年間テーマって必要なの?

創価の活動の年間テーマ。
例の「○○の年」ってやつ。
2017年(来年)のテーマは
「世界広布新時代 青年拡大の年」とやらになったそうで。
あれれ?どっかで聞いたような・・・
今年はなんだっけ?
そうそう「世界広布新時代 拡大の年」だったよね。
え~、来年のテーマは今年のテーマに「青年」って付け足しただけじゃん(笑)
ねぇねぇ、今年と来年のテーマってどう違うの?
今年の拡大は青年は対象じゃなくて
来年の拡大は青年だけ対象ってこと?
いやいや、いくら考えるのが面倒だからって
今回はちょっと手ぇ抜きすぎじゃね?
もっとも、創価の年間活度テーマってのは
同じような言葉のくり返しなんだけどね。
過去のテーマを振り返れば
2005年「青年拡大の年」
2006年「青年躍進の年」
2009年「青年勝利の年」
2012年「青年学会拡大の年」
2013年「青年学会勝利の年」
実に12年のうちの半分は、「青年なんちゃらの年」じゃん。
どんだけ青年が拡大していなんだよ。(してないけど)
でもって過去20年のテーマのキーワードも
大勝・勝利・前進・完勝・拡大・躍進
20年で5単語だけ。
実際には、大勝・勝利・完勝
それと、前進と躍進
これらは同じカテゴリなので
勝利系と拡大と躍進の3つだけ。
ボキャブラリー少なすぎだろ(笑)
てか、これなら毎年決めることないんじゃないか?
毎年、「拡大・躍進・勝利の年」でいいじゃん。

まぁ、こうして毎年毎年「活動テーマ」を決めてる割には
毎年やることと言えば
選挙・新聞啓蒙・財務と同じことばかり。
もっとも、「世界広布新時代」なんていわれても
日本の学会員の、おっさん・おばちゃん・あんちゃん・ね~ちゃんには
何もやりようあるまい。
せいぜい「今、自分が戦っている場所が世界につながっているんだ」
って程度のことに使命感を持つくらいしかできやしない。
あとは財務を一口でも多く出して
その金が「世界広布」とやらに
使われることに喜びを見出すくらいか。
なので、この「世界広布新時代」っていう
フレーズはSGIならともかく
日本創価学会の年間活動テーマとして相応しくない気がする。
世界広布なんていう大それた壮大なテーマを示しても
日本創価学会の活動家さんたちにとっては
犬が星を見ているようなものである。
指導者たるもの、皆が理解できるような方針を示さないと。
特に活動テーマなんだから
実務に即した目標示さないといけないと思う。
来年なら
「都議会選挙完勝の年」
でいいんじゃね。
非常に具体的でわかりやすい活動テーマだろ?
そうそう、財務のことは毎年いれないと
活動テーマにならないか。
じゃぁ来年は
「財務拡大・都議会選挙完勝の年」
ということで。
「拡大」・「完勝」というキーワードも押さえたいいテーマじゃね?
それにこのほうが
活動家さんにも
外部の人達にもわかりやすいでしょ。

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順序が逆なんだよな

現役男子部さんが、学会の下半期の活動について
ちらっとコメントを書いてくた。
下半期の活動内容は

> 事前に資料を見たら、まずは、選挙運動で公明を支持してくれた理解者への折伏!だそうです(笑)

だそうだ。
昔からのパターンといっちゃパターンなんだが
昔から「これって順序がちがうんじゃないの?」って思ってる。
だから、この順番を変えたのが
18年前の参議院選挙の年だった。
俺達が組織から追放されることになった
最初の原因だな。
その年もマルサンがあって年明け早々から
上からの打ち出しは選挙一色。
その時はなんだか忘れたが、
何かの署名運動をすることが打ち出された。
が、俺達の本部はその署名活動は一旦置いておいて
「3・16」まで折伏を中心に活動する。と
ゾーン幹部にも分県幹部にも宣言して折伏やった。
それが気に入らない幹部が結託して
やがて俺たちを追放に追い込むのだが
それはさて置き本題に戻ると、
なぜ俺達が選挙活動をしないで折伏をしたのか?
それは、それが本流であり、正しい順序だと思ったからだ。

