今週の言葉 (6月27日)より

「法華経の兵法」とは
強盛に祈り抜くことだ。
聡明に連帯することだ。
勇敢に攻め切ることだ。
きょうも突破口を開け!
@@@@@@@@@@@

なになに
「法華経の兵法」とは
強盛に祈りぬくこと。なるほど、なるほど。
聡明の連帯すること。 そうなの?
勇敢に攻めきること。????
最初だけじゃん。ちゃんとしたこと書いてるの。
あとの2行はただの付け足しじゃん。
「わが友に贈る」とかもそうだけど
強引なんだよなぁ。話の展開が。

さすがに、外部にも読ませている聖教新聞に
「もっと公明党の支援を頼みましょう」とか
「まだまだFの数字が足りません」とか
「まだ投票依頼してない人に公明党への投票を呼びかけてください」とか
そんな事は書けないよなぁ
いくら学会員が選挙活動するのは「違憲」じゃなくても
「政教分離」をしている。と言ってる以上
聖教新聞に堂々と
公明党への投票依頼をしましょうなんて書けないんだろうなぁ。
(てか堂々と新聞に書けないような事を会員にやらせてるんだな)
だからなんとか「信心」にかこつけて
または「選挙」は「広宣流布」って印象づけるために
御書とか引用してそれっぽく書いてみたものの
所詮、御書には政治活動が広宣流布なんて書いてないから
どうしても、適当にごまかして書くしかない。
これを書いている本部職員もご苦労なことだが
この程度のコジツケ文章で
大半の活動家さんは納得しちゃうんだから
楽勝っていえば楽勝だけど。

で、「聡明な連帯」ってのは具体的には
大して親しくもないし、好きでもないし、
何とも思っていない相手にも公明支援依頼をすることですか?
それが「聡明」ってことですか?
「勇敢に攻める」ってのは具体的には
創価の活動家に選挙の度に公明支援依頼されて
うんざりして、嫌がっている相手にも公明支援依頼をすることですか?
それが「勇敢」ってことですか?
世間では、そういうのを「聡明」とは言わずに「腹黒」といいます。
そういのを「勇敢」と言わずに「嫌がらせ」といいいます。
どちらも、相手にいい印象を与えません。
何の突破口か知らないが
もしも、選挙戦の突破口だとしたらば
世間様に向けた、創価の「聡明」や「勇敢」は
突破口を開くどころか
かえって、壁を厚く高くしているだけ。
何十年も増えない公明党の比例の得票数を見れば
いかに今までの自分達のやり方が間違っているか
そろそろ気づいてもいいのではないかと思うのだが。

そもそも、

◆なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし(四条金吾殿御返事)

なんでしょ?

◆「諸余怨敵皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず(同抄)

なんでしょ?

だったら政治活動なんて必要ないでしょう。
政治で幸福になるのではないでしょう。
政治なんて方法論であり方便でしょ。
「法華経の兵法」あるわけでしょ?学会員には。
だったらそれでいいじゃん。
もちろん投票は国民の権利だから
選挙に行くな。とは言わないけど
なにも揃って公明党に投票する必要はないし
剰え、他人に投票の依頼をするなんて
「法華経の兵法」じゃないでしょう。
政治は最大公約数であり
民主主義は多数決なんだから
公明党だけが、下万人から上一人
もれなく幸福にする政治が出来る訳ないのに。
各個人がお題目上げて、自分で選んだ候補者に投票する。
それが「法華経の兵法」ってもんでしょ・・・
・・・・あっ!そうか!
学会は大御本尊を捨てちゃったから
「法華経の兵法」を使えないんだった。
だから政治でなんとかしたいわけね。
だったら、書くなよ
「法華経の兵法」って。

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今週の言葉(6月20日)より

青年の正義の声こそ
民衆を守る要塞なり。
鋭く信念の師子吼を!
友情のスクラム愉快に
青春の勝利劇を飾れ!
@@@@@@@@@@@

とかく、子供は正義の味方が好きなもんである。
子供の頃、仮面ライダーごっこをしていても
皆がなりたいのはライダーで
ショッカーの怪人になりたいってやつはいなかった。
ともかく、子供というのは
無条件に正義の味方が好きなのだ。
正義の味方ってのは弱いものを守る。
そして「友情」とか「勝利」という言葉は
正義の味方には欠かせないキーワードである。

