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根拠なき創価信仰の功徳。

ブログやSNSで「功徳」という話をしている創価民を見かけますよね。まぁ「功徳」とか「罰」とかは主観的な要素なので別にそれはそれで何とも思わないのですが、「功徳」の話から創価をやめた人たちは不幸にな人生だ。とか正宗・法華講員に向かって「お前たちには功徳がない」と変な上から目線で言ってくる創価民がいます。そうなると「ちょっと待てよ」って話になります。この手の創価民のロジックは「創価の信仰で自分は功徳がでて幸せになった。だから法華講員や創価をやめた人間は不幸である」というものですね。こんな短絡的な妄想を真顔で言っているのがいい年齢したオッサンとかでそういう発言を聞いていると不幸な人だなと思うのは私だけではないと思います。創価系ブログの「創価の森」の管理人氏が「退会して幸せになった体験書いてみろよ」と息巻いているようですが普通の人間は自身の人生の幸不幸なんて自慢気に語ったりしません。ましてやネット上なら尚更です。私も多少自身の体験談を過去に書いたことはありますが全てを書いたわけではありません。むしろ書いていない内容の方が濃いのですがそこには触れていません。何故なら「功徳」という主観的な事象で仏法の正邪を判断してはいけないからです。
◆但し法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず(唱法華題目抄)
◆先ず通力ある者を信ぜば外道天魔を信ずべきか(題目弥陀名号勝劣事)

との大聖人の御妙判に則せば、仏法の正邪を決めるのはあくまでも「文証」「理証」であって「功徳」や「想像」といった無根拠の事柄は「利根と通力」の話であり天魔外道の主張になるからです。では創価民のいう「創価信仰の功徳」に根拠は有るのかといえば「根拠はない」のです。そもそも、仏法の法門法義の話をせずに「功徳」「現証」の話しかしない時点で、それは仏法的根拠のある話ではなく天魔外道の与太話なのです。「創価信仰の功徳」の話をする創価民は押しなべて「何故創価の信仰に功徳が出るのか?」について明確に回答できる人はいません。それもそのはずで今の創価の教義は矛盾と自語相違に満ちていて理論的に最初から破綻しているからです。多少、教学がある振りをしている創価民は一応屁理屈を言ってきますが少し突っ込めばすぐにそのインチキ教義は馬脚を現します。大石寺や大御本尊を否定しながら、大石寺の大御本尊を大石寺の歴代法主を書写した本尊に向かって拝んでいるのに何で「功徳」が出るのか?その一点だけでも既にとんでもない自己矛盾なんですね。それでいて「創価信仰に功徳がある」なんて誰が信じると言うのか?さらに大聖人の御書に「創価信仰に功徳がある」なんてどこにも書いていないわけです。では「文証」も「理証」もないのに何故創価信仰でも「功徳」のような事が起こるのかというと、
◆現在に一分のしるしある様なりとも天地の知る程の祈とは成る可からず魔王魔民等守護を加えて法に験の有様なりとも終には其の身も檀那も安穏なる可からず(諌暁八幡抄)
と御書で説明されているように、魔王や魔民が仏に敵対する勢力を維持するために「功徳」と勘違いするようなことを起こすわけです。これを「魔の通力」といいます。つまり創価民がいう「功徳」なんてインチキだということです。その証拠に池田大作の指導に次のようなものがあります。池田氏は祈りが叶わない理由について
▼インチキな祈りをしているか、インチキな決意をしているか、インチキな行動をしているか、そのどれかだよ
▼ご本尊様というのは、何だかんだと自分からは遠い存在なんだよ。だからご本尊様と自分の間に師弟を入れるんだよ

などという「インチキ指導」をしてるそうです(創価森管理人がこの指導を引用しています)祈りが叶わないのは池田のいうような理由でなく、「インチキな本尊」に「インチキな修行」をしているから祈りが叶わないのです。いつも書きますが「祈りを叶える力」は「御本尊」に備わるのであって「唱題(祈り)」に備わるのではありません。そもそも0分勤行のインチキ祈祷師・池田大作がどの面下げてこんな指導をしているのか見てみたいものです。さらにふざけて居るのが2番目の指導ですね。【ご本尊様というのは、何だかんだと自分からは遠い存在なんだよ】ってバカなの?感じです。御本尊が衆生から遠い存在である。なんて一体大聖人がいつそんなことを言いましたか?全く真逆でしょう。御本尊が自分とは遠いといいながら自分の中に本尊があるっていうのは明らかに矛盾してます。また「御本尊と自分の間に師弟つまり池田を入れろ」なんて狂っているとしか思えない。これも大聖人仏法を否定するインチキ指導です。確かに正宗においては法主上人猊下やご住職は「師匠方」です。でもそれは自分と御本尊の間にご僧侶を入れるのとは違います。師弟子がともに御本尊に祈っていくということなのです。師であるご僧侶は「仏界」であり弟子である信徒は「九界」で師弟がともに祈る姿に事の一念三千、つまり大聖人仏法の功徳があるのです。こんなインチキ創価指導を真に受けていたら祈りは叶わずやがて無間地獄なのです。仏法は因果を説きます。根拠なき功徳は「因なき果」です。「因なき果」とは外道の教えなのです。外道の教えで幸福になることはないのです。せいぜいその時だけの「喜び」があるだけで永遠性も普遍性もありません。学会員さんの中で今本当に悩んでいて真剣に唱題し活動しているのに祈りが叶わないと言う人がいると思います。ハッキリ言います。創価信仰では祈りは【絶対に叶いません】。早く信仰の寸心を改めて実情の一善である戒壇大御本尊様の許に戻ってください。魔民・創価活動家の「インチキ功徳与太話」に騙されてはいけませんよ。


