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創価教学じゃない御書講義(2019年12月座談会御書・兄弟抄)

設ひいかなるわづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべし、中にも日蓮が法門は古へこそ信じかたかりしが今は前前いひをきし事既にあひぬればよしなく謗ぜし人人も悔る心あるべし、設ひこれより後に信ずる男女ありとも各各にはかへ思ふべからず

今年最後の座談会御書は「兄弟抄」です。やや長めの御書だけど「兄弟抄」には様々な法義が書かれているので1篇を通して研鑽するのに適した御書ですね。モチロン創価教学では何の意味もないけど、ちゃんと研鑽するには良い御書です。今回の御文はその兄弟抄の最後の方に書かれている御文です。今回のポイントは2つ。まず冒頭の
◆設ひいかなるわづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべし
ですが、この「いかなるわづらはしき事」とは兄弟抄に書かれている三障四魔のことです。三障四魔というとなんだか特別な事だと思っている人もいるだろうけどそうじゃなくて我々の日々感じる苦しみや悩みなど信心を退転させる出来事は全て三障四魔の働きなんですね。「煩わしい」ことばかりじゃなく世間的な楽しみもそれによって信心が退転してしまえばそれは三障四魔です。そのような出来事があっても退転なく「只法華経の事のみさはぐらせ給うべし」と言われているわけです。で、創価教学だとこの御文中の「法華経」という所を、「この信心」とか「この御本尊」とか「広宣流布」とかイカレポンチだと「池田先生」「創価活動」と変換してしまうわけですが、ここでいう「法華経」というのは次下に「日蓮が法門」と明記されるのだから当然この部分の「法華経」というのは「日蓮が法門」のことです。「この信心」とは「日蓮大聖人の法門」に対する信心です。創価がいう「この」というあやふやにな誤魔化しに気をつけましょう。さてでは、「日蓮が法門」とは何かというと、

◆総じて御心へ候へ法華経と爾前と引き向えて勝劣浅深を伴ずるに当分跨節の事に三つの様有り日蓮が法門は第三の法門なり、世間に粗夢の如く一二をば申せども第三をば申さず候、第三の法門は天台妙楽伝教も粗之を示せども未だ事了えず所詮末法の今に譲り与えしなり、(常忍抄)

とのご聖訓にかかれているように、「天台・妙楽・伝教も説いていない第三の法門」です。この第三の法門というのは教学的に言うと種脱相対の法門のことであり「下種仏法」であり「本因妙仏法」のことです。そしてその体を尋ねれば、

◆問うて云く天台伝教の弘通し給わざる正法ありや、答えて云く有り求めて云く何物ぞや、答えて云く三あり、末法のために仏留め置き給う迦葉阿難等馬鳴竜樹等天台伝教等の弘通せさせ給はざる正法なり、求めて云く其の形貌如何、答えて云く一には日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝外の諸仏並に上行等の四菩薩脇士となるべし、二には本門の戒壇、三には日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし(報恩抄)

と仰せの通り「三大秘法」のことです。そして本文中の「はぐらせ給うべし」というのは本門の題目を表現している言葉ですから「法華経」とは自ずと「本門戒壇の大御本尊」であるということは明確なんです。つまり三障四魔に煩わされるようなことがあっても「本門戒壇の大御本尊」の事だけを信じて題目を唱えなさい。というのがこの部分のポイントです。創価流変換でも「題目」と「御本尊」とか言うだろうけど肝心なのは「どの御本尊を信じて題目を唱えるか」という事なんですね。大御本尊を捨て創価カラコピ本尊風掛け軸を信じて題目をあげても大聖人に対する背信行為でしかない。いかにいわんや「大作」や「創価」のことなど思う題目など謗法にしかならないということを理解しましょう。いいですか「戒壇の大御本尊」の「事のみ」ですよ。そこには創価大作は必要ないのです。