正義の味方は、たいてい高い所から悪者を見下ろして登場する。
そして、正義の名のもとに悪者相手にやりたい放題だ。
殴る・蹴る。時には街まで破壊し
挙げ句の果てには悪者を殺害すらする。
それでも、正義の味方は許される。
なぜなら「正義」だから。
こんなことはオトナは「おかしい」と思う。
大人になれば「正義」とは何か?と考えるからだ。
そして多くの大人は「絶対的な正義はない」と知っている。
仮面ライダーに「平和を守る正義」があったように
ショッカーにも「地球を征服する正義」がある。
ショッカーだけの世界になれば、世界は平和になる。
と思っていたかもしれない。
いや、ショッカーだけなら平和になるはずだ。
このように、正義とは一人ひとり違うということを大人は知っている。

でも、コドモは「君は正義の味方だよ」と言われちゃうっと
すっかりその気になってしまう。
自分たちが皆を守っているのだ。と勘違いする。
そして、俺は正義の味方なのだから
何をしても許される。とか
俺が戦っているのは世界平和のためだ。とか妄想する。
そして、その正義の味方に反対する奴は
皆、「悪の軍団」と決め付ける。
あ~、まるっきり創価活動家さんの皆さんだ。

そこで創価の青年部に聞きたい。
学会青年部の正義の声とは一体なんなのか?
今の時期で言えば「公明党をよろしくね」と言った言葉だろうか?
本当にそれが「正義」なのか?
民衆が戦争に巻き込まれる可能性を高める
安保法案に賛成した公明党を支援する言葉は
「民衆を守る」言葉なのか?
どうなんだろ?
そんな公明党を支援するのは
君たちの中の「正義」なのか?
いや、正義であると胸を張って言えるのか?
それとも「君たちは正義の味方だよ」といわれて
その気になってなんか勘違いしてるだけの
イタイ子なのか?
狡猾な大人たちは、
いつの時代もそうやって若者を騙し
自分達の思いどうりのに動かそうとする。
なにせ、子供は無条件に正義の味方が好きだし
正義の味方になりたいから
「君が仮面ライダーね」って言われちゃうと弱い。

もし、君達が日蓮大聖人の仏法の
信仰者だという自覚があるのなら
俺達には、世間で言う相対的な正義でなく
絶対正義があることを知るべきだ。
大聖人仏法の信仰者における
絶対的正義とは大御本尊にほかならない。
大御本尊とは絶待妙。絶対正義なのだ。
その大御本尊を捨てた
創価の正義は正義にあらず
悪であることを知ってほしい。
つまり、創価の正義を口にすることは
正義の声にあらず、悪の声であり
民衆を不幸にする兵器なのだ。

◆外道の善悪は小乗経に対すれば皆悪道小乗の善道乃至四味三教は法華経に対すれば皆邪悪但法華のみ正善なり、爾前の円は相待妙なり、絶待妙に対すれば猶悪なり(開目抄下)

本当の正義がわからなければ
本物の正義の味方になれない。
学会青年部のみなさん。
はやくオトナになろうよ。
池田センセの作った、
薄汚れた偽りの正義の旗をおろし
大聖人の残された本物の正義の旗を振ろうよ。
勝利は、その旗の元にしかないのだから。

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わが友に贈る(6月18日)より

「確信ある声」
「真剣な言葉」が
相手の心を変える。
一度の出会いを大切に!
大生命力で絆を結べ!
@@@@@@@@@@@

本当に創価の活動家ってのは
外部に、友人・知人がいないんだなぁ
もう「一度の出会い」に賭けるしかないとは。
本当に「ワンチャン」だ。
特産品のリンゴとか
体の不自由な方が作った雑巾とか
庭に砂利巻きませんか?とやってくる職人風の人とか
ちょいちょい、自宅や会社に
そういう営業が来るけど
一度断ると二度と同じ人は来ない。
いわゆる「通り一遍の営業」ってやつで
うちの嫁も以前、やたら高くて不味いリンゴを買ったことがある。
こうした営業は1発勝負だからなんでもいいんだよね。
全部が詐欺とは言わないが
詐欺に近いのもある。
大抵は騙されないけど無くならないには
騙されて買っちゃう人がいるからだね。