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体験談

実験証明座談会の創価教育学会の時代から、自らの体験を語り、仏法の素晴らしさを確認し合うのが創価の伝統だとか。しかし現在、「もうそんな馬鹿なことをしてはいけない」レベルのものになりましたね。いつまでやっているのかと引いてしまう。
教育学会の時代は階層が皆同じ。教育者の集まりですね。それなら他人の体験を自らにあてはめることも、学術的研究として可能だったのでしょうね。参考になったのかも。
また辛うじて、戦後初期から昭和の時代までなら、創価は皆が貧乏人と病人の集まりだからまだ可能だったのかも。

今の時代に「儲けましたよ。功徳がありましたよ」なんて、学会員には絶対に言いたくない。まず嫌味ですよね。妬まれる。たかり屋も居る。財務に全部だせと言われる。思わぬ保険金が入って数千万の財務を出した人も、本人は多額財務を自慢していますから、まだ騙されたことに気付かない。だから、現役会員でも何か美味いことがあっても創価には隠しているでしょう。
また、「悲惨な状態ですよ」の体験も同じですね。にこにこしながら他人の不幸を喜び、聞きに集まるような不幸な人達ですからね。「だから活動をやれと言ったんだ。題目が足りない」と威張られ、更にドツボに足を引っ張られ抜けられなくなる。

現在の創価の実態はどこもそうでしょう。地獄、餓鬼、畜生の三悪道の世界とはこういうものかと認識させてくれる。
確かに他人の動機に気付けない傾向から発達障害も疑われますけど、普通、還暦を過ぎていれば修正されているはずなんですけどね。自我の確立が不能なまま庇護される世界が、創価かもしれないですね。しかし行く先は仏道ではなく、そっちの道になってしまう。この例こそ本物の創価らしさなんですけど。

No title

>大石寺や大御本尊を否定しながら、
>大石寺の大御本尊を大石寺の歴代法主を書写した本尊に向かって拝んでいるのに何で「功徳」が出るのか?
本当にこれ。
この前の過去の法主否定といいまったく理解に苦しむ。

小野塚さん

こんにちは。

> 実験証明座談会の創価教育学会の時代から、自らの体験を語り、仏法の素晴らしさを確認し合うのが創価の伝統だとか。しかし現在、「もうそんな馬鹿なことをしてはいけない」レベルのものになりましたね。いつまでやっているのかと引いてしまう。
> 今の時代に「儲けましたよ。功徳がありましたよ」なんて、学会員には絶対に言いたくない。まず嫌味ですよね。妬まれる。たかり屋も居る。財務に全部だせと言われる。思わぬ保険金が入って数千万の財務を出した人も、本人は多額財務を自慢していますから、まだ騙されたことに気付かない。だから、現役会員でも何か美味いことがあっても創価には隠しているでしょう。
> また、「悲惨な状態ですよ」の体験も同じですね。にこにこしながら他人の不幸を喜び、聞きに集まるような不幸な人達ですからね。「だから活動をやれと言ったんだ。題目が足りない」と威張られ、更にドツボに足を引っ張られ抜けられなくなる。

体験談っていうのは相手が聞きたければ人生の役に立つと思いますが、聞きたくない相手に話しても単なる「自慢」でしかなくて鬱陶しいだけなんですよ。そういう「自慢話」をリアルでもネットでも「体験談」と評して聞かれもしないのに語るのは「寒い」の一言ですね。しかもそれを創価の信心と結びつける。その語り部にとって「創価の信心の功徳」かもしれませんが、それは主観的な「体験談」の中のひとつです。そんな個人的主観を「仏法の正邪」に基準にし正宗などを批判するから「オカシナ人達」と思われるわけです。これは創価に限らずいわゆる「覚醒者側」の人達も同じです。「創価をやめてよかった良かったと言っている人が多いから創価は間違っている」というロジックは仏法の正邪なくて「多数決」の世界です。だから私はそういうロジックは使いません。創価が仏法ではないのは教義が間違っているからで、創価が詐欺なのは大聖人仏法ではない化法・化義を大聖人仏法であるとウソをついているからです。

> 確かに他人の動機に気付けない傾向から発達障害も疑われますけど、普通、還暦を過ぎていれば修正されているはずなんですけどね。自我の確立が不能なまま庇護される世界が、創価かもしれないですね。しかし行く先は仏道ではなく、そっちの道になってしまう。この例こそ本物の創価らしさなんですけど。

同感です。人生経験が少ない若者ならともかく、還暦過ぎた人間が物事の道理や世間の常識から外れたことを発言するのですから驚かされます。要するに創価の活動を続けると「人生経験をつみことなくただ長く生きただけの老人になる」という事だと思います。男子部時代に壮年部の活動家を見ていた時に、世間一般の同世代の壮年より人生経験に乏しく発言も幼稚だと感じました。創価ではそれを「生涯青春」と呼んでいましたが、ただの「変なおじさん」ですよ(笑)

通りすがり犬さん

こんにちは。

> >大石寺や大御本尊を否定しながら、
> >大石寺の大御本尊を大石寺の歴代法主を書写した本尊に向かって拝んでいるのに何で「功徳」が出るのか?
> 本当にこれ。
> この前の過去の法主否定といいまったく理解に苦しむ。

