「日顕宗」を破さないんかい!

親しくさせてもらっている法華講員さんが学会の壮年部を折伏中だそうなんだけど
この学会員さんは、現在創価をやめたがっているのだけど家族の手前退会でいないらしい。
なのでここ1年間ほど、出勤前にお寺で家族に内緒で勤行をしているそうだ。
知人の法華講員さんとは昔からの間柄だそうでお互いの自宅を行き来してる方で
先日、その法華講員さんに件の壮年部の息子さんから電話があったそうで
次のようなやりとりがあったらしい。

「父の所にもう来ないでくれますか」と学会員の息子。
「いや、私は貴方のお父さんに呼ばれて行っているんですよ」
「それは迷惑だからやめてください」
「貴方に何も迷惑をかけていないじゃないですか。貴方に会いに行ってるわけはないし」
「いいえ。迷惑なんです。もう来ないと約束してください」
「そんな約束できませんよ。それに貴方にそんなこと言われる筋合いはありません」
「わかりました。では今度父の所にきたら警察呼びますから」

いや、この話を聞いたときには笑った。笑った。
普段から「打倒・日顕宗」とか「慈悲の脱講運動」とか
勇ましく言っているのはどこの団体の信徒だっけ?
「日顕宗を破す」などという駄文を何度も機関紙に掲載して
会員を啓蒙・洗脳しているのはどこの団体だっけ?
極悪と戦う。悪は徹底して攻め抜け。とかいって
会員を扇動・教唆していた師匠の弟子はどこの組織の人だっけ?
そうそう、思い出した。
確か、創価学会の人達だったよね~。
だったら、自宅に日顕宗が来るなんてまさしく千載一遇のチャンスじゃね?
いまこそ、極悪・日顕宗を破すチャンス到来。
ずっと学んできた創価教学でコテンパに日顕宗を破折して逆に脱講させるチャンスでしょ?
俺が創価活動家ならば、父親にその法華講員を呼び出してもらってでも家にきて貰うけどね。
なんなら茶菓子も用意して待ち伏せてるよ。
それが何?
「もう来ないでください」って何なのさ。
しかも言うに事欠いて「警察呼びます」ってwww
公権力の最たる警察に助けを求めるなんて。
これが笑わずにいられます?俺は無理。腹抱えて笑っちゃった。

まぁ、確かにネットの世界ではこういうヘタレ学会員ばかりですよ。
大口叩いているくせに、自分のブログのコメント欄を
閉鎖したり承認制にしたりしてアンチをシャットアウト。
ごくまれに当ブログのような反創価サイトにコメント入れてる勇気ある学会員もいるけど
結局、「破折」なんてできないで、罵詈雑言を吐いて逃げるだけ。
折伏精神がある勇者ではなく、ただの愚者。つまりアフォ。
所詮、ネットでシコってる学会員なんて
リアルじゃなにもやってないない学会員だろうから仕方ないと思っていたけど、
リアルでも同じなんだね~。
任用試験から始まって毎回、毎回「日顕宗を破す」なんて勉強してるけど、
イザとなったら「警察呼びますよ」って(笑)
「日顕宗」とやらを破さないんかい!
創価は「実践の教学」なんだろ?
だったら「実戦」せんかい!
これが、大聖人仏法から「退転」した創価の連中の真実の姿だね。

大聖人は退転者の特徴を

◆をくびやう物をぼへずよくふかくうたがい多き者どもは
ぬれるうるしに水をかけそらをきりたるやうに候ぞ(聖人御難事)

とご指南されている。
まさに、リアル・ネットを問わず、ヘタレ学会活動家の姿そのものだ。
自分でそう思わないだろうか?
まぁ、いづれにしてもこんなヘタレばかりの創価の現状をみると
哀れを通り越して悲しくなってくるね。
もう。顕正会以下の集団になったなぁ創価は。
どうせ、破折できないなら日顕宗を破す。
なんていうんじゃないよ。恥ずかしい。
コソコソと逃げ回っていればいいんだよ。
で、見つかったら警察にでも逃げ込んでくれよ。