創価の選挙活動も似たようなもので
いきなりやってきた客が帰り際に
「公明党をよろしく」なんて言ったところで投票する人はいない。
むしろ「公明党だけはヤメヨ」って思われちゃうんだけど
創価活動家はそうしたことをやめようとしない。
それも、これも
外部に友人がいない。または極端に少ないからかな。
で、何で少ないのかというと
「一度の出会い」の時に
「確信の声で真剣に」公明党や池田センセのことを語るからでしょ。
初対面でそんな訳のわからんこと言われたら
普通の人は「引く」
とてもじゃないが「絆」など結べない。
創価活動家の「確信の声」「真剣な言葉」は
相手の心を「創価はイヤだ」って思わせるだけだ。
だって、言ってることが「俺様」だから。
自分の言い分だけ通おそうとし
相手の言葉は全然聞いてない。
全員がそうとは言わないが
いわゆる「バリ活」ってのはほぼそんなタイプ。
少しでも、創価やセンセを批判されると
もうキレる。キレる。(笑)
で、最後は相手に罵詈雑言を吐く。
「罵詈活」ってんだよ。そういう活動家は。
聴いてる方はというと
お前がどんなに確信あろうと
お前がどんなに真剣だろうと
お前みたいになりたくない。って思ってるわけよ。
だから、「一度こっっきりの出会い」で終わっちゃうんだよな。
相手の心の機微がわからんやつが
相手の心を変えられるはずがない。
ましてや絆なんて結べない。

どうせ、創価活動家の方だって
外部の人間と絆なんて結ぼうと思ってないだろ?
君達が、「絆」を結んでいるのは
同じ創価の
しかも同じ活動家だけだもんな。
これじゃ、公明党の比例得票の増えなくて当然。
ましてや法を広めるなんて、無理、無理(笑)
まぁ、創価仏法なんていう
邪法を広められても迷惑だから
いまのままでいいけどね。

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今週の言葉(6月6日)より。

わが地区・ブロックこそ
広宣勝利の電源地なり。
皆が勝利の開拓者だ。
先師の如く勇敢に
いさ仏縁の拡大を!
@@@@@@@@@@@@@@@

今週の言葉を読んだ時に
真っ先に思い浮かんだのが
「北斗の拳」に出てくる
「中央帝都」
知らない人は↓
 http://www.geocities.jp/hokuaniken/sakuhin/yougo/syuyou/tyuuouteito.html

「中央帝都」は、ジャコウが作り上げた城で、
四六時中灯りがこうこうとついているのだが
実はその電源は、地下の発電所で
近くの村人が奴隷として発電作業を強制されいる。
一度とらわれた者は、死ぬまでここで強制労働。
地区・ブロックの幹部・活動家ってのは
この地下にいる村人みたいなものだ。
村人の地下での強制労働で
供給された電気は
地上の城の中のお偉いさん方が使いたい放題。
村人たちが享受できる電気は
1ワットもない。
電源地は、電源地として
電力を供給するだけがその役割だ。
まさに、今の創価を言い当てている
久しぶりのナイスな記事じゃないか。
書いた職員は、「北斗の拳」の愛読者なのか。

中央帝都と違う所は、
決して奴隷たちに「自分達は奴隷だ」と
思わせない所だ。
「皆が勝利の開拓者だよ」といって
敢えて、奴隷に主役の座をわたし
彼等の心を満足させる。
何のことはない、「奴隷が主役」の小芝居に過ぎないんだけど
それで、嫌な顔をせずに喜んで
自分達の為に電力を供給してくれるのだからそれに越したことは無い。
そう考えると、中央帝都のジャコウよりもタチ悪い。
ジャコウというのはかなりの邪心の持ち主で
なかなかの策士でずるくて卑怯者。
ジャコウとは↓
http://www.geocities.jp/hokuaniken/chara/hokuto/main/jakou.html