理解に苦しむと言うか「理解できない」ませんよね。普通のオトナだったらここまで自語相違したら自己肯定なんてできないはずなんですよ。自分の言動に説明がつきませんから。それを創価民は下手な屁理屈を並べて言い訳をする。そんなの世間や社会に通用しないことすら理解できない。もうね。病気なんです。症状として現れるか現れないかの違いだけです。その原因になっている創価の教えを信じるのをやめれば病気は治ります。「覚醒者」さん達は病気が治ったことを喜んでいるのです。「創価病が治った」だけで素晴らしい体験談なんですよ。

小野塚様

いつも色々気にかけて下さり本当にありがとうございます
私は学会員なのか元学会員なのかを確認してない状況で、私の方から確認するつもりありません
実家が創価の拠点でしたので、創価に対する思い入れは深いだけで、学会員の時私がやってたのは折伏と折伏が簡単に決まらないので、退会者を出さないように、創価の話を全くせず、高齢者学会員の健康を気づかう訪問だけをしてたので、元々組織には深く関わってないので、今のままでも今の所困らないです

マイゴット

「私の神よ」の意味ですね。キスリト教でも内にいるとも言えますね。
「自分からは遠い存在なんだよ」。なんだこれ。今冗談に気付きました(笑)
でもまあ、確かに池田大作先生にとって、遠い存在だったんでしょうね。
実感こもっている本心だと思います。当初から、信仰者ですらないとも言えますね。

何らかの価値

美有さん。
いつも近所だった婦人部のひとりにイメージが被ります。
意味や価値がないことを人間はできない。
だから何らかの価値を持たせようとしているんだなと思っています。

小野塚さん

こんにちは。

> 「私の神よ」の意味ですね。キスリト教でも内にいるとも言えますね。
> 「自分からは遠い存在なんだよ」。なんだこれ。今冗談に気付きました(笑)
> でもまあ、確かに池田大作先生にとって、遠い存在だったんでしょうね。
> 実感こもっている本心だと思います。当初から、信仰者ですらないとも言えますね。

言っている事が支離滅裂なんですよ。
「日蓮直結」とか「自分の中に御本尊がある」といったかと思えば、
「本尊と自分の間に師弟(つまり師匠・池田)を入れろ」とか「御本尊は遠い存在だ」とかいう。
要は、自分の都合のいいように適当にその時々に違う指導しているだけ。
こういうのを、インチキ・イカサマっていうんですよね。
聞いている創価民の方もこういうインチキを「おかしい」と思えない思考。
結局は在家だけでは正しい仏法なんて相承しないし広がらないということですね。

所詮、邪宗教。

教義や本尊感がコロコロ変わるのは邪宗の証左ですね。
戸田会長の指導にある通りです。
「前に言ってた事と、今言っている事が違う宗教は、邪宗である。」
この指導、どうするんでしょう。

嘗ての立正佼成会と一緒です。
学会の折伏教典には「立正佼成会を総攻撃せよ」の項目があります。

時代が変わった旨を言う方がいますが、破門前も破門後も「末法」なのに。
都合の悪い事は世法をごちゃ混ぜにして、屁理屈を駆使して論点のすり替え。

インチキ宗教屋に呆れるばかりです。


Reインチキ宗教屋

最近の学会幹部って、もう世間とどう折り合いを付けている人なのか、不思議です。
創価の中で培養されている人ではなく、一般社会人ですからね。
昔創価の私も反省すべき点が沢山あったんですが、最近の幹部の言行は比較にならないほどパワーアップしてますね。スーパー学会員に変身したのかもと。

古刹信徒さん

こんにちは。

> 教義や本尊感がコロコロ変わるのは邪宗の証左ですね。
> 戸田会長の指導にある通りです。
> 「前に言ってた事と、今言っている事が違う宗教は、邪宗である。」
> この指導、どうするんでしょう。

自分達が永遠の指導者と決めた戸田会長の指導すら無視して否定するのですから。
正宗でいえば、日興上人を否定してるのと同じですよね。
恐ろしいというかなんというか開いた口が塞がりません。

> 嘗ての立正佼成会と一緒です。
> 学会の折伏教典には「立正佼成会を総攻撃せよ」の項目があります。
> 時代が変わった旨を言う方がいますが、破門前も破門後も「末法」なのに。
> 都合の悪い事は世法をごちゃ混ぜにして、屁理屈を駆使して論点のすり替え。
> インチキ宗教屋に呆れるばかりです。

そんなインチキ宗教屋に騙されても創価活動家はそれを認めないで創価は正義だと主張します。
でも、本当の所は「創価の正義」を主張しているのではなく「自分は正義だ」といいたいだけなんでしょう。
彼等にとって創価がインチキで悪の存在であると困るわけです。
六根清浄の功徳のひとつとして「正邪を見分ける」功徳があるのですが彼らにはそれがありません。
仏法を知らない一般の人にだって説明すればいかに創価が矛盾だらけかを理解します。
それすら理解できないのですから可哀そうな人達だと思います。

小野塚さん

こんにちは。

> 最近の学会幹部って、もう世間とどう折り合いを付けている人なのか、不思議です。
> 創価の中で培養されている人ではなく、一般社会人ですからね。
> 昔創価の私も反省すべき点が沢山あったんですが、最近の幹部の言行は比較にならないほどパワーアップしてますね。スーパー学会員に変身したのかもと。

創価職員なら世間との折り合いがつかなくても生きていけます。無知な会員を騙せば自分達が生活に困らない金銭が会員から供給されるわけですから。でも一般人の幹部は不幸です。創価の信仰を実践する限り世間と折り合いがつくことはありません。かといって本部から何かしらの金銭が支給されるわけでもない。せいぜい自分の葬式のときに「名誉○○長」とかいう称号をもらうだけ。でも行き先は無間地獄。何しに今世人界に生まれて来たのか分かりませんね。○○は死ななきゃわからないってことですかね。