選挙運動で公明を支持してくれた理解者を折伏する。
これっておかしくない?
順序が逆だと思わない?
俺が思うに、
「折伏して学会員になった人が公明党を支援する」
この順番が正しい方軌だと思うんだよね。
選挙は信心。選挙は広宣流布。っていうなら
なおさら、折伏が先だろう。
まず、折伏をする。
そうすると学会員が増える。
学会員が増えれば自然と公明との票も増える。
公明党の票が増えれば公明党の議員が増える。
これが正しい順番だろう。
公明党が初めて議員を輩出したのは
その順番だったんじゃね~の。
最初に公明党を支持してくれる人がいて
そのあと、公明党の支持者が学会員になった。
そんな話きいたことない。
てか、その順番じゃ公明党支持・公明党理解が先で
創価・信心は、公明党の後についてくるオマケみたいになっちゃう。
オマケなのは、公明党の方じゃないのか?
いつの間にか、公明・選挙が主で
創価・信心は従になっているよね。

それにだ。この順番で折伏が成功しているとは言い難い。
選挙の時「F」になってくれた人が
その後入会した。なんて話は俺は見たことない。
それどころが、選挙の時にあれだけ勢いよく
「Fをこんなに取りました」とか言ってた幹部・活動家が
その後、折伏を決めるどころか
新聞啓蒙もろくすっぽできず
会合やセミナーに、その友人を連れ出してる姿すらほとんど見なかった。
「こいつらの報告していたFってのは架空の人物か?」
としか思えなくらい、誰も何処にもいないのである。
本部幹部以上に至っては
俺が男子部を追放されるまでの間、
本流を決めた幹部は実に【ただの一人もいなかった】のである。
つまりは、「公明党を支持してくれた理解者への折伏」なんてのは
【できない】ということだ。
そりゃ、全国的に見れば多少は折伏できているだろうが
その人は選挙関係なく創価に入会した人だ。
つまり、選挙の前に折伏しても決まった人。
だったら選挙前に折伏しろよ。って話だよ。
まぁ、どっちにしても「公明党を支持してくれた理解者への折伏」なんて
いままでも【できていない】し
これからも【できない】
いままでソレができているなら
年々、公明党の比例得票が増えてなけりゃおかしいはず。
とっくに1000万票の得票を達成しているはず。
今回の選挙結果を見れば自ずとわかるだろう。
公明の票も増えない。
創価の会員も増えない。
これが現実だ。

おそらく下半期の活動の「折伏」なんて
言ってるだけで誰もできると思っていなし
やろうとなんて思ってないだろう。
せいぜい新聞啓蒙あたりでお茶を濁して
「大勝利」宣言してオシマイだろう。
一応「折伏」って言っておかないと。ってなテンションだな。
だから、創価の活動家の人は
「折伏の戦い」なんて言われても
そんなにマジになる必要はないよ。
どうせ、言ってる幹部は「やらない」んだから。
それに、今の創価を増やしてもね~
自他共に不幸になるだけだし。

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創価が仏意仏勅団体?

創価の活動家は、創価の組織から離れて幸せになれない。
といつも言ったり、書いたりしてる。
そして創価の組織から離そうとしている
俺のような人間を「魔」だとか言ったり(笑)
まぁ、自分の居心地のいい場所に
ケチ付けられのが我慢ならないのだろうけど
何で創価の組織にいなきゃ幸福になれないのか
少しもその理由がわからない。
だって、彼らの言っている理由ってのが
全く自画自賛、我田引水の話ばかりなんだもの。

まず、彼らのいうところの一番の理由ってのが
創価学会は唯一「仏意・仏勅」の団体(組織)だから。
要は、創価の中にしか仏意がない。ということなんだろうけど
それは単なる自己申告であって、
創価=仏意仏勅という申告を裏付ける証拠は何もない。
適当な領収書張って申告しているようなモノだ。
まず肝心な文証がない。
御書のどこににも創価が仏意・仏勅の団体であるとは当然書いてないし
将来、在家の中から仏意・仏勅の団体が現れるとの御文もない。
そもそも、創価を仏意・仏勅の団体と言ったのは
日淳上人だよね?
創価は日寛上人を初め歴代上人は
「人師・論師」なので、そのご歴代の上人のご指南は用いない。のでしょ?
日淳上人が言ったことも当然用いない。というスタンスでしょ?
だったら、創価学会は仏意・仏勅組織なんていう言葉も用いない。
それを淳師から言われた言葉を使っているなんて
自語相違も甚だしい。
何をスッ惚けて「仏意・仏勅の組織」なって言っちゃってるんだか。