がしかし、そこはアニメの世界。
リアルの世界には、アニメなどより
数段に薄汚い卑怯者・臆病者が存在するものだ。

あるはずのない「功徳」
行けるはずのない「寂光土」
会えるはずのない「大聖人」
それを夢見て生涯奴隷のように
創価上層部の為に電力を作り続ける。
その電源地が、地区・ブロックの方々だ。
ケンシロウ・・
創価の地区・ブロックの村人を救ってあげて!
そんな感じだな。

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わが友に贈る(5月28日)より

広布のために
人と「会い」「語る」。
そこに人間革命への
直道がある。
わは心の壁を破れ!
@@@@@@@@@

いや~、ダメでしょ?コレは。
「広布」=「創価」の為に
人と「会って」「語る」
そんな事やってるから嫌われるんでしょ?
普通、仕事以外で「人」に会いに行くのは
その人と、単純に「会いたい」と思うからでしょ?
何かの目的のために会いに行くのは仕事。
友人や恋人など
自分の好きな人に会いにいき、会話をするのは
何かの目的を果たすためじゃない。
それが、人を好きになると言う事で
人を好きになるから、相手からも好かれる
それが一般的かつ常識的な人間関係じゃないかね。

久々に訪ねてきた知り合い。
懐かしいなぁと思っていたら
いきなり、宗教。しかも創価の話。
いやいや宗教どころか選挙の話。
これって、聞いてる方はイヤだよ~
例えば、俺が創価の活動家さんに
連絡して久々に会ったとしよう。
そして、その時俺がその人に
「今度、アムウエイ始めたから鍋買ってくれない?」とか
「今度保険屋始めたから、保険に入ってくれないか?」とか言ってるようなもの。
もし、創価活動家さんはそう言われたらどう思うのだろう?
「わかったよ。買ってあげっるよ」って言うのか?
いや、ほぼ100パーいわないでしょう。
ほぼ100パー、嫌な気分になるはず。
そして、ほぼ100パー、「もうコイツと会うのはやめよう」と思い
さらに、ほぼ100パー、自分の友人に{あいつには気を付けた方がいいよ」って言うよね。
これが創価の嫌われスパイラル。
一体こんなことして何のメリットあるのかなぁ?

そしてさ、なんで、自分がされてイヤな事を、他人にするかなぁ?
ましてや、こんなこと新聞に書いて
他人(会員)にやらせようとするかなぁ?
そりゃ、本部職員やバリ活幹部は
人間関係のほとんどが創価で
外部の友人よりも、内部の同志。
いやいや、外部の家族よりも、内部の同志が大切なんだろうから
外部の人間に嫌われようと「屁」とも思わないだろうが
常識ある一般の学会員はそうじゃないんだよ。
学会員じゃない、友人を大切にしているんだよ。
それをね。人に会って、創価・公明の話しろって。
できね~し、したくね~よ。
大切な友人や恋人失ってまで
創価の言う「人間革命」なんてしたくないて~の。

人間関係を壊してまで、「人間革命」とやらをしたいなら自由だが
新聞にこう言う煽るような事書いちゃだめだ。
また、コレを読んだバリバカ幹部が
常識ある会員さんに、非常識な指導カマスだろうよ。
「人間革命」も「心の壁をを破る」のも止めないけど
自分一人でやりな。
常識ある会員さんや
常識ある一般人にイヤな思いさせるな。
他人にイヤな思いさせて
な~にが「人間革命」だ。
「人間革命」ってのはテロのことか?
まぁ言っておくが、人間革命ってのは成仏するのとは違うから勘違いしないように。
そして創価流で、自分の心の壁を破ろうとすると
自分と世間の壁は高くなる一方だ。
それでもやりたきゃ、他人に迷惑かけずに
お好きにどうぞ。

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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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