パウロ

>結局は在家だけでは正しい仏法なんて相承しないし広がらないということですね。

アンチブログに最後の晩餐の絵が出てますね。何の意味があって出しているのかは知らないです。
キリスト生前の12人の重大弟子が描かれているのですが、この中にパウロは居ない。キリスト死後、天からの声を聞いて回心していますね。
パウロは元々ばりばりのユダヤ教徒で猛勉強している。だからキリスト教の経典である新約聖書を書いた一人になったわけですね。
キリスト教や他もそうですが、宗教の成立には教義が必要で、パウロのような理論構築できる智者が必要だったということですね。
そうなると、いくら日蓮直結だと叫んでも菜っ葉の肥やし。独自教義を成立させられない創価はいずれ消滅する運命になりますね。
按摩を受けて、メロンを食って、いい加減なスピーチで会員を惑わす師匠と、一般会員の個人的な信用を利用することで票集めする議員達しかいない。
そんな他人のフンドシで相撲を取ってきたインチキな人達に、どう考えても独立した一宗の維持はできない。終局を迎えて弱毒化するのが、案外早いかもしれませんね。
それでも、どう考えても、現職員が食うために一般会員の人格を破壊してもいいとはならないですね。

無間地獄下車です。

創価の信仰に功徳があるなら、だれも辞めたりしませんね。

圧倒的に害毒しかないからみんな辞めれるんですね。

真実から目を背けないで現実をみましょう。

まれに、害毒を通り越して功徳らしき現証を出す人がいます。

それは、もう一線を超えてしまったからですね。

無間地獄下車確定申告です。(泣)

さようなら。

池田さんがお風呂でまってますよ。

小野塚さん

こんにちは。

> そうなると、いくら日蓮直結だと叫んでも菜っ葉の肥やし。独自教義を成立させられない創価はいずれ消滅する運命になりますね。

そもそも。宗教法人の設立要件には「本尊」と「教義」がある事となっているわけです。本来であれば正宗から破門された時点で一度宗教法人格を喪失していなければいけないんですけどね。行政ももう少し厳格に対応して欲しいです。独自の本尊と教義がなければ宗教法人として認めてはいけないと思いますよ。

> 按摩を受けて、メロンを食って、いい加減なスピーチで会員を惑わす師匠と、一般会員の個人的な信用を利用することで票集めする議員達しかいない。
> そんな他人のフンドシで相撲を取ってきたインチキな人達に、どう考えても独立した一宗の維持はできない。終局を迎えて弱毒化するのが、案外早いかもしれませんね。
> それでも、どう考えても、現職員が食うために一般会員の人格を破壊してもいいとはならないですね。

もともと人格的に破滅する要素のある人が創価民になっているのではないと思ったりします。
もっとも、今や3世3世が主流でしょうけど。成人した男女が創価に進んで入会するなんて想像ができません。

ボンボンさん

こんにちは。

> 創価の信仰に功徳があるなら、だれも辞めたりしませんね。
> 圧倒的に害毒しかないからみんな辞めれるんですね。
> 真実から目を背けないで現実をみましょう。

仰る通りです。創価民の友人・知人はたくさんいますが、活動家は無理してるなぁって感じます。
未活・ゆる活は普通にしてますけど創価には興味がなさそうです。

> まれに、害毒を通り越して功徳らしき現証を出す人がいます。
> それは、もう一線を超えてしまったからですね。
> 無間地獄下車確定申告です。(泣)
> さようなら。

ははは(笑)もはや、無間地獄決定ですから今世で成仏しないように「功徳らしき通力」を現じるんですね。
それなのに、喜んでいるのだからオメデタイ人達ですね。


ネガティブ思考の無限ループ

>真実から目を背けないで現実をみましょう。

ちょうどスポーツや趣味など思うようにいかない原因を道具のせいだとして、何度も何度も繰り返して買い替えドツボに嵌まり、経済的に破綻してしまうような行為ですね。
また他人から適切なアドバイスを受けても「でも何々だから」と言い訳を作り、自分に責任がない、その事例に当て嵌まらないとして回避する。
これらは笑い話です。外に原因を求めていますからね。まだ救われる。

二つの創価シンパのブログ回ってきました。病的ですね。ネガティブ思考の無限ループが始まっている。
上手く行かない人生の原因を何に求めるか。関係のない自身の信仰姿勢に求め自分を責めている。
「原因は題目が足りないからだ。祈り方が間違っているからだ。向き合い方が指導通と違う。いや発音がおかしいからだ。折伏しないからだ」などなど、無限ループに嵌まり疲労している。
法華講から「それは仏法の根拠のない偽本尊だからだ」と指摘されても、受け入れ不能な精神状態。「でも何々」の拒否反応で調べもせず日顕宗は絶対に悪だと思い込んでいる。
拒否反応の原因はまだあって、「脱会すれば不幸になるぞ」と恐怖心を植え込まれているのもありますね。よって「創価は絶対正しい」から抜けられない。

そのまま放置すれば、その先は心身共に疲れきって鬱を発症するパターンです。嘘だと思うのなら自分で調べてみればいい。
「創価の信仰に功徳など一切ない」と、自分に正直に否定できれば精神が安定する。無限ループに入った悩みの原因が創価の信仰と活動のストレスに起因していると、心の奥底では既に特定できているはずだからです。