ポイントの2点目は最後の
◆設ひこれより後に信ずる男女ありとも各各にはかへ思ふべからず
です。これはどれだけ信心する人が増えてもあなた方に代わる人はいませんよ。という大聖人の慈愛溢れるお言葉です。もちろんこの言葉は池上兄弟を特別扱いしたわけではなくご本仏から見れば信心をしている全ての一人ひとりを「かけがいのない人」としてみていて下さっているということです。だからこそ我々一人ひとりの苦悩を聞いてくださり解決してくれるのです。これがご本仏のもつ三徳なんです。創価は自分達の事を「創価仏」などと自称してはいるが彼らがやっていることを見てみなさいよ。組織に歯向かえば組織を攪乱したといって査問をし活動停止にしたり除名にしたあげく口汚く罵る。何も創価本部だけじゃない創価活動家だって同じよう事をやている。またネット上でよく見られるが創価を批判したり宗門を擁護するような発言をすれば同じ学会員でありながら「日顕宗」と呼び「創価を辞めろ」と言い放つ。俺もまだ創価だった頃にネットで散々言われたものだが、この御文に書かれている大聖人の言葉と全く正反対に会員を粗末にし好き勝手に除名するような連中が「仏」名乗るななんてバカにするのもたいがいにせいよ。と思いますよ。一体創価本部やバリカツ達のどこに「一人を大切にする」気持ちがあるのかってことだよね。同志と呼んでた会員が処分されてもその人を擁護しようともしない。自分は処分された会員の事は何も知らないのに大本営発表に乗っかって「裏切者」「反逆者」と言いふらす。それが大聖人仏法を信仰している人達にすることなのかって話だね。そんな創価の連中はさしずめ今回の御文の次下に書かれている

◆始は信じてありしかども世間のをそろしさにすつる人人かずをしらず、其の中に返つて本より謗ずる人人よりも強盛にそしる人人又あまたあり

の連中だ。戒壇の大御本尊と血脈相承が根本と散々行ってきたのに「学会世間」からハブられるのを恐れて一般世間の人達よりも狂ったように大本尊や法主上人を誹謗する姿はまさに釈尊在世の反逆者・善星比丘の末裔そのものの姿であり無間地獄行きは確定だろう。本部や幹部の意に沿わなければ処分されるような「創価仏」の所に身を寄せていて一体何の幸福があるのか?いまこそ一人ひとりを「かけがえのない人」と抱擁してくれる大御本尊(大聖人)も許へ戻ることが大切だと思う。今回の御文をよく読んで、創価と大聖人とどちらを信じた方がいいか。どちらが信頼するに値するか。創価民の人達には良く考えてもらいたいと思うわけです。大作だって学会の同志だって創価の組織だってアナタを守ってくれなし助けてくれないよ。


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もう大聖人直結ではない

こんにちは。お久しぶりです。
「『南無妙法蓮華経』と唱えるだけなら立正佼成会や顕正会だってやっている。日蓮大聖人直結だから意味がある。」
学生部時代そう教えられてきましたが、今や学会は誰が見ても「池田大作直結」に移行しています。

先日電車内の中吊り広告で「池田大作氏の思想から発迹顕本を読み解く」なんていう第三文明の見出しを目にしました。
もはや池田氏が基準になっているんですね。


「(組織から離れたら)我々は凡夫だから我見に陥り、不幸になる」とよく言われましたが、「凡夫」扱いも「我見」扱いもされない池田氏は大したものです(汗)

戸田先生は自らを「凡夫」と認めていましたが、その愛弟子はさもあらず、といったところでしょうか。


以上、駄文にて失礼致します。

狗樹豪也さん

こんばんは。

> 「『南無妙法蓮華経』と唱えるだけなら立正佼成会や顕正会だってやっている。日蓮大聖人直結だから意味がある。」
> 学生部時代そう教えられてきましたが、今や学会は誰が見ても「池田大作直結」に移行しています。

「池田直結」も怪しいですよ。だって本人が姿を見せて話をしないのですから。ダーハラ会長たちが言ってることを大作が本当に言っているのか眉唾モノです。

> 先日電車内の中吊り広告で「池田大作氏の思想から発迹顕本を読み解く」なんていう第三文明の見出しを目にしました。
> もはや池田氏が基準になっているんですね。

なんですか?それは(笑)「大作思想」から発迹顕本を読み解くことに一体何の意味があるのかわかりませんね。そもそも大作の教学力の低さに気がつかないのでしょうかね。我見なんですよね。全てが。大聖人の法門法義に疎い連中はそれでも誤魔化せるかもしれないけどアレは大聖人の仏法ではありませんよ。池田教学なんて創価の中だけのローカルルールみたいなものです(笑)

> 「(組織から離れたら)我々は凡夫だから我見に陥り、不幸になる」とよく言われましたが、「凡夫」扱いも「我見」扱いもされない池田氏は大したものです(汗)

