のんかつさんというお笑い創価活動家

わざわざ、コメント用の記事まで用意したのにもかかわらず
俺との法論から遁走したのんかつ氏
まぁ、いままでここに来た創価活動家と変わらなのだが
その、のんかつ氏が先日ひっそりとコメントを入れてきた。
詳しくは「のんかつさん法論を始めましょうか」
のコメント欄を読んでもらいたいが

最初のコメントは

「先ず、管理人さんにお礼とお詫びのコメントを書きます。下に書くことは決して冗談で記したことではありませんので、真面目に読んで頂きたいと思います。」
「管理人さんに色々罵声を挙げた話を書き綴りましたけど、申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした。ここで正式に謝ります。」

と謝罪をした後に

「改めて、若し管理人さんが宜しければ、もう一度お話しのテーブルに乗って頂けますでしょうか。」

との要望。
それに対し俺は普通に返信したが、
そしたらそれに対するコメントが

「大聖人の心を頑無視した、そして大聖人の仏法を真剣に行じている真面目な信者にとって、あなたたちの行動は見ていて本当に反吐が出る思いでした。」
「でも、よく考えてみると、ここはある意味とても大事な場所なのかもしれません。ゴミの一時受け入れ場所としてね…。」
「これだけの「糞尿連」が集まり続けていることに、とても納得出来ます。」

こうです。
謝罪から僅か3日も経たないうちに
この罵詈雑言。
「正式な謝罪」をした人間がコレですよ。
ぶっちゃけ「この人は精神分裂症のサイコパス」かな?という感想。
仏法用語で言うと「頭破作七分」
いや「心破作七分」か。
こういうお笑い学会員に出会うたびに
今の創価はつくづく「謗法」であり
不幸な人を作っているなぁって「現実」として思い知らされるよ。

自分から謝り、対話を要請しながら
その3日後にはやっぱり「対話」(法論)はしないと
罵詈雑言を交えて話しているわけです。
「法論」に自信がないなら
正直にそういえば言いのに
やはり「負けたくない」んでしょうね~
なんとかして「本尊義」を含む
大聖人仏法の法門法義の
話にならないようにしてる様子がありありだ。

別に俺は彼のような無教学な方と話することなんてないし
そもそも、法門法義にあれだけ疎いと
大聖人仏法の話なんて無理だと最初から思っているが
なんだかグズグズと言い訳がましいことを書いてるんだよね。
それがまた本人は「仏法とは」とか「信心とは」とか
虚勢張って偉ぶってるんだけど
その内容は、全く仏法といえる代物じゃない噴飯モノの話ばかり。
まぁまぁ、全く反論ができないから
悔しい気持ちはわかるし、
なんとか反論のテイを装っていたい気持ちもわかるけどさ
なんでも書けばいいってもんじゃないんだよね。
こんな嘲笑モノのコメント入れても醜態を晒すだけだろうに。

中でも正宗をやめた元僧侶の本を引き合いに出し
正宗僧侶を誹謗するような内容をあげて
それが「事実」であると主張しているのには笑えた。
なぜ事実かというと元僧侶が書いているから。だそうだ。
相変わらずの彼のお得意の三段論法。
このロジックならば、元創価の人の書いている本
例えば、福島氏・原島氏・山崎氏・乙骨氏らの本も
「事実」である。ということになる。
それが「事実」であれば、創価と池田大作が
信心の欠片もなく会員を騙して金と権力を手に入れている
ということは「全て事実」ということなる。
こういえば、どうせそれらのことは「退転者」のいうことなので
「事実じゃない」「ねつ造だ」なんてこと言うんでしょ?
だったら退転坊主の書いた本も「事実」ではないということだよね。

彼のプロフを読むと、奥様とお子さんがいるいい歳したオトナのようだが
その論旨はとても女房子供がいるとは思えない程
いや、これでよく社会生活が営めるなぁと思うほど
幼稚で身勝手で理論破綻しまくっている。
まぁ、それが創価活動家の生態だよ。
って言ってしまえば身も蓋もないが。