小野塚さん

こんにちは。

> 二つの創価シンパのブログ回ってきました。病的ですね。ネガティブ思考の無限ループが始まっている。
> 上手く行かない人生の原因を何に求めるか。関係のない自身の信仰姿勢に求め自分を責めている。
> 「原因は題目が足りないからだ。祈り方が間違っているからだ。向き合い方が指導通と違う。いや発音がおかしいからだ。折伏しないからだ」などなど、無限ループに嵌まり疲労している。
> 法華講から「それは仏法の根拠のない偽本尊だからだ」と指摘されても、受け入れ不能な精神状態。「でも何々」の拒否反応で調べもせず日顕宗は絶対に悪だと思い込んでいる。
> 拒否反応の原因はまだあって、「脱会すれば不幸になるぞ」と恐怖心を植え込まれているのもありますね。よって「創価は絶対正しい」から抜けられない。

「創価が正しい」ということが検証できないんですよ。当然、大聖人仏法でいう所の検証とは「文証「と「理証」なんですが、「創価の教義」は文証も理証もない。無理やり御書の切文を当てはめても他の御書との整合性がとれなくなり道理とも違える。それなのに「創価が正しい」と信じるのは、狂信かMCなんですよね。

> そのまま放置すれば、その先は心身共に疲れきって鬱を発症するパターンです。嘘だと思うのなら自分で調べてみればいい。
> 「創価の信仰に功徳など一切ない」と、自分に正直に否定できれば精神が安定する。無限ループに入った悩みの原因が創価の信仰と活動のストレスに起因していると、心の奥底では既に特定できているはずだからです。

創価が他の宗教よりも疲弊するのは「ガッカイカツドウ」をしなければいけないからです。「ガッカイカツドウ」によって精神的・肉体的更には経済的な負担が大きくなって疲労度がハンパないのでしょうね。こう書くと創価活動民は「学会活動は強制ではない」といいますが、「化他行」=「学会活動」を指導しているわけですから半ば強制なんです。「学会活動」をしないと「退転扱い」ですからね。しかも「学会活動」は大聖人の仏法と無関係ですから実は「化他行」ではない。だから当然功徳もなければ福運も積めない。こんな意味のない行動を何年も続けていれば精神的におかしくなりますよ。これでおかしくならない人は最初から精神にある種の異常をきたしていたのではないかと思います。

解散すれば皆が幸せになる

>大聖人仏法でいう所の検証とは「文証「と「理証」なんですが、「創価の教義」は文証も理証もない。

「現証には過ぎず」ですが、なぜ理証と文証がある三証なのか。人の健全な理性による論理性の検証を無視しないという意味ですよね。当たり外れの紛れがある現象にシステムの説明は付かない。
自らの成功した信仰体験も語ってますけど、再現性のあるプロセスだという証拠の提示がない。必死に信仰を維持したい気持ちはわかりますけど、自らの発言を客観視できないのも変ですね。

いま一般会員がこれほど酷い状況に追い込まれているんですね。それでも執行部の人達は心が痛まず、保身を優先して選挙に勝利したい。鬼ですね。
起きて半畳、寝て一畳。余計なものは棺桶に持っていけないのに。
創価を解散すれば皆が幸せになれる。新しいライフスタイルを志向している時なのだから、それこそ時代に合わせればいい。
もちろん信仰を失う心配はない。大石寺は健在ですからね。

管理人様

こんにちは!ご無沙汰しております。
久々にコメントさせていただきます。
今回の講義も大変分かりやすく、学会員折伏にすぐ使わせていただきます。
ただ、通力大好き学会員さんは必ず

『三三藏祈雨事』(874p)
日蓮仏法をこゝろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず。
の御書で反論してくると思いますが管理人さんならどのように破折されますか。
是非、対学会員対策のためご教示いただきです。お暇な時で構いません。
宜しくお願い致します。

miracles do exist

こんにちは。ご無沙汰しております。

学会は検証できないことを根拠に自分たちを正当化するから厄介です。
「願いが叶わないのは真剣に祈っていないからだ」「命を懸けていないからだ」「過去世での報いを受けているんだ」と、どれも証明できないものばかり。
婦人部には「家族が大きな災いに遭遇しなかったのが功徳」って主張する人もいますが、それなら外部の人達はことごとく家族を亡くしたり、重篤な事故・病気に見舞われているはず。

学会の人が語る「体験談」も極論を言えば偶然の域を出ない話ばかりで「重い病気や経済苦を突然脱することができた」と言っても、そもそも母数が多いのだから発生確率がゼロでない以上、何件か「奇跡」と呼びたくなるような事象が生じるのは当然なんですよね。
現代科学が解明できない現象だって、未だにたくさんあるわけですから。

「奇跡体験アンビリバボー」という番組は20年以上放送され続けていて、未だに「奇跡」がネタ切れしないことからもそれは明らかです。


発生確率ゼロの事象が学会の人に起これば「現証」となりうるかもしれませんが。


以上、駄文にて失礼致しました。

小野塚さん

こんにちは。

> 「現証には過ぎず」ですが、なぜ理証と文証がある三証なのか。人の健全な理性による論理性の検証を無視しないという意味ですよね。当たり外れの紛れがある現象にシステムの説明は付かない。
> 自らの成功した信仰体験も語ってますけど、再現性のあるプロセスだという証拠の提示がない。必死に信仰を維持したい気持ちはわかりますけど、自らの発言を客観視できないのも変ですね。

この御文は創価言うのような内容ではないんです。それはさて置き、「現証(体験)」だけでその教えが正しいというのではご指摘の通り全く客観性が担保されておらず且つ外道の教えなんですよ。

> いま一般会員がこれほど酷い状況に追い込まれているんですね。それでも執行部の人達は心が痛まず、保身を優先して選挙に勝利したい。鬼ですね。
> 起きて半畳、寝て一畳。余計なものは棺桶に持っていけないのに。

今世人界の思い出は、自行化他で本門の題目を唱える以外にないと大聖人は言われています。
戒壇大御本尊を捨てた創価民の題目は「本門の題目」ではないのです。

> 創価を解散すれば皆が幸せになれる。新しいライフスタイルを志向している時なのだから、それこそ時代に合わせればいい。

21世紀ですからね。「インチキ宗教」時代もそろそろ終焉ではないかと思っています。

元創価班20期 さん

こんにちは。お久しぶりで嬉しいです!