ああ、「あるある」ですね(笑)いまや創価の組織にいると我見に陥り不幸になりますね。なにせ大作爺さんの我見だらけの信心ですから。

池田思想…大爆笑!池田思想ってどんな思想だっつーの😲思想が無いのが池田思想です(笑) 思想があるならもっとしっかりしとる。

どうも失礼しました

池田から直接御書講義を受けた世代が居ますね

池田教学は別名「実践の教学」と呼ばれてましたね。
もしくは「現代に訳した御書」とも。
御書を日蓮正宗の教義に照らして読む意味と、池田の講義が違うことから発生する。
しかし、素直に解釈すれば単なる「出鱈目」と呼ぶべきだと気付くのですが、会員はなかなかそうはならない。
「池田批判は絶対ダメだ」と長年刷り込まれていますから、恐怖でシナプスが繋がらなくなる。
それが自然に繋がるようになるのは脱会した後になりますね。

また、学会を辞めた人が人間らしさを取り戻すのを多く見ますね。
過去の自らの非常識な言行を反省できるようになる。
つまり社会人として健全性を取り戻す。
「実践の教学」などと、事実を捻じ曲げ言い訳したい気持ちが出て来ることこそ、カルト特有の思考停止の危険信号なんでけどね。

お疲れ様です

手術して退院しました
リハビリは1年かかります
創価学会教、組織信仰は退会して良かったです、興味なくなりました

怒りの百裂拳!?

こんばんは、

 また遅くに書いてます。  御書と異なることを発明し、真っ当な解釈だと主張するのが「大作思想」でしょう。 加えて回りのちょうちん持ち幹部らが、それを「ご指導」だと喧伝する。 「信・行・力」の会員は咀嚼することもなく、忖度しながら下々に言いふらす。  それを「おかしい、、」などと言おうものならどうなるか。 個人の疑問や別の価値観はその恐怖におののき、従順な「弟子」として民音ノートかなんかに書き留めるが、多分、何度も読み返したりはしないだろう。 有難く拝聴した「ご指導」はいつもこうして風化する。  要はこの不毛な流れ(ルーティン?)を絶やさないことが弟子の証明なのだろう。  例えばそれを折伏に生かそうとしても覚えていないか、言ったとしても、相手が「それは素晴らしい! 私もイケダセンセの弟子になりたいです」なんて話は50年間、一度も聞いたことがない。  だから結局、風化するか新しい「ご指導」がまた舞い降りてくるので、作業は次の対応に移行するだけ。

 勿論、例外はあるだろう。 私はあの折の「ご指導」が身についています。 あの苦しい時に何度、それに励まされ支えられたか、、という人もいるのだろう。

 それを難詰するつもりはない。  だが、それなら偉人の金言となんら変わりはない。  そこまでの人なら、イケダ思想の気分が悪くなるほどの「変遷ぶり」に気づけよ、と言いたい。  御書の御文は不変である。 大聖人様の慈愛と勇気(おこがましい言い方であるが)、に満ちた堂々たるお言葉にこそ、それを求めるべきである。  イケダ創価の方針や指導には「流行」がある。 それこそいろんな反転やこじつけを見てきた。  「自発能動」と言ったかと思えば、「愚直に!」と言うし、反権力だと言ったその口で「いよいよ公明のデェジン(大臣のこと)も出る。 そういう時代なんです!、皆さんのしもべなんです。」とか言ったりする。

 権力に組してどうする。  大聖人様は佐渡流罪からお帰りになったおりにも、北条氏から甘言をもってそそのかされたが、断固拒否された。  宗教と政治はフェイズが異なるのである。  私はそういう立場だ。 定見というものがない、、どころか、非・仏法なる「ご都合主義」でまさに「権力志向・奪取」こそがイケダ創価の狙いであり、歩みではなかったか。  曰く、「天下を取る!」がくちぐせだったと何度も聞いた。  正義、正義と宣うが、実に便利な言葉である。  