そいいえば、昔地元の本部長と対論した時に
「聖教新聞」とか「創価新報」の記事を提示して
「創価は正しい」と力説してたが、
「聖教や新報は自分たちが作っている新聞だろうが
それが正しいのなら赤旗に書いてあることも正しいのかよ?」
と聞いたら、口ごもっていたっけな。
まぁ、創価系のブログ書いてる連中も同じ。
自分達の作った資料を提示して
「創価は正しい」などとトボけたことを書いているのが多い。
いやいや、そこは御書を引きなさいよ。
なんで聖教新聞が世間様とコンセンサスを得るためのツールだと?
ましてやアンチを破折するのに聖教新聞とか退転僧侶の本が有効とでも?
それが通用するのは創価村だけなんだって。
創価の教義や理論は世間では一切通用しないって
こんなに教えた上げてるのに
まぁ~だ、のんかつ氏のような活動家が存在するとは驚きだ。
まぁ、それにしてものんかつ氏は
いままでこのブログに書き逃げしていった創価の中でも
最強の部類に入る、狂いっぷりなので
世間様に見てもらうにはいいサンプルにはなったかな。
「のんかつさんの主張や言動は正しい。こういう人になりたい」という人は
どうぞ創価に入会して活動家になって頑張ってください。
「こんなのは嫌だ」と思う方は
創価に入会しないことをおすすめします。
また既に創価会員になっちゃった方は
創価を早くやめるか、創価の活動には一切参加しないことをおすすめします。
のんかつ氏のコメントをじっくり読んでお決めください。

最後に創価活動家さんは批判のコメントを入れてくれるのはいいですが
もう少しお勉強をして多少の理論武装してからしてくださいね。
全く「お話にならない」んじゃ
洒落になりませんから。


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宗教という名の元のテロ行為

またも、ISによる痛ましいテロが起こった。
毎回毎回テロのニューズが流れると
本当に心が痛い。
宗教の名のもとになんでこんな惨い事が
繰り返されるのだろう。
本来のイスラム教の教えに反する行為が
こうして繰り返されるのは
本来のアラーの神の教えに
人間の我がままを交えて
勝手に教えを捻じ曲げる
指導者気取りの人間が現れ存在するからなんだろうな。

イスラム教の限らずキリスト教やユダヤ教
そして仏教においても
いかなる理由であれ他者の生命を奪う教義などないはずだ。
ところがどこかの時点で邪な人間が出現して
自分の都合のいいように根本教義を捻じ曲げ
その邪義・己義をあたかも神仏の教えかのように騙り
人々を誑かし自分の都合のいいように操るようになる。
もうそれは、アラーの神の教えでも
キリストの教えでも
釈迦の教えでもなく
ただの一人の野心をいだいたた人間の教えなのに
人々は「その教えこそ真実」と思ってしまう。
そこに、宗教の名のもとのテロが生まれる。

そうした意味において創価も全くISと変わらない。
大聖人仏法を捻じ曲げ
自身の己義・邪義を多くの会員に
信じ込ませ利用した張本人
それが大作センセと呼ばれている爺さんだ。
いまの創価の教義を見てみろ。
もう大聖人の仏法と呼べる部分は何一つない。
池田教そのもだ。
大聖人仏法における根本教義を言えば
「教条主義」
「原理主義」
などといって、あたかもそれが
時代遅れの頭でっかちの教えであるかのごとく反論するカツドウカは
「イスラム国」の人間と変わらない
「創価国」の戦闘員そのもである。
仏法とは仏の法でり仏の体である。
そのご本仏の色心二法を
大作センセごときの盆暗・・もとい凡夫に
なんの意義を挟む資格があるだろうか。
人間のための仏法。それはその通りだが
ご本仏を超越しようと企てることが人間仏法ではない。
まさに屈伏虫が非想天である。

誤解のないように書くか
俺は創価が世間でいうような
テロ組織などと思っていない。
創価がオウムよろしく無差別テロなど
することは断じてないと思ってる。
なので、この記事はISと創価を同等に扱っているわけじゃない。
少なくても世法でみればISと創価では全く正反対である。
しかし、仏法の目で見れば
IS以上の非道の行為を繰り広げてるのが創価である。

何故ならば

◆涅槃経に云く「悪象の為に殺されては三悪に至らず悪友の為に殺されては必ず三悪に至る」(富木殿御書)

と御書にあるように
創価の邪義・大作センセの己義に誑かされて
ご本仏への信心を殺され
大御本尊を捨ててしまえば
その人は必ず無間地獄へと落とされてしまうからだ。
これはご本仏の言葉だ。
ご本仏の言葉とは、普遍の教条であり普遍の原理だ。
時代も国も無関係な不変で永遠の原理っだよ。

そうやって人々を無間地獄へと誘う
創価活動家軍団は、
仏法の次元においては
非道なテロを繰り返しているテロ組織と変わりない。
しかも世法ではソレと分からないところが
より恐ろしくタチが悪いからIS以上だろう。
こうした仏法テロを防止するためには
少しずつでも創価カツドウカをに騙されている人々を
一人また一人と減らしていかなければいけない。
それが大聖人の言う破邪の精神だ。
もちろん創価以外にも
顕正会なんていうのも存在するが
まず大悪党が先である。
顕正会程度のチンピラは後回しだ。