コメント返事を書き始めたのですが少し長くなりそうなので明日あたり記事にして書きたいとおもいます。
ご了承ください。

狗樹豪也さん

こんにちは。

> 学会は検証できないことを根拠に自分たちを正当化するから厄介です。
> 「願いが叶わないのは真剣に祈っていないからだ」「命を懸けていないからだ」「過去世での報いを受けているんだ」と、どれも証明できないものばかり。
> 婦人部には「家族が大きな災いに遭遇しなかったのが功徳」って主張する人もいますが、それなら外部の人達はことごとく家族を亡くしたり、重篤な事故・病気に見舞われているはず。

全くその通りですね。あと家とか車を買えたのが功徳とかいう壮年・男子部もいますが、持ち家やマイカーを持っている人なんて大勢いますよね(笑)

> 学会の人が語る「体験談」も極論を言えば偶然の域を出ない話ばかりで「重い病気や経済苦を突然脱することができた」と言っても、そもそも母数が多いのだから発生確率がゼロでない以上、何件か「奇跡」と呼びたくなるような事象が生じるのは当然なんですよね。
> 現代科学が解明できない現象だって、未だにたくさんあるわけですから。
> 「奇跡体験アンビリバボー」という番組は20年以上放送され続けていて、未だに「奇跡」がネタ切れしないことからもそれは明らかです。

そうなんですよ。そんな「奇跡体験」だけを(全然奇跡でも何でもない体験も奇跡にしてますけど)主張しても「インチキ宗教」としか思われないんです。だからこそ、それを裏付ける「文証」「理証」の話が必要なんです。ましてや他宗(正宗等)を批判するのであればなおさらで「創価学会にはこんなに功徳ある」とか「創価学会はこんなに広まった」的な一方的な話はナンセンスなんですよ。そもそもいうほど創価なんて広まっていないしそんな与太話で他宗を批判するなんて片腹痛い。数が多い方が正しいなら大聖人仏法より念仏の方が正しかったのか?禅宗の方が功徳があったのか?って話です。大聖人は「文証」「理証」で他宗を破折したのですから。

梵我一如さんへ

ケチつけるなと言われそうだから迷いました
梵我一如さんは創価をやめたら幸せですと書いてます
幸せなのかな?
時間やお金使わずにすんで、人から無駄に嫌われなくてすんで楽だとは思います

昔、神戸で地震がありました
どこが道なのかわからなくなってる瓦礫の上を数え切れない程よろけそうになって12時間歩いて新聞を毎日配達した人の方が幸せだと思います

瓦礫の上をバイクで走るなんて無理だと必死で止めても食材をバイクで運んだ男の子の方が幸せだと思います

何が幸せかは人其々です
楽と幸せは違うと思います
不愉快に思われたら無視して下さい

むちゃくちゃ幸せです!!!

創価活動家時代。

健康になりたいと毎日祈り、新聞配達は休まず10年やりきり、折伏多数、御本尊おくり7人、全ての活動を断らずにやらせて頂きました!

結果、不健康になり、意味のわからん不安に毎日さいなまれました!

意を決して日蓮正宗に帰依して、お寺の御本尊に南無妙法蓮華経と唱え、心から帰依したら不安は一瞬で消え去りました!

そして二度目の登山の後に、約10年患っていた持病が消え去りました!

今は、全て思い通りの人生です。

コロナだろうがなんだろうが、お家に日蓮大聖人がお住まいになっているので、気にしていません!

全て法華経に身をまかせています!

そうかインチ○功徳とは雲泥の差です。

しかし、僕は性格が悪いので、いちいち創価の人には教えません。

破折するだけです!

ご静聴ありがとうごさいました。m(__)m

奇跡を起こし魔ス!!♪

1990年代(バブル崩壊後)の頃、
とある新興宗教団体の大総会に
仕事の関係上、無理くり参加させられた事が御座います。
東京ドームに3万人くらい集まりました。

教祖(師匠)さまの名前は何だったかなぁ?
ほうげん駄目さく君?だったか。
福運なし法源くんだったか、忘れましたけど。

まぁ、インチキ宗教の功徳論なんか、たかが知れてますよ♪

日蓮大聖人様(大御本尊様)に今世でお逢いできる事こそ、
最高の幸せだと存じます♪ 

あっ♪ 創そう! 
そお言えば、その教祖様の口癖は、”サイコーですぁ~あ!” でしたw。





大聖人様の祈雨で勝利あそばされたことは歴史的にも有名です…

学会員の言ってる功徳は宝くじあたったとか、なんかに合格したとか…?大聖人様と並べてしまう驕慢がチラチラ見えます。

稲荷なんかは一代目はすごく儲かるけど二代目はドスンと落とされるとか聞いたことがあります。支持されている政党が神社本庁から支持されている政党と連立与党されているので、謗法にはだんだんと麻痺してくるのでしょうか?

