え~、毎度バカバカしいお噺をひとつ

過日、miuさんがコメントで紹介してくれた
「創価森」のあべひ君批判の記事を読んでみた。
ついでに創価ブログ村でのあべひ君叩きの
きっかけとなったのんかつブログと
あべひ君の反論記事も読んだ。
まぁ、毎度バカバカしい話なので特に記事で書くことでもないけど
折角、miuさんが教えてくれたし
「読んでみます」と返事もしたことだし
一応感想を書いてみる。
一言で言えば、全員「バカじゃね~の」で終わりなんだけどね(笑)

まず、のんかつブログ。あべひくんを「俯瞰中毒」と非難しているが
(以下【】ないが該当ブログからの引用)
【彼等は、ただキーボードを打ちたいだけで、過去ログは余り気にしていないはずです…。】
いや、お前もな(笑)
このブログでの自分の過去の言動覚えてないのか?
キーボード打ってるだけのお猿さんか?
【逆に、彼等の行動を数歩後ろから眺(なが)めて、大いに楽しめばいいのです】
これって、俯瞰中毒を俯瞰してるわけだろ?
だったらお前も相当な「俯瞰中毒」じゃね~か草。

次、創価の森の管理人。
【その最たる人間は、どこか猟奇的で、まるで麻薬の中毒患者のように常習性があり、気味悪いほどに粘着します。
この人物と対話し、理解を求めようとしてもまともな結論は得られません。例に掲げれば「日顕」のような人物です】
お前も充分猟奇的な人間だろ(笑)
あべひ君に事寄せて全然関係のない日顕師と結びつける。
お前っていつもそうだよな?
なんの法門法義の話もしないで、
いつまでも「日顕宗」なんていって、日顕師や正宗に粘着している。
まるで麻薬の中毒患者。気持ち悪いほど粘着質。
お前も立派な「猟奇的」な人生歩んでる草。

で、あべひ君。
【他人の評価を過度に意識しているからこそ、自分にとって不都合な存在である相手の評価を下げてしまおうという意識が働くのだろう。学会アンチさんが学会員に対してよくつかう「創価脳」という蔑称】
お前もだろ?
「日顕宗」というのは蔑称じゃぁないんかい?
お前のHNは蔑称だろ?
なになに
【対人論証に陥りやすい人はわが身を誇って相手に「自慢」をしてしまう自己陶酔型のタイプに多い】
自己分析か。これは。
お前も十分「対人論証」じゃね~か草。

ね?バカバカしいでしょ。
全員が自分のことを棚上げして、相手を批判している。
しかも「自分の意見が正しい」と思っている。
それこそ、俯瞰してみれば全員「同じ穴の狢」
それに気づいていない。
これが「創価思考」
miuさんも言っていたが、己を顧みず他人に言いたい放題。
自分が言われると相手を貶めるだけの
印象操作の対人論証を始める
で最後は罵詈雑言。
これこそね「創価学会員」という人種なんだね。
普段は、異体同心だの同志を妬んだり恨んだりするのは
謗法だのと言っておきながら
ネットの世界とはいえ、
同じ創価を名乗っている者同士がこのザマだ。

これってね。ネットだからってわけじゃない。
さすがにリアルでは匿名じゃないので
こうして表立っては言い争わないが
もう、あちらこちらに派閥的なものがって
同じ学会員の悪口・陰口いいあってるのが現実だ。
俺たちだって、まだ創価でバリバリ活動している時に
裏で「あいつらは日顕宗と同じだ」とか「仏敵だ」とかどれほど言われたことか
もちろん、ネットならなおさらでまだ学会員なのに
「ナリスマシ」「日顕宗工作員」などと散々言われたよ(笑)
まぁ創価同士がいがみ合う姿は楽しいちゃ楽しいが
バカバカしいといえばバカバカしい。
結局ね異体同心の団結なんて、今の創価にはないわけ。
異体同心ってのは、「ご本仏日蓮大聖人」と異体同心であるということであり
「同じご本仏(大御本尊)を信じる」から同心になるわけだ。
大御本尊を捨てた今の創価には「同心」なんて存在しない。
だから、「信心」と全くかけ離れたところで
会員同士で罵り合いいがみ合っちゃうんだよね。
大御本尊への信がなければ所詮烏合の衆。
一般人よりも遥かに低レベルの人達だからしかたないんだけどね。
創価同士の罵り合いは、どうしようもないですな。
おあとがよろしいようで・・