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供養を返せ!とかいうバ○学会員達

相変わらずいまだに「正宗が学会から寄進(供養)された物(寺院)等を返してから創価を批判しろ」
なとどいっているバカ学会員がいる。
本人は「凄く理屈にあった素晴らしい主張をしている」とでも思っているのだろうが
本当に、哀れというか恥知らずというか恩知らずというか
「ご供養」の意義も分かっていないバカとしか言いようがないね。
創価はね大作センセからして「供養をしてやった」とい感覚だから分からないのだろうが
「ご供養」ってのは「してやる」ものではなく「させてもらう」ものなんだよ。

◆ただし仏になり候事は凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり(白米一俵御書)

と御書にあるように、ご供養とは志であり凡夫はその志にで成仏するからだ。
「法施」であれ「財施」であれ、供養=信心なのだよ。
それを「俺を批判するなら供養を返せ」というのは、志(信心)がない証拠だ。

そもそも正宗に供養を返せ。というならばその前に創価がしなければいけないことがたくさんあるだろう。
まずは、宗門から下付された御本尊の返納。
創価が回収した日顕師書写の御本尊は宗門側には一体も返納されていないと言っているがどうしたんだ?
返したならいつどうやって何体の御本尊を返納したんだ?
それと、創価本部にあるメイドイン大作の本尊な。あれも返せや。いつまで使ってんだ?
もう破門になったのだから、正宗の本尊は全てキチンと返納しろ。な?

それと、その理屈で言うならば当然創価を退会した人や除名にした人は謗法なんだろから
そうした人たちが創価時代にした「財務」や新聞代も全て当人に返却しろ。
俺にも当然返してくれよな?創価から見たら俺は謗法なんだから返金しなきゃならんだろうよ。

そして、破門前にした「供養」の返還を求めるならば
破門前に「大御本尊」にいただいだ「功徳」の結果もそっくり返しなさい。
戸田先生も大作センセも「大御本尊」の功徳をいただいた。とハッキリ言っている。
当時の学会員さんも同様に「大御本尊」に功徳をいただいた。という認識だろ。
「供養を返せ」というならば、「功徳」も返さなきゃダメだろ?
「功徳」をもらうだけもらったら「金返せ」ってよ。お前らクレーマーか?
クレーマーだって返金受けたら品物は返すんよ。
創価が大きくなったのだって「大御本尊」の功徳だろ。
「違う」と言ったらば、「功徳がある」といって供養させた大作センセは詐欺師だぞ。
だから破門以前の「創価会館」や信濃町の本部や聖教新聞社などの土地家屋創価学会が使った金。
大作センセの個人資産もだ。
それらは全て「大御本尊の功徳」なのだから、大御本尊に返しなさい。

そもそも創価がしてきたご供養ってのは、正宗の僧侶にしてたわけでも大作センセにしていたわけでもない。
大御本尊(大聖人)にしていたんだろ?
つまり最初から、創価や大作センセが自由にしていい金なんてないんだよ。
本来であれば創価が会員に、寺院や総本山に直接ご供養するように指導すればよかったわけだ。
それを自分たちが供養をピンハネしたいから創価に一度入金させたんだろ。
最初から創価の集めた金は大御本尊のものだったんだよ。
それを破門したら返せというのは、大聖人に対して「そう言ってる」ということだ。
大聖人が後に退転した名越の大尼に、もらった供養返したか?
返してね~よ。でも退転した名越の尼を批判している。
そんな大聖人は「詐欺師」「泥棒」なのか?
本当にバカも休み休み言え。という話だ。
むしろ、「詐欺師」「泥棒」は、大御本尊に対する会員の真心の供養を中間搾取していた
創価であり大作センセの方だろうが。
その浄財でアイツらは在家なのに仕事もしね~で一生食っていってるんだろ。
大御本尊に感謝してもしきれないほどだろうが。
そんな当たり前のことすら理解できないから
「教学」も「信心」もない学会員はバ○だって言うんだよ。
どうせこというバ○に限って、大御本尊に供養なんてろくすっぽしてね~んだ。
大御本尊に対してご供養をしている。という思いがあれば、
供養を返せなんて言葉は出てこないし
何よりも「大御本尊を受持しない」なんて
狂った創価に対して黙っていないはずだからな。

