このコメントにつても書いておきます。

各家庭の御本尊が一機一縁なら、そもそも授与された人だけが成仏できて家族は成仏できないのではないかという話になりませんか?
あと、分身散体は、本仏と分身仏とで効能が違うわけではないので、本門戒壇の大御本尊を書写した御本尊が一機一縁だと、根本である本門戒壇の大御本尊も一機一縁ということになってしまいます。
私も昨年の原田会長の声明「弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」には反発しているし誤りだと考えていますが、だからといって日寛上人の御本尊を一機一縁起呼ばわりするのは違うと思います。
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まず、一機一縁とう言葉は御書にありません。なので一機一縁を想う時は万機万縁とは何か?を知る事です。
万機万縁が一大秘法だからです。
一番分かりやすく言うと、万機万縁の一大秘法とは、日蓮大聖人(の存在)そのものです。分身散体も同じ。分身の本体とは大聖人(の存在)そのもです。それ以外は全て一機一縁であり分身散体です。これは大聖人がまだ御本尊を顕わさなかった時の事を考えれば分かりますね。御本尊を顕わす前は一大秘法は無かったのか?と言えばそんな事は無いのですから。そして戒壇大御本尊とはまさしく日蓮大大聖人の色心二法であり大聖人そのものなのです。それを信受しない。となれば、先程の聖教拡大は下種・公明は立正安国・財務は御供養などという論拠の全ては無に帰すわけです。
大聖人に色心二法を信受しない。という立場に立脚すれば学会のしていることは大聖人の仏法以外の事です。
大聖人の仏法以外の事を、広めた所で広宣流布とは言わないし、全民衆が幸福になるとは思わないですよね?

それと、日寛上人書写の御本尊をそれほど大事に思っているのなら、日寛上人のご指南を学ぶべきだと思いませんか?日寛上人のご指南に敵対する言動をしていて日寛上人の御本尊に題目上げて願いがかなうと思ういますか?身口意でしょ?今の学会は完全に日寛上人の言ってる事は無視しているのに御本尊だけ日寛上人書写の御本尊を使う。法盗人といわれてもおかしくありません。六巻抄をはじめとする日寛上人の書もいまや学ぶどころか、買わす事もしたくないでしょ学会幹部は。池田名会長はじめとする学会幹部と言っても所詮は末法の凡夫です。凡夫が勝手に教義を作っていいなら、それは仏法ではなく凡法って事になります。

色々お返事しましたが、貴方は貴方の信心を全うしてください。願わくば学会幹部の言う【創価教学】【創価凡法】を鵜呑みにするのでなく、ご自身が学び幹部の指導等を取捨選択できる会員さんになっていただきたい。そうならないと学会の組織にいたら全然違う方向に行ってしまうと思います。
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No title

いや、ですから、私は昨年の会則変更はともかく、あの原田会長発言は決定的にまずいと思っていますよ。
あなたが言っているようなことは私もさんざん周囲の学会員に言っているし、法華講員だの顕正会員だのがこの件で勢いづいていることも承知しています。
私が言っているのは、
「原田会長の発言は教学的に完全に破綻・矛盾しているし、到底擁護できるものではないのは確かですが、あなたの言っていることも支離滅裂な部分がありますよ」
ということです。
一機一縁という概念を御書に無いからという理由で認めないなら、身延の曼荼羅本尊も肯定しなければならなくなりますよ。
原田会長は本門戒壇の大御本尊を否定しましたが、その後の学会の出版物ではそれに追随・賞賛するような文章は全然出てきませんよね。
会則変更以前の御観念文もそのままですし。
全体として見れば、原田会長1人が勝手にそう解釈して勝手に発言したようにしか見えないのですが。
これで現行の御観念文まで変更したら、いよいよ決定的ですけどね。
もう少し冷静に眺めたらいかがでしょうか。

No title

一機一縁を認めないとは言っていないと思いますし、一機一縁を認めない=身延の本尊肯定。とういのは理論が飛躍しすぎじゃないかと思います。
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創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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