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創価ブログ村の『魅惑的』な人々(藁)

1週間前くらいに牡丹さんが教えてくれた
MonLinGenこと、のんかつ氏のブログでの
「あべひVSちよ」の仁義なき 信心なき戦いをのぞいてきた。
長いので流し読みしたが、
「あべひVSちよ」の試合はほとんど見ることのないまま
場外乱闘で幕切れのようだ。まぁ予想通りだ。
というかちよさんはあべひ君の最初に質問に全く答えてない。
彼女の部下のランさんもここで同じように質問に答えず
違う話を延々と繰り返す。という戦法だった。
この戦法は、ほぼ100%創価脳サイドは使うが本部からの指示なのか?
これじゃ対話もケンカも始まらない。
それでいて、ちよサイドのセコンド陣から叩かれるあべひ君が少し気の毒だな。
(まぁ、それもまたあべひ君の日頃の行いの結果だろうが)

そもそも最初から、二人の議論は全く意味のない時間つぶしだ。
なぜなら、本人達やのんかつ氏そして外野の誰一人として
どちらが正しいか。をジャッジできない。
正邪や勝敗を判定する基準がないからだ。
あべひ君とちよさんのどちらの言い分が正しいか?
それを判断するのことができるのは、創価を運営する側しかいない。
会則に明確な事が書いていない以上創価本部の判断が全てだ。
ちよさんは学会本部に問い合わせてOKだと言われたならOKなのだし
それをあべひ君が納得できないのであれば、
同じように学会本部に問い合わせればいいだけの話だ。
あとはお互いに「学会本部」の指示に従う。それが組織というもんだろう。
また、仮に学会本部がちよさんの行動に問題があるという判断であっても
あべひ君がちよさんを直接批判するのは「組織のキマリ」に反する行為だろう。
他の組織の会員さんに注意すべきはその組織の責任者なのだから
それを飛び越してあべひ君が批判するのは越権行為になる。
越権行為は組織を乱すことになる。
組織論を翳してちよさんを批判するのであれば
あべひ君も自らの越権行為を慎むべきで
彼女に注意をしたいのならば「学会本部」を経由して注意すべきだろう。
まぁ、要するに「どっちもどっち」
牡丹さんがいうように「創価カオス」だね。

もっとも俺が「予想通り」と思ったのは、
管理人・のんかつ氏の言動の方だ。
のんかつ氏と言えば当ブログにやってきて、
支離滅裂・罵詈雑言・回答不能の遁走劇を繰り広げた人物だ。
あべひ君はのんかつ氏が当ブログで活躍した。
とのんかつ氏を持ち上げているが一体どんな活躍したのか?
自称・ブログウォッチャーの見解を聞いてみたいよ(藁)

↓当ブログでの、のんかつ劇場はこちら↓
http://sokadamedasi.blog27.fc2.com/blog-entry-409.html#cm

http://sokadamedasi.blog27.fc2.com/blog-entry-408.html

当ブログにも数多の創価活動家が殴り込んできたが
のんかつ氏は、明らかに他の創価活動家とは違う印象だ。
なんだろう。普通の創価脳さんたちよりも、色々な面で「気持ち悪い」のだ。
創価脳さん達は創価事以外では普通の人間ぽいんだけど
彼の場合「普通じゃない」という感想だな。
自分自身がマトモに他人と会話できないのんかつ氏が
他人の対話を仕切れるはずがない。
もっとも、彼は最初から二人の会話なんて興味がなかったのだと思う。
のんかつ氏は当ブログで
「私はこのブログにコメントを寄せているのは、飽くまで自ブログのネタ作りの為でしかありません」とコメントしている。
(このコメントだけでも十分彼の人間性がよくわかる)
また、MonLinGenブログもアンチからのコメントを期待してたようだが
残念ながら彼が期待するアンチからの反応はほぼ無いに等しい。
その流れからいえば、あまりにも退屈な自ブログに
お客を呼び寄せる為に、「あべひVSちよ」のマッチアップを企画したのだろう。
創価ブログ村では有名人のあべひ君とちよさんを利用しようという
のんかつ氏の魂胆は初めから透けて見えた。
それに、あべひ君とちよさんが「まんま」と釣られたわけだ。
観客席まで作って大勢の観客を集めることができ
興行としては大成功だったようだ。