 私は「我々が正義だ」みたいなことを言うやつが大嫌いである。 正義の味方だというならまだしも。。

 我ら脱会者はずっとこれからも、仏法こそ正義なのだと、その「正義」を信じ、求めてゆく弟子であり、使命なのだと定めて人生を歩み続けるだけだ。

言うにこと欠いて「センセイの正義を証明し顕彰しよう!」などというから「池田教」と言われるのである。  でも、同じ口で「大聖人直結」とかのセリフは吐くな。 それこそが、仏法破壊、大謗法、堕地獄の方程式だよ。
あんたたちは完璧に「異流儀であるし邪義」なのだから。

 歌の文句じゃないが(しかも古いけど)、目の前の幸せ?に縋り付いてしまったのがあんたたちだよ。 ただの浅薄、そして怠惰でっせ。

 

 
 

元創価班さん

こんにちは。

> 池田思想…大爆笑!池田思想ってどんな思想だっつーの😲思想が無いのが池田思想です(笑) 思想があるならもっとしっかりしとる。

大作センセの話は「口パク」なんですよね。どれもどこかで聞いたことあるような話というか学生の読書感想文というか。まぁ悪い話はしてないですけどかといって目新しい話もしていない。ましてや信心の話もしていない(笑)信心から出た話じゃなくて、自分の話を信心に結び付けているだけ。創価民が自分の話を正当化するために御書の切文を持ち出すのは大作センセの真似をしているんですよね。それは教学ではないのです。

小野塚さん

こんにちは。

> 池田教学は別名「実践の教学」と呼ばれてましたね。
> もしくは「現代に訳した御書」とも。

そういえばそんなこと言ってましたね。「教学」の一番のキモは「大本尊」「大聖人」への信心を強める事なんですね。そこが強くなれば自ずと「実践」し「性格に即して」御書を読めるようになるのです。「大御本尊」「大聖人」への信心を失った「実践」は全く意味はない。そんな学会活動はたんなる宗教テロでしかありません。

美有さん

こんにちは。

> 手術して退院しました
> リハビリは1年かかります

無事退院、良かったですね。リハビリは辛いでしょうけど頑張ってくださいね。
挫けそうになったら近くの正宗寺院でお題目をあげてください。

> 創価学会教、組織信仰は退会して良かったです、興味なくなりました

創価退会のリハビリも一緒にしてください(笑)

蘭房さん

こんにちは。

> 例えばそれを折伏に生かそうとしても覚えていないか、言ったとしても、相手が「それは素晴らしい! 私もイケダセンセの弟子になりたいです」なんて話は50年間、一度も聞いたことがない。 

そんな話は多分1000年経っても聞かれないと思いますよ。なのに創価幹部は部員さんの折伏の時に「池田先生はなんちゃら」「創価学会はなんちゃら」という話しかできない。だから折伏が決まらない。まぁ創価の折伏なんて決まらない方が世のため人のためになるからそれでいいんですけどね。

>  勿論、例外はあるだろう。 私はあの折の「ご指導」が身についています。 あの苦しい時に何度、それに励まされ支えられたか、、という人もいるのだろう。
>  それを難詰するつもりはない。  だが、それなら偉人の金言となんら変わりはない。

自分が弱っている時は優しく慰め励ましてくれる言葉や人が有難いんですよね。それが偉人の言葉だったり、音楽だったり人それぞれですがそれは「宗教」ではありませんね。

>  私は「我々が正義だ」みたいなことを言うやつが大嫌いである。 正義の味方だというならまだしも。。

同感です。

>  我ら脱会者はずっとこれからも、仏法こそ正義なのだと、その「正義」を信じ、求めてゆく弟子であり、使命なのだと定めて人生を歩み続けるだけだ。

それが「求道心」ですよね。「大作センセを求める」とか「浅いセンセを求める」とか言ってる人はお気の毒としか言いようがありません。そんなものを求めて人生の時間と金を無駄にする。これこそが「一生むなしく過ごす」典型的な例だと思います。

> 言うにこと欠いて「センセイの正義を証明し顕彰しよう!」などというから「池田教」と言われるのである。  でも、同じ口で「大聖人直結」とかのセリフは吐くな。 それこそが、仏法破壊、大謗法、堕地獄の方程式だよ。
> あんたたちは完璧に「異流儀であるし邪義」なのだから。

そういうことです。「センセイの正義を証明」するのは自由でけど。「センセイの正義を証明」するために何の関係もない日蓮大聖人を利用するなって話です。大聖人と無関係なところで勝手に証明すればいいだけです。

