化儀

前に勤行の事を書いた時に、
「化儀は時代とともに変わる」というような内容の
コメントをもらってことがあるが、
今日はその【化儀】について。
そもそも【化儀】は【化法】とともに天台家の考え。
「化儀の四教・化法の四教の五字八教」は有名だ。
大聖人仏法においては「行体行義は信心なり。南無妙法蓮華経なり」
とのご指南が有る通り
「化儀即化法」である。
つまりは、「化儀こそがそのまま信心」と言う事だ。
別な見方で言えば「化儀は色法・化法は心法」であり
「色心不二」の信心ともいえる。
言うまでもなく、第一義の化儀は大御本尊書写である。
修行の面で言えば、第一義の化儀は勤行に他ならない。
それが時代によって変わるのか?
結論を言えば変わる。
勤行の形式も変わっているのも事実だ。
しかし、日興門流において、
【在家が勝手に化儀を変える】という事実はない。
いやむしろ、修行の身である
【在家が勝手に化儀を変える】事があってよいのか?
【在家が自分勝手に化儀を変えてもいいですよ】
などというご指南はどこを探しても見当たらない。
モチロン、「変えてはいけない」とも御書にはないが、
御書に無いから変えていい。といのでは
「御書根本」を標榜する学会としてはあまりにも
お粗末であり、情けない。

「化儀は時代によって変わるもの」
一見まとまな意見のように言う学会員がいるが
実は、全くその意見は大聖人仏法から外れた己義でしかない。
会則には、
会長を中心とする首脳幹部が、
「化儀」「化法」そして「ご本尊に関する事項」を裁定すると謳っているが
大聖人・日興上人はそうしたことを許してはいない。
もちろん日寛上人を含む歴代諸師も同様だ。
しかし、宗門と別れ独立した宗教団体の創価学会が
何をどう決めてもそれは自由であるのも道理だ。
ただ、言えることは今の学会の化儀・化法の裁定の在り方は
少なくとも、日興門流の在り方ではないし、日寛上人のご指南とも相違してる。
なのに、日興上人を僧宝とし、日寛上人書写のご本尊を拝んでいることがジレンマなのだ。
学会の会長がご本尊を書写しそれを本尊とする日も来るだろう。
そうなれば、立正佼成会を凌ぐ最大級の新興宗教団体だ。
そんな方向を向いてるような気がして恐ろしい。

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No title

あんたは創価じゃない。
偽者は去りなさい。
堂々と素性を明らかにして、批判すればいい。

仰る通りです。

はじめまして! 元顕正会員で法華講員のタマと申しますm(u_u)m
私も学会の御本尊様の件に関しては危惧しております…

それにしても管理人殿みたいな方が学会員で居るなんて、創価学会もまだ棄てたもんではないですなぁ~(*^-^)b

突然のコメ失礼しました。m(_ _)m

タマさん

コメントありがとうございまた。
また、たまに覗きにきてください。
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創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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