手かざしでなんとなく頭痛が治ったとか…しゃもじ持って踊って病気が治ったとか聞いたりもしますが…抜目鳥…だんだんと抜けにくい環境を作ることには頭がよく回るようで…

立正安国を願うなら、大石寺に繋がる教えしかありません。現世安穏、後生善処…

十界の全ての衆生が即身成仏出来る有り難い教え…

お釈迦様も久遠元初のその昔、大聖人様のもとで修行されたから成仏の因を積めた…

その力は計り知れない…功徳無量…

ソッカーの苦毒ロン♬

あぁー!
創価の教えを純粋に信じたお陰で
商売繁盛しますたーぁ!
一家和楽の大道なのだぁ♪ 感謝感謝?

イケダメロンぱん君ならば
この困難を、、どの様に解決されるのでしょうか?と考え魔ましょう♪

ソッカーの教えは師弟不二だぉ♪(これがキモですぞ!)

ソッカーガッカリん的な解釈で、ゴジョ悪濁な人生を乗り切りましょうぉ!
ソッカーは最高です! はぁ!? バカはヤスミ休みで!お願いします♬

駄文連文まいど失礼しました。
イケダせんせい~ぃ!(大感涙)。 誠に申し訳ございません!(創価風)。

宗教観の違いかな

コンメントの流れをずっと読んできて、私も美有さんと同じことを考えましたよ。
明らかになってきたのは宗教観の違いなんだと思ったところです。

「先生のお手紙」を配る配達員は、被災しながら聖教を配る喜びを感じているわけです。そういう人は何か奇跡的に儲けましたよという御利益話に興味がないでしょうね。そんな事を祈ったこともないかもしれない。
経済活動と宗教は行為として直接関連がないと思っているので、今後私も祈らないでしょうね。
宗教に求めるものが人それぞれ違う。確かに「学会員だ」だけでは括れないですね。

でもまあ、お手紙にしても、票集めにしても、他人の経済活動に尽力しても自分は儲からない。これは道理ですね。
幸福になるには努力が必要ですが、自分の為の努力ではなく、職員の為の努力をしても報われない。
怪しい宗教はそこを騙して儲けていますね。傾向的に欲が深い人が騙される。貪瞋痴の三毒強情だから騙されやすい。

昔、学会員の儲けた人の話や、自分の成功談を一生懸命わざわざ私に会いに来て話す人が居て、何がしたいのか理解できなったのですが、このスレッドで氷解しました。
そういう御利益を求めるのなら、商売をやるか、宝くじを買えばいいわけですからね。未だ創価に居る多数派の傾向は、仏教徒とは逆の宗教観を刷り込まれた人達なんだなと。
しかし戸田時代から伝統的に創価にはある習慣ですね。蔵・身・心と仏道に昇華するはずが、いよいよ池田時代で急下降してしまった。これこそ実証だと思います。

美有さん

こんにちは。

> 何が幸せかは人其々です
> 楽と幸せは違うと思います

そうですね。「何が幸せか」はひとそれぞれ違いますよね。
でも、「成仏できるどうか」は全ての人に共通しています。
大聖人の仏法を信仰すれば成仏する、大御本尊を捨てれば無間地獄です。
さて、創価の配達員さん、創価バイク隊は何故幸せを感じるのかといえば
その心の根本は「創価の信心が正しいのだから成仏ができる」という事です。
これが「大嘘のインチキ」なのですから、彼らの幸せの根拠の大前提が崩れているのです。
それにも、関わらず本人たちが幸せを感じ罪業をつんでいる姿を「不幸である」と私も梵さんも言っているのです。
「幸せなんて人それぞれ」耳障りはいいですが、
それでは戦争をはじめとする地球上に存在する不幸は無くならないどころか増えるばかりなのですよ。

梵我一如さん

こんにちは、

> コロナだろうがなんだろうが、お家に日蓮大聖人がお住まいになっているので、気にしていません!
> 全て法華経に身をまかせています!
> そうかインチ○功徳とは雲泥の差です。

分かります。そもそも勤行・唱題からして楽しい。創価時代にはほぼなかった感覚ですよね。

> しかし、僕は性格が悪いので、いちいち創価の人には教えません。
> 破折するだけです!

ええ、私も同じです。ですからこのブログにはほとんど体験談は書きませんし、書いたとしてもメインのところは書きません(笑)創価民活動民には破折あるのみです。( ー`дー´)キリッ

天覇さん

こんにちは。

> あっ♪ 創そう! 
> そお言えば、その教祖様の口癖は、”サイコーですぁ~あ!” でしたw。

それでは最高じゃないですね。
やはり、決め台詞は「キンマ●コ~~」でなければ一流の人格とはいえません。

未熟さん

こんにちは。

> 大聖人様の祈雨で勝利あそばされたことは歴史的にも有名です…
> 学会員の言ってる功徳は宝くじあたったとか、なんかに合格したとか…?大聖人様と並べてしまう驕慢がチラチラ見えます。

学会員の傲慢さはチラチラどころか、バッチリ丸見えです(笑)


> 立正安国を願うなら、大石寺に繋がる教えしかありません。現世安穏、後生善処…
> 十界の全ての衆生が即身成仏出来る有り難い教え…
> お釈迦様も久遠元初のその昔、大聖人様のもとで修行されたから成仏の因を積めた…
> その力は計り知れない…功徳無量…

その通りですね。特に破門前からの学会員さんは折角一度は大御本尊様と縁をしたのに
自らそれを手放した。実に残念な事です。

天覇さん

こんにちは。

> ソッカーの教えは師弟不二だぉ♪(これがキモですぞ!)