美有さん

何かのきっかけで間違いに気付くものですね。
今後はがらっと充実の人生になると思います。

池田思想

池田思想に大きな欠陥がいくつかありますね。
もちろん思想と呼べるような体系化されたものなどから、彼の考え方というべものが会員を悪の人生に導いているわけですけど。

端的なのはマキャヴェリズムですね。
仏法は勝負であり、目的の為には手段を選ばないことを正義だとしていますね。
「共産党も悪いことをしている。こちらは仏法を護るためなのだ」との池田発言などありますね。
だから、会員は捕まらないくらいの違法な選挙活動も法戦と言って崇高な活動だとしているし、脱会者や宗門に対しての反社会的な嫌がらせも正当化されてますね。
全く行為について善行だと思っているから、全く反省がない。
だから指摘しても怒り出し、何度でも繰り返す。
振舞い自体が大切であり仏法だとする考えが欠如しているので、気付いた時には手遅れだったと自覚している高齢会員も多少いるようですけど。

小野塚さん

こんばんは。

> 端的なのはマキャヴェリズムですね。
> 仏法は勝負であり、目的の為には手段を選ばないことを正義だとしていますね。
> 「共産党も悪いことをしている。こちらは仏法を護るためなのだ」との池田発言などありますね。
> だから、会員は捕まらないくらいの違法な選挙活動も法戦と言って崇高な活動だとしているし、脱会者や宗門に対しての反社会的な嫌がらせも正当化されてますね。

池田は権謀術数を使って創価組織内でのし上がったと見ています。戸田が池田を後継指名したとはどうも考えにくい。戸田は池田に「裏」の仕事をさせるために利用していたのだがある意味戸田は池田の力を見誤りましたね。大阪事件の時に池田を除名しておけば良かったと思いますが当時は戸田にとって池田はまだ使い途があったか又は外に出すと危険と思って残したのではないかと思っています。あくまでも私の見立てですけど。
なので今の活動家も池田を真似て権謀術数ばかりですよ。自分の保身のためには「ウソ」を組織内に流布して自分の「悪事」を隠したり都合の悪い人間を排除したり。

小野塚様

お声かけありがとうございます
病気になると、人の言ってる事理解できないので退会しました
病気になってなかったら、親の健康状態を考慮してまだ学会員でいたと思います

創価の話はもうしたくないですが、こちらは創価批判ブログですので
4年くらい前に本部職員の人に、財務は本部職員は一律2万円だとききました
原田会長も2万円の財務です
内部の守秘義務とかの関係で内輪揉めをなくす為だろと言ってました
婦人部の役職者は、中途半端だから結果も中途半端なのよと学会員に言います
家の貯金を全部創価に差し出しなさい
貯金が0なら頼るものは何もない
腹が決まる、ブレない、覚悟決まる、信心に徹しられる、悩みは全て解決する、一生悩むか迷いを断ち切って幸せになるか、どうするのと言ってました
私はその場にいましたから
あとで文句言ってる人には、真剣さがないまだ余裕があるからよと言ってました
でも、家の貯金全部差し出せと言ってる人は1度も家の貯金全部差し出しません
差し出してるなら体験発表してますから
私があなたは最低金額の財務ですよねと言ったら、烈火の如く大激怒、他の人は嫌われる事は一切やらない、ぬるく適当お気楽、私だけが創価の為に嫌われ役をやってるのだから、財務どころか創価からお金もらいたい位よ、物凄く我慢してるのだからと私に言いました
財務リストもあって上に報告するみたいです
だからって財務増額をお願いするなんて

頭良い人と人柄の良い人は非活若しくは退会します
あり得ない自己中の人と疑う事を知らない人が今も学会員で残ってます
これが私が感じた創価学会です

私は病気療養中で熱く語る気力ないので自己責任でやってほしいと思ってます

巣鴨拘置所

戦中の戸田の研究を読んでみて仕事として浮かびあがるのは、事業家ですね。
どうも宗教家というイメージは持ちにくい。
巣鴨拘置所で当時の留置仲間との関係や、それ以前の政治家との関係が端的に表れたのが大石寺でやった3.16の広宣流布達成の模擬式典だと思っています。
今、安倍を首相としての公明党の関係は、もうすでにこの頃からあったと見るべきだと思っています。