しかし興行主があの、のんかつ氏である。
あべひ君とちよさんの対話を促すどころか
二人の対話をそっちのけで、自分がしゃしゃり出てきて試合をぶち壊しに。
当初、歯の浮くようなセリフでのんかつ氏に
「おべんちゃら」を言っていた数少ない味方のあべひ君を
のんかつ氏自身が攻撃しちゃうんだから(藁)
(最近ではあべひ君ものんかつ氏の本性がわかったきた様子だが)
レフリーがマイクで片方の選手に殴りかかっちゃうんだから話にならない。
ちよ陣営の応援団は、拍手喝采だろうけど
冷静に試合見ていた人たちからすれば「どっちらけ」の茶番劇だよな。
ここにきて、ようやくのんかつ氏の正体に気づいた人もいるようだが
その観客にまでケンカを売るのんかつ氏。
支離滅裂でやりたい放題は「他人のブログ」だけかと思いきや
自分のブログでも同じことをするという事は
脳みそか人格か環境か生い立ちか・・
何かに問題があるんだろうなって思うよ。
単に「頭が悪い」とか「性格が悪い」とかではない気がする。
そうだなぁ~あの沖○氏と被る
(沖○氏の方が教学力は上だけど)
それにしても「あべひVSちよ」の試合も飽きてきたから
今度は「炎上商法」でお客さんを引きこむ作戦なのかね?
また、釣られる人が出てくるんだろうなぁ(藁)
まぁ~、のんかつ氏の語彙力も文章力ない駄文を読むより
茶番劇でも「見世物」として面白かもしれないが
俺は、もうお腹一杯。ごちそうさまでした。

しかしながら、よくもこれだけ大聖人様と関係ない話を続けられるなぁ。

◇謗法を呵責せずして遊戲雑談の化儀並に外書歌道を好む可からざる事。(日興遺誡置文)

マジで真剣に学会活動している活動家からしたら
この【創価ブログ村の『魅惑的』な人々】達をどう思うんだろう?
学会員同士がくっだらないこといいあって
世間に恥晒してないでもっと真剣に活動しろよ!
そんな怒声が聞こえてきそうですな。


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大聖人を愚弄する「創価の森」の管理人

創価系ブログは相変わらず愚にも付かない提灯記事であふれている。
まぁ、ブログなんてのは基本書き手が何をかいてもかまわないと思ってる。
創価粉飾ブログでも、「ああラリッちゃってるのね」と
大抵は嘲笑に付しているのだが
今回「創価の森別館」というブログに書かれた内容は
大聖人の弟子として看過することができないので記事にする。
何故か「創価批判カテ」にもエントリーしてるのだが
このブログは以前も取り上げたが実に「悪徳」「悪質」である。
なにが「悪質」かと言えば、大聖人仏法を利用して
己の邪見・邪義を発し、他人を惑わせるところである。
最近の記事に「ご本尊に迷うさんへ」という記事がある。
ご本尊に迷っている人への回答記事と思われるが
実に「デタラメ」「嘘八百」を書き綴ってる。
この記事は、今日現在2回にわたって書かれているが
その内容の酷い事といってらこの上ない。