ともあれ、「正宗に寄進(供養)したものを返せ」というならば、
学会本部の本尊等の「カラーコピー掛け軸」以外の本尊を正宗に返納し
(カラー掛け軸は本尊じゃないのでゴミになるから返さなくてよし)
創価を退会・除名した人たちから受け取った過去の金銭を全額返金し
破門前の創価学会や自分が受けた「功徳」を全て大御本尊に返してから
初めて堂々と言えるセリフであって
それらを何一つしていない連中がドヤ顔でいっても
全く説得力なければ理屈も通らない。

それと今の学会員さんにいっておくけど
創価の財務は供養じゃないからね。
「ご供養」というのは「三宝」に対してさせていただくものであって
在家の「リーマン宗教家モドキ」にするものでありません。
大作センセは三宝具備じゃありません。
創価学会なんていう組織もまた然り。
そんなただの「会費」を無駄に払うくらいなら、
「大御本尊」にご供養したほうがいいですよ。


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世界192か国という妄想

最近の創価活動家は教学もなくまともな法論ができないので
何かと言うと「創価学会は全世界192か国に広まった」という話しますね。
世界192か国に広まった事実により創価が正しい。というわけです。
で?192か国に広まった事実はどう証明するの?
創価民がいう192か国の事実がどこにも書いてない。
創価のホームページにすら192か国が掲載されていない。
この192か国がどこなのか全ての名を挙げている学会員もいない。
まぁ。192か国を覚えろって言われても覚えられないと言われれば確かにそうなんだが
だったら、創価がない国・広まっていない国を教えてもらいたい。

現在世界の国の数は、国連加入国が193か国で、通常は196か国と言われている。
196-192は、「4」である。この4か国が創価が広まっていない国というだ。
その「4か国」とはどこなんだね?
192か国は言えなくても4か国くらいは答えられるはずなのに誰も知らないのだ。
そして192か国に1200万人と言っているが、192か国には当然日本も入っているわけで
そうなると、日本の創価が827万世帯で1世帯1.5人だとするともう1200万人を超えしまうんじゃないか?
日本の会員数を水増ししているか海外の会員数を水増ししているか知らないが甚だ怪しげな数字だろう。

どこに広がっているか誰も知らない、答えられないのに
「192か国に広まっている事実」などといい
その事実をもって創価が正しいと主張する活動家達。
これって客観的に見て間違っているでしょ?
創価が正しいという根拠となる「192か国」という事実が証明できないのだから
それは「事実」ではないと思うのが一般的な人間の思考なわけ。
つまり君たちの言う「192か国に広まっている」といのは
事実ではなくて、単なる与太話でしょ。
自分達で捏造した嘘を、事実であるといって、それが正義だという。
頭おかしくありませんか?
世界192か国に広まってなんていうのは完全に妄想ですな。
「学会が世界192か国に仏法を広めた」なんて調子こいてるそこの活動家さん。
まずは、広めていない国くらいは答えましょうよ。
とこう書くとまた適当なウソをいうんだろうけど。
なにせ、どんな適当なこと言っても検証できませんからね。
さすがは詐欺師団体です。


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創価新報も泣き言書くようになったか・・

創価新報の「青年部と語る」だっけ。例の3人組さんを批判しているシリーズ。
例の3人組さんだけでなく、元創価坊主の宮川氏と元創価職員波田地氏も批判を始めました。
創価新報の記事によるとこれらの人々は創価の組織で「悪事」を働き学会から追放された輩だそうです。
それが事実だとしたら、ダーハラ会長を含む執行部は「任命責任」を問われる立場と思うが
会内にはそうした「責任論」をいう人間はいなですからね。
組織としては既に自浄作用が働かなくなりあとは腐るだけの状態ですね。