池田は宗教指導者として作り上げられましたが、宗教者としての実績って何かあるのでしょうか。
あの感情を煽るだけの幼稚なスピーチから、自分で書いた書籍すら一冊もない人のような気がします。
池田が才能を発揮したのは政治的な権力の把握ですね。
人たらしの才能と、過剰な自己愛がそうさせたのでしょうけど、彼と近しい性質を持つ人といえばヒトラーのような独裁者であって、健全な精神性を持っているようには思えないです。
でも、会員だと同時放送を毎月聞きに行かなくてはならない。
当時、非常にストレスでした。

美有さん

創価を辞めた功徳ってあると思ってますよ。
感情の起伏が無くなり精神が安定して、物事の原因と結果の相関性を確かめるようになりました。
創価が言うことが絶対正しい、池田に間違いはないという結論が先にあって、その婦人部も非常識な活動をしているわけです。
創価が正しいと思う仮説に間違いがあったと気付かないまま人生を終えるのはあまりにも不幸ですね。

私も創価を信じた過去の失敗の反省から、もしかしたら自説に間違いがあるかもしれないと心の片隅に持つ習慣ができて、周囲の人間関係や仕事も上向きになりました。
周囲の脱会者をみてもその傾向はあるように思います。

小野塚さん

こんにちは。

戸田・池田両氏に関する感想は私も全く同じです。いつかブログ記事に書こうと思っています。

> でも、会員だと同時放送を毎月聞きに行かなくてはならない。
> 当時、非常にストレスでした。

昔は大作センセ本人が登場してからまだしも今はねぇ・・

幻の第3代会長

こんにちは。

戸田会長の後継者とされていた石田次男さんが
もし創価学会を継いでいた場合には、池田さんが会長の創価学会よりも
世の中に迷惑を掛ける事はまだ少なかったのではないかと思います。

綾香さん

こんにちは。コメントありがとうございます。

> 戸田会長の後継者とされていた石田次男さんが
> もし創価学会を継いでいた場合には、池田さんが会長の創価学会よりも
> 世の中に迷惑を掛ける事はまだ少なかったのではないかと思います。

石田さんが会長になっていたら逆にここまで創価は拡大していないと思います。
或いは、池田派が創価を割って出ていったかもしれません。
ただ石田さんが会長であればここまで創価は邪教化しなかったと思います。
池田創価も功績はあると思いますが、罪の方か大きいと思います。

欲を出してまで拡大する事なく

そうですね。
石田さんは学者肌の方で、駆け引きや利己的な世界には
ご興味が無かったと聞いた事があります。

池田さんが新会長になった際には、新会長は石田さんではなくて
何故池田さんがなるのか?で創価学会の中で反発があったそうです。

戸田会長や池田さんと違って、金銭的な世界に欲が無い石田さんが
会長になったのであれば、創価学会は目立たない団体でも
会員の皆様も欲等に囚われる事がなくて
宗教としてはまともな道を進んだのではないかと思います。

綾香さん

こんにちは。

> そうですね。
> 石田さんは学者肌の方で、駆け引きや利己的な世界には
> ご興味が無かったと聞いた事があります。

そうですね。石田さんには野心がなかったのでしょうね。

> 池田さんが新会長になった際には、新会長は石田さんではなくて
> 何故池田さんがなるのか?で創価学会の中で反発があったそうです。

それはそうだと思います。「信心」「教学」という部分においては当時の池田氏には実力がありませんでしたからね。

> 戸田会長や池田さんと違って、金銭的な世界に欲が無い石田さんが
> 会長になったのであれば、創価学会は目立たない団体でも
> 会員の皆様も欲等に囚われる事がなくて
> 宗教としてはまともな道を進んだのではないかと思います。

そうですね。石田さんが会長になっていたら宗門から破門されることもなかったと思います。
池田氏の一番残念な部分は「日蓮大聖人の仏法」を全く理解できていなかったところですね。
「日蓮大聖人の仏法に対する信心がなかった」と言い変えてもいいですけど。
それに付従ってしまった学会員さんは可哀そうですが仕方ないですね。自分で決めたことだから。
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
【旧】日蓮正宗創価学会員(現日蓮正宗法華講)戒壇大御本尊を捨てた謗法団体でありながら日蓮大聖人の名を騙り世間や会員をだまし続ける創価本部・幹部・活動家の欺瞞・詭弁とインチキ創価教学
を徹底的に破折し正しい日蓮大聖人の仏法を宣揚します。

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