まず最初の記事では、件の管理人の実に無知で稚拙な本尊義が書かれている。
例えば(以下【】内が創価の森管理人の見解)
【御本尊とは仏界の生命であり、南無妙法蓮華経です】
正しくは、ご本尊・南無妙法蓮華経とは一念三千のことであり「仏界の生命」限定ではない。
【御本尊は「文字曼荼羅」であり、「法本尊」です。】
正しくは、ご本尊とは人法一体であり「法本尊」限定でない。
【「法」ですから大聖人の御本尊、日寛上人の御本尊と差別はありません】
「法」のみではないからこのロジックは通用しない。
その後は、まったく本尊義と関係なく論拠もない正宗批判と
これまた根拠のない創価の正義を書いて
「だから創価の本尊で問題ない」などと述べている。
完全に痴れ者である。
大聖人仏法において本尊とは人法一箇であることは基本中の基本である。
それすら、分かっていない人間が「本尊に迷っている人」に
何故か上から目線で幹部風に指導をかましている。
オマエは「本尊に迷う」どころか「本尊を知らない」のである。

さて、ここまでは良くいる創価活動家である。
過去にも、ラン・のんかつ・白ユリ等々の各氏も
「この程度」だったので今さら驚くことでもない。
単なる、無知・無信心で片づけていい程度である。
しかし、この創価森管理人の次の記事は看過することができないのだ。

その内容とは、まづ
◆白馬は日蓮なり白鳥は我らが一門なり(曾谷殿御返事)
の御文を引用した後に
【この白馬と白鳥、まさに池田先生であり創価学会なのです】
とコキやがったのである。
明らかに御文に【日蓮】とかいてあるのに
この【日蓮】という部分を、大作と創価である。などと言っているのである。
これは、何を意味するかと言えば
このオッサンは、日蓮大聖人=池田大作 である。
と言っているのだ。
この解釈を許せば、御書中に書かれている【日蓮】とい部分すべて
「大作」「創価」と変換することが可能となる。
これほどに大聖人を愚弄する行為はない。
いままで、たくさんの創価の大莫迦野郎どもを見てきたが
御書に書かれている【日蓮】という言葉を
大作に置き換えたヤツは一人もいなかった。
下衆で下品な末法の荒凡夫を
こともあろうか、ご本仏・日蓮大聖人と同等に扱うとは
まさに、ご本仏をご本仏と拝せない謗法不信の行為だ。

そもそも、上記の御文を解説するならば
「白馬」=「日蓮」=「大御本尊」であり
「白鳥」=「日蓮の弟子」=「大御本尊を信じて題目をあげる我等」である。
どこの世界に「白馬」=「日蓮」=「大作」
などという解釈をするやつがいつだろうか?
こんな個人の邪見・邪義を
本尊に悩んでいる人に対して回答するとは
なんと、無責任で無慈悲であろうか。
もはや、このオッサンのやっていることは創価大作教でもない
創価の森教である。
無論、このオッサンが何をどう思っても個人の自由である。
自分一人がそっとそう思っていればよろしい。
しかし、自分の邪見・邪義をあたかもそうではないかのごとく
大聖人を利用し、御書を利用するのは見逃せない。
しかも、自分の方が邪義・邪見にもかかわらず
正宗を「日顕宗」などと言い続けるその姿勢も含め
信仰者としての風上にも置けないヤツである。
こういう謗法者が創価の会員さんを不幸にしているのである。

創価の森の管理人よ。
その邪義・邪見を文証を挙げて論証してみなさい。
「日蓮」=「大作」の論拠はいったいどこにあるのかね?
「ご本尊は法本尊」限定なのかね?
論証もできないのに本尊のことを他人様に断言して
恥かしくないのか?心が痛まないのか?
それでもまだ大聖人仏法の信仰者などと言い続けるのか?

最後に、「ご本尊に迷う」さん。
件の管理人の言ってることは大聖人仏法と何の関係もありません。
相談する人を間違っています。

◆病の起りを知らざる人の病を治せば弥よ病は倍増すべし(種種御振舞御書)

もしも、本当に大聖人仏法の信仰をしたいと思うならば
創価の活動家に意見を求めてはいけません。
ご自身で、学ぶことです。
因みに大御本尊に信を取らなければ、
創価のコピー本尊には何も力がありません。
もちろん、そのコピーに題目あげても無駄です。


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嫌な思いをしてまで創価にいなくていいんじゃね?