それとさ、こんなことを言っている創価活動家さんは
「仏意」って意味知ってて語ってる(書いてる)の?
まぁ教学を勉強しないから多分、分かっていないでしょ。
「日蓮仏法を広めること」が仏意・仏勅?それはそれでいいか
この「日蓮仏法を広める」の中の
「日蓮仏法」ってのが、仏意で
「広める」ってのが、仏勅。
つまり、仏意とは何かを知っている。ってのが大前提なわけ。
仏意を知らない人間に
仏が勅宣・勅語を下すわけ無いだろ?
で、この仏意というのは本来は我々凡夫が分かるはずがないものだな。
ところが大聖人はそんな末法の荒凡夫の我らに「仏意」を残してくれたわけだ。
そうそれが「弘安二年の本門戒壇御本尊」だ。
「仏意」のうちの
「仏」とは人本尊である日蓮大聖人であり
「意」とは法本尊である南無妙法蓮華経。
「仏」とは色法であり
「意」とは心法。
故に「仏意」すなわち、ご本仏の色心二法とは
人法一箇の一大秘法の大御本尊なんだよ。
この仏意(=大御本尊)を広宣流布しないさい。ってのが仏勅。
その通りに実践しているのが「仏意・仏勅の組織」だ。
日淳上人の時代は、確かに創価は仏意仏勅の団体だった。
が、今は違うでしょ?
大御本尊を捨て、日興上人以来の血脈を否定して
いまの創価の組織の中に「仏意」はどこにもない。
「仏意」がないのだから「仏勅」もない
むしろただの謗法団体。ただの邪宗。
いくら「仏意仏勅の団体です」と自己申告しても無駄なんだよね。
そんな創価の組織から離れても何の問題もないどころか
寧ろ、創価の組織から離れないと「仏意」はない。
創価の組織から離そうとするのは
「魔の働き」ではなく、むしろ「仏勅」だ。
創価の活動家さん達も、会員さんに正しく伝えるべきだ
「創価学会は自称仏意仏勅の団体で本当は違うんですよ
だから組織で活動してても特に幸福になることはありませんよ
ただ、知り合いがいっぱいできるから楽しいかもしれません
それでよかったら来てくださいね」
とこう言えばいいのだ。
嘘はいかんよ。ウソは。

嘘といえばも一つ。
「創価の組織から離れて行った人間は皆不幸になっている」みたいな
こういう大嘘はさらに良くないので言わないように。
それは、単なる貴方がたの妄想と願望ですから。
そんなことを言ったら
創価の組織にドップリ浸っている活動家さんの中にも
随分、不幸な方をお見受けしますが
それは一体どうしたことですか?って話になっちゃうでしょ。
まぁ、文理に照らせば、創価の組織で活動している人は皆不幸です。
仏意仏勅と思ってやってることが謗法行為なんですから。
少しだけ同情しています。
そして早く気づいてほしいと願ってもいます。

どちらにせよ、活動家さんのいう
「創価学会仏意仏勅の組織」ってのは
まったく根も葉もないデマの類ですね。
(てか、根か葉があるなら教えてもらいたいもんです)

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違法ではないが不適切

ついに舛添都知事が辞任したね。
公明・自民にも見捨てられたら
もうこうなるしかない。
身から出た錆とはいえ哀れです。
党利党略のためには人を切る。
これが政治家・政党というもんです。
違法ではないのにね。

「違法ではないが不適切」
「不適切が違法ではない」
言ってる内容は全く同じだが
いう順番を変えるとニュアンスが違ってくる。
ここが日本語の面白さ。
セールトークでは基本中の基本。
前者の言い方すると「不適切」が強調され
後者の言い方をすれば「違法ではない」が強調される。
舛添さんは、終始後者の立場だった。
「不適切だったかもしれないが、違法なことはしていない」と。
しかし、世間は全く逆で
「違法じゃないかもしれないが、不適切なのだ」とジャッジし
彼を推薦した、公明・自民もその世間のジャッジを
受け入れるしかなかったのだろう。
舛添氏を擁護すれば、
参議院選挙に影響が出るのは間違いないのだから
参院選挙がなければ、違った展開だったかもしれない。

その参議選挙に向けて、創価活動家はいまはお忙しいだろう。
選挙の度に、「政教一致」だと言われる活動家。
その度に、「宗教団体や信仰者が選挙活動するは違法じゃない」という。

