相対…五箇の五百サイ…四苦八苦…一念三千。

学会よりと感じた所は御住職様や猊下様の御説法を聞いて自分で考えを改めましたm(__)m

学会の時は楽しかったと言う声も時々聞きます。楽しいのかもしれませんが大謗法です(*_*)本気で助けたいと思いますか?

ナノルホドデハアリマセンさん

こんばんは。

> 学会の時は楽しかったと言う声も時々聞きます。楽しいのかもしれませんが大謗法です(*_*)本気で助けたいと思いますか?

楽しいとか楽しくないとかは関係ないですよね。
「正しい」か「正しくない」かだと思います。
今の学会は「正しくない」とことです。
ところがそれを理解してもらうのが難儀なのです。
「オマエ間違っている。地獄に落ちる」
確かに「真実」なのかもしれません。
それが第一義なのは確かですが
学会員の中にはすぐに学会を去ることができない方々がいるのも事実です。
私が助けたいのはそういう方たちです。
自分で気づき自分で創価をやめることができる。
そういう会員さんは私ごときの助けなど必要ないのです。
学会が謗法とわかりながらそこから離れられない状況の人が一番苦しいんですよね。
「大謗法だから創価をやめなさい」で済んだら苦労しないと思います。
それは「破折」としては正しいですが「弘教」にはならない。と思います。

寝た子を、起さぬ様に。そぉ〜とね、

駄文失礼いたします。

世界に広がれ?、
げすソウカの輪ぁ!

管理人様を”除名”しようものなら、

その汚いやり方に管理人様が

異を唱えるのは、
必然だったと思われます。

そんなカスパスしか、
ボールを転がす事が出来ない
創価を御許しください。

何の権限は御座いませんが
現役バリバリ未活動家の
(役職は創価なんとか長の私に免じて)

話はコロっと変わります。

昔(バリ活男子時代に)仕事で、
インド、中国、シンガポール、韓国の順番で、弾丸出張した時に、
バリ活のわたしは、学会式折伏精神で、
色々な方に話をしました。

北京大学出身の中国人は
センセのセの字もしらず、

インド人は、SGIも現地にあるはず?
なのに、池の字も、センセのセの字も
知らず、

シンガポールのタクシーの乗務員の方が、
やっと、学会を知ってましてね・彼いわく
入会するか?断るか?
悩んでる最中だと言ってました。
私がタクシーの方に何を話たか?
聞かないでください。
罪を積んだだけです。

韓国は、日本に次いで
学会員の数が多いと、
聞きますが、
センセ新聞に掲載される
大々的な海外の活動記事との
ギャップに

現地の会館に居るメンバーや、
現地(チンタオとソウル)の
現実を見て、現実をみた見た
気がしました。

上記のコメントは
今から8年前の話でした。
駄文失礼いたしました(( _ _ ))..zzzZZ
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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