最後に、今回のテロで尊い命を奪われてしまった皆様の
ご冥福を心からお祈り申し上げます。

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失言将軍

某自民党議員の失言が話題になっている
「癌患者は働くなくていい」とか
やじ将軍と言われているようだが
やじ将軍というより失言将軍だな。
そいえば、前の復興大臣も
失言によって更迭?辞任?させらったけね。
こうした失言は、結局当事者に寄り添ってない。
当事者の苦悩なんて関係ない。
そういう人間性に起因しているのだと思う。
そして失言というのは
決して思ってないことを言ってしますのでなく
思っていた事を言ってしまう事なんだと思う。
「思ってもないこと言ってすみません」ではなく
「思ったことを口に出してすみません」ということだ。
もちろん各個人が何をどう思おうが
思想の自由だから別に問題ない。
健康な人に病気の人の気持ちが分からない。
被災してない人に被災者の気持ちはわからない。
それは事実だ。
だったらわからないといえばいいのに
分かっているフリしたり
寄り添っているフリを振舞うから
反感を持たれるのである。

さて、そんな失言将軍は
創価の活動化の中には大勢いる。
俺は18歳の時に手の指を1本切断する大怪我をした。
その時に創価のカツドウカは言ったことは
「本当は腕1本なくなるところが指1本で済んだのは功徳なんだよ」
という言葉だった。
18歳の美少年(笑)の心の傷に塩を塗るたくる言葉である。
それ以来10年間創価を大嫌いになった。
また、昨年の母の大会との時も
婦人部長さんは、母に
「創価から離れたら一人で寂しく死んでいく」といい
母の退会の気持ちが固まった。
この手の話はおそらく全国津々浦々で
数限りなくあるだろう。
友の幸福だとか
友を激励だとか
キレイゴトばかり言っているが
そんなことを微塵も思っていないことを
そうしたカツドウカの失言から読み取れる。

もっとも師匠が失言魔王だからその弟子もそうなんだろう。
大作センセの「キンマンコ」を始めとする
失言の数々は有名である。
が、大作センセの一番の失言は
平成2年11月16日の宗門誹謗スピーチだろう。

▼「猊下というものは信徒の、幸福を考えなきゃいけない。権力じゃありません」

という有名な例のスピーチである。(他にも失言したが)
これが創価破門への直接的な発言と発端となった。
11・16だけでなくそれ以前から
宗門誹謗と取られる発言はあったが
この日のスピーチが直接原因である。
これによって創価は宗門から破門され
念願の独立を果たす。
まさに「思っていたこと」を言葉にしたわけだ。
もちろんこの「失言」を謝罪し撤回するチャンスはあったのだが
大作センセと創価は「謝罪」も「撤回」もしなかった。
まぁ、失言でもなんでもなく計画通りってことだろう。
それまでは、さんざん「大御本尊」だの「唯授一人血脈」だの言ってきたのに
それをいともアッサリ否定したわけで
大作センセは「大御本尊」と最初から寄り添っていなかった
要するに大作センセには「大御本尊」に対する信心なんてなかったわけだ。
そうでなけれなこのような「失言」なんて間違ってもしないはずだ。
こういう人間が指導者と自称するのは
冒頭の某議員が政治家をやってるのと同じくらいおこがましい。
ましてやこんな人間を師匠なんて思っているなんて。
どちらにしてもこの一言(失言)によって
多くの会員に大御本尊を棄てさせた大作センセの罪は大きい。
来るべき無間地獄に恐れおののきながら生きながらえているのだろう。
謗法者の末路とはそういうものだ。

◆一生が間賢なりし人も一言に身をほろぼすにや(兄弟抄)

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コンプライアンス

「コンプライアンス」という言葉が随分と定着してきた。
10年くらい前まではそんなに言われなかったが
最近では世間に浸透してきた感がある。
「コンプライアンス」とは直訳すると
「法令順守」ということだが
「法令順守」は当たり前の話であって
それだけならば、わざわざ「コンプライアンス」などと
口うるさく言う必要はない。
なので「コンプライアンス」とは
「法令順守」以上のコトを指す。
色々と解釈はあると思うが
「企業倫理」「組織倫理」という事だと解釈している。
そしてこの「企業倫理」「組織倫理」というのは
「社会倫理」と融和していなければならない。
「社会倫理」に反する組織や人は
コンプライアンスという観点が欠如しているとして
いまや社会の中で生き残れない存在となりつつある。