いや、そこがキモではなくそれが「キモイ」ですな(笑)

小野塚さん

こんにちは。

> でもまあ、お手紙にしても、票集めにしても、他人の経済活動に尽力しても自分は儲からない。これは道理ですね。
> 幸福になるには努力が必要ですが、自分の為の努力ではなく、職員の為の努力をしても報われない。
> 怪しい宗教はそこを騙して儲けていますね。傾向的に欲が深い人が騙される。貪瞋痴の三毒強情だから騙されやすい。

他人に尽くしても、尽くした他人がそのようなことを恩義に感じてくれるならまだ尽くし甲斐もあるでのですが尽くす相手が悪いですよね。善人を食い物にする悪人ですから。

> そういう御利益を求めるのなら、商売をやるか、宝くじを買えばいいわけですからね。未だ創価に居る多数派の傾向は、仏教徒とは逆の宗教観を刷り込まれた人達なんだなと。

その通りです。間違った宗教が人をして悪に向かわしめ不幸にすすのですね。大聖人は繰り返しそのような悪師・悪知識に近寄るなと言われているのですけどね。

> しかし戸田時代から伝統的に創価にはある習慣ですね。蔵・身・心と仏道に昇華するはずが、いよいよ池田時代で急下降してしまった。これこそ実証だと思います。

戸田時代はまだ法主上人がいたから創価が間違った方向にいこうとすれば軌道修正できたのですが、破門され(独立し)もはや創価の軌道修正を出来る人がいなくなりましたね。異流儀・邪教団はみな同じ道をたどりますね。

昨日の本部総会で5月に婦人部の名称が女性部に変わり、11月には女子部が女性部に一体化して女子部が消滅することが発表されました。池田先生からは女性部の発足おめでとう?とのメッセージもありました。創価学会衰退の現証(学会員が好きな現証)です。
それに聖教新聞の配達が大阪でも9月から読売新聞がすることになりました。常勝(?)関西でも今の新聞配達体制が崩壊しました。これも衰退の現証です。
昨日我が地区でもオンライン座談会を開催、御書講義では学会教学ではない講義で今回の御書の前年にあらわされた聖人御難事から出世の本懐である大御本尊をあらわされたことを強調し、この御本尊に題目をあげることにより仏力、法力、信力、行力の四力が一体となり成仏できる。その唱題行を総体の修行と言い折伏も供養も含まれるのでコロナ禍で外には出れない時だからこそ成仏の修行である唱題行に挑戦しましょうと訴えました。
終了後さっそく支部長から電話があったので何か言われるかなと思いましたが、久し振りに御書の勉強をした感じですとのことでした。ほかからも別に何の連絡もなかったのでやはり大御本尊を受持の対象にしないとの教義の変更のことは知らないんだなと思いました。このことについては個々に話していきたいと思ってます。とりあえず近況報告とさせていただきます。
駄文失礼しました。

悩める地区部長さんへ

感動しました!(泣)
お疲れ様です!m(__)m

悩める地区部長さん

こんにちは。

> 昨日の本部総会で5月に婦人部の名称が女性部に変わり、11月には女子部が女性部に一体化して女子部が消滅することが発表されました。池田先生からは女性部の発足おめでとう?とのメッセージもありました。創価学会衰退の現証(学会員が好きな現証)です。
> それに聖教新聞の配達が大阪でも9月から読売新聞がすることになりました。常勝(?)関西でも今の新聞配達体制が崩壊しました。これも衰退の現証です。

そうみたいですね。SNSでも女子部消滅の話題で盛り上がってます(笑)次は「男子部消滅」でしょうね。

> 昨日我が地区でもオンライン座談会を開催、御書講義では学会教学ではない講義で今回の御書の前年にあらわされた聖人御難事から出世の本懐である大御本尊をあらわされたことを強調し、この御本尊に題目をあげることにより仏力、法力、信力、行力の四力が一体となり成仏できる。その唱題行を総体の修行と言い折伏も供養も含まれるのでコロナ禍で外には出れない時だからこそ成仏の修行である唱題行に挑戦しましょうと訴えました。
> 終了後さっそく支部長から電話があったので何か言われるかなと思いましたが、久し振りに御書の勉強をした感じですとのことでした。ほかからも別に何の連絡もなかったのでやはり大御本尊を受持の対象にしないとの教義の変更のことは知らないんだなと思いました。このことについては個々に話していきたいと思ってます。とりあえず近況報告とさせていただきます。

そうですか。悩める地区部長さんはまるで義浄房・浄顕房のようです。二人は清澄寺にいながら大聖人を支えたいました。いまの悩める地区部長さんも身は創価にいながらも大聖人仏法をも守っておられる。本当に素晴らしいと思います。創価いればこそできる折伏もあります。それは与同罪にはなりません。また支部長も心のどこかで大御本尊様を求めているからこその感想だと思います。どうぞ一人でも多くの学会員さんを救ってあげてください。彼等も心の奥底では悩んでいるのだと思います。ただ自覚できないだけでしょう。ともあれ悩める地区部長さんのコメントには毎回勇気を頂いています。これからもぜひコメントしていただきたいと願っています。

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20年間、創価による強迫観念と心理虐待に苦しみました。
脱会した今でも悔しい辛いです。
創価学会、この世から消えて欲しい。
プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
自分が知らないうちに誰かに退会届を提出されていて「いつの間にか退会」になっていた(旧)創価学会員。麗しき創価の同志に勝手に創価を退会させていただき折角なので戒壇大御本尊を捨てた大謗法の池田創価から日蓮正宗に戻りました。本サイトは池田創価の風聞・風説を基にした批判ではなく、日蓮大聖人の法門・法義を中心に大謗法の池田創価を筆頭に異流儀を破折するとともに、日蓮大聖人の仏法の正法・正義を書き綴っています。

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