さて、この記事の冒頭に、「インターネットを悪用して学会の攪乱を図る云々」という言葉があった。
「インターネットを悪用」この言葉がどうも引っかかる。
ネットで自分が思ったことを書きそれに賛同する人たちと連携する。
それの何が「悪用」なのか分からない。
「自分達創価の批判をネットで発信すること」が悪用なのか?
ネットというのは元々個人が全世界に向けて好きなことを発信するツールだ。
様々な批評があるからこそ、人々は信用するのである。
例えばグルメやホテルのサイトに書かれているコメント。
賞賛する人もいれば批判する人もいる。だからこそ信用するわけだ。
もしも「歯の浮くような賞賛」しかないようなサイトだったら恐らく人は逆に信用しないだろう。

ネットが普及する前はどの業界でも「広告」とは「いい事しか伝えない」のが主流だった。
「メリット」だけを上手く伝える。ことが広告だった。
「デメリット」を広告する。などという発想なんてなかった。
でも、ネット普及した今は「デメリット」を語らないことはマイナスになる。
何故なら自分が「デメリット」を隠しても誰かが公開するからだ。
多くの人々の様々な意見を見ることができる。というのがネットの大きなメリットだ。
それを自分たちが批判されたからと言って「悪用」なんて泣き言をいうのは
ちゃんちゃら可笑しい。
そもそも自分たちだって正宗を「日顕宗」と言い続け正宗批判を繰り広げているだろ。
組織としてではなく、創価活動家のサイトも同じ。
「インターネットを悪用して正宗を攪乱」してるんだろ?
自分達がしていることを、まんま「やられている」だけ。
誰に何を書かれても揺るがない。という自信がないし
現実的に「揺さぶられてる」からこそ、新報で泣き言いうわけだろ。
宗教界の王者さんも地に落ちたものでる。
どちらにしても、批判されることを「悪用されている」というような感覚では
到底、ネットという世界で戦う事はできないかな。
創価民のブログが支持されないのはそういうところ。
自賛記事しか書いていないサイトなんか信用に足りないってことなんだ。
「ネットは嘘ばかりだから読まないように」
どうぞどうぞご自由に。創価民は聖教や新報の提灯記事でも読んでなさいな。

いやいや、それにしても創価は相当焦ってますなぁ。
そのうち学会員向けに「アンチ創価サイト閲覧不可」アプリでも開発し
会員にはそのアプリを使用することを強制したりして(笑)


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「アホの○○師匠」からのご指導です。

教学が大切である。
人体でいえば「骨格」にあたる。
教学がしっかりしていれば
信心は崩れない。


先日の聖教新聞に掲載されていた大作センセの指導だ。
本ブログでも繰り返し「教学」の重要性について書いているが
大作センセのこの指導を読んで創価活動家は一体何を思うのだろう。
長い読者のかたはご存知の通り、本ブログには過去に何人もの
創価活動家氏がコメントを書いてきているが
「教学」を学んでいると思われる学会員は皆無だ。
「教学より自身の体験が大事だ」という顔面麻痺のおっさん。
「教学より現証だ」という極悪と戦う振りをするおばさん。
「本尊義について回答する」といったまま今もバクれている口だけスケバンの白ユリ婦人部。
そうそう先日は「バカで結構」と開き直った学会員もいたね~。
などなど、およそ「教学」とは程遠い罵詈雑言だけでその場しのぎをする連中ばかり。
本ブログに来たことはないが、例の創価森なんかもこの口である。
そうした連中が異口同音にいうのは決まって「信心は理屈じゃない」という言葉で
そしてその根底には教学軽視があり彼らの教学軽視の背景は絶対的な研鑽不足だ。
大作センセがこのように「信心の骨格」と言っている教学を軽視するということは
「大作センセ」を軽視していること同じだことだ。
いやいや、こんな連中に「師匠」と呼ばれちゃう大作センセって「アホの大作師匠」ということになる。
「聖密房御書」には

◆あしき弟子をたくはひぬれば師弟地獄にをつといへり

と書かれている。「アホの大師匠」に行き先はどうやら決まっているようだ。
そんなインチキ活動家?の彼らと比べれば、
俺の方がよほど大作センセの弟子に相応しいし
創価学会員としての資格がある(笑)
まぁ「アホの大作師匠」の弟子なんてこちらから願い下げであるが(笑)