このブログの読者で学会活動をしているの人の中には
創価の組織内で「嫌な思い」を過去にしたり
現在進行形で嫌な思いをしている人もいると思う。
創価の組織というところは閉鎖された狭~い世界。
その中では、嫉妬や怨嫉・イジメ・パワハラが横行している。
バリカツは麗しい世界というが、所詮凡夫の集まりである
世間と何も変わらないドロドロした世界だ。
無能な幹部が調子に乗って無責任な指導をしたり
好き嫌いであちこちに派閥らしきもができたりね。
そん中で信心を真っ当に語ったり
ダメ幹部を批判したりするともう大変。
あなたは組織中でイヤガラセを受けるわけだ。
それは、理不尽な人事だったり陰口だったり仲間はずれだったり
そんな学会員さんを何人も見聞きしているし
俺自身も組織から追放された挙句に、
いつの間にか誰かが俺の退会届を提出して退会扱いとなった。
まぁ、別にだからといってどうこうもない。
そんなくっだらない世界にとどまっていようとも思わない。
世間も同じようなことはあるが、創価のような狭い世界と違い
世間では「自分の嫌いな」ヤツと付き合う必要もないから
少なくても創価の世界よりは自由で公平だ。

なのにそんな風に「嫌な思い」をしながら創価に居続けるのはなぜ?
多くの場合「嫌な思い」をしている会員さんってのは
真面目に信心をしている人が多いし、世間的にも「いい人」が多い。
そんな善人がくっだらない創価の組織で
「嫌な思い」をしながら活動を続けている理由だが
俺が話を聞いた人達によると

「組織中で嫌な思いをするのは自分の宿業だ」という人。
そうですか。ならば創価をやめれば宿業が一つ減るじゃないですか。
「創価をやめられない事」が宿業の場合もあるかとは思うが
自分自身の努力なくして宿業は切れないよね。
少しづつ創価からフェードアウトするよう努力しないと。
創価で活動すればするほど宿業が増えていくのだから。

「組織中で嫌な思いをするのも仏道修行だ」という人。
だれからそんな与太話を吹き込まれました?
大作センセですかね。
それともあなたが信用している幹部かな?
俺の知る限りでは大聖人様はそのような仏道修行をお示しになったことはありません。
一体、どの御書にそんな事が書いてあるのでしょう。
仏道修行とは大御本尊を信じて題目をあげることです。
そして正しい教学を学ぶことです。
大御本尊をすて、邪見を振りまく創価で
嫌な思いをするのは仏道修行じゃないでしょう。
もしも、それを仏道修行にしたいのならば
貴方にいやな思いさせている謗法幹部・邪見会員を破折するべきでしょ。
謗法者に嫌な思いをさせられて耐えているのは信心ではないよ。
そんなの忍辱でもなんでもない。
さぁ、明日から謗法幹部をどんどん破折してください。
それでこそ「創価の組織中での仏道修行」ですよ。
俺も協力するから勇気を出して謗法退治しましょうよ。

「池田先生はわかってくれている」という人。
そう思いたい気持ちはよ~く分かります。
俺たちが組織を追放され時に、そのように言ったヤツもいた。
でも、残念なことにそれは単なる願望でしかない。
大作センセは、あなたが「嫌な思い」をしていることを
これっぽっちもわかっていませんよ。
もしも分かっているのならば、理不尽な幹部などいないはずです。
でもそういう患部はいなくなるどころか増殖してるでしょ?
そう何も大作センセには届いていないのです。
なぜだかわかる?
それはね、大作センセは大御本尊を捨ててしまったから。
大御本尊を捨てて創価コピー本尊に祈ってもご本仏には何も届かない。
つまり、大作センセとあなたは何のつながりもないわけです。
だから、大作センセはアナタのことなど「わかってくれる」道理はないわけです。
アナタのことを「わかってくれて」
護り・導き・救ってくれるのは、ご本仏日連大聖人。
つまり戒壇大御本尊以外にいないのですよ。
それに今の大作センセには創価を指導する力はない。
一日も早く大御本尊への信を取り戻してくださいね。