そうした観点からすると、創価の組織は
全く「コンプライアンス」という考えを持ち合わせていない組織だと思う。
他の組織の会合にウソを言って忍び込み盗聴する。
こんな行為は「倫理」以前に「犯罪」だ。
民間ならば「偽計業務妨害」である。
また、今は都議選真っ盛りだが
「政教一致」と非難されると決まってカツドウカが反論するのは
宗教団体が選挙運動するのは憲法に違反していない。というモノだ。
以前ならばそれで良かったのかもしれないが
このコンプライアンスが叫ばれている時代に
「法律に違反してなければ正当である」という反論は
現代社会に生きる人間としてお粗末極まりない反論である。
何故、創価が政教一致だと世間に言われるのか?
それは「法律違反」をしているからではない。
「違法」ならば警察に訴えれば済む。
非課税の会館で「選挙」の会合を開いたり
買い物や飲食した店で公明党の支援をしてみたり
聖教新聞と公明新聞を学会員に配達させたり
そういう行動が「政教一致」に映るから嫌悪感を抱くわけだ。
いつも言うが、選挙支援をしたければ
公明党員という立場ですればいいことで
学会員としてそんなことをするから
社会は嫌悪感を抱く。
それが社会倫理というモノである。
そうした「社会倫理」と整合する
「組織倫理」「会員倫理」を設定し遵守していくのが
コンプライアンスの基本だろう。

そうしたことを全く無視して自分たちの正義だけを主張する。
非難されても「法律に触れてない」
「悪いことをしていない」と開き直り
逆に非難する側を誹謗する。
こうした今の創価のコンプライアンス意識の低さは
「宗教ならば何をしてもいい」といった考えが背景にあると感じる。
あるいは「宗教団体ならば何をしてもバレない」だろうか?
邪教界の最大手が、これなのだから
顕正会をはじめとする中小邪教団も
推して知るべしである。
宗教界の王者。などと自画自賛するのであれば
もう少しコンプライアンスを組織内に徹底したらどうだ。

創価のコンプライアンスとは

大作センセにお応えする。
大作センセに従う。
大作センセを守る。

であるが、これでは「社会倫理」と合致しない。
新しいコンプラの確立を是非願いたいものであるが
もはや、邪教団になった今の創価では
存在自体がコンプライアンス違反だからなぁ。

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顕正新聞

先日会社のポストに「顕正新聞」が入っていた。
しかもご丁寧に投函した人の名前と携帯番号まで書いてあった。
その人物の名前に全く見覚えはないが
これは各戸配布しているのか?
それとも狙って入れたのか?
狙って入れたとしたらなぜ俺の会社に?
しかも携帯番号まで書いて・・
イジメられたいのだろうか?(笑)
それはさておき「顕正新聞」なんて久々に目にしたので
せっかくなのでちらっと流し読み。
最初に、例によって浅井センセの与太話。
成長しないなぁ
であとは安倍政権批判。
見出しだけ見ると、神道を重んじる安倍政権は日本を破滅させる
みたいなことが書いてあったが
内容までは面倒なので読まなかった。
こんなどうでもいいことを一生懸命読んでるんだろうなぁ
顕正会の会員さんは。

で、後ろの方に興味のわく記事が。
なんでも、顕正会の会合にウソをついて紛れ込んだ
学会男子部が盗聴をして警察に引っ張られた。らしい。
ああ、広宣部だね。
しかし、相変わらずバカなことしてんなぁ広宣部は。
顕正会の会合を盗聴して
一体何に利用するんだろう?
顕正会の方も顕正会で
盗聴されて困ることでもあるのかね。
まぁ、例の法案が成立すれば
顕正会はテロ組織ってことになりかねないけど
いまはまだセーフでしょ?
ああ!「顕正新聞」で安倍内閣批判をしていたのは
「共謀罪」成立阻止ってことなのか。
逆に学会は公明党使って「共謀罪」を成立させ
顕正会を潰そうってことかな。
その日のための盗聴ってことなのか。

まぁ、どっちも大御本尊から離れた組織。
池田も浅井も大御本尊を棄てたくせに
いつまでも大御本尊を利用している組織なんだから
ある意味「共謀」だよね。
邪教同士が揉めてもしかたないんだから仲良くしなさいよ。
でも、現在地で見れは
創価よりも顕正会のほうがまだマシかな。
なんでも大石寺周辺では大御本尊に遥拝している顕正会員はいるみたいだし
魔の山とか、富士の濁流とかいいながら
大御本尊に遥拝しに大石寺の近くまで来ちゃうなんて
まだ可愛気があるよね。
そんなに大御本尊にお目通りしたいなら
とっとと顕正会なんて退会すればいいのに(笑)

さて、会社に顕正新聞投函したN氏
本当に電話しちゃっていいですかぁ(笑)

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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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