さて大作センセは、教学がしっかりしていれば信心は崩れない。 と言っているが
すでに「信心が崩れ信心が狂っている」創価にしっかりとした教学は存在しないという所が哀れだ。
同じ記事で、大作センセは
御書は、 民衆が永遠に勝ち栄えゆくための 「勝利への源泉」なのである。
とかまたぞろないやら訳のわからない「民衆」「永遠」「勝利」でゴマがしているが、
補足をすると、「御書」が「勝利の源泉」ではなく
「御書に書かれている内容」が「勝利の源泉」なのである。
では御書には何が書いてあるのかといえば、突き詰めると「大御本尊」のことが書いてある。
いや、「大御本尊」のこと以外は書いてない。
つまり、「御書」よって「大御本尊」を知り、「信心」を知るからこそ
「御書」は成仏(勝利)への源泉となるわけだ。

門外漢の無信心の人々が御書を遺文と呼びやれ「真筆」だの「偽書」だのと騒ぎ
大御本尊を始めとする日興門流を否定するのに躍起になっているが
彼等は御書の上っ面だけを舐めているだけに過ぎないわけだ。
以前も書いたと思うが、御書は「依義判文」で読むものであり「依文判義」をしようとして無理なのだ。
文書というとモノは「文・義・意」というもが存在する。
「依義判文」とは、これらを「意」から順に読んでいくことである。
文から「意」が理解できると思っているのならばそれは凡夫の驕りだ。
それが「教学」と「学問」の違いだ。
我々信仰者の言うとところの「教学」とは「信解」ということだ。

◆信の外に解無く解の外に信無し(御義口伝上)
◆信の処に解あり解の処に信あり(御義口伝下)

と御書に仰せの通りである。
つまりは「教学」とは「大御本尊」への「信」なくして理解することはできない。ということである。
そもそも論を言えば「御書」とは「信者」へ宛てたものであり無信心の者へ宛てたものではないだろう。
だから「大御本尊」への「信」なくて御書を読むのは

◆信なくして此の経を行ぜんは手なくして宝山に入り足なくして千里の道を企つるが如し(法蓮抄)

ということで、それでは「御書」を読む意義はないわけだ。
大御本尊を捨てた今の創価は門外漢の無信心の集団なのだから
いくら「御書」を手に取ってみても「勝利」の二文字にだどりつくことはない。
今の創価活動家にとって御書は「単なる日蓮の遺文」に過ぎず
自分達の都合のいい部分だけを引用しているだけに過ぎない。
まるで五老僧の末裔である身延の僧俗と同じである。

「御書」を拝しても大聖人がご本仏であることがわからない。
「御書」を拝しても大御本尊を受持しなくてもいいと言い切る。
「だって御書のどこにも書いてないも~ん」なんて言う。
無信心の門外漢ならば俺も別に何も言わない。
創価活動家達が「大聖人直結」などと名乗り、
日興門流を「日顕宗」などと呼び捨てるが故に破折するのだ。

さてそんな創価の活動家諸氏よ。
大作センセが「アホの師匠じゃない」といことを証明するのはキミたちの務めだ。
いつまでも、罵詈雑言で逃げ回っていては情けないぞ、
大作センセが教学が大切である。と言っているではないか。
しっかり教学を学んで創価の正義とやら論証してみなさい。
日興門下たる富士門流を堂々と破折してみせなさい。
もっとも本当にしっかり教学を学べば、
今の創価が謗法団体であることはすぐにわかるはずだ。
それが分かったのなら創価から早く離れるといい。
それとも創価が謗法であることを知ってしまうことが怖いのか(笑)
だからといっていつまでも目を背けてはいては何も変わらないよ。


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プロフィール

ダメ出しブログ管理人

Author:ダメ出しブログ管理人
創価幹部の謀略で本人も知らぬ間に創価組織から追放された元学会員。大聖人仏法史上、最大・最悪の謗法集団の創価学会とその不愉快な仲間たちに挑みます!

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