そんなわけで、いま創価の組織で「嫌な思い」をしたり悶々としている会員さん。
可能ならば今すぐ創価をやめましょう。
無理に我慢することはありません。
創価をやめても百利あっても一害もありません。
自分からヤメれらないなら、どんどん謗法幹部を破折してください。
そうすれば自然と除名されますから。
嫌な思いまでして創価にいる必要ないですよ。
所詮、今の創価は「公明同好会」という
選挙サークルですから(笑)


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負けを認められないお子ちゃま達。

2017年衆院選挙。
先日も書いたが公明党は改選前議席から5議席減り
しかも負けるはずない小選挙区でも神奈川で敗北。
さらに、「広宣流布のバロメーター」などと言っていた
比例区の得票は700万票に満たない数字。
ここ数年の国政選挙・・・いや全ての選挙で
これほどの敗北は見たことのないような惨敗で終わった。
与党にいるから辛うじて「勝った」ように錯覚するが
公明党・・・いや創価学会としては「惨敗」といっていいだろう。

ところがだ。リアカツ(リアル活動家)もネカツ(ネット活動家)も
誰も公明・創価が負けたことを認識していない。
「定数が10減ったのだから5議席減るのは想定内」だとか
(公明に定数減なんて関係ね~だろ)
「比例が700万を切ったけどそれほど減ったとは思えない」だとか
(確実に減ってるだろうが。有権者が増えてんのに)
相も変わらず減らず口を叩いている始末である。
まぁ、これ位ならば負け惜しみとして微笑ましくも思えなくもないが
「自分自身がこの選挙で成長できれば勝利」
「おおくの友と仏縁(友情)を結ぶことが大切」
なんて、完全に脳内お花畑満開のカツドウカの多い事、多い事。
先日も書いたが、選挙は「法戦」なんでしょ?「信心」なんでしょ?
だったら選挙結果が負けならば、それは「敗北」ということ。
自分自身を成長させたり、仏縁を結ぶのが目的ならば選挙じゃなくていいわけだ
宗教法人の構成員らしく、普通に弘教やればいい話。
そっちのほうが、自分が成長できるだろうし世間様にも迷惑がかからない。
これだけの敗北を喫していて「勝利」はないだろう。

まぁ、ここだよね。創価活動家が成長ないところは。
「負けを負けと認められない」
「悪いと思ってもゴメンナサイと謝れない」
普通は大人になると、負けを認めたり謝罪をしたりできるようになる。
「負けを認めずに駄々をこねて謝らない」ってのはお子ちゃまのすることだ。
このブログにも大勢そういうネカツがコメントしてきたよね。
ラン、のんかつ、白ユリ(NANA)などなど
威勢よくいきがってコメントしてきたくせに
俺の質問には何も答えられないで書き逃げしていく。
誰一人「ゴメンナサイ」どころか「ワカリマセン」とすら言えない。
そのくせ、いまのまだ性懲りもなく自分のサイトで
低レベルの与太話を書いて、一会員さんや世間を欺いている。
これが、創価クオリティーだ。

負けを認めることも、間違いを訂正することも何も恥ずかしい事ではない。
「勝ちっぱなし」や「間違いを犯さない」人間なんて一人もいない。
人としての価値というのは、負けた時や間違いを犯したときに試される。
その時にどのような言動をとるのか?
そういうものを世間は見ているし、それが評価と呼ばれるものになる。
「負けてもそれを認めず勝った勝った」と吹聴して回る
キミが負けた事を知らない人ならば騙せるだろうが
世間様というのは、意外と賢くてそんな輩のウソはすぐバレる。
そもそも、そのような人間では成長しない。
成長しないから同じ失敗を繰りかえす。
まぁ、まさに今のソウカツ(創価活動家)がその典型だ。
こういう連中が「活動」しているのだから創価は広まらないし
世間様はソウカツを相手にするのが面倒で迷惑だと思うわけだ。

ソウカのお子ちゃま達よ。
早くオトナになりなさい。
素直に負けを認めて、ゴメンナサイが言えるようになりなさい。
そうすれば世間のオトナ達も少しはキミ達を対等に見てくれるから。


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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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