非課税の創価の会館で「○○活動者会」という名で
信心の会合かと思いきや公明党候補が来て挨拶する。
または、個人宅の座談会や活動者会にも候補者が来たり
公明党員ではない創価の会員と有権者の宅を戸別訪問する。
うん。確かに違法じゃない。
でも、多くの世間の人々はそうしことを「不適切」だと思っている。
買い物をしてはお店に人に公明依頼。
飲み食いしてはお店の人に公明依頼。
床屋に行っても、本屋に行っても、キャバクラ行っても・・・・
違法じゃないよ。
でも言われる方は迷惑している。
迷惑してるというのは「不適切」だということだ。
なのに、創価の活動家ときたら
「不適切(迷惑)かもしれないが、違法じゃない」と
そうした指摘を意にも介さない。
まさに、創価活動家は全員が舛添さんだ。
そうしたロジックは、世間様には受け入れてもらえないし、
世論を無視しているだけだ。
だから、公明党の比例票なんて全然増えていない。
郵政解散で小泉旋風に乗った
2005年の衆院選の898万票をピークに
増えるどころか減っている。
20年も前から、「1000万人の連帯」とか言って
公明の比例票1000万票を目指してきたはずが
1000万どころか、900万いや最近では800万票に届いていない。
政治の世界・選挙の世界なら致し方ないが
創価活動家は、公明支援を「広宣流布だ」と言ってるのだから
【現証として】少なくともここ20年以上
創価活動家は広宣流布をすることができなかった。ということになる。
どんなに創価活動が広宣流布の戦いをしている。
といっても、現実は【していない】【出来ていない】のだ。

以前にも書いたが、
公明党の支援なんてのは、広宣流布とは何の関係もない。
関係あったとしても、今言ったように増えたないのだからしていないのと同じ。
どちらに転んでも、創価幹部言うところの功徳なんてものは出ない。
にもかかわらず、相変わらず
「選挙の戦いは功徳がでる」なんていって
会員さんを騙す創価幹部・活動家さんたち
あなたたちのやっていることは、
仏法に即せば
「違法でありかつ不適切」な指導だよ。

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観心本尊抄っていうより・・(青年教学1級試験)

学会の青年教学1級試験が
先日の日曜日にありましたね。
問題・解答など詳細は知りません。
(なにせ聖教新聞とってないので)
今回の出題御書は、
観心本尊抄。
昨年、強引にまた勝手に本尊義を変え
大御本尊を捨てた学会にとってうってつけですな。
もっとも、学会のニセ本尊義を植え付けるために
大聖人の御書を利用するとは
どんどんと学会も悪質になり
謗法団体としての道をまっしぐらって感じです。

さて、青年教学ってってのはどういうものかと言うと
男女青年部(男子部・女子部・男子学生部・女子学生部)が受験対象です。
3級から1級まであって、順次受験します(飛び級はなし)
なので、1級試験は青年部が受ける教学試験では最高級となります。
だた、1級試験に受かったからといって特別なことはありません。
そして、何かに役立つこともありません。
試験でもしないとほとんどの活動家は御書もマトモに読まないので
たまには仏法の勉強もやっているよ。的な?モンです。
しか~し、大聖人仏法ではなく
自ら「創価教学」って言ってる通り
創価の教学なので、仏法の勉強でもなけりゃ
広宣流布に役立つわけでもなく
雑学・トリビアにもならない無駄な知識過ぎないんだな。これが。
それを一生懸命勉強しているわけで
結果、御書をマトモに読まないどころか
御書がマトモに読めなくなっちゃう。
もっとも、学会の御書引用は「切り文」ばかりで
会員に御書をマトモに読めれちゃ困るわけだね。
顕正会と同じだね。
そんなわけで、青年教学1級までくれば
立派な創価教学を身につけた
立派な創価脳の持ち主であることは間違いない。
それは創価村の中では多少のステータスなのかもね。
もっとも大聖人仏法からみれば
そうした教学を信じ込むのは
立派な謗法者の証なんだけどね。

因みに俺は青年教学2級までしか受けていない。
1級試験は受験しなかった。
男子部幹部に受験するように言われたが
「俺は教学特級だから(笑)}といって断った。
教学は常に研鑽することだし、常に研鑽してた
そして正直、その頃には学会の教学試験に
なんの魅力も感じなかったので受けなかった。
受けない代わりに、本部の教学責任者として
御書講義をさせられたけど。
その時は「選時抄」の講義をした覚えがある。
が、学会本部のテキスト(大百蓮華)に書いてある事を無視し
書いてないことばかり講義してたので
教学責任者はすぐにお払い箱になった。
それでも講義は続け、マニアックな部員さんは参加してくれたなぁ
懐かしい想い出だな。

さて、今回は大聖人の観心本尊抄から何を学んだのだろう。
まぁ、創価教学だから創価の都合にあわせるのが観心の本尊とでも教わりましたか?
機会があれば問題・解答を入手して見てみたいが
観心の本尊抄というより、
学会は、「肝心の本尊を捨てちゃったでしょう?(抄)」
そう言いたい。

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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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